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新婚なの! 13-7 (4)


 その日の業務はつつがなく終わった。
 そろそろと身体を動かし、事務仕事片付けて、出動の要請が回ってこないことにホッとしたり。
 正直助かった。
 朝の一件が尾を引いていて、しっかり集中できなかったから。
 自覚があるほどだから、これで訓練か出動でもあれば、あの日の二の舞になるのは確実だった。

「ヴィータちゃん、ただいま~」
「ん、おかえりだ。さっさと着替えて手洗いウガイしてこい」

 いつも通りのやり取りをして、夕ご飯を食べ、風呂に入って、寝ることにした。
 特に変わりはない。
 なのはの態度も、昨日とそれほど変わらなかったけど、余計な口はきかなかった。
 当然、アタシからも、積極的に話しかけることはなかった。

「お休み、ヴィータちゃん」
「明日もいつも通りだな?」
「うん、お願いね」
「ああ、分かった。……ちゃんと寝ろよ」
「言われなくたって、もう、眠いよ」

 スタンドの明かりを落としながら、布団の中にもぐりこむ。
 なのはは、欠伸交じりでなんとか返事をしている体で、同じようにもぞもぞと布団にもぐっていく。
 今日も、なのはとは背中合わせで寝た。


  ◆


 気がついたら、真っ暗な中に、一人で立っていた。なにもない、立っているのか浮いているのか、それすら分からないような、何もない真っ暗なところにいた。
 ここ、どこだろう?
 そんな当然とは言えない疑問を浮かべながら、辺りを見回していると、よく見知った影が現れた。
 影、といっても、それは白を基調として、蒼いラインを這わせたバリアジャケットだけど。
 真っ暗な中に浮かび上がるそれは、今突然に現れたような、前からいたような、どっちとも言えないけど、どちらかというと、後者のような気がする。

『なのはじゃないか、どうしたんだよ』
『ヴィータちゃんこそ、どうしたの?』

 駆け寄ると、やけになのはの顔が近い気がした。全然、視線を上げなくていい。
 髪も短い。バリアジャケットのデザインも少し違う気がする。声は……どうかな。ちょっとだけ高い気がする。
 ――なんだ、"いつものなのは"じゃないか。
 いつも会ってるのに。なに考えてるんだろな、アタシは。

『いや、別に。なんか知らないけど、気付いたらここにいた』
『ふうん、そうなんだ。別に、なんだ』
『ど、どうしたよ急に。なんかあったのか?』
『何かあった? 何があったもないよ、ヴィータちゃん?』
『分かんねえな、なのは。なんだよ、言いたい事があんなら、はっきり言ったらどうだ。お前らしくないぞ』

 少しだけ高い位置から見下ろす視線は、虚ろで、目の前のアタシすら見ていないような感じ。
 表情も薄い。いや、無いといっていい。
 なのはは、こんなだったか?
 いや、最近のなのはは、こんな感じな気がする。
 違和感があるような、ないような。目の前のなのはが、ブレて二重に見える。なのはと、別のなのはが、重なりそうで重ならずにいた。
 かすみ目? そういや、最近疲れてるもんな……
 そう思って、目をこすってみるけど、ちっとも変わらない。なのはと、なのはが重なって見える。

『――そっか。やっぱり言わないと、分かんないかな』

 表情こそ変わらず、抑揚もないけれど、心底呆れたって感じに、口を開く。その感情だけは、はっきりと伝わってくる。
 なのはのブレが、一層大きくなる。
 表情のない、人形のようななのはに重なる、もう一つのなのは――は、なんだかよく見えない。
 でも、焦点の合わないほうのなのはは、アタシに何かを言いたそうに見えた。口も動かしているのに、だけど、何を言っているのか、声も聞こえないし、その心も伝わってこなかった。

『なんだよ、なのは』
『あのね、ヴィータちゃん――』

 だからなんだよ、なのは――そう言い掛けたアタシの口は、その続きを口に出来なかった。

『――だって、ほら。私、こんなだよ?』
『――!!!』

 そう言ったなのはの、白いリボンで結ばれた髪は解け、顔の半分が、赤く染まっている。
 思わず後ずさりしてしまう。
 変化は、それだけじゃない。いや、最初から、"そうだった"。
 白いバリアジャケットも朱に染め、辛うじて原型を止めているほどに損傷し、手や足は、本来曲がりえない方向に曲がっている。
 そして、足元には、砕け散ったレイジングハートが、無言で転がっていた。

『な、なな、なのはっ!』
『なあに、ヴィータちゃん? あ~あ、私、"また"こんな風になっちゃったんだね』

 然して不思議でもなさそうに、自分の身体を見つめているなのは。

『ま、また!?』
『そうだよ? ヴィータちゃん、また気付いてくれなかったんだもん。今度こそ、駄目かもしれないね』
『なのはっ!』
『どうしようかなあ。あのリハビリ、二度もやるのは嫌だなあ』

 力のない身体で、表情のない顔で、抑揚のない声で、それを言った。

『なのは、なに、なに言ってんのさ。お前は元気じゃないか』
『え? 私のこの姿を見て、そう言うの? 酷いなあ、ヴィータちゃん。やっぱり、私にはフェイトちゃんなのかなあ』
『フェイトだって? お前、やっぱり……』
『それは気付いてたのに、私のことは分からないんだ。ショックだなあ』

 相変わらず、抑揚のない声。
 力のないそれに押されるように、アタシは一つ、また一つと、下がっていった。
 もちろん、無意識に。気付くと、足はどんどん距離を取ろうとする。
 目の前のなのはに、駆け寄らなきゃと思っているのに、身体は言うことをきかない。手すら、動かない。
 ジリジリと、なのはとの距離が開いていく。

『良いよ、フェイトちゃんにするから』
『なにがだよ!』
『ご苦労様、ヴィータちゃん。こんなに近くにいたのに気付いてくれないヴィータちゃんじゃ、駄目だから』
『気付くって、なにを!』
『バイバイ、ヴィータちゃん。これからはフェイトちゃんがいないときに会いに来るから』
『―――っ!』

 真っ暗な地面に、吸い込まれるようにして、なのはが消えていく。
 追いかけようとするけど、足がちっとも動かない。
 掴もうとするのに、手が全く動かない。
 待てと呼び止めようとするのに、声が出ない。
 必死なアタシをあざ笑うかのように、なのははそのまま、ゆっくりと真っ暗な床に沈んでいった――


  ◆


「――ちゃん、――タちゃん!」
「――はっ!?」
「ヴィータちゃん……大丈夫?」
「……な、なのは、か?」

 ぼんやり明るい天井に、なのはの顔が被さっている。
 アタシを覗きこんでいる、なのはの顔――違う、なのはじゃ……ない?
 誰だ。さっきまでアタシの追ってた……なのはじゃない。
 だ、誰だよ、お前。

「うん、私だよ」
「…………?」
「分からない? 私だよ、高町なのは。ヴィータちゃんの旦那様の、なのは、だよ」
「……そ、そっか、なのは……だよな。うん、なのは、だ」
「もう、どうしちゃったの? 変なヴィータちゃん」
「あ、ああ、そうだな」

 腕の痛みが、これが現実だと教えてくれる。アタシの腕を握る、なのはの手の強さが。
 良かった、となのはが安心しているのが、その声の震えから分かる。
 馬鹿だな、アタシは。どう見たってなのはなのに、なのはじゃないなんて、そんなこと思ったんだろうな。こんなに、心配してくれてるのに。
 なのはは、まだアタシのことを覗き込んだまま。手元のスタンドの明かりに、顔が半分影を背負ってる。
 昨日と、同じ目だ。
 同じ色を刷いた、蒼い目で、アタシを見下ろしている。

「なあ、なのは。どうしたんだよ、アタシを起したりして。なんかあったのか?」
「え? な、なんかあったというか、なかったというか。その……寝相が悪くて、それで、ほら。私ね、蹴っ飛ばされて起きちゃったの。それで、もうヴィータちゃんったら! って、そう思って」
「ふ、ふうん。アタシ、寝相が悪かったのか。悪かったな、なのは。痛かったろ?」
「うん、そうそう。ベッドから落ちて、困っちゃったの」

 ホッとしている。さっきとは、違う意味で。

「そんな怒るなって。蹴飛ばしたのは悪かったけどさ」
「お、思わずだったから、あんまり後先考えてなくて……えへへへ」
「でもさ。いつもこんな風か? あんま自覚なかったんだけど」
「だって、今日のはいつもと様子が違ってたから」
「どう、違ってたんだよ」

 油断した――そんな感じで、なのはの表情が、一瞬強張る。

「……今日は、どうしたんだよ」
「ちょっと、強かったから、だから、怒ろうかなって思っただけ、ホントだよ。だ、だから、別になんにも変じゃないったら」
「じゃあ、いつもそれなりに寝相悪いんだな? お前、今までそんなこと言ったことねーだろ。どうして、今日に限って。今まで黙ってたのか?」

 口を滑らせたらしい。今日は何かがあって起さなきゃいけなかったみたいだ。
 今日は、ということは、それはそれなりの頻度で行われていて、今日は特にそれが酷かった……のかもしれない。

「いつも悪かったなら、朝起きたときにでも言ってくれりゃ良いのに。寝相悪いなんて、恥ずかしいじゃんか」
「う、うん……えっと、朝は忙しいし。それに寝ちゃうと、結構忘れちゃったりするから。ほら、夢とか、そうでしょ?」
「まあ、な」
「うん、そうだよ。ヴィータちゃんだって、覚えてないでしょ?」
「そっか。じゃあ、今度からは言ってくれよ。言われないと、分かんねえんだからさ」
「……で、でも。なかったら、言えないから。ホント」

 泣きそうな顔をしている。

「……もう、いい。悪かったな、起して」
「ううん、気にいないで、ヴィータちゃん。起きたら、きっと忘れてるから」
「自分で言ってたことだしな、もう、いい。もう良い」
「……おやすみね、ヴィータちゃん」

 布団に潜っていくなのはに背を向けて、目を瞑った。


 


 なのはは、約束どおり、何も喋らなかった。
 もう、うんざり。
 不思議なことに、いつも通り接することが出来たけど、それが上っ面だって自覚があるほど、覚めてた。
 弁当を持たせ、いつも通りに送り出した。
 今日は、玄関で足止めされることはなかった。
 でも、背を向けてリビングに向かい間、ずっと、後ろで一本に結んだ髪を誰かが引っ張っているような、そんな感覚が付き纏った。
 エプロンを外し、着替えのために部屋に戻る。
 クローゼットから、制服を取り出そうとして、なのはが捲ったままになっているベッドが目に入った。

「……なにしてんだ、アタシ」

 捲ったままなせいで、なのはが寝ていた跡は、シーツの少しのヨレとして残っていた。
 伸ばしかけた手は、クローゼットの扉を開けることなく、何も掴まないまま、その跡地に倒れこんだ。
 その跡と枕に、少しだけなのはの匂いが残ってる……気がした。
 ほんやりと、なのはの残り香に身を預けたまま、どうしようかと考えてみる。
 ホントは、考えることなんてない。さっさと身体を起こして、着替えをして、出勤しなくちゃいけないんだから。
 でも、気がついたらベッドに上がりこんで、なのはが寝ている場所で、布団に包まっていた。

「……なんだ、これ。へえ、明かりもないのに光るんだな、これ」

 真っ暗な中、白く光るなにかが目に入る。
 指輪だった。
 左手の薬指に納まっている指輪が、ぼんやりと、だけどしっかりと自分の存在をアピールしてた。
 じんわり。
 視界が霞む。
 もう、どうして良いか分からなくなってきた。
 なのはのことも、フェイトのことも――自分のことも。

「…………」
『――はいはーい、八神はやてでーす。おや、ヴィータ。こんな朝早う、どないしたん』
「……はやて、おはよ」
『おはよ、ヴィータ。音声だけやなんて、珍しいね。なんか仕事中か?』
「うん、そんなところ」

 どうしようもなくて、はやてに電話をかけた。
 出てくれるか分からなかったけど、はやては出てくれた。

『ふうん。私はちょうど、捜査の大詰めでな? 打ち合わせの為に昨日から本局におるところやけど、ヴィータは?』
「ちょっと、出動があってさ。違うところなんだ」
『そか、それは残念やね』
「あのさ。久しぶりに、はやての声、聞きたくなった」
『んも~。可愛いこと言ってくれるねえ、家の子は。それやったら、目覚ましに私の声でも吹き込んであげよか?』
「ううん、それはいい。やっぱり、本物がいいから」
『ああんもう! よう分かっとるやないの、喜ばせ方を! く~、憎い子やわあ」

 顔を見なくても、はやてが喜んでくれてるのがしっかりと分かる。
 こんな風に、人の気持ちが分かるのって、凄く久しぶりな感じがした。

『なあ、ヴィータ』
「なあに、はやて」
『なんや、相談があるんやないの?』
「……ううん」
『らしないね、誤魔化すやなんて。ほれほれ、お姉ちゃんになんでも相談してみ?』
「……うん」

 やっぱり、はやてには敵わない。
 こういうとき、やんわりと聞き出すんじゃなくて、ズバッと単刀直入に聞いてくれる。
 はやては、いつも通り変わってなくて、安心した。

「あのさ。例えばさ、ホント、例えばの話なんだけどさ」
『うん、うん』
「アタシがさ、なのはに、その……愛想尽かしてさ、家に戻りたいって言ったら……」
『なんやの、愛想尽かしたん?』
「……ううん、例えばの話。そんで、戻ってもさ……良いかな」

 返事が、ない。
 音声だけだから、今はやてがどんな顔してるか分かんないけど、きっと困った顔はしてないと思う。何となく、そんな気がする。
 別に、アタシの相談を軽く見てるとかじゃなくて、はやてなら、こんな悩みぐらい簡単に答えを出してくれそうだから。
 そんな考えを肯定するかのように、はやては、

『せやね、エエんやないの? 大体、自分の家に戻るのに、許可なんか要らんやろ? 変な子やねえ、ヴィータは』
「そっか。うん、ごめん、はやて」
『そやなあ、う~ん。条件つけるとしたら一つだけ、かな?』
「条件?」
『うん。ちゃーんと、なのはちゃんに事情を説明すること。それだけ。どうして、愛想尽かしたのか。どうして、帰るのか、ちゃんと』

 何となくだけど、意地悪に聞こえた。
 するはずがないのに、そのときのはやての声は、そう聞こえて仕方なかった。
 きっと、まだ治ってない、僻み根性のせいだ。

『う~ん、でもなあ。私としてはヴィータに帰ってきてほしいし~』
「…………」
『そやねえ。どうしても言うんなら、私から言ったってもエエよ? 悪いけど、ヴィータは返して貰うわって。どうする?』

 やっぱり、意地悪だ。

『どっちにしても、いっぺん、なのはちゃんと話し合ってな』
「……それで、良いのかな。なんかさ、分かんなくて」
『なのはちゃんのこと? それとも……ヴィータ、自分のことか?』
「…………分かんない」

 真っ暗な画面の向こう、はやては笑っているような気がした。

『ちょっと、安心やね。こうやって相談してくれてる内は、大丈夫やってこと。ホントーに、なのはちゃんに愛想尽かしたなら、私に相談なんかせんと、いきなり帰ってきたやろ?』
「……どうだろ」
『そうやって。んで、ヴィータが欲しがってる答えも、分かってるつもりや』
「ほ、ホントか!? はやて」
『うん。でーも、教えてあげへーん。だって、ヴィータの欲しがってる答え、言うてまったら、戻ってきてくれへんもん』
「う、うん?」

 笑ってる。

『せやからね、ヴィータ。ちゃーんと、なのはちゃんと相談して、それでもどうして良いか分からへんときは、もう一回、連絡寄越し?』
「う、うん」
『そんときに、まだヴィータの気持ちが変わってへんかったら、答え、教えてあげる。エエね』
「うん、分かった……ありがとな、はやて」
『なに言うてんの。可愛い妹が泣きそうに電話してったら、誰だって心配やない』
「……うん」

 まだ、目の前がじんわりして、鼻の奥がツーンとなるけど、少しずつ、抜けていってる気がした。

『そんじゃーね、ヴィータ。もしあれやったら、ホントに帰ってきてもエエし。ああ、もちろん、結論が出んでもな』
「どういう、意味?」
『冷却期間いうか、ちょっと距離を置いてみるのもエエかなってこと。何て言うても、ヴィータはずーっと、なのはちゃんと一緒なんやから』
「そ、そんなに一緒、かな」
『うん、うん。この二年一寸は、私より一緒におるぐらいやよ?』
「……そう言われてみれば、そうかも」
『全ー然、帰ってきてくれへんのやもん。ちょっとは、なのはちゃんに寂しい思いさせたったらエエの、分かった?』
「うーん……」
『か~! こんなヴィータが悩んでるのに、なのはちゃんは能天気なんやから! 義姉として、怒り心頭とはこのことや!』

 握りこぶしを固めてるのが見える気がする。

『へ? どうして分かったん、ヴィータ』
「なんも言ってないけど。……でもさ、そんなの簡単じゃん。はやてのことだもん、分かるよ」
『……そか。うん、でもな、私はヴィータが私のこと分かってる以上に、ヴィータのこと分かってるんやよ?』
「うん、分かってる」
『ふふふ、言うてくれるやないの。ホント、ヴィータはエエ子やね。せやから、どうしたって、幸せになって欲しいもん』
「はやて……」
『やっぱり、なのはちゃんに上げるんは、惜しいなあ、ホントに』
「……なんか言った?」
『なーんも。そんならヴィータ、またな。それに、そろそろ行かんと遅刻やよ?』
「……あ、あー! ホントだ! はやて、ごめん! また後で連絡するから!」
『ほいほい。いい知らせを待っとるでね、ヴィータ』

 最後に、手を振りながら電話を切ってくれた気がする。
 でも、はやては、寂しそうな、怒ってそうな、そんな複雑な感じがした。
 やっぱり、一回ちゃんと会って話さなきゃ駄目ってことかな。


  ◆


 重役出勤寸前だったアタシは、部隊長にこっぴどく叱られた。そのお陰というか、みんなが訓練をやっている横で、延々ランニングをする羽目にあった。
 久しぶりに倒れそうなほど疲れたけど、ここまで疲れると、余計なこと考えなくていいし、良かったかもしれない。
 クタクタになりながら、昼休みの間に、なのはにメールをしておいた。
 今日は帰ったら、大切な話があるって。

「大体、なにも遠慮することなんざ、なかったんだ。気になるなら、ちゃんと聞きゃ良いんだよ。夫婦なんだしよ」
「そうですわね。私も、気になることはどんどん聞くことに致しますわ」
「……悪いけど、今日はお前に構ってる暇はないんだ」
「あら、そうですの。せっかく、元気を取り戻したヴィータさんと遊びたかったですのに」
「……わざとらしく、ガッカリ見せて見なくて良いぞ。またゲンコツ食らうのは勘弁だからな」
「了解です」

 しゃきっと立ち直る様子を見て、腹立たしくも、変わらぬ様子に、少しだけ安心した。

「心配事、解決したみたいですわね。残念ですけど」
「なんでさ。人が困ってるの、そんなに嬉しいかよ」
「どうして。いい弁護士を紹介して、円満に、穏便に解決をして、晴れて私が――と思っていましたのに」
「ばーか。大体、そんな伝手あんのかよ、お前に」
「それもそうですわね」

 相変わらず、アクションが大きい。

「では、ヴィータさん。私は午後の訓練に参りますので、失礼致します」
「ああ。他のヤツに、迷惑かけるって言っといてくれ」
「まさか。このぐらい、普段お世話になっていることに比べたら、迷惑のうちに入りませんわ。特に約一名ほど」
「約二名ほどだ」
「ふふふ。その元気があれば大丈夫そうです。では、ごきげんよう。また、お会いでますと良いですわね」

 メンテは、いつにも増して仰々しくお辞儀をすると、スキップでもしそうな足取りで、訓練室に向かっていった。

「……アイツ、最後になんか変なこと言ってなかったか?」

 そう思った頃には、もう、人ごみに紛れて、メンテの背中は見えなくなっていた。
 見えなくなったアイツの背中を見ていると、なんだか、本当に次の機会がないような気がしてきた。
 午後の訓練が終われば、嫌でも顔を合わせるっていうのに。

「ちぇ。なんだよ、不吉なこと言いやがってさ……」


  ◆


 なのはから連絡が来ない。
 待ちきれなくなって、電話をしてみたけど、留守録になるばかりで、一向に出る気配がなかった。
 忙しいのかもしれない。
 なるべく好意的に解釈して、そのまま待つことにした。

「……それにしても、遅いぞ!」

 時計の短針は、九の時を回っている。
 流石に、こんな時間まで連絡がないのはおかしい。
 アタシの連絡事項に都合が悪いとしても、せめて、晩ご飯をどうするかぐらい、連絡するべきだ。
 いつも口を酸っぱく言ってきて、最近やっと言われたとおりになってきたと思ったのに……

「コレは……違う」

 明かりのついていない、玄関の方を覗き込んだ瞬間、なにかが脳裏を過ぎった。
 空調が効いているはずなのに、背筋に悪寒が走る。
 脇の下を、冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。
 言いようのない不安というか、心がざわめくというか、鳩尾の辺りが冷たくなって、いても立ってもいられなくなる。
 どうにも我慢できなくて、ソファーから立ち上がろうとした、その時、

「だ、だれだ?」

 誰かが玄関を物凄い勢いで叩いている。
 思わず腰が浮いてしまった。
 ビックリしたんだ、いきなりのことで。
 玄関ドアを叩く様子が、尋常じゃないのもので、恐る恐る、玄関まで行ってみる。
 真っ暗な廊下は、ほんの少しの距離だというのに、とても、とても長く感じられた。
 その間も、玄関を叩く音は鳴り止まない。

「ど、どちら様ですか?」

 そこまで近づいて、この音の主が、なにかを喋って……いや、叫んでいるのが聞こえた。
 ――フェイトだ。
 なんで、普通に連絡してこないんだ、と思ったものの、この間、フェイトからの連絡を受け付けないよう、設定したのを思い出した。
 どうしよう。
 ここまで来て、怖気ついちまった。
 いま、フェイトと会いたくない。
 なのはのことは、はやてとの相談で何とか考えをつけたけど、フェイトのことは全然考えてなかったから。
 どんな顔して、会えばいい?
 平静のつもりだけど、いま顔を見たら、何を言ってしまうか分からない。
 自分に、自信がなかった。
 そうやって考えている間も、ドアを叩く音と、アタシの名前を叫んでる声は続いていた。

「ヴィータ、いるんでしょ!? ヴィータ、出てきてったら、ヴィータ!」
「…………」
「お願い、出てきて! ヴィータ、ヴィータ!」

 こういうとき、騒音対策の進んだこっちの世界はありがたい。
 これが海鳴なら、フェイトの叫び声と、玄関ドアを叩く音が、耳に叩きつけられてたところだ。
 どうしよう、どうしよう。
 このまま居留守を通して、フェイトが諦めて帰ってくれるのを待ちたかった。でも、一向に帰る様子はなく、音は激しくなるばかりだった。
 こんなにドアを叩き続けたら、その手はどうなってしまうんだろう。あの、細くてデバイスの似合わない手は、真っ赤になるどころか、不細工に潰れてしまうんじゃないかと思ってしまう。
 それでも、出る気にはなれなかった。只管、早く帰ってくれと祈るばかり――そのとき、ドアの周りに光が走ったかと思うと、目の前が閃光に覆われた。

「な、なぁっ!?」

 光の後、聞きなれない音がして、焦げ臭さと共に、玄関ドアがゆっくりと倒れてきた。

「ヴィ、ヴィータ。やっぱり、いたんだね」

 煙をかき分けて現れたのは、髪を振り乱し、肩で息をするフェイトだった。
 必死の形相――そんな言葉が、ふと浮かんだ。こんな表情のフェイトは初めてだ。
 その余りの迫力に、思わず後ずさりしてしまう。

「ど、どうしたよ、フェイト」
「どうしたも、こうしたもないよ、ヴィータ! なのはが、なのはが――!」
「なのはが……?」
「な、なのはが……!」

 倒れた玄関ドアを踏み越えて、靴のまま上がってくる。
 アタシの声が聞こえたのか、聞こえなかったのか。余りの雰囲気に、全く動くことも出来ないし、声も出ない。
 食いつくように、アタシの両肩を掴む。その細い指が肩に食い込む。肩が潰れるんじゃないかと思うほどの力。どうやったら、そんな力が出るのか不思議なくらいに。
 焦燥の色を濃く刷いた紅い瞳に、アタシが映りこんでいる。
 それが分かるほどの距離に、フェイトの顔がある。
 荒い息が顔にかかる。その熱い息に思わず顔を顰めると、フェイトは乱れるそれを整えることなく、

「なのはが――なのはの駆けつけた部隊が、消息を絶ったの!」

 フェイトの言っている言葉の意味が、分からなかった。


 


 

 

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