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新婚なの! 13-7 (3)

 鬱憤が晴れたと思ったのも、鎮痛剤みたいなもので、根本的な解決にはならなかった。当たり前といえば、当たり前だけど。
 家に帰ると、ここ何日かの、なのはとのやり取りやらが思い出されて、また鬱々とした気分になってくる。
 今日も、なのはの帰りが遅い。
 なのはの帰りが遅いと、またフェイトと会っているんじゃないかって、気になってしょうがない。
 二人が、アタシに内緒で会ってる。
 そりゃ、人の行動を全部把握するなんて――例えそれが旦那でも――無理だし、そんな権限もない。
 でも、二人がアタシに隠してるって、その事実が一番、アタシを不安にさせる。
 二人が会うのは、アタシに隠さなきゃいけないようなことをしてる、その裏返しだから。そんなに、疚しいことなのかと。

「ただいま~、ヴィータちゃん」
「おう、おかえりだ」

 くたくたになったことが分かる声で、なのはが帰ってきた。
 玄関まで迎えに行くと、深く息をついて、コートと鞄を渡してきた。
 よいしょと抱えると、コートに顔が埋まって、冬の匂いが冷たく顔を覆った。
 あの、甘い匂いはしなかった。

「今日も大変だったか? その顔見てりゃ分かるけどさ」
「うん。体力的っていうより、気疲れって感じかなあ」
「新人相手ってのは、そんな感じだな。その点、教官役のアタシは楽だけど」
「そーだねー」

 猫背のなのはを押して、リビングへ戻る。
 コートは大丈夫だったけど、制服からはこの前、あの匂いがした。
 それが思い出されて、吸い込まれるように、青を基調とした教導隊の制服に、顔をくっつけてしまった。
 自分の行動にビックリしたけど、なのははそれ以上にビックリしたようで、背中に氷を入れられたような、突飛な声を上げた。

「ど、どどどうしたの、ヴィータちゃん!?」
「お、おおう。えっと、なんていうか、その」
「ええっと……そんなにくっ付きたいなら、言ってくれたら良いのに~」
「いや、そういうんじゃ。お前が歩くのとタイミングが合わないっていうか、それで」
「そ、そうなんだ。それなら、別に……」

 面倒なことになると思ったのに、どっちかと言うと、なのはの方から離れていった。
 疑問には、思わなかった。
 別に、寂しくもなかった。
 ただ、違和感というか、なんとも言えない、それこそ鬱屈としてアタシの頭の中はどんよりと、重い雲が垂れ込めた。
 少しずつ距離の開くなのはの背中に、思わず鞄をぶつけたくなって、持つ手に自然と、力が篭った。

「ヴィータちゃんの夕ご飯、久しぶりかも」
「ああ、悪かったな」
「そ、そういうんじゃなくて~。嬉しいなって、そういうこと。ヴィータちゃんに、早く元気になってほしいから」
「アタシは……自分のことより、お前の事が心配だぞ」

 どの口が言うんだ。なのはも、アタシも。
 多分、態度には出ていないはず。
 アタシの口から、はなのはを心配する言葉が出る。でもそれは、取り繕ったり、誤魔化そうって気持ちじゃない。そんなことするぐらいなら、黙ってる。
 だから、なのはを心配する言葉は、本心だ。
 未だに、そんな言葉が口を吐くことにも驚くけど、自然に出たものだから、そうなんだと思う。
 言いよどんだのは、まだそんなことを言える自分に、ビックリしたから。

「またそんなこと言って。今は、そんなこと言ってる場合じゃ」
「良いんだって。アタシはお前とは、身体の作りが違うんだからよ。心配すんなって」
「――そんな! そういう言い方、よくないよ!」
「ん? んなこと言ってもよ、事実だし。ちょっとやそっとじゃ――」
「事実とか、そういうんじゃなくて、言っちゃうのが問題なの! そういうこと、言うの良くないんだから!」

 途端に、なのはが声を荒げた。焦燥に駆られた青い瞳は、次第に潤んでいった。
 何を思ったのか知らない。
 でも、正直にいって、アタシはなのはの態度にカチンときた。
 なにかは分からない。一言では説明できない、言葉にする気がないというか、いや、出来ないというか……もう、そんなことどうでもよかった。
 とにかく、鬱屈が膨れ上がっていって、どうしようもなかった。

「事実を言ったまでだろ。誤魔化したところで、どうなるっていうんだよ」
「だからって、投げやりな態度、絶対によくない!」
「ずっとこの身体に付き合ってきたんだ、今更投げやりになんかなるもんかよ」
「そんなの分かんない!」

 なにをそんなに食って掛かるんだ。

「じゃあ何か? アタシが投げやりになるようなことが、今あるって言うのか?」
「え?」
「だからよ、お前にそんな心当たりがあるのかって、聞いてんだ。アタシが投げやりになるような、そんなの」
「――っ!?」

 アタシの言葉に、なのはは顔を赤らめ、次の瞬間には真っ青になった。
 瞳はこっちを向いているのに、その視線はアタシを捉えていなかった。
 どこを見ているのか分からない。
 意識も、何処へやらへ行ってしまった、というよりは考え込んでいるのを、悟られまいとしているように思えた。
 でも、動揺しきっている態度じゃ、バレバレだ。
 アタシの考えが見えたのか、なのはの蒼い瞳が、わずかに落ちた。
 そして、下唇を、ぐっと噛み締めるのが、見えた。

「……ないんだったら、黙って食べろ。せっかくアタシが作った夕ご飯だぞ」
「…………うん」
「仕事先で、何があったか知らないけど……あんま無理するなよ。アタシは、なんもしてやれねーし」
「……うん」
「元気出せよ、なのは」

 精一杯、それだけを搾り出した。
 言いたくないわけじゃない。
 だけど、その言葉を吐くのか、躊躇してしまう。だから、さっきとは違って、今は、考えて、どう言ったら良いのか。きっと、本心じゃない言葉を。
 色んな感情が、頭の中でマーブル模様に渦巻いている。
 それでも、目の前になのはの、あんな蒼い瞳をされてしまったら、本心だとか、そんなのどうでもよくて、とにかく何か声をかけてやりたくなった。
 そして同時に、そんな自分に、苛立ちを感じずにはいられない。
 アタシは、なのはに対して、こんな辛そうななのはに対して、こんなことしかしてやれないのかって。

「明日は、弁当作ってやるからな。元気出せよ」

 もう一度、言葉が零れる。

「…………」

 なのはは、返事をしなかった。


  ◆


 久しぶりに弁当を作り、なのはを送り出した。
 昨日のことが効いたのか、ちょっとだけ元気なような気がした。空元気かもしれないけど、それが出来るぐらいなら、まだ良いかもしれない。

「アタシは、ちっとも元気じゃねーけどな」

 なのはの消えた玄関を見つめる。
 そんなことしたって、何が変わるわけでもないのに、何故か、玄関ドアから目が放せなかった。足が、動かなかった。
 未練、なのかな?
 自分でも、よく分かんねーや。

「さて。あたしも出かける準備、しないとな」

 自分に背を向けるように、玄関を後にして、自室へ向かう。
 弁当の準備も出来てる。後は着替えて戸締りして、出勤するだけ。正直、居心地の悪いこの家にあまり居たくないから、早く出て行きたい。
 着替えを取りに、寝室と化した自室に入ると、当然ながらベッドが目に付く。
 なのはが寝ていた跡が、ふんわりと盛り上がった布団で分かる。まだ、そこになのはがいるみたいだ。もし、声をかけたら、布団の中から、眠そうな顔が覗くんじゃないかって。そんな気すらした。

「……やっぱ、寝言が酷いんだろうな」

 今日の朝。冬だから日の出は遅くて、当然部屋の中は真っ暗だった。そうでなくても、遮光性が高くて、夏でさえ、暗いんだけど。
 なにかに追い立てられるように目を覚まし、ふと、視線を感じて、顔を左に倒すと、なのはと目があった。
 大丈夫?――口にするよりも何よりも、アタシを見つめる瞳が、そう語っていた。
 目は暗さに慣れてないし、なのはを見たのは一瞬だったのに、そう、確信した。
 いや、出来た、というべきなのか。

「なのはのヤツ、ああやって、夜中も起きてたのかな……」

 あの目は、アタシを心配してた目だ。
 何かがあって、目を覚まし、様子をずっと窺ってたんだ。
 そう考えれば、ついこの間、なのはが一緒に起きてくれたのも合点がいく。
 あれは起きてくれたんじゃなくて、既に、アタシが飛び起きるより前に起きてたんだ。
 じゃあ――

「アイツが、朝に中々起きられなかったのって……まさか」

 突然。ある可能性が、浮かび上がった。
 アタシと暮らし始めて、途端に朝が弱くなったのは、不自然だってこと。
 単に、甘えているだけだと思ってた。なのはのこと、みんなが驚きつつも、"甘えているからだよ"というものだから、そんな言葉に、ああ、なるほどと、納得してた。
 だって、自分自身、はやてのところを離れて、全部自分でやるようになったから、今出来ているだけだし。それは、なのはだって同じなんだろうって。
 でも、それが全部違ってたなら。
 だったら、だったら――

「なのはのヤツ。アタシが寝てる間、なにしてたんだ――?」

 制服の袖に腕を通しながらも、考えるのは止めない。
 考える、記憶を辿る、そして、また考える。
 なのはの行動を思い出した順に、ぽつぽつと、一つずつ。確認を取るように、一つずつ潰していく。一つ浮かんでは、それに対する裏を考えてみる。今まで、したことのなかったことだ。
 なのはとの毎日が、余りに日常のそれになっていて、その一つ一つに意味があるなんて、想像だにしなかった。
 幾つか、限られた時間ではあるけれど、用意が全て終わるまで、勘考を続けてみた。
 そして――

「なのはは、アタシに隠れてなにかやってる。やっぱり……」

 考えた末に、それだけしか分からなかった。"なのはが何かを隠している"、それ以外のモノをもたらさなかった。いや、今のアタシには、結局そこへ辿り着くしかなかったかもしれない。
 余計に分からなくなる。
 でも、どちらにせよ、という考え方は変わらない気がする。
 アタシは、そのどちらに重きをおくのか――それが重要なことかもしれない。なのはがどうかじゃなくて、アタシが、どうするのか。どう、したいのか。

「――僻みっぽいの、治ってないんかな」

 なのはが、アタシの為に何かしてくれているかもしれない――願望に近い考え。
 なのはが、アタシに隠れてフェイトと会って何かをしている――この目で見たこと。
 フェイトすら、アタシに嘘を、隠し事をしているって事実が、そのショックを大きくしてるんだと思う。
 そして、最近のなのはの態度。
 その二つが加わって、アタシにそういう選択をさせた。

「……もういいや。早く行かねーと遅刻するし」

 そんな訳はない。
 充分に時間はとってある。
 でも、そうやって言い訳でもしないと、この場から足が動きそうになかった。


 

 
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