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新婚なの! 13-8 (1)

「なのはが――なのはが行方不明って……どういう、ことだ?」

 よく、これだけ言葉が出せたものだと、感心する自分がどこかにいる。
 胸が締め付けられるような、いや、握りつぶされそうな思いの中、喉を搾り出すようにして、それだけしか言えなかった、というのが本当のところだろうけど。
 目の前のフェイトが揺れている。
 フェイトが揺れているのか、アタシ自身が揺れているのか――
 足元が、全く覚束ない。
 自分が、立っているのかすら、自信がないぐらいだった。

「落ち着いて、よく聞いて、ヴィータ」
「お、落ち着くのはお前だ、フェイト。アタシは……アタシは、別に」
「そんな顔で言ったって、説得力ないよ」
「う、うっせい。アタシが、アタシがどんな顔しようが……勝手、だろうが……」

 語尾が震える。
 泣きそうな声だと、何故か客観的に分析できていたけど、そんな事が出来たぐらいで何の役にも立たない。
 アタシを落ち着かせようとするフェイトは、揺れる瞳でアタシを見つめたまま、一言一言区切りながら、必死に呼吸を整えようとしていた。けれど、呼吸はひどく浅いままで、さっぱり効果は見えなかった。
 アタシの肩を掴む手の、力は増すばかりで、細い指先が食い込んでくる。
 潰されそうに痛いはずなのに、さっぱり痛くないというか、全くに他人事みたいな、そんな感じだった。

「大体……大体よ、なのはが行方不明だっていうなら、さっさと探しにいけよ。こんなところに……居る場合じゃねーだろ」
「いい、ヴィータ。よく聞いて」
「聞かなくたっていいよ、フェイト。アタシに何が出来るって言うんだ、時間の無駄だろ。それに、なのはなら――」
「ヴィータ! お願いだから、話を聞いて!」

 紅い瞳の、焦燥の色が、一層濃くなった。

「お願いだから、ヴィータ。いま、なのははね、指定管理世界にいるんだ」
「だ、だから――!」
「――前に、ヴィータに行ってもらった、あの世界に」
「な、なんでそんなところに!?」

 さっきの話の決着も付けないまま、フェイトは本題に入った。まだ終わってないぞ、と口を挟もうとした瞬間、それは圧倒的な感情に押し流されてしまった。

「もう少し後に、そこを押さえる筈だった。周囲に網を張ったり色々準備があるから。戦力も整えなきゃいけないし」
「そ、そういう話はいいから、どうして、なのはが!」
「それなのに、協力を要請してた陸の部隊が、先に動いちゃったんだ。目的地に向けて、幾つかの部隊を送っちゃったの」
「じゃ、じゃあ……もしかして――」
「そう。なのはが教導を担当してた子たちが、その中に含まれてる」

 瞳と、声に、フェイトの苦々しい思いが表れている。
 苛立ちに眉をひそめ、声の底に力が篭っていた。
 それを前に、アタシは、またも口を聞けなくなってしまった。いや、もうなのはのことを、聞きたくて、その理由を探してたんだ。

「なのはが助けに入って、少ししたところで、消息を絶ったの。ヴィータ、あの世界のことは分かってるでしょ?」
「あ、あり得ねえな。なのはが、あの程度でどうにかなるとは思えない。それに、勇み足で出てったとしても、増援なりなんなり、考えるだろ」
「私もそう考えたけど、陸は一向に動く気配を見せなくて。それに、なのはは本局の人間だから……」

 フェイトが言いよどむのも構わず、カチンときて、押さえ込みつつあった感情が、爆発しそうだ。でも、それを抑えることが出来たのは、目の前の、紅い瞳が、自分よりも大きな苛立ちを募らせているのが、分かったからかもしれない。
 自分のことを棚に上げて、よくも言う。

「真偽はともかく、実際にそうなってることだけは、事実として動かない」
「じゃ、じゃあ、さっきも言ったろ。こんなとこにいて、関係ない話してないで――」
「ヴィータ。なのはのこと。強ちあり得ないんだ。だって、高濃度のAMFが展開されるなんて、誰にも分からなかったから」
「エ、AMF――!?」
「その上、時を同じくして、多数のアンノウンが確認されてる。幾つかは、ヴィータの交戦情報から正体を割り出せたけど、それ以外の、当てはまらない物がいくつもあって、状況は凄く不透明なんだ……!」
「あ、アンノウン、だって……?」

 フェイトの声の震えは、次第に大きくなって、最後には何かを噛み殺しつつ、やっとそれだけ言うと、アタシから視線を逸らしてしまった。
 苦虫を噛み潰したような、表情と声、そして逸らされた視線。それそのものを口にしなくても、それ以上に気持ちが伝わってくる。
 アタシは、正確に、フェイトの言いたいことを、伝えたいことを掴んで、しまった。

「な、なの――!」

 フェイトから伝えられた、それ。湧き上がる感情と、記憶。身体と頭の奥底に焼きついたそれは、一瞬にして、全身を駆け巡り、頭の記憶は、身体の記憶と混ざり合い、実在する感触となって蘇り、思考が全部持っていってしまう。
 むせ返るような残留魔力、肌を焦がす炎、鼻の奥を焼く焦げ臭さ、視界を染める鮮血、そして、それらを覆い隠すような――白。
 肌に蘇る、ぬるりとした生暖かさと、鼻の奥を突く、吐き気を催す鉄臭さ。そして、腕に圧し掛かる、力の抜けた身体の重さ。
 色を失った顔と、表情。代わりに、シンボルとなっていた白の衣装は、鮮血に染まり、今や見る影もなかった。
 力なく見開かれ、なにを見つめているのか定かじゃない瞳。微かに開かれた口から漏れるのは、息とも声とも区別のつかないもの。耳を寄せても、もう聞き取れやしない。
 必死に、力の限り抱きしめて、放しはしないと、絶対に行かせはなしないとする傍ら、それがなんの意味を成さないことを自覚し、押しつぶそうとする無力感に苛まされる自分。
 なにもなかった。なにも出来なかった。声の限りに叫んで、叫び続けて。自分には、もう、誰かに縋るしか術が残されていなかった。
 ――記憶の底にしまいこんでいた光景が、一瞬にしてアタシの身体を支配した。

「――、――――っ!?」
「ヴィータ、しっかりして! ヴィータ! "今は"、"そうじゃない!"」
「はっ、はっ、はっ……!」
「ヴィータ!」

 フェイトが抱きしめてくれるのが分かった。
 だけど、それは何の助けにもならなかった。
 頭と全身を塗りつぶす、蘇った感触。それは、力いっぱい抱きしめてくれてるだろう、フェイトの腕よりも強く、支配していたから。
 その中の、まだ僅かに残っている、平静を保っていられる場所で、必死に考える。
 今まで、あの日のことを忘れたことは"なかったはず"だ。一度だって、ずっと、付き纏ってたはずなんだ。それなのにどうして、今、これだけ動けなくなってるんだ?
 まるで、"すっかり忘れてた"みたいじゃないか――?
 震える身体を必死に押さえ込もうとする。"以前"ほど、取り乱すことは無かった。けれど、何も出来ないことには、変わりなかった。
 あの時と、今。
 アタシはまた、何も出来なかったのか……!

「ヴィータ、なのははね。なのはは……ヴィータじゃなきゃ駄目なんだ、だから」
「ど、どうしてさ。フェイトのほうが……良いんじゃないのか? だって、フェイト、お前はずっと……なのはと」

 フェイトの言葉に、応えているのは自分のようで、自分じゃないような。うわごとのように、呟かれる。
 大部分は、今だに現在と過去がぐちゃぐちゃになっていて、とても話をしていられるような状態じゃなかった。けれど、僅かに残っただろうところまでが、勝手に動き始めたのかもしれない。
 ふと、身体に掛かる圧力が弱まる。
 アタシを抱きしめていた、フェイトの腕が解かれ、焦燥をこえ、痛みすら覚えているんじゃないかという紅い瞳が、目の前に現れた。

「そうじゃない、そうじゃないの、ヴィータ。それにはちゃんと、理由があるから……!」

 そう言うと、フェイトは目を伏せ、口を結び、次いで深く息を吐いた。そして、次に顔を上げた時、その瞳には、何かを決意したような、先ほどとは違う色が見えた。
 額には、汗が浮き出ている。ここへ来たときのものか、今浮き出したものか、それは分からなかったけど、フェイトが、重大な判断を下しているのは伝わってきた。
 暴れまわる心が、一向に落ち着きをみせない。
 聞きたくない――それが本音だった。コレ以上、自分を追い込むようなものから、逃げ出したかった。

「あのね、ヴィータ。ヴィータが何を気にしているのか、分かってるつもりだよ。何を見て、何を気にしているか、それを」
「……そう、かよ」
「それはね、全部ヴィータとの約束を……守るためなんだ。そしてね、ヴィータを守るためでもあったんだよ。他の誰でもない――なのは、自身が」
「アタシを? なのはが? それに、約束って……なんだ?」
「うん。私も疑問だったんだ、ヴィータが時折見せる、態度が。だからね、なのはに確かめたの。ヴィータのこと」

 息が、苦しい。それすら、苦痛になっていた。
 それでも、なんとか息をしようとすると、口中の粘つきが、猛烈な不快感となって残る。ほんのちょっとの唾を下すのも一苦労なほどに、口も、喉もカラカラに渇いていた。
 これほどの緊張。
 フェイトの辛そうな顔が、苦しそうな声が、これからアタシが受ける、ショックの大きさを物語っているような、そんな気がした。いや、それはアタシだけじゃなくて、もしかして、それを告げるフェイト自身もそうなんだろうか。
 汗が、滲み出てくる。
 嫌だ。油断していると、そう、口を吐いてしまいそうだ。
 でも、今更そうとも言えない。
 アタシ自身が欲しかった、答えの一つじゃないか。それが、向こうからやってくるってんだから、願ったりじゃないか。それに、少しでも、この身体を支配する感覚から、目を逸らしたかった。

「ヴィータ、言ったんだよ、なのはに。"大切な人の前では笑ってるんだ"って、そうやって。だから、辛いことは言わなかったの、ヴィータの為に。ヴィータの前では、ずっと笑っていようって。そう決めたんだ、なのはは」
「アタシの……前では? それに、その約束って、それ」
「でもね、そう決めたけど、笑っていられなかった。だって、ヴィータの中で、ずっと"あの日"の事が重荷になってるの。それが、なのはには分かっていたから。だから、どうにかしたくて、ヴィータと一緒にいたんだけど……なのはは、約束を守れそうになかった」
「なにが、どういう……?」
「"大切な人の前では笑ってるんだ"って。ただでさえ、ヴィータを見ているのが辛いのに。なにも出来ない自分が不甲斐なくて。それに……なのは自身も……その、ヴィータは知らないだろうけど、武装局員の……」

 なんとか、首を振る。
 アタシの答えに、少なからずショックを受けたみたいだった。
 でも、今はそれに構ってることは出来なかったんだろう。直ぐに調子を取り戻して、話を続けてくれた。
 けれどアタシは、話を聞いてられる自信が、少しずつ削られていっていた。一瞬でも気を許すと、抗う間もなく、もっていかれそうで、それを堪えるのにも、相当に神経を使っていたから。そして、フェイトの話。必死に体勢だけは、保とうとした。思わず逸らしてしまいそうになる視線を、必死に繋ぎとめた。

「分かるよね、それがどういうことか。なのはの教え子たちが、その中にいること」
「……それも、知ってる」
「なのはが、そういうの、耐えられないことも。でも、ヴィータがいてくれるから、我侭、聞いてくれるから。だけど、約束があるでしょ? その板ばさみにあって、なのはは……誰かに、"頼らなきゃ"いけなくて……」
「……お前だってことだろ?」
「変だよね? ヴィータは、自分に言えって、なのはにそう言ってたんだから。でもそれは、ヴィータの思い込みなんだよ」
「アタシが……間違ってるみたいじゃねーか……!」
「初めから、みんなの前では笑顔でいるって。その代わりに、ヴィータに我侭を言うって……そうじゃなかったんだ」

 なのはが、なんだって?
 "アタシの前では笑顔でいた"だって?
 なんだよ、それ。
 正直、フェイトの言ってることの意味が、さっぱり分からなかった。だけど、それが嘘じゃないってことが、本当のことだってことは……分かった。
 少しずつ、疑問は解けていっているというのに……。寧ろ、苛々というか、なにかどうしようもない衝動が身体の中心から、爆発的に広がっていく。
 しかしそれは、思わず握り締めた拳の痛みを、自覚できるほどに、正気をもたらせてくれる。
 だけど、だけど――こんなのは、アタシの欲しかった答えじゃないんだ。なのはに、そんな風に思わせてたなんて、聞きたくない――!
 なんだよ。こんなのって――ないじゃないか……!

「ヴィータの前で笑っていられるように、私にちょっとだけ、相談してくれた。それだけなんだよ、ヴィータ。ヴィータの思ってるようなことは、一つもないんだ。あのね、寂しい時、辛い時、少しぐらい、誰かに抱きしめて欲しい時があるでしょ? でも、それだって、ヴィータを裏切るとか、そんなじゃない、絶対に。なのはは、仕方なくて、ほんの少し、誰かに頼りたかっただけなんだ。誰でも良かった。それぐらいの意味なんだ。それでね? なのはは、ヴィータに嘘を吐くことになるのかなって……辛く思ってた」

 哀しそうな、それでいて、どこか悔しさを秘めた響き。
 フェイトが嘘を、自分たちに都合の良いことを言っている、それだけはなかった。確信を持って、それだけは言える。親友に対する贔屓目とか、そんなの抜きで。
 その確信を抱くと同時に、溜まり続け、膨らみ続ける衝動とも言うべきものは、ついに、身体を動かすまでになった。

「そんなの、そんなの……おかしいじゃねーか! だって、アタシはなのはがそうしなくて良いように、アイツにそう言ったんだぞ! それなのに、なのはは……!」

 そこまで口にして、どうしようもない違和感が纏わりついてきた。
 自然と口を吐く言葉。感情に任せたとはいえ、紛れなく、自分の言葉なはずなのに、そんな自分の言葉がどうしようもなく不自然だった。
 何を言っているのか、何でそんな言葉が出てくるのか――だけど、その違和感を止める術はなかった。

「お前に頼ったり、アタシと一緒にいて辛いだなんて……全然、意味がねーじゃねーか! そんな、そんな約束……!」

 違和感は決定的になった。
 自分で口にした、その「約束」という言葉によって。
 だけど、分からない。一体、その「約束」がなんなのか。なのはとの間に交わされたであろう、それが、一体なんなのか。フェイトも知っているらしい、それ、が!
 そして――どうして自分には、それが分からないのか。

「ヴィータの考えてること、分かるよ。でもね、なのはは気付かれたくなかったんだから、それで良いんだよ。ヴィータが分からないままで、良いんだよ」
「そんな訳ねーだろ! アタシと一緒にいた二年近く、ずっと辛い想いさせてきたって、気付かなくて良いわけねーじゃねーか!」

 フェイトの腕を振り払い、襟元に掴みかかる。
 ぐらぐらと、アタシの揺するようにされているフェイト。だけど、その瞳から力は失われていなかった。
 すぐさま、アタシの腕を掴んで、黙らせるかのように顔を寄せてきた。
 ずいと寄った、紅い瞳が、アタシを問答無用で黙らせる。

「ヴィータ。なのはは今、ヴィータに助けに来て欲しいんだ。ヴィータじゃなきゃ駄目なんだ」
「な、なんで……なんでそんなこと言えるんだよ! "こんな"アタシに、なにを、なにが出来るっていうんだよ!」
「ヴィータ……ヴィータが自分を許せないってのは分かる。でもね、今はそんなこと言ってる場合じゃないんだ」
「なんだってんだ! はっきり言えば良いだろ!」
「私の話……信用できないのなら……それは仕方ない。でも」

 そこで一度区切る。
 止めたのは、一瞬だった。だけど、その一瞬の溜めは、とても重いものだった。
 なにか、言わなくちゃいけないことと、言っちゃいけないことの板ばさみにあっているような、そんな重みが、その瞬くような間に、込められていた――ように思えた。
 実際にそうだったのか、勘違いだったのか。
 いずれにせよ、アタシがそこで黙ってしまったのは、事実だった。

「それなら、なのは本人に確かめて」

 意気地がないってのは、こういうことを言うんだろう。
 感覚に覆いつくされそうになるのを、必死に抑えようとして、その代わりに、感情に任せてしまう。
 なのはが大切で、なのはも同じように想ってくれてるって、フェイトが言ってくれてるのに。それを、素直に受け入れられない。
 そして更に、この拭いようのない、違和感が足を引っ張っていた。

「で、でもよ……分かんねえんだよ……なにかが、すっぽり抜け落ちてて……身体は覚えてるんだ。それは、分かる。でも、それが全然分からないんだ……!」

 目の前が滲む。もう、なんなのか分からない。当時の感情が、蘇ってきてるせいなのかもしれない。
 "あの日"のことは覚えてる。でも、それ以降のことが――抜け落ちているのかも、しれなかった。フェイトが嘘を吐いてるんじゃないんだ。だったら、そうとしか考えられない。

「ヴィータ。今から話すことは、"私の想像"だから。決して、本当のことじゃないから」

 抱きしめて、耳を僅かに撫でる、フェイトの震える声。

「……」
「あのね、ヴィータ。なのはは悩んで悩んで。最後にね、ヴィータの記憶を、夢を見ることをないよう、魔法で抑えちゃったんだ。だからね、ヴィータがあるときから、それを気にせず、なのはと一緒にいられたのは、そういう理由――なんじゃないかって、思ってる」
「……」
「本当のところは、分かんない。なのはとの相談で、何となくそうじゃないかって、思っただけ」
「……」

 身体の震えが納まらない。
 喉が潰れたような錯覚に、搾り出そうにも出てこなかった。
 頭の中も、現在なのか、あの日なのか、記憶が混ざり合って、全く分からなくなっていた。
 でも、その中で一つ。抱きしめてくれる、フェイトの体温だけが、僅かにだけど確かなモノとして感じることが出来た。そして、その感覚は、ある記憶を掘り起こしてくれた――シャマルのことだ。
 若しかして、あの時と同じように、今回もシャマルは気付いてたのかな……

「ヴィータがあの日のことを悔やんでいるように、なのはもずっと、あの日のことを悔やんでる。確かに、やり方はよくなかったかもしれない。でも、なのはなりに、精一杯だったんだ」
「…………」
「分かるでしょ? ヴィータ。なのはを"助けられる"のは、ヴィータだけなんだよ? なのはが待ってるのは、ヴィータなんだよ!」

 フェイトの悲痛な叫びのような声。それが、どんなに重いものなのか、なにを言いたいのか。それは、分かる。
 なのはのところに、行きたくない訳じゃない。
 いま、なのはは同じような場に身を置いている。だったら、あの日と同じような目に、二度と遭わせるわけにはいかない。
 だから、今度こそ……いや、もう二度と――! そう、なんど強く想ったか知れない。
 それなのに、身体が……言うことをきかねえ……

「――ヴィータ。左手、出してみて」
「左手……?」

 そっと腕を解いたフェイトに言われるままに、左手を持ち上げる。
 フェイトの顔の位置まで挙げた手の、小さな光が、目に入った。
 なのはの、指輪だ。
 なのはとの――指輪だ。
 滲んだ視界に、僅かな光でもなお、存在感をもつ、それ。
 もう。目に溜まったそれを、自然に任すしかなかった。

「いい、ヴィータ? この指輪に、魔力を込めてみて」
「魔力……? 指輪……?」
「ほら、涙を吹いて。それは、後に取っておいて。なのはを助けたときのために」
「……わ、分かった、フェイト」

 アタシを立ち直らせようと、元気付けようとしているだろう、フェイトの声。だけど、それは今も震えていて、崩れてしまいそうというか、とても危ういように感じた。
 でも、今はそれに構ってられる余裕もない。アタシは、言われたとおりにするしかなかった。
 普通のものに、魔力を付加するのは難しい。
 だけど、フェイトの言うことだ。疑問を挟む余地なんて、ない。
 指輪を、なのはを想いながら、魔力を込めた――

「こ、これって――!」
「分かるでしょ、ヴィータ。これが、この光が、なによりヴィータを想ってることの証拠だよ」

 信じられないというか、信じがたいというか。
 魔力を込めた途端、指輪から、強い光が放たれた。
 その光は、いつものものとは違う、慎ましい銀色じゃなく、"桜色"だった。
 "なのはと同じ"、色だった。
 玄関を埋め尽くす光。
 タダの光じゃない。まるで、形あるもののように、空間を埋め尽くし、その色に染めていく。それは、なのはが包み込んでくれている――そんな感じすら、覚えるほどに。

「どういうことだ、これ! どうなってんだ!?」
「ヴィータ。この指輪は、任意の魔力を登録しておくことが出来るんだよ。ほら、ヴィータも使ったことある、あれ」
「……もしかして、あの時の……アレ、か?」
「うん、同じ素材なんだって。なのはに、その話を聞いたときは、びっくりだったよ? 偶然にしても、凄いなって」
「あ、ああ。アタシだって……ビックリだ」

 加減が分からなくて、込めた魔力が強かった分、眩いなのはの光は、依然玄関を埋め尽くしていた。

「でも、これがどうなるんだ?」
「あのジャングルの中でも、しっかりと目的の相手を見つけることが出来たでしょ? だから、その指輪があれば」
「確実に、なのはのところへ……コイツが、連れていってくれるってことか?」
「無理かもしれない。だけど、あの中を当てもなく探すより、ずっと希望がある。それに、なによりそれは、ヴィータとなのはを繋いでくれてる」
「繋いで……」
「二人の結婚指輪なんだもん。きっと、ううん、絶対になのはのところへ、ヴィータを導いてくれるよ」

 震えていたフェイトの声は、いつしか、搾り出すように、擦れ、弱弱しいものになっていた。捉まれた腕からも、痛みと共に、フェイトの震えが伝わってくる。
 でも、フェイトの言いたいことは分かる。アタシが、なにをしなくちゃいけないのか。どうすれば、いいのか。
 確かに同じものなら、指輪が引っ張ってくれる。
 身体の外に出すんじゃなけりゃ、その結合阻害の影響は最小限に抑えることが出来るはず。
 外からの、探索魔法が利かない状況でも、これなら何とかなるかもしれない。どういう原理なのか、未だにさっぱりだけど。

「ね? だから、ヴィータ」

 尚も、アタシの背中を押してくれるフェイト。
 けれど、今までと様子が違う。
 アタシの手を掴んだまま、捉えていた紅い瞳は徐々に落ち、がっくりと、項垂れて――

「――なのはを……なのはを助けに行こう? お願いだから、ヴィータ……!」

 さっきまでの、アタシと一緒だった。
 必死に、なにかを抑えていて、僅かな隙からもそれが漏れ出してしまいそうな。
 そんな状況で尚、なのはを助けるために、なのはのために、アタシを動かそうと、動けるようにとしてくれている。
 懇願というんだろう。
 心の底から、なのはを助けたい一心で、それ以外になにもなく、純粋に、それだけ――

「(あ、ああ。あのときと一緒じゃないか。あのときのフェイトも、なのはを助けたいって、誰よりも願ってたじゃねーか……)」

 そうだ。覚えてる。あのときのこと。
 フェイトも必死になってた。今みたいに、アタシに掴みかかって……なのはがあんなことになって、傷ついたのはフェイトも一緒だった。いや、関われなかった分、フェイトの方がより傷ついてたはずだって。
 そして、また同じように、なのはを失うかもしれない。そんな恐怖を感じてるはず。その、全身から発せられる震えが、なによりも強く物語っていた。そんな中で、自分を押し殺して、ここまで来てくれてるのに。
 アタシは、一体――なにしてんだよ!

「ああ……そうだな」
「ヴィ、ヴィータ……?」
「でも、約束も、記憶も。どうでも良いや」
「え? な、なんで?」
「……フェイト」

 拳を固めたまま、フェイトをしっかりと見つめる。

「そんなのなくったってよ。アタシはなのはの嫁なんだ。こんなときに、助けに行かなくてどうすんだよ。旦那を助けるのに、記憶も約束も、そんなのなくったって、行かなきゃいけないじゃんか」

 言い聞かせるように。でも、恥ずかしいこと言ってる自覚もあった。
 前後不覚になって、みっともなく泣いてたのは、誰だよって。でも、だから。それを吹き飛ばすためにも、このぐらいのことを言わなきゃ、釣り合いが取れなかった。

「それにさ。親友にここまでさせて、動かなかったら、一生顔向けできないもんな。今、守るべき約束があるとすれば――フェイト、お前との約束だ」
「ヴィータ?」
「なのはのこと。お前が結婚の祝いを言いに来てくれたときのこと。ちゃんと、守らなきゃな」
「……うん。そうだね、ヴィータ」

 悔しい。
 こんなにまでなったフェイトに、気遣われているのが。
 でも、それよりも悔しいのが――なのはに、一番気遣われてたのが、自分だってことに気付かなかったこと。
 それなのに、アタシが一番、なのはの為に何かしてやってるんだって、そう勘違いしてたことの馬鹿馬鹿しさに、気付かなかったことだ!
 なのはが魔法をかけてくれてたって? そうだ。そんなの言い訳にもなりやしない。アタシは、なのはの嫁として、やらなきゃいけないことがあるんだから。

「ヴィータ」
「な、なんだよ……」

 フェイトの瞳には、哀しみともいえる色が宿っていた。
 アタシを映す、紅い瞳が、揺れた。

「なのはは、ヴィータのそういうところが……好きなんだね」
「なんだよ、今更。そんなの、そんなだったら……お前の方が、フェイトのほうが優しいだろ」
「ううん、私のは優しさじゃないよ。だってね、下心があったから」
「下心……お前、言い訳が下手だな」
「そう思ってくれるから、ヴィータは優しいって言うんだよ?」

 笑ってる。
 でも、こんなに哀しそうに笑うなんて……寂しすぎる。
 アタシには、どうしてやることも出来ないし、ホントに、フェイトの本心を見抜くことが出来なかった。
 なんで、親友にこんな顔をさせなきゃいけないんだ――!

「なのはを大切に想ってるのは、お前だって一緒だろ? それを……下心だなんて言うなんて、よくない」
「一緒? じゃあ、ヴィータも下心があることになっちゃうね」
「だから、ねーって」
「ふふふ。やっぱり、ヴィータのこと好きだな、私。なのはが好きだって言うのも、分かるよ」

 思わずドキリとして、顔が熱くなるのが分かる。
 けれど、こんなときに聞きたくない言葉だった。

「もっと、別なときに言えよ、フェイト。今じゃ嬉しくねーよ」
「……うん、そうするね」

 今度は、裏のない、気にしなくていい、そんな笑顔を見せてくれた。

「これなら、なのはを助けられるんだな」
「うん。ヴィータが、なのはを想う気持ちが強ければ、絶対に」
「ああ……! 絶対に、なのはのところに辿り着いてみせる。なのはが……アタシを待ってるってんならな!」
「行こう、ヴィータ。準備は整ってるから」

 立ち上がって手を引くフェイトと一緒に、家を出ようとしたとき、周囲が焦げた上に真ん中が凹んだ玄関ドアが、目についた。

「おい、フェイト。これ、どーすんだ? 魔法、使ったんだろ?」
「……これ? うーん。……ヴィータが目を瞑ってくれれば、あとでこっそりお金出すから、私が」

 顔がゴメンといっている。
 ちょっぴりバツの悪そうに笑う顔が可愛い。
 心配したこともあったけど、フェイトもそれなりに、世間に擦れている様だった。
 アタシは、ニッと笑って、後で請求書送っておくぞと言った。

「転送魔法の許可は予め申請しておいたから。こっから一気に本局まで行こう?」
「本局? ああ、そういや一気にこっちからはいけなかったんだな。途中、どっか経由すんのか」
「うん。前と一緒。でも途中で、私のいる艦にいって、そこで状況確認するから。それから降りる」
「その辺の説明は、移動しながらで良い」

 フェイトは頷き、足元に魔方陣を展開させる。
 優しい、髪と同じ色の金の魔力光が辺りを包む。
 光が強くなり、そろそろ転送だなというときに、戸締りどうしようなんて考えても、もう、遅かった。


 


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