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新婚なの! 13-11 (1)

 真っ白な壁、床。そして、それらを更に白抜きするような、明り。
 身体に篭る熱気を奪うような、ヒンヤリした空気の中に漂う、薬品の臭い。
 定期的に通ってはいるけれど、未だに慣れないし、慣れたくない。出来ることなら、余り足を運びたくない。
 ここにくると、嫌なことばかり思い出す。良い思い出が、ない。
 お医者さんや、看護師さん、治療魔法を使える魔導師たちの往来を横目に、私は、長椅子に一人腰を下ろしていた。
 手術室のランプが灯り、どのくらいの時間が経ったろう。
 私は、重い扉の前で祈ることも、泣き喚くこともなく、ただ、力なく、その場に居た。
 もう、涙も出てこない。
 声も枯れ、なにも考えられなかった。

「高町教導官ですかしら」
「――どちら、様ですか?」

 声に、のろのろと顔を上げる。
 そこには、真っ白な背景に、目を顰めるほどの明りを背負って、背の高そうな女性が立っていた。のっぺりとした表情の中に、見下ろす視線を貼り付けて。
 制服は、本局の航空隊。
 ――ズキン。
 胸が、痛んだ。

「わたしく。本局航空隊1321部隊所属、エスティマ=メンティローソ一等空士といいます。――高町ヴィータさんと、同じ所属の者です」
「あ、え、ええっと……」

 なんと言うべきなのか、言わなくちゃいけないのか、分からなくて取りあえず、腰を上げた。身体が、ギスギスと音を立てるように軋む。
 目の前の、ヴィータちゃんの同僚だと言った女性は、思った以上に背が高い。
 どうでもいい事だ。
 伸ばした身体が痛む以上に、胸の奥がズキズキと痛んで、その痛みの原因のこと、考える余裕もなかったし、考えたくもなかった。本当は、考えるまでもなく、分かっているくせに。
 けれど、知らない振りをすること。目の前の人物が、私にそれを許してくれない。

「お、おい。走るなって! なんだよ、急に」

 また、誰かが来たみたいだ。

「高町教導官?」
「はい」
「――失礼」

 言うや否や、乾いた音が、響く。
 その言葉を、響き渡る音を、襲う衝撃の意味も理解する間もなく、目の前に火花が散った。辺りを一瞬、静寂が支配する。
 頬が、強い熱を持つ。
 私の顔は、いつの間にか、女性の後を追ってきたらしい、男性に向いていた。
 ゆっくりと視線を戻す。
 目の前の女性の手は、私の顔の位置で、宙に浮いている。
 意味が、理解できなかった。

「――お、おい! 急になにすんだよ! あ、相手が誰だか分かってんのか!?」
「分かっているから、こうしているのです。誰構わず、人を叩く趣味はありませんのよ」
「だ、だったらなんで!」
「フーガ? ヴィータさんの処置が終わり次第、私に連絡を寄越しなさい。良いわね?」

 女性は、私の手を引くと、ずんずんと歩き出した。
 然して抵抗することなく、私は引っ張られた。
 あの扉の向こうで、今まさにヴィータちゃんの治療が行われてるというのに、私はその場を離れることに、躊躇が無かった。

「俺はお前の連絡先なんてしらねーよ!」
「あなたのところへアドレスを送っておきました。それで返信なさいな」
「お、おおい!」

 呼び止める声にも構わず、その人は私の手を引く。
 着いていく気もなかったけど、その場に積極的に留まる気もしない。
 結局、私は女性のなすがままに、その場を後にした。


  ◆


 手を引かれるままに歩いた。
 てんてこ舞いの医療棟で、ボロボロのバリアジャケットに、血塗れの手足を引き摺っていたら、引き止められそうなものなのに、不思議と誰にも声をかけられなかった。
 人の往来をすり抜けるようにして、いくらか歩いたところで、手を離された。
 誂えたように、椅子が置いてある。
 人気がない。
 不思議な空間だった。
 何の用途があるのか。住宅街の細い路地に、突如現れたような空間。ここだけ、辺りから切り取られたのか、隔絶されたような感覚に陥る。
 ヒヤリとする空気が、一層、冷たく肌を覆う。

「そこへかけて下さい」

 言われるままに、腰を下ろす。

「お手数ですが、顔を上げてもらえますか」

 のろのろと、言われるままにする。
 この女性は背が高い。お陰で、首が痛かった。目に入る明りが、沁みる。

「さて――折り入って、聞いていただきたい話があります」
「え……?」

 一息置いた、その瞬間。
 目の前の女性が、"別人"になった。
 入れ替わるというか、変化するというか、何とも形容しがたい現象が、目の前で繰り広げられる。
 なんのエフェクトもない。
 魔方陣すら展開されていない。
 まるで、マジックでも見ているような、本当の魔法でも使ったかのような、一瞬で行われたそれは、完全に私の理解を超えていた。
 女性は、"変わった"姿で、けれど変わらず抑揚のない声で、告げる。

「この一件。どのようにお考えで」
「…………」
「この一件。どのようにお考えで」

 抑揚のない声で、テープレコーダーがリピート再生するように、全く、同じに問う。
 正直に言って、今はそんな気分じゃなかった。
 何も考えられないし、考えたくもないし、こんな見知らぬ人と、喋る気もない。処置室の前に戻りたいとも思わなかったけど、ここに居たいとは、全く思わなかった。
 けれど、相手はそれを、私に許してくれないらしい。

「……この一件、ですか」
「ええ。あなたの伴侶が、瀕死の重傷を負ったことです。そのことについて……いえ、その前に。どうして、あなたは、あそこへ行ったのですか? そこから窺いましょうか」
「――そ、それは」
「あなた方には、欠けてもらっては困るのです」

 "あなた方"――確かにそう言った。ヴィータちゃんだけでも、私だけでもなく、"あなた方"。
 この人は、いったい、なにを聞きたいんだろう?

「分かりませんか。あなた方――再来年の春に発足される、古代遺物管理部機動六課の面々に、です」
「それは……どういう?」
「私の質問に答えていただきたい。どうして、あそこへ――百三十八観測指定世界にです。あなたはご存知だったはずです。あの世界が、何の準備もなしに飛び込むには、危険だということを。加えて、捕物であったことも。だのに、どうしてですか」
「どうしてって……それは、あなたが言ったように、危険だからで」

 意外にも、私は会話を続けることが出来る。
 もっと、もっとショックで、何も口が効けないのかと考えていたから。
 思ったより、私は平気らしい。
 それも、またショックではあったのだけど。

「自分の伴侶を、あのような目に遭わせても、それは成し遂げられるべきことだったのですか」
「そ、そういう――!」
「いいえ、そういう問題です。例え、どちらかが死ぬようなことがあっても、己の立場を全うしなければならないと。己を傷つけ、伴侶に瀕死の重傷を負わせても、成さねばならなかったと。そう、仰るのですか」
「ち――ぐっ」

 違う! ――そう、叫びたかった。全力で持って、相手の言葉を否定したかった。
 でも、それは出来なかった。
 女性の言う通り、私の立場もあったけれど、一番は、胸の痛みのために。ただ、その痛みの由来は、判断出来なかった。
 確かに、あの場で、彼らを気にかけず、いつも通りに家に帰ることも出来た。管轄を越えてるし、私の行為そのものに問題がある。なんらかの処分があっても不思議じゃない。
 だけど、私が行かなければ、恐らく、彼らは全員死んでいた。
 明日から、私の教導相手はいなくなり、暇を持て余して本局に帰ることになる。
 そうなるという、確信に近い予感をもっていて、無視できただろうか。
 いや、出来るわけがない。
 彼らが命を落とすかもしれない、ということと、私とヴィータちゃんがこんな風になるかもしれない、という予測は、前者の方が圧倒的――後者は候補にすら挙がらなかった――な確率の高さだ。

「困ります。そのような判断をなされては。そのような、有象無象の局員のために、貴重な戦力を失わせるような、判断は」
「う、有象無象? それは、それは酷すぎます!」
「そうでしょうか。あなた方が助けに来なければ、露と消えるような命が、彼女の命より大切ですか。少なくとも、あなたは、そう思っていらっしゃるようですが、古代遺物管理部機動六課設立を前に、あれを失うことは、損害が大きすぎる」
「そんな、人をモノみたいに! そうやって、割り切っ――ぐぅ」

 声を荒げると、喉が裂けそうになり、胸に、突き刺すような痛みが走る。
 負った傷の、ほとんどは塞がっているけれど、まだ表面的なものだし、身体の奥、リンカーコアの損傷は、日にち薬。直ぐには、治らない。
 痛みに、身体が折れる。立ち上がることすら出来ない。地面が、揺れる。
 女性の、足が目に入った。
 靴は、どこのものだか、見当がつかない。
 少なくとも、私は見たことのないモノだった。
 表情もなく、抑揚のない声で喋る、この女性は、一体何者なんだろう。

「今、その価値観について話し合うつもりはありません。ただ、あなたの考えは理解しておきます」
「……そ、そうです、か」
「考えれば、分かったことかもしれません。あなたの話を聞くまでもなく」
「……どういう、ことですか?」

 思わず、キツイ声になったのが、分かった。今まで、女性の声は表情のないものに聞こえていたのに、そのときは、呆れたと言わんばかりに、聞こえたから。
 バカにしている――そう、受け取れた。
 顔を上げるけど、のっぺりと張り付いたような表情は、相変わらずだった。
 私を捉える視線すら、なにも語らず、私の勘違いだったと思わせんばかりだ。

「元々、あなたにとって、彼女とは代えの利くモノだったということです。ですから、天秤にかけることすらなく、捨てることが出来る」
「ヴィ、ヴィータちゃんは、そんなじゃ……ゲホッ、ゴホ……」

 思わず大声を出そうとしてしまい、咳き込む。
 身体中の、筋肉、内臓、骨が、痛みの声を上げ、頭は足場をあやふやにする。

「仕事が忙しくなり、会えなくなったフェイト・テスタロッサ・ハラオウンの代わり、なのでしょう。あなたにとって、彼女は。その他多くの"予備"の一つで、その中で一番手ごろで、御しやすい相手を選んだ。それだけのこと」
「違う!」
「そう、言い切りますか、言い切れますか。本当に、彼女のことを、掛け替えのない一人だと、言い切れますか」
「い……言える、私にとって、ヴィータちゃんは、ヴィータちゃんは……」
「では、フェイト・テスタロッサと、彼女を、選べますね。躊躇なく、フェイト・テスタロッサを捨てられますね」

 これだけ言われても、私の口は、素直に動いてくれなかった。
 違う。
 動かせなかったのかもしれない。
 選べる訳がない。
 確かに、ヴィータちゃんは大切だけど、フェイトちゃんを捨ててまで選べといわれて、その選択肢を選ぶことは――出来ない。
 だって、そういう問題じゃない。
 確かに、私はヴィータちゃんを選んだけれど――
 痛む胸を、その言葉が、じくじくと抉っていく。

「残念ですね。彼女は、己の主より、あなたを選んだというのに」
「――え!? ヴィータちゃんが、はやてちゃんより、私の……ことを?」
「自分達の、立場の微妙さを理解した上で、彼女は、あなたを助けるために、悶着を起すことに、躊躇しませんでした。彼女らを快く思っていない人間が、少なくないことを、知った上で。この時期、悶着を起せば、どうなるか分かって、です」
「そ、それは、どういう……?」
「信じられない、といった顔ですね。自分が、そのようにさせておいて。コレでは、彼女も報われません。ああ、ご安心ください。彼女は、行動を起そうとしましたが、その前に止められましたので、結果、何事も起きませんでした」
「だ、誰に?」

 私の質問に答える代わりに、その人は、軽く、かぶりを振った。

「あっ――!」
「どうかな、タカマチ。見た目に問題ないだろう? 流石に、中身までは真似出来ないが、ね」
「プ、プリム、さん! えっと、じゃあ」
「……残念ですが、私はカレスティア二等空尉ではありません。このとおり、外見を真似ているだけです。喋り方も、彼女の前でとったモノを参考にしただけで――情報が足りませんね」
「そ、それじゃ、さっきのは……」
「最初にお見せしたのは、私の"オリジナル"です。さっきまでの姿は、元々のというべきか……余り意味のない問答です」

 プリムさんになったその人は、また軽くかぶりを振り、別の姿に変わる。

「あ、あ――!」
「この姿も、あなたに見せておくべきでしょう」

 柔らかい、営業スマイル。今度は宝飾店の、あの女性店員になった。私に、指輪を勧めてくれた、あの店員さんに。

「話を戻します。あなたが、彼女にそこまでさせたのに、信じられないといったのは、大して思い入れがないからでしょう。想像以上の行動に、戸惑っているのでは。そんなことをするほどだろうかと」
「ち、違います。あなたは、ヴィータちゃんと、はやてちゃんのことを……」
「そう、ですか。では、違うというなら、何故あなたはここにいるのですか。何故、彼女が倒れたときに、なにもしなかったのですか。あれほどのことを目の当たりにして、けれど、あなたは動かなかった」
「あ、あのときは、魔力も無くて、私には……」
「ならば、せめて足手まといにならない行動を、取るべきでしたね」

 その言葉が、深く突き刺さる。
 私の行動が、ヴィータちゃんの足を引っ張ったのは、確かだ。
 そして、私は、"何も出来なかった"。
 ヴィータちゃんが、大型犬より一回りほど大きい動物の角を受けて、崩れ落ちるのを、目の当たりにして。周りが制止するのも聞かず、ヴィータちゃんの下へ駆け寄った。
 すがり付いて、抱きしめて。
 必死に名前を呼んで。
 最後には、ヴィータちゃんに覆いかぶさるようにして、泣き叫ぶことしか、出来なかった。
 ヴィータちゃんだけでなく、他の人の足まで引っ張って。
 結局、私は、何も出来なかったし、することすら放棄していた。
 この人のいうことは、正しい。

「ですから――」
「ちょっと、待ってください」
「……なんでしょうか」

 私の話を聞いてくれるみたいだ。

「一体、誰なんですか? 私に、そんなことを要求して」
「答える必要がありません。そんなことは、大した問題ではないからです」
「その姿だってことは、私に指輪を勧めてくれた人だって、ことですよね?」
「ええ」
「どうしてですか」

 私の質問にも、表情を変えない。
 確かに、気にはなっていたけど、追求する気はそれほどなかった。単に、話の矛先を逸らしたかっただけかもしれない。
 これ以上、自分の汚点を晒されるのは、耐えられなかったから。
 そして、女性は、私の質問の意図が分からない、といった表情すらしない。問い返しはするけれど。

「どうして、とは」
「どういう理由で、あれを勧めたんですか?」
「結果的に、あれのお陰で助かったではないですか。それだけのことです」
「そういう事態が訪れるって、分かってたって、いうんですか?」

 女性は、黙ったまま答えない。
 この沈黙は、肯定と受け取って良いんだろうか。

「……あなたは、さっき、ヴィータちゃんの同僚だって。そう言いましたよね」
「ええ、そのように」
「確か、一緒に観測指定世界に行った人ですよね。お話、聞きました、あなたのこと」
「……そうでしたか」
「ヴィータちゃんに近づいた理由はなんですか? 私たちを快く思っていない、そういう人たちなんですか?」

 また、黙ったままだ。
 今度の沈黙の意味は、図りかねた。
 肯定の意味はないと思う。
 それなら、ヴィータちゃんが悶着を起すのを、止める意味がないから。
 じゃあ、どうして――?

「……あなた方を、快く思っていない人たちの存在は、ご存知のようですね」
「はい。はやてちゃん経由で聞きましたから。そういうの、直面したことなくて、驚きましたけど」
「そうでしたか」
「あなたがヴィータちゃんといたのは、ヴィータちゃんを守るため、ですか?」

 その人は、小さくかぶりを振った。

「私が、彼女についていたのは、そういう輩に目星をつけるためです」
「ヴィータちゃんと一緒にいたのは、どうしてですか」
「彼女のガードが甘かったからです。他の方々の傍では、どうにも炙りだすのに、苦労しそうだったもので」
「じゃ、じゃあ。あなたはヴィータちゃんを利用したんですか」

 ここで、この人に非難めいた言葉をぶつけるのは、間違っていると思う。
 けれど、これ以上、この人に私とヴィータちゃんのことについて、なにか言われたくなかったから。
 どうにかして、私から話を逸らそうとしたんだけど。
 でも、それは失敗だった。
 自分で、話を戻してしまった。

「ええ、そうですね。彼女は、あなた達の中で一番、近づきやすい人物でした」
「ヴィータちゃんは、あなたのことを、憎からず思っていたと思います」
「そうでしょうね。そのようにしましたから」
「そうやって、好意を利用するようなことって――!」

 失敗の原因は、明らかだった。
 でも、今の私には、自分を客観視する余裕がなかった。

「私の行いを非難する。良いでしょう。あなたは彼女の伴侶なのですから。では、あなたは誰に非難されるのですか。非常にバランスを欠いていると思いますが、どうでしょうか」
「な、なっ!?」
「私は、"あなたと同じ"手法を取っただけです。あなたの性格に、多少のアレンジを加えて」
「わ、私の……」
「聞いたわけではありませんが、似たような印象を受けていたはずです」

 どういう、ことだろう?

「あなたのような人物に、彼女が弱いことを分かった上で、効率の良い方法を取っただけです」
「……そ、そんなこと」
「彼女は無自覚ですが、取り分けあなたという存在に対して、愛情を抱いている、と言うわけではないかもしれません。宜しければ、実験してみましょうか。"あなた"と"私"が、一週間ほど入れ替わるのです。私は、完全にあなたを演じて見せます」
「む、無理だよ。そんなこと……」
「そうでしたね。彼女が目を覚まさない限り、無理な話でした」

 相変わらず、声は単調で、なんの響きも含ませないけれど、その言葉は、的確に私の胸にナイフを突きたて、抉ってくる。

「自分のようなタイプに弱いと、それを分かった上で、付け込んだのではないのですか? 私が、あなたと同じ手法をとったところで、少なくとも、あなたにだけは非難されるいわれはないと思うのですが」
「……わ、私は、違う」
「そうでしょうか。彼女にだけ、判断材料がないのは不公平です。ですから、私があなた方のことを、彼女に教えました」
「私たちの、こと?」

 私の質問に、答える代わりに、その人はまたかぶりを振った。

「――こうして、ヴィータちゃんを二人のところへ、誘導したんだ」
「わ、私――?」
「ええ。あの時、彼女は姿形だけで、私を追いました。冷静であれば、偽者と分かりそうなモノなのですが」

 私に向かって"私"が喋ってる。
 マネキンみたいに、表情も、生気もない。
 けれど、もう一人の"私"は、目を背けたい事実を、突きつけてくる。心の中の、もう一人の私が、形を成したよう。
 女性は、"私"になったまま、話を続ける。

「流石に、魔力までは完全に真似できません。そういうセンサーでは、見抜かれてしまうかもしれない程度です」
「それで、どうして?」
「自分で渡した指輪すら、忘れてしまったのですか。あれは、封じた魔力によって、意識下で引き合うもののはず。それの反応がないのだから、私が偽者だと分かりそうなものですが。彼女は、"あなた以外"見えていなかったようです」
「……」
「相当、参っていたのでしょう、精神的に」
「あ、あれは……脳震盪を起したからで、そういうんじゃ」
「彼女達は、そういう身体の造りはしていないはずですが。多少のことで、私たちと同じ症状は起さないはずです」
「……でも」
「あなたには、想像できないようですね。愛する人のことしか考えられないほどの、そんな心情が。信じたいのに、信じられない。自分を裏切っているのではないか、でも、信じていたい。そんな葛藤が」

 確かに、ヴィータちゃんの様子が変だった気がする。
 でも、原因は――若しかして、

「お分かりのようですね」
「……私が、仕事のことで、嘘吐いてたの。やっぱり、気付いてたんだ」
「ええ。それについては、私だけではない、別の方の誘導があったようですが。私の知るところではありません」
「……そ、そんな」

 見下ろす視線に、私は顔を逸らすことができない。

「彼女は、嘘を吐かれたことより、あなたがフェイト・テスタロッサ・ハラオウンを頼ったことに、ショックを受けていたようですが」
「……そ、それは」
「記憶に手を加えようとした、あなたの自業自得でしょう。油断の招いた結果です」
「……で、でも。最後には、あなたがヴィータちゃんを誘導したって」
「だから、私が悪いと。それも良いでしょう。どの道、同じ結論に辿り着いたと思いますが。早いか遅いかだけの違いでしょう」
「……」
「もし、遅かったとき、気づかなかったとき。彼女は、あなたの元へは現れなかった。それが良いと言うなら、構いませんが」

 一体、ヴィータちゃんとこの人の間に、どんなやり取りがあったんだろう。
 聞く前に、ヴィータちゃんは臥せってしまったのだけど。
 ……私のせいで。
 本当に、気持ち悪い。

「しかし、私としては困ります」
「――どうして」
「古代遺物管理部機動六課の、中核戦力がなくなるのが、です」
「あなたは、どういった人なんですか?」
「答える言葉を持ち合わせていません」

 答えてくれなさそうだ。

「とにかく」

 また、かぶりを振ったその人は、初めに見せた姿になった。
 背が高く、顔つきは整っているけれど、それほど強く印象に残らない顔だ。
 目の前にいるというのに、なんだか、それすら嘘のような印象を受ける。
 だけど、この女性の口から吐かれる言葉は、嘘じゃなかった。

「彼女にとって、あなたは何の利益にもならない。それどころか、不利益にすらなっている」
「…………」
「もし。万が一、あなたに一片の良心があり、彼女を大切に想うのなら……別れなさい。それが、一番です」
「…………」
「古代遺物管理部機動六課で、顔を合わせることになりますが、同じような事態に陥り、命を落とすよりはマシでしょう」
「…………」
「なにか問題がありますか。別れたとなれば、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン、彼女が来るでしょう。もう一人いましたね。無限書庫司書長の、ユーノ・スクライア。誰か彼か、来てくれるでしょう。あなたが一言、その言葉を口にすれば」
「…………」

 何も読み取ることの出来ない、声。
 私を非難するでも、弄るでも、怒るでもなく。
 ただ、淡々と述べるだけ。

「"助けて"と。その一言さえ。出来れば、ユーノ・スクライアにして欲しいですが。選択はお任せします」
「……どうして、ですか」
「古代遺物管理部機動六課としての、想定する戦力が欠けることがあっては、困るからです。彼としても、全く想定していないわけではないのですが、直接的な戦力の話に限ってです」
「それだけ、ですか」
「私の知るところではありません」

 これ以上、そのことについて、何を聞かれても答える気はない。そう聞こえた。

「この事は、他言無用をお願いします」
「……言いたくもありません」
「では、ごきげんよう。私は、暫く彼女の傍にいる予定ですが」
「……勝手にしてください」

 頭を深々と下げたその人は、けれど、何かを思い出したかのように、頭を上げた。

「ここは、人避けの結界のようなものが張り巡らされているので。気の済むまでご休憩ください」
「…………」
「では、機会があれば、またお会いしましょう」

 もう一度、今度は仰々しく頭を下げると、音もなく、私の前から姿を消した。
 彼女に叩かれた頬が、今更になって、酷く痛み出した。


  ◆


 来た道は分からないけれど、人の気配のする方へ足を向けて、元の通路に出た。依然として通路はごった返していて、ぼうっと立っているのは、私ぐらいだった。
 ここには、私たちと一緒だった人たちだけでなく、当然、他の任務で負傷した人たちもいて、知らない顔も多い。
 さっきと同じように、私に目をくれる人もおらず、時折、看護師さんが視線を投げかけてくるような気がしただけ、声をかけてくる人はいなかった。
 安心できた。
 今は、誰にも"私"だということに、触れて欲しくなかったから。
 でも、いつまでも、そういうわけにはいかなかったけれど。

「……はやてちゃん」
「――なのはちゃんか」

 往来の中を、一直線に、ヴィータちゃんのいる処置室へ向かっているはやてちゃんの名を、思わず口にしてしまった。
 一旦私の前を通り過ぎ、立ち止まって、ゆっくり振り返ったはやてちゃん。往来の中にあって、真っ直ぐに私を見つめる。まるで、遮蔽物がないかのように。
 そんな、真っ直ぐな視線は、今までにないものだった。今まで、どの人からも向けられたことのないような、モノだった。
 一体、どういう心情なら、こんな冷たい、相手を凍えさせるような瞳の色になるんだろう。

「あ、あの、はやて――」
「私、左利きやないから」

 それだけ言って、私との会話を拒絶するかのように、踵を返し、往来の中へ消えていった。はやてちゃんは、私たちの中では一番小柄だから、直ぐに見えなくなってしまう……そんな事実は、別に。
 消えた背中を見つめ、ホッとしたような、寂しいような、悔しいような、色々な感情が胸のうちを渦巻いてる。
 言い表せないそれらを、あえて一言で言い表すなら――気持ち悪い。
 それが、一番しっくり来る。
 自分への、そして他人への。勝手な感情が、そうさせているのかもしれない。吐き出すことの許されない思いが、膨れ上がって、隙を見つけては外へ溢れ出そうとする。
 お腹の底から、せり上がってくる。
 どうしよう。
 このまま、ここにいるのか、一度家に帰るのか。

「……なに言ってるんだろう」

 今の私に、帰る家なんて、あるんだろうか。
 あそこは、ヴィータちゃんの家なんだもん。私のじゃない。海鳴に帰るわけにも行かないし、ましてやフェイトちゃんのところも、無理。"帰る"場所が、ない。
 今の私は、ヴィータちゃんに向き合う勇気もなかった。目を背けてきた事実を突きつけられ、どんな顔をしたら良いのか。今までのように、取り繕う余裕さえない。
 万が一、戻れば、はやてちゃんがいる。
 どうしたって、耐えられない。聞かされるであろう言葉に。あの瞳の色に。

「どこに行ったら、良いのかなあ」

 誰も答えてくれはしない。
 もし、誰かが私の声を拾っていて、答えを与えてくれたとしても、私は聞き入れないだろう。
 真っ白な天井を仰ぎ見る。目を顰めるほどの眩しさを感じないけれど、何も見たくなくて、そっと目を瞑る。世界が、真っ暗になって欲しかった。


 


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