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新婚なの! 13-10 (1)

「なのはだ、今度こそなのはだ!」

 考えるよりも先に、なのはの名前を叫んだ。
 相変わらず、次々と迫り来る獣連中を退け、ジャングルの中を飛ぶ。
 指輪の引力に従って飛んでいたけれど、今は違う。今は、"なのは"を感じた。
 確実に、今ここにいるって。さっきみたいな、居たはずだって曖昧なものじゃない。手の届く範囲ってもんじゃない。もう、直ぐそこに、なのはがいる!

「分かるか、テスタロッサ!」
「わ、分からない! でも、今までで一番動物達の反応がある! この先にいるかもしれない!」
「かもしれねーじゃねえ! そこにいるんだ!」

 思わず怒鳴ってしまった。
 確かに、フェイトのいうような物証があるわけじゃない。
 だけど、これは直感なんてものでもなかった。
 もっと、もっと確かなもの。
 口では説明できないし、人には納得できないことでも、アタシにとって、これは絶対のモノだった。

「いけ、ヴィータ! 何も気にするな! 一直線に、なのはのところへ!」
「だけど、シグナム一人じゃ……!」
「ここが踏ん張りどころだ、テスタロッサ。目を瞑っていても当たるほど、密集しているからな!」
「……お願いね、シグナム。ヴィータのことは、私に任せて!」

 フェイトはアタシに先行するように飛び、シグナムはニヤリと不敵な笑みを浮かべて、高度を下げていった。
 だけど、アタシのすることは変わらない。一つだけ。
 待ってろよ、なのは!
 シグナムが言ってくれたように、何も考えず、とにかく、なのはのことだけを考えて飛ぶ。ぐんぐん意識が先鋭化されていのが、分かる。全部が、なのはに集まっていくようだった。
 アタシの身体ほどもある葉が生い茂り、土管のように太い枝が、アタシ達の視界を遮り、その合間を縫って襲い掛かる猛獣やらが、行く手を阻むけれど、フェイトの雷が、アタシを守るように奔る。
 地を駆ける連中は、次々とレヴァンティンの餌食になっていく。
 大丈夫だ、なのは。
 お前のために、二人はこれだけ戦ってくれる。全く手加減なしの、全力でだ。他にも、色んな人がお前のことを心配してくれてる。
 だから、絶対に助かる。みんなが、お前の帰りを待ってるんだからな。だから、絶対に!

「ヴィータ!」
「――み、見えた、なのはだ!」
「私にも! だけど、あれじゃあ! どうするの、ヴィータ!」
「まだ足りねえ、距離が足りない!」
「この距離じゃ、射撃魔法も威力が足りない……!」

 木々の合間に、白いバリアジャケットを、捉えた。小さく、豆粒のようだけど、見間違える訳がない。
 あれは、なのはだ。
 けれど、それと同時に、なのはを取り囲むように、猛獣達が身を屈めているのが見える。
 届かない、ここからじゃ届かない。
 もどかしさに、歯軋りをしてしまう。アイゼンを握りつぶしてしまいそうに、力が入ってしまう。フェイトも、アタシ同様に思っていることが、珍しく苛立つ声から分かる。
 目が、なのはを捉えているというのに。
 もうそこに。手の届く位置になのはがいるっていうのに!

「ヴィータ!」
「さ、先に行け、フェイト! お前のスピードなら間に合う! なのはを、頼む!」
「あの大きな子、お願い! 私はその周りの子を!」
「いけ、フェイト!」

 アタシの声に頷き、緑の光が漏れるジャングルを、一筋の雷が駆け抜ける。
 目測で、三百メートルもない。フェイトなら、二歩で届く距離だ。
 三百……二百……あっという間に距離を詰めたフェイトが、一瞬、足を緩めた。
 プラズマバレット。
 発射地点から山形に軌跡を描き、なのはを取り囲むように飛んでいく。
 再加速するフェイト。
 その間にも、アタシは距離を詰める。全然縮まらない。縮まった感じがしない。
 もう直ぐ、もうそこまで!
 なのはが、目の前に!
 くそ! 足が速いのを、こんなに羨ましいと思ったことはねえ!

「行くぞ、アイゼン! フルドライブッ!」

 アタシの意思に応え、グラーフアイゼンが、ギガントフォルム――一撃必殺の形を取る。
 傷を抱えた身体が、最大出力が追いつかない。バラバラになりそうな感覚に全身が悲鳴をあげる。だけど、それすら、今のアタシの足を止めることは出来ない。
 狙うは、なのはの正面に陣取る、デカブツ。アイツを、一撃で伸すには、これしかなかった。
 全力で二回。二回出来れば充分だ!

「間に合え、間に合え!」

 なのはは動かない。
 何故か分からないけど、さっきから、全く動きを見せていなかった。完全に、立ち尽くしている。
 このままじゃ、駄目だ。
 思考が焼け付く。
 動き出す、角野郎。
 なのはを、取り囲むようにして飛び掛る豹柄のヤツ。
 動かないなのはを、守るように飛ぶプラズマバレット。
 その下を、障害物に構うことなく突き進むフェイト。
 その上を、ギガントフォルムを構えて飛ぶ。
 フェイトは間に合う。プラズマバレットも間に合う。絶対に、遅れるわけない。
 でも、アタシがいかなきゃ、デカブツを抑えられない。
 アタシと角野郎。最後の一瞬まで、どっちが先に到着するか、分からなかった。

「間に合ええええええええええええっ!!!」

 叫ぶ。
 何も変えることの出来ない、だけど、それで何かが変わってほしいと願う、叫び。それが通じたと、その願いが通じたと思いたかった。
 フェイトのプラズマバレットは、誰よりも早く、着弾した。
 射撃魔法として、威力は減衰して、狙いはある程度外れているけれど、放電しながら炸裂し、豹柄の動きを一瞬止めるには充分な威力と精度だった。そして、フェイトにとって、チャンスはその一瞬で充分。
 迸る雷をものともせず、フェイトは、ザンバーフォームの大剣を振るった!

「はああああああああああああっ!!!」

 着弾の煙と雷の中、バルディッシュの斬撃は、空気を切り裂き空を駆ける稲妻そのもの。豹柄のヤツはなんの抵抗をする暇もなく、宙を舞う。
 その中、角野郎が、四肢を伸ばし、なのはに狙いを定めて飛び掛っていた。
 おい、待てよ。
 お前の相手は、このアタシだろうが!

「どおおおおおおおっ、けええええええええっ!!!!!!」

 思い切り、全力で、アイゼンを振るった。
 煙の中から飛び出すアタシの姿に、角野郎の、憎らしい目が見開かれる。
 ――捕らえた!
 身体が、腕が千切れるんじゃないか。骨という骨が軋み、筋肉という筋肉が限界を超えて捻れ、アイゼンを加速させる。
 ギガントフォルムが、灰色の体毛を押しのけ、分厚い皮膚を潰し、鉄さながらの骨を砕く。
 地の割れ目から発せられるような絶叫が、響き渡る。
 それでも手を緩めない。
 全身から発せられる悲鳴を聞きながら、アイゼンを、振りぬく。
 錐揉みしながら、吹き飛ばされる角野郎。
 勢いそのままに地面に叩きつけられ、地を抉り、岩や木々をなぎ倒しながら、百メートル以上向こうの大木に、激突した。
 大きな振動と、巻き起こる土煙に、姿を見失うが、構わなかった。

「ぐっ、ぐうぅっ!」

 ギガントフォルムに姿を変えたアイゼンの重さに負け、地に膝を着く。
 振り返れば、そこに、なのはがいることは分かる。
 背中で、指輪の引力で、アタシという存在が、なのはを感じていた。

「――ヴィ、ヴィータ……ちゃん?」
「…………」
「ヴィータ――」
「来るな、なのは!」
「!?」

 駆け寄ろうとするのが、分かった。
 大丈夫だって、助けに来たぞって、言ってやりたかった。
 今すぐ、その身体を、抱きしめたかった。
 でも、アタシにはまだ、やらなきゃいけないことがある。

「アタシの後ろにいろ! 約束したろう! あの日、アタシに、守って欲しいって! お前の……なのはのことは――アタシが守る! 直ぐに全部片付けてやる! だから、そこで黙ってみてろ! アタシを信じろ、なのは!」

 叫び、アイゼンを構えなおす。
 アイツ等が、二段構えで来ることは分かってる。一匹目を何とかやり過ごしても、その直後に、その大きな牙と爪で、襲い掛かってくるのが。
 でも、分かっていれば恐れることはない。
 いつまでも、好きなようにやらせると思うなよ!

「来いよ! お前にゃ、なのはに指一本触れさせねえ!」

 バカ正直に、真正面から襲い来る角野郎に、今、出来うる限り、その身を巨大化させたアイゼンで、横殴りにする。
 しかし、アタシ自身に、それをするだけの力が、残ってなかった。
 アイゼンを今の大きさに維持するので精一杯だ。
 地を這うようにしてしか進めない、アイゼン。
 足りない!
 スピードも、威力も、何もかも!
 それが分かったのか、角野郎はずっしりと並べた牙を、殊更見せ付けてきた。
 馬鹿にすんなよ。こっちに何の手も残ってないわけじゃねえ!

「アイゼンッ!」

 付き合いの長い愛機は、アタシの想いに応えてくれる。
 カートリッジをロードし、鉄槌の片方に、ブースターを形成する。
 更に、もう一発。ロードした魔力を燃料に、一気に噴出した炎は、己の身を爆発的に加速させる。

「うおおおおりゃあああああああっ!!!!」

 その巨大さからは、想像できないほどのスピードで、アイゼンは角野郎の横っ腹に食い込む。
 相手は、堪えることすら出来ない。
 まるで、小さな人形のように、その灰色の巨体は、辺りの大木を巻き込みながら、視界の外に消えていった。

「はっ、はっ、はっ!」

 地響きと獣の絶叫。
 彼方から聞こえる音に、胸が痛んだ。最後の最後で、やっちまったかもしれない。
 だけど、今の自分には、それを本当に心配するだけの余裕がなかった。
 腕の感覚がない。
 今まで、アイゼンを握ってられたのが、不思議なぐらいだった。
 頭が割れそうに痛い。
 目も開けていられないぐらいで、正直、よく今まで平気だと思ったぐらい。
 だけど、だけど。
 振り返ろう。そう思ったとき、突然、喉を何かが駆け上がってきた。

「う……うおおおえええ! げほっ、がはっ! えええっ……」

 どす黒い血が、足元に広がる。
 思わず膝を着いた。
 どこか、内臓でもやられただろうか。
 さっき、踏み潰されたときのか? それとも、この状況でのフルドライブに負荷がかかりすぎたのか?
 くそ……目が、霞む。
 割れそうな頭で、何とか口元を拭い、振り向いた。
 酷い眩暈、定まらない視線の先。どこを見ているのか、自分でも分からない。
 でも。追いかけてきた、会いたかった、惹かれていた、背中で感じていたなのはが――そこにいた。

「…………な」
「ヴィータ、ちゃん……?」

 傷だらけだった。
 ツインテールは、右側が解けてしまって、しかも、いくらか髪がもってかれている。
 右腕は袖が下半分がなくなっていて、左腕に至っては、二本の赤黒い筋が、肩から深く走っている。
 スカート部分も大きく破損して、足が露わになり、左足には、左腕同様に、深い傷を負っている。フェイトほどじゃないけど、白い肌に赤黒い傷は、嫌でも目に付く。
 右腕に縛り付けられたレイジングハートも、形こそ保っているものの、ヒビや無数の傷を刻み、今までの過酷さを語っていた。
 全身が泥と埃と涎にまみれて、自身の血も滲み、白い悪魔だなんて、冗談でいってやったバリアジャケットは、はっきり言って見るも無残な状態だった。
 だけど。
 だけど、それでも。なのはは生きてる。
 ちゃんと自分の足で立って、アタシの前にいる。
 アタシの名前を呼んでくれてる。
 その蒼い瞳に、大粒の涙を溜めているけれど、アタシのことを、ちゃんと見ててくれてる。
 生きてる、生きてるんだ。
 なのはは、助かった。
 アタシは、今度こそ間に合ったんだ!

「……な、なの……なの……!」

 喉が震えて、言葉が出てこない。
 口中が渇いて、鉄の味が充満し、鼻から抜ける生臭さに、吐き気を催す。
 あれだけ焦がれて、焦がれて、焼け付きそうな想いを抱えて、ここまで来たっていうのに。
 その名前が、口から出てこなかった。

「ヴィータちゃん……!」

 左足を引き摺りながらも、アタシの元へ駆け寄ろうとした、そのとき。
 不意にバランスを崩して、なのはの上半身が大きく揺れた。
 その、糸の切れた人形のような、力なく倒れる様子が、アタシの"あの日"の記憶を揺り起こす。
 後は自然だった。
 動きそうになかった腕が、前に伸び。
 震える足が、地を蹴り。
 霞む瞳は、なのはだけを見ていた。
 喉が大きく震え、その名を、大切な人の名前を、叫んでいた。

「なのはっ!」

 傷だらけの、その胸に飛び込む。
 支えるつもりだったのに、気付いたら、なのはの胸に飛び込んでいた。
 アタシの勢いに、なのはは後ろへ大きく倒れてしまった。
 なのはの身体を通して、倒れた衝撃が伝わってくる。
 ここで、心配をするのがホントのところだってのに、そのときのアタシには、そんなことすら考える余裕がなくなっていた。

「ヴィ、ヴィータちゃん!?」
「……なのは! ……なのは、なのは、なのは、なのはっ!」

 喉も、口もカラカラに乾いて、粘っこくて、思ったように口がきけない。
 それでも、今言いたいこと、今はこれだけ言えれば充分だった。
 どんどん涙が溢れてくる。止められなかった。
 しゃくり上げるたびに、胸を刺すような痛みが走るけど、止まらないんだから、仕方ない。
 なのはを抱きしめようと、背中に回した腕も、やっぱり痛くて思ったように抱きしめてやることが出来なかった。
 腕も胸も、全身痛くないところがないぐらい、痛くてしょうがない。

「うん、うん! ヴィータちゃん……ヴィータちゃん!」
「ホント、本当に良かった……間に合って、本当に……!」

 バリアジャケットが、なのはの体温を伝えてくれない。けれど、なのはの声が、アタシの身体に染み付いたその体温を、思い出させてくれる。
 胸に埋めた顔で、なのはの鼓動を感じることが出来る。毎日、毎晩感じてた鼓動だ。
 落ち着く。あれだけ煩かった、自分の鼓動が、なのはのそれと溶け合って、アタシを安心させてくれる。
 ささくれ立って、焦げ付いて、焼ききれてしまいそうになっていた心が、嘘のように落ち着きを取り戻していった。
 お互いに、バリアジャケットは汚れ放題だったけど、全然気にならない。

「なのは、なのは!」
「ね、ねえ、ヴィータちゃん」
「…………あんだよ」
「ちょっと……恥ずかしいな。ほら、あの子たちも見てるし」
「……誰だよ」
「あそこ。ディフェンサープラスに、張り付いてる」
「やだね」
「ヴィータちゃ……あ、あいたたた」

 なのはは、アタシを退かそうとしたんだろうけど、両方の腕が使えず、それは叶わなかった。

「いっつも、アタシが恥ずかしいから止めろっていっても、止めねーだろ。だから、止めてやんねえ」
「は、反省します、はい。だから、放して? ね?」

 正直、放したくなったし、それ以上に、この涙でぐちゃぐちゃになっただろう顔を、見せたくなかった。

「でも、そろそろ離してほしい、かな?」
「やだね。アタシが嫌だっつっても、離さねーだろうが。だから、アタシも離れてやんねえ」
「うーん。そういう問題じゃないんだけど、な」
「んー?」

 胸に顔を埋めたまま、戸惑うようななのはの声を聞く。
 焦ってはいない。
 何があったんだろうと思うけど、この体勢を変えるつもりはなかった。
 だって、まだ涙が止まらないんだから。
 けれど、なのはの様子がおかしい原因は、アタシをのんびりさせてくれなかった。

「いい身分だな、ヴィータ。私が獣どもの相手をしている間、悠長に旦那と抱き合っているとは」
「シ、シグナム。そう言っちゃ可哀相だったら……ね?」
「ふん。では、私はお前に抱きつかせてもらう。流石に疲れた」
「きゃっ、シ、シグナム!?」

 アタシの頭の後ろで、なにやら勝手放題のシグナム。
 フェイトに助け舟を出してやりたかったけど、一旦力の抜けた身体は、言うことを聞いてくれそうになかった。
 悪い、フェイト。
 この埋め合わせは、また今度させてくれ。
 それに、シグナムにも礼を言わないといけないし。
 ホント、悪い。

「そ、そろそろ帰る準備をしないと。あまりゆっくりしてると、また寄ってきちゃう」
「……ふむ、それもそうだな。これ以上の厄介ごとは、ゴメン被る、が。もう少しこのままでいても良いだろう?」
「あ、あん! ほ、ほら、シグナム。あっちの人たちの移動の用意もあるし」
「はあ、仕方ない」

 何をしていたか知らないけど、シグナムは、ある程度満足したようだった。
 フェイトの足音が、遠ざかっていくのが聞こえる。
 こっそり上げた視界に、桜色のディフェンサープラスのところで、なにやら説明しているフェイトの姿が見えた。
 確かに、フェイトの言う通りだし、いつまでもノンビリ出来ない。
 言うことの利かない身体に鞭をうち、何とかして身体を起こすけど、忘れていた痛みがぶり返し、上手くいかない。
 あ、鼻水垂れた。

「悪ぃ、なのは」
「いいよ、気にしなくて。これ以上、汚れようないし」
「ずずず……やべえ、見っとも無えや」
「鼻水垂らすまで泣くな、ヴィータ。ベルカの騎士の名が泣くぞ」
「う、うるへー。ずずず……」

 小さく笑いながら、シグナムはアタシを引っ張り上げてくれた。猫みたいな格好になったけど、今は仕方ないや。そのまま、右手をなのはに貸して、起すのを手伝ってくれる。
 なのはの顔が、痛みに歪む。たったコレだけの動作も、今のなのはには苦痛なんだろう。
 シグナムに、体重の殆んどを預けるような格好で、肩で息をしていた。
 本当なら、アタシが肩を貸してやりたかったけど、自分の身長じゃ、逆になのはの負担になっちまう。詰まらない意地は張らないって、思ったばかりだというのに、結婚前からの現実は、アタシにそれをさせてくれなかった。

「ああ、そうだ。ほれ、ヴィータ。アイゼンを放ったままにしておくな。それと、主から賜った帽子も、だ」
「あ、ああ。悪ぃ、アイゼン。忘れてた訳じゃねえんだ。ホントだって。機嫌直してくれよ」
「私からもお礼をいうから。ありがとう、グラーフアイゼン」
「ふふふ。こういうことには、慣れていないらしいな」

 手渡された愛機は、いつも通りなのか、不貞腐れたのか、黙ったまま。
 元々、アタシ達のはミッドのインテリジェントデバイスみたいに、はっきり意思表示をしないから、いつも通りなんだろうか。でも、なんだか機嫌が悪そうに感じるのは、後ろめたいことがあるからかもしれない……
 悪かったよ、アイゼン。放り投げたままにしたの、謝るからさ。
 本当に、なのはのことで必死だったんだ。
 それと、はやてから貰った帽子。いつの間に落としたんだろ。さっきまでは、ちゃんと頭の上に納まってたはずなんだけどな。

「ディフェンサー、解除してきたよ。なにか、治療魔法かけてたの?」
「うん。みんな、怪我が酷かったから。致命傷になるような怪我はなかったけど、放っておくわけにもいかなくて」
「ううん。徒歩での移動になるだろうし、少しでも回復させておく必要があったから、良かったけど……」
「フェイト、全部で何人いた?」
「十二人」

 戻ってきたフェイトは、シグナムから、なのはの身体を預かりながら、短くそれだけ言った。悲しい顔をするでも、ムスッとするでもなく、淡々と。
 執務官として、今まで幾度もそういう場面に遭遇してるだろうから、慣れたもんだった。別に、殊更悲観したりすることもない。仕事柄、当然の態度というか。
 でも、普段のフェイトを知っている身としては、その態度の裏に、感情を押し込めているような気がしてならなかった。こうやって、役職上の顔を貼り付けて、取り繕っているというか。感情の処理としては、良いのかもしれない。
 ただ、なのはは、そうはいかなかったようだった。

「治療魔法、かけるね。バルディッシュ、お願い」

 フェイトは声の調子を変え、なのはをアタシに並べると、カートリッジを一つロード。
 アタシとなのはは、金色の半球体に包まれた。
 キラキラと舞う、光の粒が、なんとも綺麗で、思わず見惚れてしまう。さっきも見たばかりだったけど、何度見ても、そう感じる光景だった。
 それは、なのはも同じようだった。

「なのは、逸れた人たちは、何人ぐらい? 位置は分かってる?」
「五人。位置はWASを置いてきてあるから……レイジングハート、お願い」
「――シグナム、確認できた?」
「ああ、確認した」

 情報を受け取った二人の表情は、決して優れていなかった。
 今ここで回収したメンバーと、もう戦えないなのはに、殆んど戦力になりそうにない、アタシ。これだけの人数を守ろうとすれば、やはり二人欲しい。どちらか一人では、いざという時に心配だ。
 しかし、二人で送り届けた後に、回収に向かっていては、逸れたメンバーの保障は出来ない。正直、今まで無事だったのが不思議なぐらいだし、神経もギリギリだろうから。
 二人は、言おうか言うまいか、どういう選択をするべきか、それを悩んでいるんだろう。
 アタシだって、なのはだって、そのぐらいのことは、分かる。
 暫しの沈黙の後、シグナムが口を開いた。

「テスタロッサ。カートリッジ、いくつ残してある?」
「なのはのマガジンと私のスピードローダーが二つずつ。それ以外だと、バラで一ダース分」

 どこからともなく、わらわらとカートリッジを取り出すフェイト。
 自分の分は分かるけど、なのはのマガジンはどこにしまってたんだ? そりゃ、色んな事態を想定してのことなんだろうけど……今度、どこにしまってあるのか聞いてみよ。もしかして、マガジン専用の場所があったりして。
 残りの一ダース分は、簡易なケース――シガレットケースというか――に入っていた。
 シグナムは、それをしげしげと見つめると、ケースをむんずと掴んだ。

「後は私の治療を頼む。いくらカートリッジがあろうとも、体力がなくては。気休めだが、ないよりはマシだ」
「え? そ、それって……一人じゃ駄目だよ! 危険すぎるったら! それに、なのは達を送り届けるのにも!」
「なに、随分数は減っているし、いい加減海か陸の増援が追いつくだろう? それを回してもらえばいい」
「シグナムさん、距離も結構ありますから。一人では……」
「ふふふ。なのは、戦技披露会の私を忘れたわけではあるまい? 私は、それほど柔な人間に見えるか?」

 シグナムの不敵な笑みに、なのはは顔をしかめながらも首を横に振った。
 シグナムの、言いたいところは分かる。
 フェイトは、アタシ達が連れて行けと言っているんだ。
 だけど、今までのことを考えると、簡単に首を縦に振るわけにはいかない。当のフェイトは一番、納得出来ないという顔をしている。

「お前の気持ちは嬉しいがな、優先順位を間違えるな。それに、助けを待っているのは、向こうとて同じだろう」
「シグナム。確かに、そうですけど……」
「で、でも……」
「フェイト。ここはシグナムを信じよう。それに早くしないと、残りの五人の努力が無駄になる」

 アタシの言葉に、フェイトの顔が一瞬強張る。
 アタシだって、シグナムを一人で行かせたくなんかない。これだけ消耗した後で、一人でこのジャングルを行かせることが、どれだけ危険か分かってるから。
 だけど、この提案を断れば、この五人を見捨てるのかって話になりかねない。
 増援の目処が立たない今、確かに、そういう選択肢もあり得るけれど。

「……分かった。でも、無茶しないでね。応援がきたら、直ぐに行ってもらうから」
「お前が助けに来てくれるのが、一番嬉しいのだがな。心の片隅にでも、止めておいてくれ」
「うん、なのはとヴィータを届けたら、直ぐに行くから」
「……ああ、頼んだぞ」

 フェイトは、それでも心配そうに言いながら、入念に治療魔法をかける。
 シグナムは、嬉しそうだった。フェイトは、自分の心配をしてくれるし、治療魔法を受けることで、きっとその優しさを感じられるし。さっきのアタシみたいに。
 でも、フェイトがそんなシグナムの態度に気付いているかは、ちょっと分からない。アタシにでも分かるぐらいだから、フェイトは相当、鈍感ってことになる。いや、シグナムとは家族だし、そういう機微が人よりかは分かるかも知れないし……
 う、ううーん。どうなんだろ。

「もう、完全に夜なのに、それなりに明るいのは助かるね。流石に、このまま一晩は越せないけど」
「そうだな。少しでも早く回収するとしよう。ヴィータ、テスタロッサ、気をつけるんだぞ」
「ああ。ここまで来たんだ、ヘマはしねえよ。お前こそ、油断すんなよ」
「ふん。そんなボロボロの格好で言ったところで、様にならんぞ」
「う、うっせーよ。お前だって、ボロボロじゃん」

 シグナムは、目いっぱい平静を装っている。アタシには、そう見えた。
 だから、アタシも、目いっぱい平静を装って、なるだけいつも通りに振舞った。
 なのはとフェイトも、不安が他に伝わらないよう、隠しているのが窺えたし、シグナムは念を押すように「心配するな」と付け加えた。
 これ以上、ここにいると、フェイトの気が変わって、放してくれなさそうな気がしてきた。それはシグナムも同様だったのか、それ以上何も言うことなく、レヴァンティンの指示に従って、ジャングルの中に消えていった。

「……ほれ、いくぞ、フェイト」
「……うん。じゃあ、みんなを連れて出発しよう。なのは、ちょっとお願いね」
「お、おおっと」

 消えていったシグナムの背中に、視線を送るフェイト。その紅い瞳には、様々な、哀しいとか心配とか不安とかいった感情が入り混じっているのが、見て取れた。
 大丈夫だ、フェイト。お前がそうやって心配してくれりゃ、シグナムはちゃんと帰ってくるよ。それに、アタシらヴォルケンリッターの将だからな。誰かを泣かせたりはしねえさ。
 そして、そんなフェイトと同様、シグナムの心配をするなのは。でも、その蒼い瞳は、フェイトのものより、一層複雑だった。
 こればっかりは、どうもしてやれなかった。

「……なのは。お前はよくやったよ、だから、そんな顔すんなって」
「……うん。ありがとう。ヴィータちゃん」
「約半分、助かったんだ、上出来だ。誰も恨みやしねえよ」
「……うん」

 無理してるのが、分かる笑顔。
 膝立ちになっている、なのはの顔は、アタシの肩に乗っかる形になっていて、とても近い。
 この距離が、今は辛かった。
 想定していなかったわけでないのに、あれだけ会いたかったのに――励ましたり、慰めたりするのは、苦手なんだ。

「流石に、連れて帰ってはやれないな。後で迎えにくるしか……」
「うん。家族のことを考えると……やりきれないよ」
「AMFさえ切れりゃ、転送魔法が使えるんだ。結構時間も経ってるし、そろそろ奴さんもお縄になってるだろう。直ぐにでも、誰かが迎えに行ってくれるさ」
「そうだと良いね……あの子たちのためにも」

 なのはの視線の先には、気絶した獣達がいた。
 元々、ここの生き物は特異な連中が多かったけど、更に手を加えられてたみたいだ。
 アタシ達ばかり、集中的に狙っていたのは、魔力に反応していたのか、はたまた誰かが操っていたのか。どちらにせよ、少しでも元の生活に戻ってくれると良いだけど……下手すると、無理かもな。
 なのはは、上手く気絶させるに止めてたみたいだけど、アタシは、随分手荒く扱っちまって――不意に、メンテの言葉が頭を過ぎった。
 なのはのため――それは、あの約束を越える大義名分にできるのか。
 どっちにしたって、アタシ達の勝手な理屈に、こいつらが巻き込まれたことには違いない。

「ヴィータ、なのは。行こう?」
「ああ、そういやフェイト。このまま歩いて戻るんだよな、そういえば」
「うん。だけど、増援が届き次第、私たちの後を追ってくる手はずになってるから。それに、AMFが切れれば、転送も出来るようになるはずだし、それで」
「あ、あー。うん、分かった」
「なに、ヴィータちゃん? 打ち合わせしてなかったの?」

 なのはの呆れ顔が、なんともバツが悪かった。
 なのはのことで頭がいっぱいで、帰るときのことは殆んど考えてなかったというか、いや、考えてなかったわけじゃないんだけど、なんつーか、その……すっかり、頭から抜け落ちてたんだ。
 ぐぬぬ。
 アタシの顔見るな、なのは。

「なるべく早くに合流して、私だけでも引き返すから。みんなを、連れて帰ってあげたいし。あと、シグナムのことも」

 フェイトを先頭に、十二人の陸士と、アタシとなのは。
 背の高い草むらをかき分けながら、傷ついた身体を引き摺って歩いた。
 さっきまでの騒ぎが嘘のように、ジャングルは静まり返っていた。動物どもの気配も、全くなくなっている。まだこの辺りは、シグナムの相手をした連中が、いるはずなんだけどな……
 ありがたいんだけど、不気味だ。
 もう目を覚まして、どこかに行ったのかな。いや、それでもこんなに弱ってる姿を見れば、襲ってくるだろうし。一体、どうなってんだよ。

「なのは、大丈夫か? やっぱ、アタシじゃ辛いだろ」
「う、ううん。大丈夫だよ」

 フェイトの治療魔法があるとはいえ、大きな怪我は直ぐに治らないし、魔法の使いすぎなんてのは、特にそうだ。
 なのはは、膝以上の高さの物を乗り越えるときに、特に顔をしかめる。息も上がってきているし、額や鼻の頭には、大粒の汗をかいていた。顔色も、当然悪い。
 単に足が痛くて、歩けないって言うなら、足の治ってなかった頃のはやてみたいに、ちょっとだけ地面から浮くってのも出来たろうけど、今のなのはは、足が痛いだけじゃないし。それに、魔法も使えない。
 アタシは、そんななのはの手を、しっかりと握ってやることしか出来ない。もっと、背が高かったらとか、もっと、身体が頑丈だったらとか。何度考えても、せん無いことだと思っても。
 苦々しい思いを抱えていると、不意に、前を歩いている陸士の一人が、足を止めた。

「高町一尉。私の肩につかまってください」
「あ、ううん、気にしないで。私は、大丈夫だから」

 緊張した面持ちで、気を付けをしている男に、なのはは済まなそうに首を振った。
 確かに、そいつ自身、バリアジャケットの腕や腹が大きく割け、赤黒くなった爪あとを、いくつも覗かせていた。表面的には、傷が塞がっているように見えても、まだ痛みは充分に残っているはず。
 それより少しマシなヤツは、他の重傷者を支えているし、何とか一人で歩けるけど、人を支えるほどじゃないって程度。気持ちは分かるけれど、そんなじゃ二人とも倒れちまうだろ。
 なのはは、直接口にはしなかったけど。

「ほら、止まっていると危ないから。私のことは――」
「それでは、半分、持たせてください!」
「え?」
「は?」

 呆気に取られてると、そいつは返事も聞かず、アタシの反対側に廻り、なのはの肩を担いだ。ふわっと、なのはの身体が浮かんだような感じ。
 なんか、強引に持っていかれてしまった。こうなると、逆にアタシに捉まってる方が、なのはには負担だった。

「……なのは。好意は受け取っとけ」
「で、でも」
「ほれ、みんな待ってるぞ」

 渋るなのはの背中を押してやると、二度ほど振り返りながら、肩を貸してくれた男に、しっかりつかまった。
 なのはも、決して背の高いほうじゃなくて、当然、この場の誰よりも――アタシを除いては――背が低い。これはこれで、少し辛そうだったけど、今までよりは、マシかもしれない。
 戸惑いつつも、周りに支えられながら歩く、その背中は、少しだけ誇らしく見えた。
 その背中の向こうに、フェイトの顔が見える……羨ましそうな顔をして、こっちを見ていた。
 フェイト。気持ちは分かるけど、その顔は、他の人間には見せるなよ……

「……急ぎましょう。少しでも早く合流したい」
「了解です。ハラオウン執務官」
「お願いね、フェイトちゃ――ハラオウン執務官」

 咳払いを一つ、気を取り直したフェイトは、凛々しく踵を返した。
 陸士たちは、フェイトの態度を理解しかねるようで、その顔は背中からでも窺えた。
 笑うと、身体中が痛い。
 辺りに気を配りながらも、フェイトの顔を思い浮かべながら、みんなの後を追いかけた。


 


 


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コメント

いつも素晴らしい作品をありがとうございます。

続き楽しみにしてます!

投稿: ジャン | 2010年7月20日 (火) 19時00分

 こんばんは。

 もう終盤ですが、ご期待に沿えるよう、頑張りますので是非これからもよろしくお願いします。

投稿: あや | 2010年7月25日 (日) 00時24分

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