« 新婚なの! 13-11 (2) | トップページ | 新婚なの! 13-11 (4) »

新婚なの! 13-11 (3)

 医務室を後にし、本局の通路を当てもなく歩く。当てがない訳じゃないんだけど……シャマルさんに、ああ言われたのだし、ヴィータちゃんのところへ行くべきなのに、やっぱりというか踏ん切りがつかない。
 想像する――ベッドの上で、目を覚まさないヴィータちゃんのこと。
 どのくらい、ひどい怪我なんだろう。
 あの動物の角が、胸を貫きこそしなかったけれど、ヴィータちゃんの小さい身体には、大きすぎるモノだった。傷口が大きすぎて、手で押さえるのじゃ、とても間に合わなかった。血と体温が逃げてしまわないよう、必死に抱きしめるだけで、治療魔法を使うなんて、そんな考えすら、思い浮かばなかった。
 生きてくれているとはいえ、あのときの姿を思うと、恐怖に全身が震えだして、足が止まってしまう。どうしても、そのための一歩を踏み出せない。
 うろうろと、一歩進んで二歩下がる。
 ここからなら、ヴィータちゃんが眠っている医療棟は、直ぐそこなのに。感じている距離は、私の臆病さなのかもしれなかった。
 そんな、意気地のない私に、追い討ちなのか助けなのか。
 耳に馴染んだ声が、私を呼び止めた。

「あれ、なのは?」
「――ユーノ君……」
「どうしたの、こんなところで」
「どうしたのって、それは」

 シックな紺のシングル三つボタンスーツのユーノ君。どこかの帰りみたいだった。
 表情が優れないように見えるのは、気のせいかな。珍しく、メガネの奥の瞳は、少し曇りがちに見えた。
 心配そうなその声に、思わず口ごもってしまう。

「連絡があって来てみたら、どこにも入ってないっていうから、どうしちゃったのかと思って。そしたら」
「入ってるって、どこに?」
「病院。受け付けて聞いても、いないって言われちゃって。そんなはずないと思ったから、探してたんだ。なのはは、どうしたの? 制服着てるけど、仕事……じゃないよね?」
「ええと、それは……私は大したことなかったから。その日で直ぐ、家に帰っちゃったんだ。入院はしなかったの」
「そうだったんだ。なら、良いんだけど」

 ホッとして、胸を撫で下ろした感じのユーノ君。でも、私の言うことを信じている風ではなかった。
 事実、大人しくしていたら、今頃はまだ病院のベッドにいただろうし。傷も塞がっただけで、リンカーコアへの負担からくる痛みもあるし、とにかく安静するよう言い渡されてたのに、なにかと理由をつけて、出てきちゃった。
 シャマルさんは、ちょっと冗談めかしてたけど、きっと私を診てくれた先生は、凄く怒ってたんだと思う。見つかったら、絶対に連れ戻されちゃうね。

「なのはも、随分ヒドイって聞いてたのに……いや、無事で良かったんだけど」
「私も? じゃあ、えっと、その」
「もちろん、ヴィータのお見舞いも一緒にするつもりだよ。話しに聞いただけじゃ、居ても立ってもいられなくて、とんぼ返りしちゃったんだ。シャマルさんもフェイトも、そのつもりだったのかもしれないけど」
「そ、そうだったんだ」

 ユーノ君は、力なく、肩を落とした。
 そっか。ユーノ君はヴィータちゃんのお見舞いに行ってくれたんだ。
 私たち、みんな知らない仲じゃないんだから、別に特別なことでもないんだけど。ありがとう、と思う反面。本当は誰よりも先に、そこへ行かなきゃいけない私が、未だにこんなところにいることの、情けなさが際立つ。
 私の、この三日間のことを知ったら、ユーノ君、どう思うだろう……
 納まっていた胸の痛みが、ぶり返してきた。

「今日はもう行ったの? ヴィータのところ」
「……ううん」
「そっか。これから行く? 一緒に済ませたほうが良いと思うんだ。きっと、敷居のこっちから、見るだけだろうけど」
「……うん、そうだね。じゃあ、一緒に行こうかな」

 ユーノ君自身も、落ち込んでるのが分かる。
 そういえば、ヴィータちゃんと仲がよかったのを思い出した。いつ頃からそうだったのか、記憶が定かじゃないけど、いつの間にか仲がよかった気がする。本が好きだから、気があったりしたのかな。
 誰だって、友達が命にかかわるような怪我をしたら、落ち込むよね。
 でも、こうやってお見舞いに行ったり、自分に出来ることをしようと、頑張る。
 だのに、私はこの体たらく。

「受付に行って来るから、あっちのカフェの方で待ってて。直ぐに戻ってくるから」

 然したる会話もないまま、病棟の受付まで二人で歩いた。そろそろ、というところで、ユーノ君はそう切り出すと、小走りに受付まで小走りで行ってしまった。誰もいないのを、確認して。
 揺れる、長く伸ばした髪を見送る。一緒に行けば良かった、なんて思いながら。
 待ってて欲しいって言われちゃったし、こんなところに立っていたら、他の人の邪魔になるかもしれない。淡い光と、クリーム色の壁を背に、ゆっくりとカフェテリアを目指した。

「お待たせ」
「うん。ありがとう、ユーノ君」
「あのね、今日は駄目だって。さっきまで、誰かが面会に来てたみたいで。だから、予約、とってきたよ」
「そうだったんだ。ごめんね」

 お店に入ることなく、その近くで待っていた私のところへ、遅れてきたユーノ君は、そう言うと謝ってくれた。別に、ユーノ君が悪い訳じゃないのに。悪いのは、いつまでもぐずぐずしている、私の方なのに。
 シャマルさんも、ユーノ君も。優しすぎて、今の私には、辛い。
 優しくされて、気遣われて。
 それを嫌だなんて、どういう贅沢だろうって、自分でも思う。
 そう思っても、それを変えられない、情けない自分が嫌だった。

「せっかくだし、入ろうか? このまま、帰るのもなんだし」

 帰っても、することはないしとか、でも、このまま一緒にいるととか、何だか色々と考えている内に、返事をするタイミングを逃してしまったようで、ユーノ君と一緒にカフェテラスに入ることになってしまった。

「ね、ねえ。ユーノ君は、どうしてたの?」
「え? ええっと……いつも通り、遺跡調査とかかなあ。それに掛かりっきりって訳じゃないけど、大体そんな感じかな。今でも、新しい世界はどんどん見つかってるから、増えることはあっても、減ることはないんだよね」
「そうなんだ。相変わらず、忙しいんだね」
「有難いことにね。だから、別に僕じゃなくてもいい用事だったんだけど、それを口実に、戻ってきたんだ」
「そ、そうだったんだ……」

 ユーノ君は、メニュー表を指差し、ウェイトレスさんに注文をしてしまう。
 とくに、いま口にしたいものも思いつかなかったし、そういう気分じゃなかったけど、注文してしまったのだし、それで良いことにした。
 このまま、黙っていても間が持たないし、取りあえず近況を聞くことにしてみたら、余計に落ち込むことになってしまった。
 とんぼ返りしたってことは、少し前に戻ってきてたってことだよね。そういうことも、全然分からなかったし、私たちの距離は知らない内に開いてしまったのかなって、寂しい気持ちになったりしたけど。

「僕にも、出来ることがないかなって、簡単にだけど、シャマルさんと色々相談してたんだ。戻ってきたのが遅かったから、それほど時間は取れなかったんだけどね。もう一回、会っておかないと」
「そう、だったんだ」
「シャマルさんから、なにも聞いてない……みたいだね? まだ、会ってない?」
「う、ううん。さっき、シャマルさんのところの帰りだったの。私も、検査受けなきゃいないって、言われて」
「そっか。じゃあ、僕から言っておいた方が、良いのかな……うん。じゃあね。詳しく、まだ、はっきりとした事はいえないけど」
「……けど?」

 おずおずと尋ねる私に、ユーノ君は、気まずそうに、そしてある程度の決意を持って、言った。

「同じではないんだけど、前回と同じで、ずいぶん難しくなりそうだって。そう、話してたんだ」
「前回って……私のこと?」
「そう。どうしてか、目を覚まさないって状況は同じだね。肉体的な損傷が激しいことより、何か別の原因がありそうだって。分かったのは、それだけ。あれから経験も積んだけど、分からない事ばかりだね。特に人のことは」
「うん、そうだね。私も……分からないことばっかりだよ」
「あのときも、結局時間に任せるしかなくて。結果、助かったとはいえ、悔しかったりしたんだよ?」
「悔しい……?」
「なんだか徒労というか、あ、無駄なことをしたって意味じゃなくてね。もちろん、嬉しかったって言うのが一番だけど。なんていうか、その……無力感っていうのかな。それが、強くて」

 あはは、とユーノ君は照れ隠しをするように、笑って誤魔化した。

「う、うん」
「なんて言ったら良いのか……"僕じゃ駄目"だったって、ことかなあ」
「……ユーノ君じゃ?」
「こんなこと、本人を目の前にして言うの、凄く恥ずかしいんだけど……もう、終わったことだし、良いかな」

 そんな風に言いながらも、ユーノ君は、それを躊躇ったりする素振りは、殆んど見えなかった。若しかすると、初めから、それを言うつもりだったのかもしれない。

「あのとき、一番力になったのは、フェイトとヴィータのような気がして。ちゃんと、科学的な根拠があるわけじゃないんだけど」
「う、うん」
「僕だって、あの二人には負けないつもりだよ? でもね、なんとなく、この二人には勝てないなって。あの時、思ったんだ。こういうことって、勝つとか負けるとか、そんなじゃないんだけど……どうしてもね」

 テーブルの、ちょうど私たちの中間辺りに視線を落として、寂しげに呟いた。
 私は、なんて声をかけていいか、相槌を打つべきなのかも分からず、口を噤まざるを得なかった。肯定するのも、否定するのも、どちらも、ユーノ君は求めていないような気がしたから。
 だから、言うべき言葉が見つからなくて、黙っている以外にすることがない。
 でも、ユーノ君の話に、興味がない訳じゃない。むしろ、聞きたいと……ううん、聞かなきゃいけないと思った。私は、あのときのことを、ヴィータちゃんとフェイトちゃんのことを、ちゃんと。
 こう思えるのも、シャマルさんのお陰だ。

「僕もね、シャマルさんに怒られちゃったんだけど……それでも、二人ほど無茶はしなかったよ」
「……そう、なんだ」
「心のどこかで、なのはは大丈夫だと、高を括ってたのかもしれない。なのはは、このぐらいじゃ何ともないって。だから、そんなに心配しなくても、大丈夫なんだって」
「私、そんなに頑丈かな」
「信頼の証だって、思いたいけど……女の子に、言うことじゃないよね。頑丈だなんて」
「うん、そっちの方が嬉しい」

 思わず、ユーノ君の口から、笑みが零れた。

「本当に、あの時のヴィータとフェイトは、酷かったよ。もしかすると、なのはのことより心配したかもしれない」
「さっき、シャマルさんから聞いたけど……そんなに?」

 ユーノ君は、小さく頷いた。
 そんなに酷かったんだ――
 確かに、シャマルさんもこれ以上ないくらい、「死んじゃう」なんて言葉を使ったぐらいで、誇張でもなんでもなくて、それぐらい酷かったってことなんだ。私を焚き付けるとか、そんなの一切なしで。
 ますます、自分の情けなさが際立つ。
 その中で、当時のことを振り返ってみて、今更なことを考えた。
 私は、たくさんの人のお世話になった。特に、ヴィータちゃんとフェイトちゃんは、私に付きっ切りで、いつも私を助けてくれた。
 でも――その前は、どうだったんだろう、と。
 そう。私が目を覚ます前のこと。
 今まで聞こうともしなかったし、誰も言おうともしなかった。
 私が「心配をかけてごめんね」と言ったとしても、それは後のリハビリも含めてのことで、迷惑をかけた本人が根掘り葉掘り聞くことじゃない。
 そして、誰もが、わざわざ自分達がこれだけ心配したんだと、アピールするような人はいないし、事実、する人はいなかった。
 フェイトちゃんが、二回も執務官試験を落ちる原因を作ってしまったことを、冗談っぽく言える雰囲気にはなったけれど。それでも、私は、自分から当時の様子を尋ねたりしたことはなかった。
 いや、出来なかった。
 なにか、それ以上に"当時のことを話題にしない"という。私にとっての空白期間を、話題に乗せないという暗黙の了解があったような、そんな雰囲気が漂っていて、私も無意識の内に従っていた気がする。

「二人とも、なのはとの関係が違うから、一概には言えないけど、ヴィータとフェイトはね、本当に必死だったよ」
「うん、それは……なんとなく」
「自分のやり方を否定するつもりは、毛頭ないけどね。それこそ身を削ってまで……僕には出来そうになかった。あの二人は、本当に。なのはを助けられるなら、命を削る覚悟だってあったと思う。僕には、そこまでの覚悟は……なかったよ」

 伏目がちに、肩を落として、ユーノ君はそう言った。
 そんなことないよ――私は、そういうべきだったろうか。これは、肯定して良いのだろうか。簡単に、形だけでも取り繕っておくべきだろうか。なにか、なにか言った方が良いのだろうか。
 私には、なにも出来ない。
 ユーノ君に、私は何もして上げられないんだ。

「だから、というのも変だけど、今度はなにかしたいんだ。なのはを"助けてくれた"ヴィータのことだから。あと、僕も個人的にそんなヴィータを助けたいと思ってる。絶対に」
「……うん」
「それでね、なのは。ヴィータのこと、シャマルさんと相談したんだけど。身体については問題ない。"修復"は済んでる」
「――そっか。修復、か」
「あえて、そう言わせてもらうね。大方、傷は塞ぐことが出来たし、このまま養生すれば治るところまで来たから。あとは、中身の問題というか……どうやって説明したら良いんだろう」
「ユーノ君の思う通りでいいよ。私は、それを信じるから」
「……うん、ありがとう」

 口元の緩むのが見えた。
 今の私には、それしか言うことが出来なかった。私を、励まし、叱咤し、大切だと言ってくれる人に――情けない話だけど。
 信頼を寄せる。
 その証拠に、私はユーノ君の言葉をそのまま信じると、告げた。

「えっと……はやてちゃんでも、駄目なの?」
「以前、闇の書に蒐集されたときとは、違うからね。リンカーコア自体には問題が見られないし、だから、下手に管理者権限も使えないなって。それならそれで、原因を突き止めるのが先になってくるし」
「どうしたら良いかな。なにか、出来ること……」
「聖王教会にも聞いてみたらしいけど、解決法があったとしても、データを整理するところから、始めなくちゃいけなくて。今の技術を応用できるか、それすら分からない状態だから、それも出来ない」
「……そっか」
「でもね、なのは」

 肩を落とす私に、ユーノ君は声のトーンを上げた。
 落ちかけた視線が、持ち上げられる。
 メガネの奥に、しっかりとした、強い意志を宿した瞳。
 不安や悔しさが、僅かに見え隠れするけれど、それらは今のユーノ君の想いじゃない気がした。

「見守ることしか出来ないなんて、卑下することじゃないよ。それが、必要な時だってある。なのはの時と、同じだよ」
「……そうかな」
「なのはは、ヴィータとフェイトが、なにもしてくれなかったと思ってる? ただ、見てただけだって」
「ううん、そんなこと、あるはずないよ……!」

 ゆっくりと、満足そうに頷く。

「だったら、それで良いじゃない。なのはの出来ることを、なのはにだけ出来ること。なのはの想いは絶対に伝わるよ」
「……そうだと良いな」
「疑っちゃ駄目だよ、自分の想いを。ヴィータを大切に思う気持ちを、ヴィータに想われてる心を裏切っちゃ」
「……どうかな。私、自信ないよ」

 ヴィータちゃんが想ってくれてることも、私がヴィータちゃんを想ってることにも、自信がない。
 シャマルさんは、ああ言ってくれたけど、裏切っていたことには変わりない私に、何も出来なかった私に、その価値があるのか分からない。
 でも、もっと分からないのは、私自身、どこまでヴィータちゃんを想っているのか。そのことだった。あの、ヴィータちゃんの同僚だという人の影が、常に寄り添って、私に問いかけてきている気がする。
 また、胸が痛む。
 ズキズキと痛み出した胸を抱える私に、ユーノ君は、難しい顔をする。
 こんな顔してたら、変に心配かけちゃうかな。
 必死に取り繕うとするけど、胸の痛みは私の意識を、そこから放してくれない。
 困ったな――そう思ったところに、ユーノ君の柔らかい声が、そっと私の頭を撫でてくれたような気がして、顔を上げた。

「ねえ、なのは。今、思い出したんだけどね? この前、ちょっと機会があって、なのはの結婚のこと話したんだ。ヴィータと」
「え? そうだったの? 全然知らなかった……」
「会ったことも?」
「うん。全然、知らない」
「そっかあ。……それもそうかもね。うん、それで、ええっと、どういう話の流れだったかな。ちょっと思い出せないんだけど、どうしてなのはと結婚しなかったの? って話だったかな。多分」
「誰が?」

 ユーノ君は恥ずかしそうに、頷いた。

「ヴィータが、どうしてって聞くものだから、情けない話かもしれないけどって前置きをして――僕はなのはに選んで欲しかったから、こっちからアプローチしなかったんだって」

 そう言いながら、顔の赤みが増したような、気がした。
 そして「意味のない仮定かもしれないけど」と言って、

「もし、僕が熱烈にアプローチしたら、なのはは応えてくれそうな気がしたって答えたよ。それぐらいの自信は、持たせて欲しいなって。ヴィータの質問に、そう答えたんだ」

 言い切った割りに、ユーノ君は見たこともないほど、顔を赤くして、もう耳まで真っ赤になってる。
 スーツを着ているから、分からないけど、きっと鎖骨辺りまで真っ赤になってるはずだ。

「で、でもね、万が一、なのはが僕に悪いなあと思って、受けてくれるなら、そういうのは避けたかったから。正直に言うと、なのはが二つ返事で僕の話を受けてくれる自信がなかったって、それだけの話なんだけどね」

 正直、照れているユーノ君を前に、私は何を言ったら良いのか、全く見当がつかなかった。
 だって、私はヴィータちゃんと結婚してしまったんだし、ユーノ君からアプローチを受けて……ないと思う。多分、きっと。
 若しかしたら、受けてたかもしれない。でも、全然分からなかったし、今思い出そうとしても、なにも浮かんでこない。
 私、誰の気持ちも分かっていなかったんじゃ――
 そんな、今更過ぎる不安が頭を過ぎった。
 もし、私の心配するとおりなら、愚鈍を通り越してる。

「そこで、ヴィータの話なんだけど」
「――う、うん」
「悪いなあって、そういうのは相手に伝わるよねって。受けてくれるぐらいなんだから、少なくとも、自分を好いていてくれていることには、変わりないんだけど。なんか、違うよねって。そういう話」
「……う、ん
「それでね? ヴィータに逆の立場だったらどうするって、そう聞いてみたんだ。なのはに、結婚を迫られたらどうするかって」
「……うん」

 ヴィータちゃんの話は、やっぱり胸が痛む。
 話の終着点が見えない。私の望むように、なるのかなって。若しかして、ならないんじゃないかって。そもそも、今の私は、自分がなにを望んでいるのか、それすら分からないんだけど。
 でも、話の中身自体には、強い興味があるのも、事実だった。
 ヴィータちゃんが、私との結婚をどう思ってたかなんて、聞いた事がなかったから。きっと私が聞いても、本当のところは教えてくれないだろうし。だから、今の状況は別として、個人的に。

「ヴィータはね、"そういう気持ちで受けたって、なのはは喜ばないだろう"って、そう言ったんだ」
「――えっと。意味がよく……分からない」
「"相手に悪いなあって。これだけアプローチしてくれるんだから、受けた方がいいかなあ?"なんて、中途半端な気持ち。そういうのは、相手にきっと伝わるものだから、本当に好きじゃなきゃ、結婚する気がなければ、この話は受けなかったって。そんなじゃ、好きだっていう相手の気持ちに失礼だって、ね」

 ――ヴィータは、そう、言ったんだ。

 いつの間にか、ユーノ君の顔から、照れがなくなっていた。
 けれど、そんなユーノ君の変化は、私の思考の一%だって占めていなかったように思う。
 だって、ユーノ君の話は、とんでもない内容だったんだから。

「ヴィータ自身、全くと言っていいほど、自覚はなかっただろうけどね。自分が何を言っているのか、その自覚が。こんなことを、僕に向かって、至って真面目に、照れ隠しすることもなく、ズバッと言ってのけるんだから。可愛いよね、ヴィータは」
「――うん」
「指摘してあげたら、良かったのかもしれないけど、あのときは僕も真面目に聞いてたから、そんな余裕はなかったのかも」
「……ヴィータちゃん、大暴れしちゃうね」
「無限書庫を壊されちゃうのは、困るよね。せっかく使えるように整理したんだし」
「そんなところで、会ってたの?」

 私の質問に、ユーノ君は少し慌てた様子だった。
 なにか聞いちゃいけないことだったのかな……

「お、おほん。だからね、なのは。ヴィータの想いは疑うべくもない。信じて良いんだよ。ヴィータ自身を、そして、自分自身を」
「……私。自分のこと、分からないの」
「こういうことがあったからね。自分に自信がなくなることだってある。でも、ヴィータの想いだけは、自信を持って受け入れて良いと思う。ううん、受け入れてあげて欲しい。ヴィータのことを、信じてるなら」
「私が……ヴィータちゃんを」
「うん。だって、人が自分のことを好きだと言ってくれるってことは、なによりの肯定だよ。こんな風に、自分を肯定してもらえるなんて、これ以上に嬉しいことはないんじゃないかな」
「……ヴィータちゃんが?」
「その自信のなさが、後悔から来るのなら、今がそれを取り戻すときじゃないかな。だって、ヴィータは待ってるんだから。誰よりも、なのはのこと」

 ユーノ君の声は、ストンと胸に落ちてくる。
 なんだか不意に、初めて魔法を教えてもらってたときのことが、思い出された。
 ユーノ君の言葉が、何の抵抗もなしに、落ちてきて、染み渡っていく。
 あのときの、不思議な感覚。

「なのはも、"あの時"はそうだったんじゃない? 誰か、好きな人を待ってたんでしょ?」
「……覚えてないよ、そんな前のこと」
「きっと、ヴィータか、それかフェイトのこと。眠ってたなのはは、ベッドの上で一人待ってたはずなんだ」
「覚えながないから、分からないけど……最後に見たのは、ヴィータちゃんの顔だったから」
「同じだよ。ヴィータも今、なのはのことを待ってるんだ。ヴィータが最後まで見てたのは、誰でもない、なのはのことなんだから」

 言う通りだ。
 言う通りだと――そう、思いたかった。
 ヴィータちゃんが、私を待ってくれてるって。
 自信がなくて、自分を認められない。そう思っていたけれど、それと、ヴィータちゃんを助けることは、別だ。もし、こんな私でも、ヴィータちゃんを助けるために、出来ることがあるというなら、やるしかない。
 私を、待ってくれてるなら。ユーノ君の言う通りなのだとしたら。
 こんな私を好きだと言ってくれる人のために、出来ることをするのは、なにも悪いことじゃない。

「なのは。あの二人だって、初めからそうだったわけじゃない。だからね、なのは」
「うん」
「なのはは、今、自分が何をするべきなのか、悩んでいるのかもしれないけど、それで良いんだよ。だってね、大切なのはこれからなんだじゃら。誰だって、直ぐに行動に移せるものじゃない。僕も、そうだったから」
「……うん」
「ヴィータのところへは、明日行こう。予約をしておいたから、先生と相談して、中に入れてもらえばいい」
「うん。ありがとう、ユーノ君」
「もう少しで、今年も終わりだからね。みんなで、新年を迎えたいから」

 ユーノ君の、控えめな笑顔と共に、ウェイトレスさんが、タイミングよく注文の品を運んできてくれた。
 注文したときは、そういう気分じゃなかったけど、ユーノ君の言う通りに甘いモノで正解だった気がする。
 白く、甘いクリームは、私の舌に乗って、喉を優しく降りていく。
 幸福感、とでも言ったら良いんだろうか。
 甘みが、ほんのスプーン一杯分だというのに、全身に広がっていく。

「――うん、ありがとう。私に、なにが出来るか分からないけど」
「取りあえず、明日、ヴィータに会いに行こう。シャマルさんや担当医の人と相談したり、あと、ヴィータの顔を見たら、何か浮かぶかもしれない」
「そうだと良いな」
「僕らが行く頃には、目を覚ましてるかもしれないね。ヴィータは、なのはを悲しませたりしたくないだろうし」

 そう言って、紅茶のカップに、静かに口をつける。
 ユーノ君は、どのくらい、ヴィータちゃんと分かり合っているんだろう。
 私なんかより、ずっと、ヴィータちゃんのことに詳しい。そんな気さえする。
 二人が、そんな話をする仲だったなんて、今まで知らなかった。
 私の知らないヴィータちゃんを知っているようで、ユーノ君が、ちょっとだけ羨ましくて、悔しかった。

「じゃあ、なのは。また明日」
「うん。今日は本当にありがとう、ユーノ君」

 カフェを後にして、本局のトランスポートの前で、別れることにした。
 ユーノ君は、これから仕事だという。
 本当は、仕事の合間に帰ってきただけなんだし、私とノンビリしてる暇はなかったはずなのに……悪いことしちゃった。
 それでもユーノ君は、私に久しぶりに会えて嬉しかった、と言ってくれた。

「あっ、そういえば」

 背を向けようとしたとき、ユーノ君は、なにかを思い出したように声を上げた。

「結婚祝い、探してくるって約束したのに……すっかり忘れてた」
「そんなの良いのに。でも、約束したって……ヴィータちゃんと?」
「うん。仕事先で、変わったものか美味しいものを見つけたら、それを上げるって言ってたんだけど。うーん、駄目だなあ、僕」
「無理しなくて良いから。他の人からも、物とか貰ってないし、本当に」
「うーん。ヴィータには、嵩張るものは駄目だって言われたし、小さくて、珍しいものにしようかと思ってたのに」

 ユーノ君は、すっかり考え込んでしまった。
 こうなると、意外に周りが見えなくなっちゃう。普段は、あんなにみんなのことを見てくれてるのに。
 いくらか会わない間にも、全然変わってないことに、少し安心した。
 見た目は大人っぽくなってるのに、中身は子供のときと同じで、なんだか可愛かった。

「また今度、楽しみに待ってるから」
「そ、そうだね。二人は大丈夫そうだし、年明けぐらいに一度落ち着いたら、遊びに行くよ」
「……うん。ユーノ君のお祝いが無駄にならないよう、気をつけるね」
「じゃあ。当分、持っていかなくても大丈夫かな?」

 子供っぽい顔が、いつの間にか、ちょっと意地悪そうになってる。
 こ、こんなのユーノ君じゃない……
 少し、ショックだった。


  ◆


 本局から帰ってからは、一昨日と同じように過ごした。
 シャマルさんとユーノ君のお陰で、少しだけ身体が軽くなったと思ったけど、あの家で、一人過ごすのは、やっぱりとても負担が大きかった。
 そこかしこに、ヴィータちゃんの影がちらついて、激しい自己嫌悪に襲われたから。
 "今は一人なんだ"ということを、否応にも、意識させられる。
 この家には、ヴィータちゃんとの思い出があって――一人は、嫌だ。一人でいなきゃいけない理由。そればかりが、頭を占めてしまって、今日の日のことを考えることなく、ベッドに潜り込み、朝を迎えてしまった。
 でも、殆んど眠れなかった。ジッとしていると、目を瞑っていると、どうしようもない不安と不快感に襲われて、いても立ってもいられなくなるから。症状としては、一昨日より悪くなっていた。

「ユーノ君、連絡つかないなあ」

 朝一番、教導隊の事務に顔を出してから、医療棟に向かった。
 今日は、思ったより人が揃っていたけれど、誰も私を必要以上に心配したり、今回のことについて口にしなかった。こういうことは、割と日常茶飯事で、一々心配してたらキリがないから。
 全てが、心遣いからくるものじゃないって、分かっているけれど、何故だか嬉しかったし、なにより気が楽だった。
 若しかして、先輩達も、昔はそうだったのかな。
 そんなことを、考えたりしているうちに、受付までやってきてしまった。

「どうしちゃったんだろう。なんだか、不安になってきた……」

 一向に繋がらないモニタを前に、段々足取りが重くなる。
 でも、予約はしてしまったし、今更それを止めにしてしまうのも、迷惑がかかるし、それに……約束したから。
 それの言葉を胸に、重く止まりそうな足で医療棟を目指していると、数日振りの後姿を見つけた。
 ――フェイトちゃんだ。

「――あ、なのは」
「……フェイトちゃん、どうしたの? こんな、朝早くから」
「そんなに早くはないよ。もう、十時前だし。面会時間に合わせて来たんじゃないの?」
「あ、そ、そだね。アハハハ……ごめん」

 振り向いたフェイトちゃんの、目頭の辺りが、黒ずんでいて、目が全体的にぼんよりと赤く腫れているように見えた。肌が白く、透き通るようなフェイトちゃんのことだから、余計にそれが目立ってしまう。そして、紅い唇も、その色を失っていた。
 いつも綺麗で可愛いフェイトちゃんの、その表情に、思わず言葉が詰まってしまったこと。悟られなかったか、心配だ。

「あのね。やっとヴィータの面会にいけそうだったのに、予約が必要だっていわれちゃって、だから」
「えっと……それだったら、私と一緒に行く? ホントは、ユーノ君と一緒のつもりだったんだけど、何故だか連絡がつかなくて」
「なのはが、それで良いなら助かるけど。もう一度、ユーノに連絡してみたら?」
「うん……」

 どうして、フェイトちゃんと一緒に行こうなんて、言っちゃったのか、それを後悔しながら、ユーノ君の返事を待つ。

「……出ない。留守録にもならないし、どうしたんだろう」
「あの、なのは? 私は、やっぱり明日で良いから。本当は、今日は駄目だったんだし」
「で、でも」
「ヴィータと、二人きりで話しいたいこともあるでしょ? 私は、ホント」

 フェイトちゃんは、本当に申し訳なさそうにしている。
 どうなっているか分からないヴィータちゃんを前にして、フェイトちゃんが隣にいたら、自分がどうなってしまうか分からなくて、それが怖い。
 昨日のこともあるし、ユーノ君についていて欲しかったんだけど……そうだ。昨日のこと。ユーノ君から聞いた、あのときのこと。フェイトちゃんからも、聞いておかなくちゃいけないかもしれない。
 私は、それを知らないでは、いられない。
 ここは、一緒に行ったほうが良いのかもしれなかった。
 だって、フェイトちゃんにも、お世話になったという言葉じゃ、片付けられないほど、私は頼ってしまっているから。
 もちろん、ヴィータちゃんのことも。
 もう、知らないままではいられないと、そう思った。

「一緒に行こう? ヴィータちゃんも、会いたがってると思うし、私も、フェイトちゃんに聞きたいことがあるから」
「……うん、分かった」

 受付で事情を説明して、ユーノ君のところをフェイトちゃんに変えてもらって、病室に向かった。
 淡いクリーム色の壁に、どこからか差し込む自然な明り、足音のしないタイル。窓からは中庭が見えて、緑が目に優しい。あの頃と同じような、少し変わったような、でも、患者に優しいだろう環境。
 でも、私にとって、素直にそうとは思えない。出来れば足を運びたくない場所だ。どうしたって、いい気分になったりしない。
 横を歩く、フェイトちゃんの表情も優れない。
 何を想っているんだろう。
 私と同じなのか、ヴィータちゃんを心配してなのか……これは、私がしなくちゃいけないことなんだけど。
 音のない通路を歩きながら、会話をすることなく、目的地に着いた。

「お邪魔します」

 なにか言わなきゃと思って、変な言葉が出てしまった。
 こういうとき、自動扉の風情のなさが嫌だ。こっそり隙間から、中を伺うってことが出来ない。いきなり全身が晒されてしまった、バツの悪さみたいなものを感じながら、部屋を見渡した。
 病室は、私のときと違って、さっぱりしていた。
 大きな機器類は、随分とコンパクトになっているらしくて、ベッドや荷物をしまうロッカー、洗面台などに――ベッド。
 自分も随分お世話になった、同じ型だろうベッドに、ヴィータちゃんは寝ていた。

「ほら、なのは。こっち」

 先にベッドへ歩み寄っていたフェイトちゃんが、慣れた手つきで椅子を出してくれる。ヴィータちゃんに近いほうの椅子を勧めてくれた。
 視線がヴィータちゃんに吸い付いたまま、覚束ない足取りで、言われるままに椅子に腰掛けた。
 並んで、眠るヴィータちゃんを見つめる。
 顔つきに、なんの問題も見出せない。
 今にも瞼が震えて、いつもの青い瞳が覗き、その小さな口から、私の名前が聞こえてきそうだった。

「…………」

 長い髪は、ざっくりと三つ編みにしてあって、横に流してある。見慣れているけれど、少し違う編み方だった。きっと、はやてちゃんがしてあげたんだろうと思う。私が見慣れているのは、ヴィータちゃんが自分でしたものだから。
 見えている部分は、いつも通りのヴィータちゃんだった。

「ヴィータ、身体の方は問題ないって。シャマルから聞いたよ」
「うん。私も聞いたよ。怪我は治したって」
「ヴィータに食らいついた子が、他の子に比べて小さかったのが、幸いしたみたい」
「う、うん。確かに、あのときの子だけ、他に比べて凄く小さかった」
「身体の作りが違うんだって、冗談めかして言ってたけど……ホント、その通りだったのかな」

 フェイトちゃんは、私が知らないだろうことを、教えてくれるみたいだった。
 でも、声に力はないというか、言いたいことは別にあるんだけど、それが言えなくて、無理してるみたいに聞こえる。
 それを聞くべきかどうか。私には、何とも言えなかった。
 フェイトちゃんにとっても、私にとっても、辛いことのように思えたから……ううん。それが、私にとって辛いことなら、聞かなくちゃいけないんだけど。そう考えると、言葉が、出てこなかった。

「……やっぱり、駄目だな」
「ど、どうしたの?」

 ぐっと息を呑んだフェイトちゃんは、溜め込んだ息を吐くようにして、低く、呟いた。

「どうしたって、言わずにはいられないよ。嘘を、吐いてるみたいで」

 なんのことだろう。
 突然、フェイトちゃんは、誰かに謝るようにして喋り始めた。

「実はね、なのは。あのヴィータに食らいついた子。その――」
「どうしたの、フェイトちゃん?」

 フェイトちゃんは、ヴィータちゃんを見つめたまま、胸の奥にしまいこんだモノを、吐き出すようにして答えてくれた。

「――私が、お願いした仕事で……そのとき取り逃がした子なんだ。若しかして、それが」
「そんなの、知らない」

 初めて聞く話に戸惑う私に、フェイトちゃんはゆっくりと説明してくれた。
 人や動物を取引したりする組織への、捜査の一環として、ヴィータちゃんがあのジャングルへ行っていたこと。
 そこで、取り逃がした動物の一匹が、ヴィータちゃんの胸にその角を突きたてたこと。
 そして――

「随分無理なお願いだったんだけど、ヴィータは依頼料が良いから、引き受けてやるって。そう言ってくれて」
「そんな仕事、してたんだ。全然知らなかった。いつ?」
「一週間ぐらい、無人世界に行くとか、言ってたときあったでしょ? 本当は、私が頼んだことで……内緒にしてくれるよう、お願いしてたから。ヴィータ、ちゃんと黙っててくれたんだね」
「……うん」
「依頼料が良いからなんて、気を使ってくれたのかなって。もし、あの時のことが、悪く働いてたらと思うと……」

 フェイトちゃんは、沈痛な面持ちだ。ぐるぐると、頭の中を後悔が占めているんだと思う。
 私も、同じような顔だったろうと思うけど、理由は、別のところにあった。
 確かに、ヴィータちゃんが一週間ぐらい任務だって、家を空けたことがある。あの指輪を買ったりした後ぐらいに。あのとき、お金を無駄使いしちゃって、凄く怒られた。
 フェイトちゃんに、気を使わせないよう、ああ言ったのかもしれないけど、ヴィータちゃんとしては、本音の部分もあったのかもしれない。
 お金を借りたわけじゃないし、まだまだ残ってるんだけど、何かあるといけないからって、ヴィータちゃんは少しだけ心配してた。私は、大げさだなあって、あまり真剣に受け止めてなかったような、そんな気もする。
 もし、フェイトちゃんの依頼を受けたの、あれが背中を押してたとしたら――私のせいだ。きっとヴィータちゃんは、私がいい加減だから、何とかしておかなきゃって、そう思ったのかもしれない。
 ヴィータちゃんと結婚して……あんなこと、しなきゃ良かった。私の、詰まらない思い込みで、傷つけることになったんだ。

「もう少し、多く応援を置いていけばよかった。まさか、あの場面で襲われるなんて……辺りから気配が消えてたからって、気が緩みすぎてた」
「……それを言うなら、私だって同じだよ。転送前後は一番危険だって、セオリーをすっかり忘れてたんだから。こんなじゃ、教導官失格だよ」

 私たちの口からは、後悔の言葉しか出てこなかった。
 こんなじゃいけないって、シャマルさんにもユーノ君にも、あれだけ言われたのに。ヴィータちゃんの眠っている姿は、自分の犯した失態を見せ付けられるようで、二人からの忠告は、朝露のように簡単に消えてしまった。
 とてもじゃないけど、フェイトちゃんを気遣えるような、余裕はなかった。

「今回は結果、何人か救うことが出来たとはいえ、部隊を割いたりするほどだったのか、権限の違う人を二人も連れて行くほどだったのか。自分の判断に疑問ばかりで……」

 俯き加減のフェイトちゃんの目元は、長く、きらきらと光が透き通るような金髪に隠れて、その様子を窺うことは出来なかった。
 薄い唇だけが見えるけど、きつく結ばれることも、柔らかく微笑むこともなく、ただ、力なく、小さく開かれているだけ。

「私はあのとき、なのはを助けることで頭がいっぱいで、ヴィータのことを、これっぽっちも、考えてなかったのかもしれない。ヴィータを気遣うようなことを口にしながら、内心、なのはの事だけだったのかもしれない」
「フェイトちゃん……」
「でも、ヴィータじゃなきゃ、なのはを助けられなかった。あそこまで、なのはの為に動けたのは、ヴィータだけだった。どうしても、ヴィータと一緒に行く必要があって、でも……」
「……」
「ホントは、あのままヴィータに着いて行きたかった。なのはのことを見届けたかったんだ。きっと、あれは見栄だったんだ、私の。つまらない、下らないプライドだったんだ……そんなもののために」

 独り言のようだった。

「なのはも、ヴィータも、それに……。私はいつも、大切な人を守れない。なのはを守れた、ヴィータが羨ましい」

 声が震えて、泣いているんじゃないかと、そう思ってしまったぐらい。涙こそ流していなかったけれど、泣いていたのかもしれない。
 フェイトちゃんに、そうじゃないよって、そう言ってあげたかった。私はいつも、フェイトちゃんに助けてもらってばかりだよって、そんなことないよって、フェイトちゃんを否定してあげたかった。
 でも、言葉で言い繕って、それでどうなるんだろう。
 事実、ヴィータちゃんは目の前で、眠ったまま。
 この現実がある限り、そして、この現実に対して私自身がなにも出来ていない限り、その言葉は上滑りするばかりだ。

「……これじゃ、前と同じだ」
「前、と? 前って、いつの話?」
「――あ、えっと。前っていうのは、その……」

 少しだけ、顔を上げたフェイトちゃんは、それでも質問に答えてくれなさそうだった。
 でも、その態度でなんとなく分かる。今、フェイトちゃんの言っていた"前"というのは、私が墜ちたときのことだ。そしてフェイトちゃんは、今の自分が、そのときと同じだという。
 きっと、口にするつもりじゃなかったろうと思う。思わず呟いてしまった言葉だから、それを尋ねることは、普通だったらしない。でも、そのフェイトちゃんの言葉が、"あの時"のことなら、私は、それを聞いておかなくちゃいけない。
 知らないままじゃ、いられない。

「ねえ、フェイトちゃん。一つ、いいかな」
「……うん。どうしたの、なのは」
「前に、私が墜ちたとき。フェイトちゃんとヴィータちゃんは、どうしてたの? 私が、目を覚ますまで。それに、前と同じって、どういうこと?」
「…………えっと」
「あのとき、きっと二人のお陰だったんだって、ユーノ君が。だから」
「ユーノが……そんなこと言ってたんだ」

 フェイトちゃんは、信じられないと言わんばかりの声だった。

「私は、どうして良いか分からないから。だから、二人の話を聞きたい。私は、二人のこと、何にも知らないから」

 情けない話だと、自分でも思う。
 私は、自分でそんなことも考えられないのかって。見返りを求めての好意じゃなかったとしても、自分はそれに胡坐をかいていただけなんだって。こんなときまで、人に頼ってって。
 確かに、ユーノ君に、言われてたことではあるんだけど。
 このタイミングで、そして本意ではないのに、それを尋ねるのは卑怯だと思ったけれど。
 フェイトちゃんは、暫く視線を床の上に落とした後、落ちた前髪の隙間から、私を窺うような視線を向け、少しずつ、語ってくれた。

「ユーノが、そう言った理由は分からない。だって、私はとにかく、あの衝立のこっちから、見てただけだったから」
「……ヴィータちゃんは?」
「……ヴィータも、同じだったと思う。でもね、ヴィータはその前に、私を助けてくれた」
「フェイトちゃんを?」
「うん。あのとき、なのはが倒れたって連絡をもらって。私の知らないところで、私の関われないところで事態が起きて……疎外感があった。私は、何も出来ないまま、なのはとの約束が守れなかったって、その事実だけが残って……もう、なにも考えられなかった。とにかく、後悔ばかりが全てを支配してしまって、毎日、朝から晩までそればかりで、無力感に押しつぶされそうで、誰の声も届かなくて……どうしようもなかったんだね、私」

 そう語る声に、当時の悔しさや無力感が、滲み出ていた。

「そんな私を、ヴィータが助けてくれたんだ。自分のことも、なのはのことすら信じられなくなってた私に、もう一度、信じることを思い出させてくれた。あのときの私は、なのはが倒れた日から、一歩も動けなかった。ずっと、時間が止まってた。先のことなんて、これっぽちも考えられなくて。そんな私に、"明日のこと"を考えさせてくれた。なのはが目を覚ましたら、どうするのか。そのことを、考えさせてくれた。私を、連れ出してくれたんだ」

 打って変わって、嬉しそうだった。
 嬉しいのとも、少し違う。でも、温かいというか、一言では言い表せない、フェイトちゃんのヴィータちゃんへの想いを感じた。フェイトちゃんの、言い知れないヴィータちゃんへの想いが、溢れているような気がした。
 そこには、私の知らない、二人の関係があった。

「そんなことが……あったんだ」
「それでね。なのはが目を覚ましたのは、その直ぐ後だった。だから、少なくとも私は、なにもしてない……ううん、出来なかったんだ。後悔に手足を縛られて、口を開けば、そのことばかりで……今と同じ」
「でも、ユーノ君が」
「それなら、私はユーノとシャマルのお陰だと思うな。付きっ切りで、色々な治療魔法を試していたし」

 本当に、分からないと言った感じだった。
 どうして、ユーノ君は、あんなこと言ったんだろう。
 ただの謙遜じゃない。
 本当に"ヴィータちゃんとフェイトちゃんのお陰だ"って、そう言ってた。
 なにか、忘れてる。昨日のことなのに。
 ユーノ君は、なにかを教えてくれて、それで私はここへ来ようと思ったんだ。

「私と……ヴィータは、ただ、ずっと。なのはがいつ目を覚ましても良いように、自分たちに出来ることをしようって。そう思ってただけ」
「うん。私の隣にずっと一緒にいてくれたの、凄く嬉しかった。とっても、心強かったよ。だから、あのリハビリだって、乗り越えられたんだから。一人じゃ、無理だったと思うもん」
「ううん、あれは、ヴィータがいてくれたからだよ。私じゃ……本当は駄目だったんだ」
「どうして? フェイトちゃんだって、合間をぬって、一緒に」

 フェイトちゃんは、ゆっくりと頭を振った。
 その表情は、相変わらず、降りた前髪の隙間からしか、窺えない。

「私はね、なのは。なのはのリハビリを、何度も止めさせようって、そう思ってたんだ」
「……全然、気付かなかったよ。そんなこと」
「魔法が使えなくたって、歩けなくたって、私が何とかするからって。なのはの辛いところ、見たくなかったんだ。本当は、そんなこと無理に決まってるのに。なのはが、頑張ってるっていうのに。ただ、私がそれを見てられなかっただけなんだ」
「……そんなことないよ。ヴィータちゃんだって、同じこと、言ってたもん」
「でもね。ヴィータは諦めなかった。絶対に、なのはは元に戻るんだって。もう一度、空を飛べるようになるんだって。なのはが、もう駄目だって言っても、私たちが一緒なら、大丈夫だって。そうしたら、また前みたいに笑顔を見せてくれるんだって」

 一言一言、噛み締めるように、フェイトちゃんは教えてくれた。
 あのときのヴィータちゃんが、何を考えていたのか。なにを言っていたのか。
 私は、フェイトちゃんの言葉を通して、ヴィータちゃんの想いを確認していた。

「もし、なのはが本当にもう駄目だって、諦めるって言ったら、ヴィータはその通りにしたと思う。でも、私たちが先に、勝手に諦めるのは駄目だって。なのはのために、なにが出来るか、考えろって」
「……うん」
「そして、辛いリハビリが終わって、教導隊の入隊が叶って。なのはは、その笑顔を――私に向けてくれた」

 そう言うフェイトちゃんは、僅かばかりの嬉しさも覗かせなかった。

「その影で、辛いことがあったときは、ずっと、ヴィータに相談してたこと、知ってた」
「…………」
「一番に、私に教えてくれたこと。凄く嬉しかったけど、それは、ヴィータが影でずっと支えてたからなんだって、知ってたから」
「……知ってたんだ」

 これを私自身が尋ねることは、とても残酷なことのように思えた。
 だって、あの、病室で私に約束してくれたときから、私は、ヴィータちゃんにだけ、特別に頼っていた。
 そのことを、フェイトちゃんの口から言わせて、私は、自分のこととヴィータちゃんのことを、確認しようとしている。
 とても、身勝手で、残酷なことだった。こんなことになる可能性を、ちっとも考えてなかった。

「なのはのことを、一番に考えていたのは、ヴィータだった。私と一緒に頑張ろうって、言ってくれた日から。諦めなかった。なのはが望んでいることを、何をおいても一番に考えていた。だから――ヴィータのお陰だよ」

 大切だって、好きだって思ってたのは、ヴィータちゃんのことだった。
 でも、あの日から、教導隊に入るまでのことは、みんなのお陰だった。誰かのお陰じゃないってことなんて、ない。
 確かに、ヴィータちゃんとフェイトちゃんには、凄く助けてもらった。
 でも、それだからってヴィータちゃんだけで、フェイトちゃんの助力がなかったってことは、絶対にない。

「もし、ユーノの言ってたことが正しいなら、それは、どれだけヴィータがなのはのことを、想ってたかって。そのことだと思う」
「……うん」
「それを言うと、ヴィータは違うって言うかもしれないけどね」
「シャマルさんが、酷かったって言ってて……それのことかな」
「うん。みんなに迷惑かけたって、ヴィータはずっと言ってたから。でも、一番に願ってた、想ってた事実は揺らがないと思う」
「……そうなんだ」

 顔を上げて、ベッドに眠る、ヴィータちゃんを見つめるフェイトちゃん。
 ちらりと覗いた、紅い瞳の周りは、朝会ったときにも増して、赤く、腫れているように見えた。

「だからね、なのは。なのはも同じように、好きな人のことを想ったら良いんだと思う。その人のことを、一番に考えられる人が」
「……でも、それなら、はやてちゃんが一番だと思うな」

 そういう私に、フェイトちゃんは、真っ直ぐな瞳を向けた。
 紅い瞳に負けないぐらい、目の周りが赤く腫れていた。
 それでも、視線は、真っ直ぐに私を捉えている。

「仮にそうだとして、なにか問題があるの? 二番だとしても、想う気持ちには変わらないよ。ユーノが言ってくれたなら、私も言える。一番はヴィータだったけど、二番は私だって。それで、私は自分を卑下したりしない。ヴィータを一番だって認めることは、決して自分自身を認めないことじゃないから。だから、二番だとしても、想うことが大切なんだもん」

 なんというか、強気なフェイトちゃんだった。
 二番で良いと言い切るのは、考えたことがなかった。
 一番じゃなくちゃ嫌だって、そういう風に考えたことはなかったけど、二番で良いとも考えたことはなかった。
 でも、そう考えると、なんだか気が楽だった。
 別に、こういうことは、勝ち負けじゃないんだから。
 自分がどれだけ、なにを出来るのか。なにをするのかが問題なんだから。人と比べる必要なんて、ないよね。

「それにね、なのは。想いを比べることなんて、出来ないんだから、本人次第だよ。なのはが、はやてを一番だと思えば、はやてが一番だし、自分が一番だと思えば、自分が一番なんだよ」
「なんだか、屁理屈みたい」
「良いの、それで。屁理屈でもなんでも」

 子供っぽく、言い切る姿が、なんだか可愛かった。
 そう言い切ってくれるのが、嬉しかった。
 確かに、フェイトちゃんの言う通りだと思う。誰がどうかって、そういう問題じゃない。これは、私とヴィータちゃんの問題なんだから。
 私が、私のことを想ってくれているヴィータちゃんに対して、なにがしてあげられるか。何が、出来るか。

「魔法でも何でもないけど、ヴィータのことを、懸命に想うことって、大切だと思うんだ。それで出来ることがある。ヴィータのために、出来ることが。だから……私みたいに、ならないで」
「そんなことないよ、フェイトちゃん。今、フェイトちゃんがいてくれて、嬉しい。それに、ユーノ君も、同じようなこと言ってたよ。なんだか、変な感じ。二人で同じこと、私に教えてくれるなんて」
「そ、そうかな……そんなに、変わったことを言ったつもりはないんだけど……」
「う、ううん! とっても嬉しかったから。ホント、本当に……嬉しかったから――」

 嬉しい――そう、言葉にしたはずなのに、目の奥が熱くなって、それが溢れそうになった。
 二人の優しさが、胸を締めつめているのか、息苦しいほど。
 その胸に渦巻く感情は、温かいものはわずかで、あっという間に、悔しいとか哀しいとか、そういう類のものに占められてしまう。二人の優しさが、私の影を、くっきりと浮かび上がらせるようで。
 でも、ここで泣いてちゃ駄目だ。
 私は、この影をしっかり見据えてなくちゃいけないんだから。
 だって、それが、ヴィータちゃんをこんな風にした原因なんだから。
 三日間も、ここへ来られなかった原因なんだから。

「大丈夫、なのは?」
「――うん、大丈夫。もう、これ以上フェイトちゃんに心配かけさせられないもん」
「いいよ、なのはなら。どれだけ心配かけられても」
「……フェイトちゃん」
「だって――そんな役割、ヴィータばっかりじゃ不公平だもん」

 フェイトちゃんの指が、私の髪を、そっと撫でた。
 髪の手入れを怠ったせいか、細くて柔らかい指は、私の髪を滑っていかない。
 フェイトちゃんの表情が、僅かに曇ったことが苦しかった。

「やっぱり、ヴィータがいないと、駄目だね」
「……そうかも。ヴィータちゃん、私のも気をつけてくれてたし」
「あのときのヴィータと同じだ。心配かけるといけないから、いつヴィータが目を覚ましても良いように、気をつけておかないとね。自分を心配して、こんな風になったって知ったら、また倒れちゃうかも」
「あのときって、"あのとき"?」

 私の、荒れた毛先を弄びながら、フェイトちゃんは頷いた。
 あのとき、自分のことにさっぱり気が回らなかったヴィータちゃんの髪は、ごわごわで酷いものだったって。
 だから、ヴィータちゃんの――もちろん、フェイトちゃんも――髪を触るのが好きだった私のために、すぐ手入れしてあげたって。いつ目を覚ましても良いように。いつ髪を触られても良いように。
 あのときと、一緒だって。
 立場は、逆になっちゃったけど――そう、教えてくれた。

「うん、ありがとう。今日から、ちゃんと手入れしておくね」
「私だって、なのはの髪が好きだから。だから、そんな……私は、ヴィータのためだけじゃ、ないんだよ」
「もちろん、分かってる。私も、フェイトちゃんのその髪。キラキラしてて、フェイトちゃんは綺麗だなって――好きだよ」
「――っ!」

 私にしてくれたように、私もフェイトちゃんの髪を撫で、荒れた指の間をサラサラと流して、その感触を噛み締めていたら、何故かフェイトちゃんは、慌てて手を引っ込めてしまった。
 怒ってるわけでもなくて、なんだろう。下唇を、ぐっと噛んでる。
 顔も、みるみる赤くなっていく。
 どうしよう。
 なにか、とんでもないこと言っちゃったのかな……

「わ、私! そろそろ時間だから、し、し仕事、いくね!」

 勢いよく立ち上がると、髪や裾を整えながら、慌てた様子で、部屋を飛び出して行ってしまった。
 一人、病室に取り残された私。
 突然のことに、どうしようと考える間もなく、看護婦さんから連絡が入った。
 面会時間が終了したことを、伝えるものだった。

「……じゃあね、ヴィータちゃん。また明日……ううん、出来るだけ早く来るから」

 ベッドで眠るヴィータちゃんは、本当に、今にも起きそう。
 眠気眼を擦りながら、「人が寝てるんだから、静かにしろ」とかいって、私を怒ってくれそうだった。
 うん、早く怒って欲しい、私のこと。
 駄目なヤツだって、呆れながら、それでも私の手を引いてくれるヴィータちゃんに、早く会いたかった。
 ヴィータちゃんに今までのことを謝って、そして、ありがとうってお礼を言いたい。
 それよりも、なによりも、まずヴィータちゃんのために、私に出来ることを、しなくちゃいけないんだ。
 ナースコールで、病室を出ることを知らせて、ヴィータちゃんに「また明日」って、約束をした。


 


 
 新婚なの! 13-11 (4) >


 

|

« 新婚なの! 13-11 (2) | トップページ | 新婚なの! 13-11 (4) »

新婚なの!」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 新婚なの! 13-11 (2) | トップページ | 新婚なの! 13-11 (4) »