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お姉ちゃんだよ! 13

「クロノー」

 家に帰ってくるなり、弟の姿を探すエイミィ。
 別に寂しいとかそんなじゃないと彼女は言うだろうが、視界にいるか、気配を感じてられないと気になってしかたないのは、そう言われても仕方ない。
 ウロウロと家を歩き回る。タイミングが悪いのか、お留守番をしているはずのアルフの姿もない。
 先に帰っているはずの弟の姿がないことに、彼女の足は自然と速くなった。

「ぐぬぬ……先に帰ってると思ったのに」

 探し回った結果、隠れてでもいない限り居ないということになった。
 本人に聞いたら良かったことなのだが、口では文句を言いつつも、彼女は敢えてそうしなかったのは、探すこと自体を楽しんでいたからなのかもしれない。
 本当に会うことだけが目的なら連絡を取れば良いのだし。
 仕方ないなといった顔でモニタを立ち上げ、エイミィはクロノに今どこにいるのか聞くことにした。

「はい、クロノです」
「クロノ、私だよ。お姉ちゃんだよ」
「うん。どうしたの? なにか忘れ物?」
「そういうわけじゃないんだけどさー……」

 映し出された弟の背景を見ると、どう見てもアースラだった。
 しかも「忘れ物?」とか聞いてくる辺り、姉が先に帰っていたことは承知だったらしい。
 なんかちょっと悔しいエイミィだった。

「家に帰ったら誰もいなくてさ。クロノが帰ってると思ってたから、一人は寂しいなあって」

 ちょっと意地悪してみるつもりだったのに、モニタの向こうのクロノは意外な反応を見せた。

「じゃあ、帰る」
「え?」
「アルフが手伝いに来てくれてるから、帰っても良いって言われてたんだけど……だから、帰る」

 いたって真面目な顔で言う弟に、エイミィは間が抜けた相槌を打ってしまった。
 クロノは姉が頷いたのを確認するや否や、通信を終えてしまう。
 パッと色の消えるモニタ。なにも映さなくなった半透明のそれを、エイミィはぼんやりと見つめている。
 彼女の頭の中では、さっきのクロノの言葉が反芻されていた。

「……か、帰ってきてくれちゃうんだ」

 口にしてみる。
 それを口にした彼は、弟ではなくてクロノのような気がした。自分が知ってる、クロノ君。
 以前の彼なら、例え彼女を心配して帰宅を早めたとしても、決して口にしたりはしないだろう。理由を聞かれたら、バレバレの言いわけを口にするか、黙って知らん顔をするか。
 エイミィは考えた。クロノ君なら、こんなことぐらいでは帰ってこない。当たり前だ。そもそも、自分がそんなことを言ったりしないだろうし。言われなければ、帰りようもない。
 でも、もし。クロノ君に言っていたら、帰ってきてくれるかもしれない。そうじゃなかったとしても、なんだかんだと気にかけてくれそうな気がする。
 自分に都合の良い想像。妄想の域を出ない。
 それでも、そうするだろうクロノ君に違和感はなかったし、そう考える自分自身を不思議に思うこともなかった。
 お腹の辺りがポカポカする――エイミィは、浮き足立っていた。

「ただいま、お姉ちゃん」

 出産を待つ父親みたいに、リビングをウロウロしていると、ほどなくしてクロノが帰って来た。
 逸る気持ちが身体を動かしたのか、エイミィは普段しないような勢いで振り向き、弟へ駆け寄ってしまう。
 弟の驚いた顔に、冷静さを訴える声が聞こえる。
 このまま衝動に任せると抱きつきかねない。だから――そう、訴えかけてきていた。
 彼女の頭の中の審議は、直ぐに終わる。

「お帰り、クロノ」

 ぴたり、足は止まった。
 ギリギリ間に合ったようである。

「た、ただいま。お姉ちゃん、元気そうだね……」
「そう? うーん、まあ元気かな。特に具合悪いところもないし。なんで?」

 手を身体の後ろで組んで、ニコニコ。余裕っぷりをアピールしている。
 クロノは、ただただ、ビックリしている。
 いきなり走ってきたと思ったら、ぴたっと止まり、急にニコニコし始めるなんて、驚く程度で留まっている方が驚きだった。
 まずい――エイミィは更に焦った。
 どうにかして弟の意識を逸らさなければならない。余り上手く働いているとは言えない彼女の頭は、フル回転し始めた。が、

「あ、そうだ。クロノがいないから具合悪かったのかもねー。あははは」
「そう、だったんだ……」
「う、うーん。でも、クロノが帰ってきてくれたし、お姉ちゃんもう平気かなー? それで、ちょっと変だったのかもねー」
「平気なら、良いよ、うん」

 クロノは戸惑っている。
 姉の様子はどう見ても変だからである。必要以上に饒舌だからだ。言葉数の問題ではなくて、余計な、喋らなくて良いことを喋っているという雰囲気だからだ。
 そんなことがクロノに伝わってしまうほど、今の彼女は焦っていて、空回りしていた。
 こういうとき、動くほどに泥沼なのは今の彼女でも分かるようで、やめようかとも考えたのだが、ピタリと止めてしまうのも不自然なので、どうにも困ったことになってしまった。
 二進も三進もいかなくなってしまって、結局黙らざるを得なかった……

「お姉ちゃん。本当に大丈夫? なんか変だよ」
「クロノは心配性だなあ。お姉ちゃんとしては、クロノが帰ってきてくれたんだから、もう全然平気だよ?」
「……ホントに?」
「ホントに」

 エイミィが駄目押しのように頷くと、クロノはじいっと見つめ返してきた。
 多少の照れを含みつつも、目を逸らすことなくしっかりと姉の瞳を見つめている。
 エイミィは当然、照れる。自覚がなかろうと、一般的に言えば”照れている”という部類の感情を抱いていた。
 見つめられるのは嬉しいが、見つめられるのは恥ずかしいという、見たい・見たくないという相反する気持ちが渦巻いている。
 それが顔に現れるものだから、余計に弟としては姉から目を離すわけにはいかなくなってしまった。
 彼女にとっては、二進も三進もどころではない。

「……ねえ、お姉ちゃん」
「な、なにかな」
「元の僕は……頼りになったみたいだけど、今の僕はあんまりで頼りなくて。フェイトの勉強にも、訓練にも付き合って上げられないし」
「それは、まあ……元から余りしてなかった気がするけど」
「だから、だから……お姉ちゃんも、心配っていうか色々不安になっちゃうと思うんだ。その……今みたいに」
「う、うん……」
「だ、だから――!」

 自分を見上げる視線に、エイミィは視線を外せなくなっていた。
 健忘になってからの、どこか不安に駆られた瞳。それがちらつく度に、庇護欲というか”お姉ちゃん”部分が擽られて彼を可愛がってきた。悪ふざけといわれる部分を含めて。
 しかし、今目の前にいる彼は、それを押し殺して強い想いで姉を見つめている。そして、夜の闇のような、吸い込まれそうな黒い瞳に宿る強い光に、彼女はその場に釘付けにされたように動けない。
 そこには、”クロノ君”がいた。

「ちゃんとするよ。なにをすれば良いか、分からないけど。でも、お姉ちゃんにそんな顔をさせないようにするから」
「え、え――!?」

 いきなり詰め寄ったクロノは、後ろに回されていた彼女の手を、強引に前にもって来た。
 両の手で包み込むようにして、ぎゅっと握ってくる。少し痛いぐらいに。強く、強く。
 もう、エイミィの頭の中は大混乱。風がごうごうと吹き荒れて、地面がぐわんぐわんと揺れている。

「僕に――頼れるよう、頑張るよ。お姉ちゃん」

 しっかりとした眼差し。吸い込まれそうというより、吸い付けられてしまうというか、惹き寄せられてしまう。
 握られた手の温かさと、強さ。彼の想いのほどが、これでもかと伝わってくる。
 エイミィの頭の中は、大混乱を通り越して大災害だった。

「う、うん……」
「……お姉ちゃん? なんか、変だよ?」
「そんなことないよ、クロノ」
「大丈夫? ぼうっとしてて……具合悪そう。顔も赤いし」
「だ、大丈夫だったら……」

 いつかのときのように、自制心が効かなくなっているというか、そのときより確実に具合が悪くなっていた。
 クロノのことを、色んな意味で意識している現状では、症状の進行が速いのは当然といえば当然かもしれないが。
 冗談でこの状況を作ったために、相手からの突然の揺さぶりが、予想以上の効果をもたらしたということだろうか。
 なんにせよ、彼女はもう前後不覚に酔っていて、弟と呼んだ相手が眼前に迫ってきていた。

「お、お姉ちゃん!」
「――ん? あ、クロノ。どうしたの」

 ギリギリ間に合った形になった。クロノは多少仰け反っていたが。
 エイミィが正気に戻れた――完全とは言い難いが、踏みとどまったという意味――のは、クロノの顔が羞恥のために引きつっていたし、なにより涙目寸前だったから。
 流石の彼女も、弟の涙――大きな瞳から零れてはいないが――を見れば踏みとどまらざるを得ない。こういう場合、男性の方が異性の涙で萎えやすいらしいが。
 いつの間にか、自分の手を握っていた力が弱くなり、添えられる程度になっている。強い意志が感じられた瞳も、弱弱しく震えているし。
 エイミィは慌てて手を離し、クロノと距離を取った。
 全くもって失敗である。

「お姉ちゃん……?」

 心配そうに姉を見つめるクロノ。
 そりゃあ、明らかに様子が変だし、行動が怪しいし、弟ならずとも心配したくなってしまう。
 こういうとき、どうしたら良いのか。エイミィにそれを考える頭はなかった。距離を取れただけでも上等なぐらいだ。
 今の彼は弱弱しいし、普段なら上位に立てただろうが、この状況を作ったのが自分であるし、失敗を取り繕うためにそれに目を瞑ってしまうことは出来なかった。
 これも、クロノ可愛さゆえというか、混乱しながらも彼女なりのプライドというか。

「あ、ああ、うん! やっぱりクロノの言う通り、具合が悪かったのかなー? そ、そうだね、うん!」
「お姉ちゃん……? ホントに?」
「せっかく早く帰れたんだし、ちょっと寝ようかな? あ、みんなが帰ってきたら私は部屋で寝てるって言っといて? 夕ご飯までには起きるから」
「あ……うん。分かったよ」
「そ、それじゃ……お休みね、クロノ」
「大丈夫? 誰か他の人を呼んだりしなくていい?」
「うん、それは大丈夫。ちょっと寝たら治るから」

 エイミィは勢いよく踵を返し、背中で拒絶の意思を伝えるようにして、リビングから自分の部屋へ走った。
 そうでもしないと、クロノが自分についてきそうだったから。
 フローリングの床を、滑りそうになりながら走り、閉めたドアの音は、家中に響き渡りそうなほど。
 そのままの勢いで一目散にベッドを目指し、思い切り飛び込み布団にすっぽりと包まった。
 ぎゅーっと布団に包まっている姿は、大きなお饅頭のように見えるが、本人にしてみればそんな呑気なことは言ってられない。

「……あー……あーっ!」

 頭を抱えて、ごろんごろん布団の中で悶えるエイミィ。
 目を瞑っていようが開けていようが、さっきのクロノの顔と自分の無様な姿が思い出されて、どうしたって我慢できずのた打ち回ってしまう。
 つい最近、同じようなことで”失敗”をしたばかりだというのに、また同じ失敗を性懲りもなく繰り返してしまうなんて。馬鹿というか、間抜けというか自分のことながら言葉がない。
 なんというか――不覚の一言で……片付けられない事態だった。

「不味い……不味いなあ。どうしてまた、こんなことに」

 なにも進歩がなかった。
 自身の”変化”らしきものは、分かっている。しかし、自覚があるかといわれれば疑問が残る。
 このままでは、マジで手を出しかねないぐらいに悪化しているので、そんな悠長なことを言っている場合ではなくなっているが。

「……確かにさあ。今のクロノ君は可愛いけど、”そういう感じ”じゃないんだよね。だから、これって全然わかんないんだ」

 布団に潜って薄暗い世界で、彼女は呟いた。
 自分に確認を取るように。
 平静とは言えない頭の中だったが、それでも努めて客観的に自分を見つめ直さなければいけなかった。
 大声を上げて、自分に悶えるのは簡単だが、それでは話にならない。

「なんでだろう。どっかに、そうなっちゃう要素があるはずなんだけど。今まで、そういう風に考えたことがなかったから」

 それは以前考えたことがある。
 でも、結局分からなくて放ったらかしにしてた。

「うーん。ホントに可愛いのなら、いっつも”そういう感じ”になると思うんだよね」

 他人事のように呟いた。
 確かに可愛い弟が良いなら、起きたときだってご飯のときだって、いつだってドキドキ、モヤモヤするはずだ。しかしそれはない。ある一定のときだけ。やたら、接触があったときだけだ。
 なら、スキンシップだろうか?
 でも、手を握るぐらい大したことない。もう少し親密に取ったりするが、毎度毎度高鳴るわけでもないし。
 近く、接触のあったときで、更になにかの要素があったときに、自分は頭の中がぐちゃぐちゃになってしまうようなのだ――エイミィはそこまで考えた。

「うーん、うーん! なんでー、なんでよー! なに考えてるのよ、私ー!」

 またもごろんごろん転げまわるエイミィ。
 これは、誰かに聞いてしまうか――具体的にいうとアルフかリンディ――、クロノの健忘を治してしまえば解決することだ。
 前者では原因が分かれば対処も出来るし、後者においては状況を元に戻すのだから。
 それで解決できる……はずである。多分、きっと。
 そんなちょっと不確かだけど、手っ取り早い解決法さえ、今の彼女の頭には浮かんでこなかった。
 ちょっと前にフェイトにどうするか聞いて、考えてたことでもあるのに、である。

「うーん、うーん……!」

 結局、結論の出ないまま夕ご飯の時間を迎えてしまった。

  ***

 夕ご飯は、恙無く終わり、エイミィの予想を裏切る形になった。
 誰も彼もがいつも通りで、クロノさえも至って普通だった。
 その中で一人、自分だけが妙に周りに視線を意識してしまって、どうにもこうにも落ち着かなかった。
 彼女が調子を取り戻す間もなく夕ご飯は終わり、リンディは後片付け、クロノはそれの手伝い。アルフはリビングで寝そべり、フェイトはアルフと少し遊んでから自室に戻った。

「な、なんかなあ……」

 寝てはいるが、アルフも一緒にいるせいで、エイミィはソファーの端で、居場所なさげにしていた。
 そりゃあ、気にされて余所余所しい空気というのを望んだわけではないが、逆にここまでなにもないと気になってしまうというか、妙な居心地の悪さを感じてしまう。
 自分は割りと気を使えるタイプだと思っていたが、逆の立場になってみると、これが意外に難しいんだなあと。
 彼女は、自身の知らない部分を知ったような気がしたが、別にこんなときじゃなくても良いのにとの思いが強かった。

「そろそろ、艦長に相談してみようかなあ……」

 フェイトちゃんも気にしてるみたいだし――言いわけに使うのは卑怯な気がするけど。
 リンディが現状を楽しんでいる、というのも本人に確かめたわけでないので、全く別の深刻な理由があるのかもしれない。
 若しそうなら、このまま一緒にいるのは心身ともに具合が悪いので、なにか考えなければいけないけど。
 エイミィは、つらつらとそんなことを考えながら、台所に視線を向ける。
 視線の先ではリンディとクロノが、どこか楽しげに洗い物をしていた。
 年頃の男の娘など、母親と仲良くしにくいものじゃないだろうか。今の彼の中身がエイミィの想像通り、幾分幼いのであれば問題ないかもしれないが。
 それよりも彼女が気にしたのは、リンディのことだ。
 今のリンディは楽しそうだ。息子と一緒に洗い物など家事をすることを楽しんでいるように見える。
 その横顔を見ていると、どうにも言い出しづらいと考えてしまう。
 普通の母親のようにしている、自分ところの艦長。養子に迎えたフェイトに対する態度と同じように見えるが、少し違う気もする。
 別けて考えるような人ではないが、実の息子と養子では顔を会わせていた時間が違う。どうしたって、差は出るだろう。
 その僅かな差が、エイミィの目には大きく映った。

「ありがとう、クロノ。お姉ちゃんと一緒にテレビでも見てきたら?」

 どうやら殆んど終わったらしい。クロノは手を拭くと、リビングの方へやってきた。
 勿論、エイミィは緊張する。今彼が来たらどうしようかと。
 彼女の心配など他所に、クロノは軽快な足取りで姉のところまでやってくると、ぽんとソファーに腰掛けた。
 少し、間を空けて。
 距離は、二人分ほど。なんとも絶妙な距離感である。姉に近づきたいような、近づくのが怖いような。
 実際クロノがどう考えているか別として、その距離は、エイミィにとって上手くプレッシャーをかける形になった。

「(ううーん。やっぱり警戒してるのかなあ。若しかすると、前のクロノ君のほうが鈍感だったかも……いやいや)」

 テレビでも見ている振りをしながら、視線も意識も弟に釘付けの彼女だったが、このまま無視し続けるか迷っていた。
 無視するのも変――今まで散々構っておいて、だ――だし、かといって今まで通りべたべたすると、また失敗しかねない。
 しかも今回は二人きりではなく、アルフどころかリンディまでいるのだから。
 流石に母親の目の前で、あの失態を犯すわけにはいかなかった。マジで人生終わっちゃうかもしれない。
 万に一つか、百に一つか、はたまた――黙認する可能性もあるが、そこまでの博打は打てないし。
 エイミィが悶々と悩んでいると、クロノが先に動いた。

「お姉ちゃん」
「な、なななにかな!?」
「え、えーっと……さっき言ってたことだけど」
「な、なに!?」

 動揺しすぎである。
 さっき私なに言ってたっけ!?とか混乱して、なんて言いわけしようかと頭をフル回転させていたが。
 クロノは挙動不審な姉の行動にびっくりしてしまって、ちょっと腰が引けている。
 姉の様子が変なことにもめげず、上目遣いになりながらだったが、話を続けてくれた。

「さっきの……」
「う、うん!」
「具合悪いって言ってたよね? もう、大丈夫? ご飯、あんまり食べてないみたいだったから」
「――あ、ああ。具合ね、具合」
「え?」
「あ、ああ! なんでもないなんでもない! ううん、もう全然平気だよ」

 クロノは訝しげな視線を姉に向けているが、姉自身が平気だと言うならそれで良いので、次にはホッとした表情で胸を撫で下ろしたようだった。
 エイミィとしては、弟の優しさに感激しながらも、懸念していたことを聞かれなかったことにホッとしたり、自分汚れてるなーと落ち込んだりな内心で大変だった。

「う、う~ん。なんだい、五月蝿くして。なにかあったのかい?」
「アルフ、寝てたの? 起こしてごめんね」
「クロノ? ふぁ~あ。横になってたら寝ちゃったやい。フェイトは?」
「覚えてないの? アルフが寝ちゃったから、宿題するよって部屋に戻ったよ」

 ふうん、そっか――アルフは、また一つ大きな欠伸をしながら、背中をグーっと逸らせてのびをした。完全に犬だ。狼だけど。
 エイミィは子犬のおかげで雰囲気が変わったことに、こっそりと感謝した。
 アルフは、ぐるぐるっと同じ場所を回ったかと思うと、元居た場所に寝そべった。まだ眠いらしい。

「アルフ。絨毯の上かソファーで寝たら? そこ、痛くない?」
「うーん。フローリングだけど、平気だよ」
「そうなんだ」
「クッションとか、布団が気持ち良いのは当然だけどさあ」

 姉と自分の、ちょうど中間点にいたことになっているアルフを、クロノは優しく撫ぜてあげる。
 丸くなっていたアルフは、頭から背中へと撫ぜる手が動くにつれ、ぐいーっと身体を伸ばし終いには仰向けになってしまった。
 クロノは気にせず撫で続けているが、これでもアルフは女の子だ。双方に羞恥心はないのだろうか。
 特にクロノ。アルフは人間フォームなら、スタイル抜群のお姉さんである。
 エイミィもそれは気になっていて、指摘したら面白いだろうと考えたが、アルフを撫でるクロノの様子が微笑ましかったので萎えてしまったというか。
 ごろごろと猫のように甘えるアルフを見ていて、エイミィの中に別の考えが浮かんできた。

「(そういえば。アルフってクロノ君と仲良いんだねえ)」

 健忘になってからの彼と上手く付き合っているのは、アルフが一番かもしれない。あの母親は別として。
 それが理由かどうか分からないが、クロノもアルフと仲良くしているように見える。

「やっぱり、こっちが良いよ。それとも床はひんやりしてて気持ち良い?」
「そうだね。これでもさ、結構暑いんだよね。全身毛布被ってるみたいだしさ。人間だと服着なくちゃいけなくて面倒だけどさ」
「……あ、うん。そうだね」
「だろー?」

 アルフはごれーんと寝転がって、気持ち良さそうにしている。
 しかしクロノは、今のアルフの言葉が気になってか、撫ぜるのを止めてしまった。
 ただ、会話の流れ的にはそこで止めてしまっても不自然ではないために、アルフも気にしている様子はない。
 クロノはこっそりとソファーに戻った。
 そんな彼の様子に、エイミィは思うところがあったようだ。

「(そういう変わんないなあ。……あ、これって。前にも見たことある気がする)」

 クロノはあれで、免疫がありそうでなさそうだったり。
 ふとした瞬間に意識してしまうのだろうか。周囲にいる年上ばかり――アルフは外見上だが――だから、慣れているようで歳相応な部分が顔を出すのだろう。
 それは、今も前も変わらないらしいことに彼女は気が付いた。
 後、こっそりその場を離れるときの雰囲気とかも。
 それに気付いたとき、エイミィはドキリと心臓が高鳴るのを感じた。

「(クロノ君って、あんまり変わってないんだ……)」

 本質的な部分と言うのだろうか。
 優しいところとか、心配性なところとか、責任感が強いところも、頑張り屋なところも。
 幼くて素直なところしか見てなかったけれど、その他の部分は全部、前と変わらないところばかりだ。それが目に付きやすいかの違いだけで。
 ”分かり易いから”。ベタベタしたのはそれが一番の理由だけど、その要素としては元から彼が備えているものだった。
 全部変わってしまったら、その立場を楽しんでいたのではない。
 初めこそ、小さな悪戯心だったしても、彼の元々の要素が強く出たからこそ、こんな茶番を続けてしまったのだ。

「(そっか。そうなんだ……私)」

 深呼吸を一つ。身体中の空気を入れ替えるようにして、エイミィは腰を上げた。

「お姉ちゃん。どこか行くの?」
「うん。今日はちょっと早く帰ってきちゃったからね。明日の準備とかしようと思って」
「アースラに? 今日は帰ってくる?」
「ううん。多分、遅くなると思うから、お母さんに言っておいて。先に寝てて良いって。クロノも、私のことは気にしなくて良いよ」

 クロノは、力なく頷いた。なんとも寂しげに。

「(これはこれで……)」

 そうは言ったものの、今まで見たことないような表情に心躍ることも事実で、実際、しょんぼりとしている顔というのも可愛いことには違いない。
 それも”姉がいないから”なんてことに起因するものであれば、尚のこと。抱きしめたくだってなる。
 こんなこと考えてるから、自分自身を見誤るというか、勘違いしてしまったのだけど。
 エイミィが若干、邪まな感情を抱きかけていると、しょんぼりしたクロノが「お休みね、お姉ちゃん」とか言って送り出してくれるものだから、彼女は大きく揺さぶられてしまう。
 こういうことしてくれるから、可愛いったらありゃしない。
 けど、思い返してみると――

「(まあ、今まで心配してくれたことがなかったわけでもないし……いつも通り、ではあるのかな)」

 彼是言ったりするタイプでは当然ないが、気付けば気遣いの一つも言ってくれる。
 滅多に人に仕事を頼むタイプではない彼が、頼むときというのは、任せっきりにしても大丈夫な相手のときが多い。
 それでも顔を出しては、声をかけてくれる。
 当たり前かもしれないが、随分貴重なことのように感じられる。
 でも、任せてくれること自体少ないため、当然気遣いを受けられる人間も限られてくる。その中の一人あるということの、ありがたさ。
 今はそれをしっかりと自覚出来る。
 自覚に至った、というのが正しい言い方かもしれないが。

「(だよねー。当たり前になっちゃってたけど、改めて考えてみると、結構貴重なのかもね)」

 部屋へ向かう間、リビングに残してきたクロノのことを考える。
 公然の事実となっている、”クロノ執務官はエイミィ主任にぐらいしか任せない”ということ。
 いつの間にか任されるぐらいの信頼を得、それがなにより自身への評価に繋がっているという事実。
 当たり前になりすぎて、他人から言われても余りなんとも思わなくなってきていた。
 でも、今回の事態になったことによって、改めてそれを見つめ直す機会になったというか。
 そしてなにより、みんながどれだけ彼のことを信頼し、頼っていたかということ。アースラの滞るかもしれない状態が、なによりそれを示していた。

「そうだよね。クロノ君、あの歳でキャリアもあるしね」

 そんな一言で片付けるつもりはないが、他の言葉にするのが恥ずかしかったというか。なんとなく濁してしまう。
 一体誰に対しての言いわけなのか。
 エイミィは黙って部屋に入り、荷物を持ってアースラに戻った。


  ◆


 つづく。

 

 

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