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お姉ちゃんだよ! 14

パソコンが壊れまして。この連載SS以降はどうなるか分かりません。

 アースラのブリッジと艦内の自室を行き来するようにして、二日目。
 昨日は前もって告げたように帰らなかったのだが、日が明けて日中になってもエイミィは帰らなかった。
 勿論、クロノもアースラに母親と一緒に現れたために、顔をあわせはしたが、話し込むと色々聞かれることは分かっていたから、不自然に切り上げたりした。
 彼女も弟と一緒にいたくないわけでもないが、今の彼とベタベタしてしまうと、ちょっと困ったことになりそうだったから、苦渋の決断だったのだ。
 ……大げさな言い方か。

「ヤバイなあ」

 キーボードを叩く手を休め、背もたれに椅子が軋むほど身体を預ける。
 腕を伸ばしながら更に身体を逸らすと、首や背中が音を立てているような気がする。それ程忙しくないし、凝り固まるということはないのだけど、気分的にそういう感じだった。
 身体に溜まった悪いものが、吐く息とともに外に押し出されていく。
 すっかり緊張が解れ、だらーんと手足を放り投げた。

「結構参ってたのかも、私」

 一人になって、もう一度よく考えてみた。
 クロノが健忘になってからのことを思い出す限り、自分が弟としてではなく彼として意識するのは、可愛らしさではなく、男の娘らしさというか”クロノ君らしさ”というか。
 少なくとも、今の彼ではなくて以前の彼、若しくはそこに潜んでいたはずのものだった。
 確かに、今の歳不相応の可愛さというか幼いクロノには惹かれるものがあるが、愛玩というか、そこまで言わなくとも完全に弟止まりで、絶対に色恋の対象にはならない。

「やっぱり今のは……クロノ君じゃないもんなあ」

 分かってたことなのに、この結論に辿り着くのにこんな回り道をしなければならないなんて、正直驚きだ。

「変なの。方法があるんなら、さっさとそうしてもらえば良いだけなのに」

 ぼんやりと、天井を見つめる。
 高い高い天井は、光源の少ないブリッジにあって薄暗くはっきりと拝むことは出来ない。
 見つめていると、どこに焦点を合わせて良いのか分からなくなって、足元がふらつき、不安になってくる。
 それでもエイミィは、ゆらゆらと揺れる意識に身体を委ねる。
 じっくりと考えるために距離を置いたのに。はっきりするのが怖くなってきたのだろうか。

「……艦長に聞いてみようかな」

 どうして息子をそのままにしておくのか。直接聞いたわけではないので、憶測で物を言っているだけ。
 なにか理由があるのなら、彼女としても身の振り方を考えなくてはならない。
 なにせ、自分のことを姉だと、健忘な彼に話を合わせてしまったのだから。急に余所余所しくするわけにもいかないし。
 決まれば行動に移すだけ。
 気合を入れる掛け声一つ。エイミィは元気に立ち上がった。が――

「あ、お姉ちゃん。どっか行くの?」
「いっ!?」
「わっ!?」
「ク、クロノく――クロノ? ど、どどどうしたの?」

 エイミィの驚く声にクロノも驚いてしまって、更にその声にエイミィが驚くという、なんとも間抜けな格好を披露してしまった。
 二人は、ほんの数歩の距離で仰け反りあっている。
 エイミィは慌ててなんなのかと尋ねるが、クロノはびっくりしたせいで、用事が頭から飛んでしまったようだ。
 小首を傾げつつ、一生懸命思い出そうとしている。
 そうそう。今ブリッジには二人しかいない。

「う~んと、なんだっけ。なにか言伝があったんだけど……」
「い、急がなくても良いよ。ゆっくり思い出しな」
「でも、なにか急用だったりすると」
「それだったら、私に直接連絡取ると思うし。言伝頼んだってことは、そのぐらいの用事だったんだよ。そうじゃない?」
「う~ん。そっかあ」

 クロノは姉の言い分に、なるほどといった感じで頷いた。
 このぐらいのことで感心されると、逆に心苦しいなあなんて、エイミィは苦笑いだったが、

「(ヤッバイなあ。やっぱ可愛いわ、クロノ君)」

 などと、先ほどの反省というか悩みぬいた考えを、まるっと放棄するようなことを考えていた。
 くるくると変わる表情といい、落ち込んだ後のぱあっと咲く笑顔といい、どうにも彼女の姉心を擽ったから。
 この場に例のネコ姉妹がいたら、確実にクロノは食べられていたし、エイミィは年単位でからかわれていただろう。
 そのぐらいクロノは可愛かったし、エイミィはデレデレしていた。
 案外、クロノがこのままでも上手く行くような気がしないでもないが……

「と、ところでお姉ちゃん」
「なにかな。クロノ」

 どうやらクロノは姉のアドバイスに従い、思い出すのを諦めたようである。

「どこかに行くんじゃなかったの? ほら、僕が来たときに」
「あ、ああ。うん、まあ。でも、大した用事じゃないし、今じゃなくても良いんだけどね。一応、お母さんのところ?」
「そうなんだ。僕も、母さんに言伝を頼まれてたから。じゃあ、一緒に行こう?」
「そう? じゃあ……そう、しようっかな」

 一緒に行ったら気まずいんだけど――なんてことは言えず、仕方なく頷いてしまった。
 クロノは姉の様子に気付かなかったようで、手を取ってグイグイと引っ張ってブリッジを出て行こうとする。
 手を両手でつかまれ引っ張られることに、エイミィはドキドキしてしまって、なんでこんなことぐらいでドキドキしなくちゃいけないのよ!なんて思ったりしてた。
 手を離そうかと考えたけど、この手の温かみと握る強さを手放してしまうのは惜しい気がして、黙って弟のするに任せてしまったのだった。
 意外に、彼女は意思が弱いらしい一面があることが、はっきりした……

「でもホント、通信ってのは思わなかったの?」

 艦長のいるだろう部屋までの道すがら、珍しく会話のないことに耐えかねたエイミィが、さっきの話を蒸し返した。
 それなら彼女こそ、艦長に用事があると言うなら通信で済ませれば良いだけで、それを指摘されると困るのだけど、クロノは気付かなかったらしく、普通に答えてくれた。

「うーん。なんでだろ? 母さんに言われて、直ぐにそのまま来ちゃったから」
「うっかりだねえ、クロノは」
「か、母さんも止めなかったし、きっとこれで良かったんだよ。うん、きっとそう」
「呼び止めようとしたけど、聞こえなかっただけじゃない?」

 可愛くて、思わず意地悪してしまう。
 クロノは「違うったら。そんなことないよ」と、少し意地になって否定した。その拗ねたような横顔も可愛いとエイミィは、こっそり頬を緩めたが、これも自覚がなかった。
 二人がイチャイチャしている姿というのは、周囲の目にはどう映っているのだろうか。
 相変わらずだなあ、なのか、あの二人もついに、なのか、はたまた……事情が事情とはいえ、ちょっとイチャつき過ぎだし。
 エイミィがなにも言われない辺り、前者なのかもしれない。
 ある意味周囲の無関心のおかげで、彼女は幸せな姉ライフを満喫することが出来たわけだけど。

「(いつも、こんな風だったのかな)」

 隣を歩くクロノの顔を、エイミィはこっそり覗き込む。
 以前は後ろについて歩くことが多くて、表情の多くは想像に任せることが多かった。
 隣を歩いたとしても、こんな風にさえ顔を覗きこむことなんてなかった。そういうことには敏感な子だったから。
 だから、直接表情を拝むというのは、彼女にとって興味深い行為だった。
 これほど表情豊かではなかっただろうが、仏頂面でもないだろうし、やはりそれなりではあったろうと考えた。

「(まあ、どっちでも良いんだけどね)」
「どうしたの、お姉ちゃん」
「ううん、なーんにも。クロノと歩いてて、不機嫌になるわけないでしょ?」
「ふ、ふーん?」

 直接拝む楽しさも、後ろを歩いて想像する楽しさもあるし、選択肢は多い方が良い。
 クロノは、隣を歩く姉がどうしてニコニコしているのか想像もつかないだろう。
 そんな弟の顔も、また姉にとっては楽しいものだ。それは、以前の彼もすることがある顔であり、姉としてでなく彼女自身としても変わらないところだけど。
 ただ、その楽しみの一方は、そろそろ終わりだけれども。

「お母さん、ここ?」
「さっきは。お茶飲んでたし。ブーツも脱がずに」
「ああー、あれね。なのはちゃん、変な顔してたもんなあ。畳の上には乗っちゃいけませんって」
「そうなんだね。でも、ミッドでも靴は脱ぐのに……」
「どうしてなのかなあ」

 リンディのいるだろう部屋の自動ドアを開けると、部屋の中ほどにある畳に目を向ける。
 元々、なのはとの話し合いのために置いたものだったが、意外に気に入ってしまい、それ以来ここに置きっ放しだった。
 で、その畳にはリンディはおらず、部屋の奥のデスクにいた。
 なにやら用事があったようで、二人が部屋に入ってきたことに気付くのが、一瞬遅れたようだった。

「あら、クロノ。それにエイミィも」
「母さん。あのね、実は」
「ちゃんと呼んできてくれたのね。ちょっと掛かったようだけど、ブリッジにいなかった?」
「あ、うん。ちょっと、ね」
「ええ、すいません。所要で少しだけ外してたんです」

 それはタイミングが悪かったわねえ――リンディは全くそう思っていないような口ぶりだった。
 クロノは、計らずとも用件を達成できたようでホッとしていたが、エイミィは内心リンディのことを訝る思いで見ていた。
 なにせリンディは”言伝”を頼んだ。結果、自分が足を運ぶようなことだったのだろうか。
 どうにも、適当に話をあわせたようにしか見えなかった。
 しかし、ここで彼女も話をあわせたのは、クロノがこの場に留まるのを避けたかったから。
 違う、と正直に言ってしまうと、面倒なことになるは誰だって分かる。

「ありがとう、クロノ。ごめんなさいね、なにかの途中だったんでしょ?」
「ランディさんのところに戻るね。それじゃあ、母さん、お姉ちゃん」
「ばいばい、クロノ」

 クロノは手を振って部屋を後にした。
 艦長室に残されたエイミィとリンディ。特にエイミィはいつになく凛々しい感じだが、リンディはいつもの通りニコニコとしている。
 これは、見抜かれてるなあ――エイミィは渋い思いだったが、流石艦長話がはっやーい!と前向きに考えることにした。

「艦長」
「はい、なにかしら。時間はあるからゆっくりでも良いわよ」
「ありがとうございます」
「やあねえ。改まっちゃって。良いのよ、そのぐらい」

 机の上でやんわりと手を組み、引き続きニコニコしているリンディ。
 エイミィは早速話を切り出すことにした。

「艦長はクロノ君のこと、どうするおつもりなんですか?」
「どうって……どう?」
「記憶のことです。いつまでもあのままじゃ、問題があると思うんですけど」
「問題? 例えば」
「例えばって……アースラの切り札ってことですし、現場型の執務官って貴重なことぐらい――」

 要領を得ないとエイミィが思っていると、

「戦力的な問題なら、なのはさんを引っ張ってきたら良いわ。今はフェイトもいてくれるし、充分じゃないかしら」
「そ、そういう問題じゃ……」

 リンディはしれーっと答えた。
 これは本音で答えなければならない。はぐらかして上手くいく相手でないことぐらい分かっていたはずだ。

「……うーん。正直に言います。クロノ君、あのままで良いと思っていますか? フェイトちゃんも早く元に戻って欲しいって」
「フェイトが? あら、そう。結構仲良くやってると思ってたのだけど」
「は、はあ」
「でも、ぶっきらぼうなあの子より、今の方が結果として仲良くやっていけるんじゃないかしら? どう思う?」
「ど、どう思うといわれましても……」

 いざ、口を開いてしまうと、思ったとおりの言葉が出てこない。
 自分が思っているよりも意気地がないのかな、なんてエイミィは自虐的に笑った。
 しかし、いつまでも笑っているわけにもいかないし、艦長に言われたとおり、ゆっくりするわけにもいかない。

「私としては、どっちであろうとも息子であることは変わりないし、今のところ、構わないと思ってるのだけど」
「だけど?」
「そうねえ」

 たっぷりと含みを持たせる辺りが、厭らしい。
 エイミィは、この人は相手に回すと面倒なんだなあと、今まで多くの人が思っただろうことを、その身を持って味わっていた。
 しかし、それらの人たちと違うのは、その問題を抜ける方法が分かっていることと、非常に簡単なこと。
 もう一度、エイミィは深呼吸をした。

「あの、艦長?」
「はい、なにかしら。エイミィ」
「ええっとですね、その。例え場の話ですけど」
「例えば、ね。ええ、どうぞ」
「――私がイヤだって言ったら……どうし――どうですか?」

 たったコレだけのことを言うだけで、口の中はカラカラに乾き、唇まで乾いてカサカサになってしまったように思えた。
 思った以上に鼓動が高鳴り、心臓が胸の内側から叩いていると感じるぐらい。
 若しかして、顔は真っ赤だし、汗も異常にかいているんじゃないかとエイミィは考えていた。
 そんな彼女に対してリンディはというと、先ほどと変わらぬ涼しい顔をしていた。
 分かっていたと言わんばかりに。
 ……いや、実際分かっていたのだろうけど。

「どう、と言われてもね」
「分かっていますよ、私としても」

 なにが?と言わんばかりにリンディは聞き返す。

「現場での問題で言えば、艦長の仰るとおりで良いでしょうけど。でも、私としては私生活というか、クロノ君自身のことというか……」
「分かってるって言うのは?」
「そりゃあ、その――家族でもない人間が、家庭の問題に口を挟むことなのかって」

 そこまで言いかけて、リンディが腰を上げる。
 エイミィは開いていた口を思わず閉じてしまった。
 迫力があったとか、全くそういうことはなかったのだが、彼女にそうさせるだけの雰囲気がリンディにあったのか、はたまた。
 立ち上がったリンディがなにをするのか、エイミィは注視する中、ゆっくりと引き出しを開けた。

「はい、これ」
「これって――なんですか、これ?」
「見たままよ」
「はあ」

 リンディが取り出したのは――とんかちだった。どう見ても。
 ただ、大きさこそ普通のとんかちであるが、デザインとしては魔法の杖っぽい要素が見受けられる。具体的にいうと例えば、最近知り合った赤い騎士の子が持ってるのとか。
 それを取り出して、エイミィにずいっと突き出した。
 エイミィは思わず仰け反ってしまう。
 殴られる――とは思わなかったが、なにか躊躇のない突き出し方だったので、つい。
 そんな彼女を見て、リンディはいつになく真面目な顔で、

「叩けば治るんですって。漫画みたいでしょ?」
「叩くって……クロノ君を、ですか?」
「他に誰を? 私がエイミィを殴ったりするのかしら、これで?」
「……すみません」

 やはり、普段の柔らかさがない。よく通る声で、エイミィに迫ってくるように話す。
 しかし彼女も後ろには引かず、グッと堪えた。

「だから。はい、これ」

 リンディは、くるんと手の上でとんかちを回し、柄の方をエイミィに向けた。
 ビックリして、止まってしまう。
 驚いた。リンディの行動の意味するところに。
 勿論、意味は分かっている。柄を差し出したということは、これをあなたが使いなさい、ということだ。
 それ以外に意味があれば知らないが、概ねそうであろうし、エイミィも当然そのように理解していて、リンディも確認を取った。

「叩いてきて頂戴。あなたさえ良ければ」
「……あ、いえ」
「どうしたの? こんな話をしにきたんだから、てっきり私はクロノを叩くものだと」
「いや~、叩くというお話は今初めて聞いたもので」
「あら。そう」
「って。そういうことじゃなくてですね、艦長。こんなこと”私で良いんですか”?」

 結構切羽詰った声だったように思われる。
 しかしリンディは、けろっとして、しかも笑い出さんばかりの顔をしていた。なにがそんなに愉快なのか知らないが。

「あなたじゃ、ダメなのかしら。質問で返すのは、マナー違反かもしれないけど」
「そ、そりゃあ……だって、クロノ君にとって大切なことですよ? それを、母親のあなたじゃなくて私がするなんて。さっきも言いましたけど、私は家族じゃ――」
「家族じゃない?」
「ええ。そうです」

 リンディは、うーんと小首を傾げている。ちょっと、わざとらしい。

「だって……そうじゃないですか」
「そうねえ。でも、”クロノ”の家族ではあるでしょ? あなたは」
「――分かりかねます」
「困ったわね。まあ、良いわ。あのね、エイミィ。あなたは今、クロノのお姉ちゃんでしょ? だったら、家族でも全然問題ないと思うの、私は」

 どうかしら――言外にそう告げられ、エイミィは硬直する。
 そりゃあ、確かにリンディのいうことも一理あるかもしれない。しかも、クロノの母親なわけだし、その人が良いと言ってるのだから、それこそ他人が反論することもない。
 しかし、だからといって直ぐに納得も出来ない。というか、こんなの屁理屈だし。
 感情的な部分で。本当に大丈夫なのか、と。最終的な判断を”他人”に任せて良いのか、と。

「じゃ、じゃあ。私がこのままで良いと言ったら、どうするんですか?」
「どうもしないわ。私はどっちでも良いし、フェイトは嫌だったのかしら? そこであなたが良いといえば、多数決じゃない?」
「そ、そういう問題じゃ……」
「私の判断に、文句はない? それなら、私があなたに任せるという判断も尊重して欲しいわね。もし、そういうのなら」

 分かっている。
 リンディは逃げているわけじゃなく、本気でそう言ってることぐらい。
 そして、逃げているのは自分自身であることも。
 エイミィの喉が、ゴクリと鳴る。
 そうだ。さっきの決意はなんなのだ。自分は、態度をはっきりさせない母親に確認しに来たのではないのか。
 この状況は、喜ばしいことだ。願ってもないことじゃないか。
 エイミィは、必死に自分に言い聞かせた。

「……分かりました。お預かりします」

 差し出された柄に手を伸ばし、ぐっと掴む。そして――リンディの手から離れない。

「――艦長?」
「渡す前に、一つか二つ聞いておきたくて」
「……ええ。構いませんけど」

 嫌な予感しかしなかったが、エイミィは頷いた。

「どのくらいの強さで叩くとか、知らなくて良い?」
「え? う、うーんと……知っておきたいです。ハイ、できるなら」
「あのね。弱くで良いのよ。こう、ぽこんと」
「分かりました。これで安心して叩けます。それじゃあ……まだ、なにか?」
「叩くという行為自体に、疑問はないわけね。安心だわ」
「べ、別に叩きたいわけじゃないんですけど……」

 まだリンディは離してくれない。
 ”一つ二つ”というからには、まだ一つ、多くて二つほどあるということになる。
 彼女の嫌な予感は続いている。背中を冷たい汗が、つーっと落ちていくのを感じていた。
 自然と柄を握る手に力が篭る。
 しかし、リンディは全く離してくれそうな雰囲気はなかった。

「大丈夫よ。次で最後だから」
「……お手柔らかに頼みます(こういうのが一番怖いんだよねー)」
「えーっと。これで叩いて、クロノの記憶が元に戻ったらね?」
「は、はい」

 固唾を飲む。

「――責任、取ってね?」
「――はい?」

 急に手を離され、エイミィは思わず尻餅をつきそうになりながら、寸でのところで踏みとどまった。
 リンディは、ニコニコと彼女のことを見つめている。
 もう、言いたいことがないのは分かる表情で。しかし、最後の最後でとんでもないことを口走っている気がする。
 そう感じたのはエイミィも同様で、頭にいくつものクエスチョンマークが浮かんでいるのが、目に見えそうなほどの顔をしていた。

「あの、艦長?」
「さあ、行ってらっしゃい。私は、もう仕事に戻らないといけないし」
「さ、最後にとんでもないこと言いましたよね!? ちょっと、それってどういう意味なんですか!?」
「書類仕事が溜まってて大変だワー。もう、オペレーターの子がなにを言ってるか聞こえないー」
「聞こえてるじゃないですか! 艦長ー!」

 エイミィは声を張り上げたが、リンディは全く聞く気がないと全力でアピールしている。
 こうなると、勝てる気がしない。いや、勝てない。
 これはもう、諦めるしかなかった。
 後は、なるようにしかならない。
 エイミィは、とんかちを握り締めながら、がっくりと肩を落とした。

「……それじゃあ、行きますね。クロノ君のこと、叩いてきます。頭、で良いんですよね?」
「ええ。後頭部でも側頭部でも頭頂部でも、お好きなところを。あ、頭頂部が良いかもしれないわね。身長が伸びたりするかも」
「これって、そんな効能もあるんですか?」
「あったら素敵じゃない?」

 ああ、こういう人だ――エイミィは不毛モードに入ったと確信する。
 少し遅かったかもしれない。

「では。お邪魔して申しわけありませんでした」
「はーい。健闘を祈ってるわー」

 もうリンディはエイミィのことを見ていない。
 エイミィは、小さく頭を下げて艦長室を後にした。


 つづく。

 

 

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