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お姉ちゃんだよ! 15

「クロノー?」
「あ、お姉ちゃん。どうしたの?」

 クロノは言っていた通り、資料室にいた。一緒にいるはずのランディの姿は、そこにはなかった。

「うん、ちょっとね。ところで、ランディは?」
「誰かに呼び出されたみたいで、ついさっき、どっかに行っちゃった。直ぐに戻ってくるって言ってたけど」
「ふうん」

 行き先も聞かないで送り出すなんて、前ではちょっと考えられなかった。
 でも、まあ。それも今日でお終いだ。
 アースラスタッフのいくらかは、楽になっていたかもしれないが、それも同じ。
 エイミィは、多少の済まない気持ちとともに、後ろ手に隠したとんかちを握る手に力を込めた。

「まだ、かかりそう?」
「うん。でも、ランディさんが戻ってきたら、きっと直ぐに終わるよ。今日の分は今日で終わりそう」
「ふうん。あ、邪魔して悪かったね。用事は、それだけ」
「……そう、なんだ」

 クロノは姉の雰囲気の違いを、敏感に読み取っていたようだが、特になにも言うことなく机の上の書類に視線を落とす。
 エイミィは、そっと弟の背後に立つ。
 姿勢よく椅子に腰掛けて仕事をしている弟は、本当のところで変わっていないことを彼女に窺わせる。
 見慣れた旋毛。黒い髪。小さく動く、肩。
 どれも見慣れたもので、今、自分の目の前に座っている子が健忘だなんて、嘘みたいだった。

「――お、お姉ちゃん!?」
「なあに、クロノ」

 作業に集中する弟の背後から、身体全部を預けるように圧し掛かる。
 今、彼は後頭部にそれはもう、幸せな柔らか味と温かさを存分に感じているはずだ。かっちりとした制服越しにもはっきり分かる、豊かな膨らみと体温を。
 もう耳まで真っ赤にしている。身体がガチガチに硬くなって、逃げ出そうにも逃げられなくなっているようだ。
 可愛いなあ、抱きしめたいなあとエイミィは思ったが、とんかちを握っていることを思い出し、仕方がないから利き手じゃない左腕だけを弟の身体に回した。
 椅子の背が邪魔だ。でも、今はこれで良いかもしれない。
 決心が揺らぐとは思わないけれど、万が一ということもあるし。

「クロノ。ちゃんと頭洗ってる?」
「あ、ああ洗ってるよ。ちゃんと、言われたし」
「うん。今度からもちゃんとそうしてね。少しぐらいは良いけど、汗臭いのは嫌われちゃうよ」
「う、うん。分かった」
「好き嫌い、もう少しなくしたほうが良いよ。分かってる人なら良いけど、そうじゃないと面倒だし」
「僕、そんなに多いかな……」

 耳に息がかかるのか、姉が喋るたびにクロノは肩を小さく震わせる。
 エイミィも、分かってやっていたわけではないが、反応が可愛くて思わずもう少ししてみたくなってしまう。
 でも、そこはグッと抑えなければならない。
 あまりノンビリしていて、ランディ他が帰ってきてしまうと面倒だし。
 コレで最後とばかりに、エイミィは深呼吸をした。

「あのね。クロノ」
「な、なに」
「クロノはさ。お姉ちゃんのこと――好き?」
「…………」
「どう? お姉ちゃんは、クロノのこと、好きだよ?」
「……す、すす」
「酢? よく聞こえないな」

 追い討ちをかけるエイミィ。
 返事は聞けなくても良い。なんて答えてくれるか分かっているから。そのぐらいの自信はある。
 でも、やっぱり言葉にしておいてくれると嬉しいというのが、正直な気持ち。
 だから答えを急かすように、彼女は弟に身体を押し付けた。

「ねえ、クロノ」
「う、うん……僕もね、えっと」
「僕も……なに?」
「……僕も、お姉ちゃんのこと、好き、だよ?」

 クロノは顔から火を噴きそうになっていた。体温もグッと上がったように思えるのは、気のせいだろうか。
 想像通りとはいえ、この反応は可愛すぎてしょうがない。抱きしめる彼女の腕も、思わず力が入ってしまうというもの。

「(ああ、でも。そろそろ終わりにしないとね。離れられなくなると、困るし)」

 腕の力を抜き、身体を離してしまう前に、エイミィはクロノの耳にふっと吹き込んだ。
 びくん!と椅子から跳ね上がるクロノの身体。
 からからと笑いながら手を離した彼女に対し、クロノは流石に振り返った。
 怒っている、というよりも困惑の色が強い顔を向けている。彼も流石に、今日の姉の態度に違和感を覚えたようだった。
 そんなクロノの視線の先には、笑顔でありながらも、どこか寂しげな姉の顔があった。

「……お、お姉ちゃん? どうしたの?」
「ううん、なんにも。クロノが好きだって言ってくれたから、嬉しいなあって」
「そんな顔、してないよ?」
「そうかな。クロノが言うなら、そうなのかもね」

 クロノも、自分が話をはぐらかされているのが分かったらしい。
 そして、姉が後ろ手になにか隠していることにも気が付いた。

「それ、なに?」
「あ、これ? うーん……知りたい?」
「そういうの、意地悪だよ」
「あっはっは。それもそうだね。じゃあ、教えてあげるから――」

 ずいっと顔を寄せると、クロノは顔を仰け反らせた。
 二人の顔は、鼻先がくっ付きそうなほどの距離にある。当然、お互いの息が唇を擽る。エイミィは嬉しそうなのに対し、クロノは擽ったそうに鼻の頭に皴を寄せた。

「え、えっと……」
「目、つむって」
「え?」
「つむって。私が良いよって言うまで。そしたら、見せてあげるから」
「う、うん……」

 不安げに頷くクロノは、ぎゅっと力いっぱい目を瞑った。心なしか、顎も引いている。
 雰囲気というか、シチュエーションというか。彼はこれからなにをされるのか、期待しているとは言わないが、予想しているのかもしれない。
 流石に期待しているとは言えないか。
 でも、”そういうこと”をされてしまうかもしれない、なんて考えるかと思うと、そういうことを考えるぐらいの知識はあるのかとか、可愛いなあとか思ってしまうわけで。
 今なら本当にしてしまっても大丈夫なんじゃないかしら?なんて、悪魔の囁きが聞こえてきたりもしたが……エイミィは自粛することにした。
 だまし討ちなんてしたら、弟が可哀相だし。

「……もう、開けて良いよ?」

 姉の声に、クロノはそうっと目を開ける。
 彼の目には、ニコニコと笑う姉の顔がこれ以上ないぐらい、ドアップで映る。でもそれは、目を瞑る前と変わらない光景で、クロノは首を傾げてしまうが。
 エイミィは弟のきょとんとした表情を確認して、左手でそっと前髪をかきあげ、露出したお凸に唇を寄せた――

「――お、お姉……ちゃん?」
「ばいばい、クロノ」

 エイミィは、ニッコリ微笑んで、右手を振り上げた。

  ぴこっ。


 


  

 クロノの記憶が戻ってから三日。アースラは大して様子も変わらず、恙無く進んでいた。
 その中にあって一人だけ、様子の変わっている人がいるけれど――

「エイミィ。ちょっといいかな」
「な、なに?」
「こっちの山から、これをリストアップして欲しいんだが……忙しいなら」
「う、ううん。大丈夫だよ。いつまでに上げればいい?」
「急いではいないが、早ければ早いほうが良い、ぐらいだ。焦らなくて良い」

 クロノは暫く、無言のままエイミィを見つめ、なにか言いたそうな視線を残して引き上げていった。
 エイミィは、ドッと疲れが押し寄せて、椅子から身体がずり落ちそうになってしまう。
 こんな感じのやり取りを三日間も続けているのだ。彼女が勝手に、だけど。
 流石に周囲の目があるときは知らん顔をしているが、それがなくなってしまうと、どうも緊張を持続させることが出来ない。

「はあ。こんなことなら元に戻らない方が良かったかも……」

 決して本心ではないけれど、何度か口にしてしまっている。
 それも、彼の記憶が戻って”いつも通り”になってから、どうにもこうにも意識してしまって、どうしようもないのだ。
 今まで弟分だった彼の中に、男性の部分を感じてしまって、”そういう意味”での意識だ。
 こんなことを続けていると、勘の良い人間に気付かれてしまうのは時間の問題だった。
 いや、時間の問題というか、もうバレてしまっているだろう。なにせ、そういうことに一番鋭い人物が彼の肉親なのだから。

「あーあ。どうしよう。でも、これってば、クロノ君は知らないわけだし……今なら無効に出来るかも」

 あの人を相手にそんなことが出来るのか、甚だ疑問だったが、言ってみるだけタダである。
 本当にタダだ。口にするだけなら。
 結局思って口にしてみるだけで、本人の前で言えたことは一回もなかった。
 そりゃあ、本人を近くで見てきた人間なら、安易に逆らわないほうが得策であることもよく知っているからである。

「……なんか、帰りたくなってきた」

 椅子に座りなおし、気合を入れなおそうとしたとき、彼女は自分の脳裏に浮かんだ光景に驚いた。
 もちろん、彼女にだって家はある。けれど、自然に浮かんだ光景というのが、海鳴のハラオウン家だったのだ。
 確かに自分の部屋も用意してもらったが、それは闇の書事件において現地本部的な役割であって、そこに住まうという意味ではなかったはずだ。
 それなのに、事件が終わった後も部屋を引き払うこともなく、それを家主に言われることもなく、半年以上が経過していた。
 そんな事実に、全く自覚がないことに驚いたのだ。

「……やっばいなあ。どうしよう」

 ふらふらと立ち上がり、なにか飲んで休憩でもしようと食堂へ向かっていたところで、出会い頭にクロノに会った。

「うわっ!」
「わっ! な、なんだ急に大声出したりして」
「だ、だって。急にでて来るんだもん。驚きもするよ……ふう」
「だからって、そんなに驚くものか? 僕の顔ぐらい、見慣れているだろう……」

 意外にもクロノは、エイミィに大げさに驚かれたことにショックを受けているらしい顔をした。
 エイミィの胸が、きゅーん!と高鳴る。

「(や、ヤバい! こういうのもありなのか、私ー!)」

 今まで彼がこんな顔を見せたことがないわけじゃない。しかし、先日のことが影響してか、強く心に響いてしまったのだ。

「と、ととところで。どうしたの?」
「ここにいちゃ、いけないか……?」
「(珍しく引き摺ってるなあ)いやね。帰ったのかと思ってて、それでいたからビックリしたって言うか、その……ね?」
「……そうか。いや、戻ってきたというか、帰ってなかったんだが、そのなんというか」

 クロノは妙に言葉を濁す。なにかを意識しているように、エイミィの目には映る。
 そういう態度も、彼女の琴線に触れるというか、絶妙に揺さぶったりしてきて困らせたりする。
 彼ももちろん無意識の内にやっていることだが、これが分かってやっているとすれば、随分とした年上殺し――そういう趣向の人に限る――なのだけど……

「よく考えると、任せっきりというのもどうかと思って」
「そんなのいつものことでしょ? あ、悪い意味じゃなくて、このぐらいは任せてくれてたってことで、迷惑だなんて、全然――」
「いや、そうじゃなくて……まあ、多分、迷惑を掛けただろうし」
「迷惑……?」

 分かっているだろう、と言いたげに見上げるクロノだったが、一度視線を外し、呼吸を整えて、

「先週のこと、だ。その……公私共に世話になっていただろうと思う」
「な、なあんだ、そんなこと! 全然、平気平気! あっはっは、そんなこと気にしてたなんて、クロノ君も気にしぃさんだねえ」

 エイミィはカラッと笑い飛ばしたが、それは彼への気遣いなのではなく、自分の動揺を悟られないための行動だった。

「そ、そうなら良いんだが……」
「大丈夫だって。大体、そんなことぐらいわたしが気にするわけないじゃない」
「あ、ああ……うん。済まない」
「(う、う~ん)」

 これが普通なのかもしれないが、人の好意に素直に甘えるということが下手な子だ。
 このぐらいなら、先日までのクロノのほうが上手だったかもしれない。
 エイミィは甘えられることを覚えてしまった――より分かり易い、という意味――ので、クロノの反応に物足りなさを感じていた。
 こういうのは良くないと思いながらも、正直な”感想”として。
 勿論、先日までのクロノが良かったと言うわけではなく、今の彼がこうして甘えてくれたらなあ、という願望というか。
 少し落ち込んだように見えるクロノは、先日までの記憶のないことに怯える彼に重なって見えた。

「ほ、ほらほら、行くよ!」
「どこへ」
「ええっと……食堂よ! 今から休憩するつもりだったら! ああ、奢ってくれるって言うなら、好意はありがたく受け取るよ?」
「……そうだな。たまには、こういうのも」
「――ん。それじゃ」

 彼女がついうっかり差し出してしまった手に、クロノは躊躇なく自分の手を重ねた。ごく自然に。
 エイミィは、重ねられた手を、そっと握り締めた。
 クロノの動きが、余りにも自然――先日の彼と同じ動き――だったために、動揺するどころかそれを通り越してデジャビュというか。記憶が揺り起こされたというか。
 そんな彼女が、次に取ってしまった行動は――

「それじゃ行こうか。クロノ」

 などと、雰囲気に流されてとんでもないことを口にしてしまった。

「――ん?」
「――あ、あっ!」

 クロノの表情の変化に、エイミィは自分のしたことの意味が分かったようだった。
 しかし、今更気付いたところで後の祭りである。

「ち、違うよ! 今のはなんていうか、ええっと!」

 クロノは彼女の言い分に耳を貸さなかった。
 貸さなかった、というのは正確ではないかもしれない。正しくは貸せなかったのだ。
 なにせ、顔をどころか耳から首まで真っ赤だったのだから。
 とてもじゃないが、まともに思考回路が働いているとは思えない状態なのは、傍から見ても明らかだ。

「ク、クロノ……君?」

 名前を呼ばれても、彼はそれに見合った反応が出来ず、返事をするどころか彼女の手を振り払って走り去ってしまったのだ。
 わけも分からず、その場に一人取り残されるエイミィ。
 振り払われた手が、所在なさげに宙を漂っている。今の彼女の心中を表しているかのように。
 相手のいない手は、そのまま、そっと彼女の後ろに隠されてしまう。

「……まさか、ねえ」

 エイミィは頭をフル回転させたが、出てくる答えは一つだけ。何度やり直しても同じだった。
 ならば、それで正解だと考えれば良いのに、彼女はそう出来なかった。
 何故なら、自分の願望が回答を捻じ曲げている可能性を、全く排除できていないと考えたからである。
 確かにそうかもしれないが、本当はどうなのだろう。
 それを知っているのは、彼自身に聞いてみるしかない。

 

 ……まあ、母親に聞くと言う手もあるが。


 


 


 

===おしまい。

 

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