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新婚なの! それから 1




「はあ」
「どうしたのですか、主」

 今日何度目かの溜め息に、流石のシグナムも怪訝そうな顔をした。

「ううん。ちょっと仕事が立て込んでて、思わず。せやから心配せんといて」

 私の言い訳に、シグナムは見ない振りをすることにしたのかそれ以上追求しなかった。
 嘘だということはバレているはずだ。シグナムの反応に嬉しく思いながらも、その優しさが少し辛い。
 落ち込んでいる理由も嘘を吐いた理由も、多分分かっているんだろう。

「しかし。仕事とはいえ、年末年始に家に帰られないとは……いつものことですが」
「こっちの世界は、割と気にせえへんからね。時差も大きいから仕事先の日付が違うとかしょっちゅうやし、そうなるともう関係あらへんもんな」
「ヴィータからの連絡。既に一日経っていますから、待ちくたびれているでしょう」
「……ヴィータも大人やし、その辺分かってると思うけどね」

 本局の中央区画から、ヴィータの病室を目指している。
 二十九日の朝一番に連絡をもらったのだが、仕事が立て込んでいてその日のうちに会いにいけなかったのだ。
 今日は明けて三十日。迫り来る大晦日。追い込み時で一番忙しい時期……というのは、もちろん言い訳。
 本当のところ、直ぐに会いに行くとなのはちゃんと顔を会わせてしまうだろうから、それを避けたかったのだ。
 気まずい……本当に。本当に、気まずい。

「どうにか予約の時間に間に合いそうです」
「まだ予約がいるんやねえ。昨日の今日で、いきなりそない元気になるわけないんやけど」
「医者が慎重になるのも仕方ありません。結局、原因は分からなかったそうですから」
「たった一日で、はっきり結論出してまわんでもエエのに。ま、元気やったら、どっちでもエエことかもしれんけどね」

 後半。思わず投げやりになってしまっていることに気が付いた。
 確かに原因など、どうでも良いことだった。私がどうにか出来たはずだ、という結論でない限りは。
 何故、その結論では困るのか。
 それは、どうしても今回のことについて、一つの感情が強く付き纏うから。
 いわゆる――嫉妬という感情だ。

「それにしても、リインが駄々をこねなかったのは意外です。一緒に連れて行けと言うものだとばかり」
「うーん。その辺については、シグナムのほうが詳しいんと違う?」
「さあ。ヴィータほど仲が良いわけではありませんから……」
「ふうん」

 少し意地悪な質問かと思ったけれど、シグナムに余裕でかわされてしまった。あからさま過ぎたのだろうか。
 情けない。
 本当は、私が元気付けなければならなかったのに。
 その役割を盗られたと言うつもりはない。けれど成せなかった私としては、シグナムに一言言いたくもなる。
 ……この件については、後でちゃんとケジメをつけよう。
 私は、リインのお母さんなのだから。
 そうこうしている内に、目的地に到着してしまった。

「ヴィータと話しするのも、久しぶりやね」
「最近、顔を合わせる機会自体が少なかったですから」

 病室を前に、思わず緊張してしまう。
 心待ちにしていたというか、嬉しいのはもちろん。ただ家族に会うだけというのに、浮き足立ってしまう。
 シグナムが隣にいてくれて助かった。
 一人だと、なにかとちってしまいそうだったから。
 でもその反面、逃げ出したいような気持ちがあるのも確かだ。そわそわしているのは、嬉しいだけじゃないのだろう。
 自動扉が音もなく開く。もどかしいような、まだ開かないでと思うような、どっち付かずなまま対面することになってしまった。

「ヴィーター? はやてちゃんやよ~?」
「ああ、はやてちゃん。しー」

 めいっぱい、明るく挨拶する。不自然じゃなかっただろうか。心配する私に返事をしたのは、口元に指を当てたシャマルだった。
 これは、静かにしろと言うことだ。
 ということは、ヴィータは寝てしまってるのかな……

「なんだ、寝ているのか?」
「さっきまでは起きてたんだけどね。ちょっと目を離した隙に寝ちゃったみたい」
「全く、仕方のないヤツだ。主が会いに来るのは分かっていただろうに。忙しい合間を縫ってこれでは……」
「エエよエエよ。病み上がりなんやし、無理したらアカンしね」

 そう言いながらも、シグナムの眼差しは優しい。私とシャマルは、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
 そういう類の感情を顔にも出さないシグナム。
 心の中ではどれほど心配しているのか。普段伺えない分、こういうときに見え隠れする表情が楽しみであったりするのだ。
 これが流行のツンデレなのか!アリサちゃん以外にいないツンデレなのか!と思ってしまったりするけど、絶対口にしたりしない。
 意識されてしまっては、少ない楽しみが減ってしまう。

「可愛い寝顔やね。なんや、目覚ましたってのが嘘みたいやわ」
「ヴィータちゃんって、寝相良かったんですね。なんだか、悪いようなイメージだったから」
「布団を蹴って、腹を出して寝ているのはお前だからな。ヴィータはなりが子供なだけでお前とは違うぞ」
「ひーどーいー。私はそんなに寝相悪くないわ~!」

 シャマルは椅子の上で、いやいやをしている。
 そういえば、シャマルとシグナムの寝相を見た記憶はほとんどない。
 初めから、別の部屋を寝室に割り当てていたし……
 懐かしさがこみ上げてくる。

「あら、どうしたのはやてちゃん」
「んー? なんや、初めてみんなと会ったときのこと思い出してな。懐かしいなあって……そう思ってたんや」
「……そうですね。十年近く経とうとしている訳ですから」
「もう、なによ。二人してお婆ちゃんみたいなこと言っちゃって。私たち、まだピチピチの十代よ?」
「シャマルは二十代の設定だがな」
「設定とか言わない! 二十代じゃなくて二十歳!」

 寝ているヴィータの横で、二人は好き勝手やっている。
 こういうとき、医者であるシャマルが「静かにして!」と言うべき場面じゃなかろうか。
 決して多くない、医療関係者としての立場をアピールする場面をみすみす溝に捨てている。
 ここでアピールしたらシャマルじゃない――と言えばそうなのかもしれないけど……ここまでキャラを守る根性は、正直感服する。

「まあまあ。年齢のこと言うたらザフィーラはもう百歳のお爺ちゃんなんやし、そう言わんと」
「そういえば……ザフィーラ、大丈夫なのかしら。いやよ、私」
「二人とも。ザフィーラは元々人間だ」
「たまに、人間の姿を忘れてへんか心配になるわ」
「でも、夏毛に生え変わるのよね。毎年、生え変わる時期は掃除が大変で」

 決して本気ではない。
 もちろん、家族だからこその気兼ねない会話なのだ。
 本人の前では、この話題を口にしたりしないし。
 私への好意でその格好をしてくれてるのは、誰もが知るところであるからだ。
 ……たまに本当に人間の姿を忘れそうになるけれど。

「ところで。ザフィーラはどこ? 一緒に来てへんの?」
「ううん。一緒に来てたんだけど、今はなのはちゃんの見張りをしてるの」
「見張り? またそれは穏やかやないね」
「なにかあった……んだろうな」

 なのはちゃんが入院したという話は聞いていない。
 シャマルが「また言うこと聞かずに半日で退院しちゃったのよ!」と怒っていたのは覚えているが。
 無理が祟ったのだろうか。
 ヴィータが倒れてから、何をしていたか知らないけれど。

「ヴィータちゃんが意識を取り戻したまでは良かったんだけど、その後に意識が混濁しちゃったのよね」
「原因は?」
「単純に魔力の使いすぎ。量そのものは、普段と比べたら大したことないんだろうけど、身体の状態が状態だから……」
「なにをそんな使うことあったん?」
「なのはちゃん自身は、全く意識してなかったみたいなんだけど……指輪ね」

 シャマルの話に今一要領を得ないけれど、シグナムは分かったようだった。

「ヴィータも随分疲労していたからな。結構なものなんだろう」
「そうね。しかも、本人が意識するしないに関わらないのが困りものなのかも。特に今回は」
「ええっと、それってどういうものなん?」

 私の疑問に、シャマルが簡単に答えてくれた。
 今のところ考えるに、ヴィータが意識を取り戻したのは、なのはちゃんのおかげらしい。
 日にち薬で治った可能性も否定は出来ないけれど、重要なのは実際にどうなったか?なのだから。
 こうなると、さっさと自分でやってしまえば良かったと思わないでもない。
 何故しなかったのかと言われれば、原因の分からないうちに、管理者権限を使って深層部を弄るのに抵抗があったからだ。
 更に、シャマルが苦い顔をしたのも手伝った。
 今から考えると、シャマルが苦言を呈したのには別の理由があった気がしないでもない。
 そのときも今も、それを尋ねはしなかったけど。

「そっか。やっぱり、なのはちゃんに感謝せんといかんね」
「そうね。一回会ってきた方がいいかも。今なら居場所も分かってるし、はやてちゃん、どうかしら」

 にっこり微笑みかけるシャマル。
 どうにも意地悪な気がする。
 そりゃね、私だって自分が悪かったと分かってるし、会わんわけにもいかんことは承知してるけど……
 やはり、参謀は一筋縄ではいかない。

「……せやね。ザフィーラを呼んで来るついでに、ちょお顔見せてくるわ」

 せめてもの抵抗として一言つけて、病室を出た。

  ◆

 なのはちゃんの病室を前に、足が止まってしまう。
 別に、ザフィーラを迎えに来たという大義名分があるのだし、簡単に一言二言交わして部屋を後にしたらいい。
 そう言い聞かせても、さっぱり身体が言うことを聞いてくれない。
 脳内シミュレートを何度もしたというのに……
 ううーん。

「主、どうなさいました」

 突然、目の前の自動扉が開く。
 一瞬、近づきすぎた?と思ったけれど、直ぐに正体が分かった。
 ザフィーラだ。
 空気を読んだのか、読んでないのか。はたまた偶然か。
 どちらにせよ、扉は開いてしまった。
 しかもタイミングの悪いことに、ベッドに括りつけられているなのはちゃんと目があってしまった。

「……」
「……」

 気まずい。
 いくら頭に血が昇っていたとはいえ、あれは不味かった。
 かといって、こっちから謝るのも変だし――自分が納得しきっていないのだ。言い掛かりだけど――、ヴィータの話を聞いてからでも――と思っていたのが甘かったのかもしれない。
 シャマルめえ。

「せっかくです。高町に会っていかれては如何ですか」

 くそう、この百歳犬め。
 明日からご飯を一品減らしてやろう。うん、そうしよう。
 取りあえずザフィーラへの報復方法を迅速に決め、なのはちゃんのベッドの横へ腰を下ろした。
 ぎこちない歩き方になってしまい、冷や汗ものだ。
 髪を下ろしたなのはちゃんは、緑色のバインドでぐるぐる巻きにされた上でベッドに括りつけられている。
 その様子からは、シャマルの執念のようなものがひしひしと伝わってくる。
 シャマルに、ここまでさせるとは――
 なのはちゃんは、私が思っている以上に強情というか無鉄砲というか、聞かん子らしい。

「や、やあ。なのはちゃん。お加減はどうかね」
「おかげさまで。シャマル先生のお説教一時間コースだったけど」
「それは長いんかな」
「ううん。短い方だと思う」

 縛り付けられたなのはちゃんは、苦笑いしながらそう教えてくれた。
 私も仕事しすぎとか怒られることあるけど、一時間コースというのは滅多にお目にかかれない。
 家族だと遠慮する必要もないだろうし、私へのお説教は長めのはずだ。
 そう考えると、なのはちゃんへの一時間コースが短いというのは相当ということになる。
 う、うーん。
 こりゃ、ヴィータならずとも心配になるわ。

「そか」
「うん」
「……」
「……」

 会話が途切れてしまった。
 私も気まずさを抱えてはいるけれど、なのはちゃんは私以上のようだった。
 それは当然だ、と言えるほど私は自惚れてはいない。
 ヴィータを一般病室に移した後、シグナムとフェイトちゃんの話を聞いたそばから血の気が引いていったのを覚えている。
 確かに、なのはちゃんにも責められる点はあったかもしれない。
 けれどそれは起きた事実に対して、とても些細なことだと思われる。
 目の前で平気な顔をしてはいるけれど、シャマルの話では、なのはちゃんの身体は未だに強く痛みが支配しているはずなのだ。
 それほどに魔力を使うということはどういうことなのか、私には想像も出来ない。
 そうまでして己の責務を果たした彼女に対して、非難を口に出来る人間がいるのだろうか。
 ただ、仮にその資格が私にあったとしても、それを実行できる気分ではなかった。
 色んな考えが頭を過ぎっていく。その間、なのはちゃんの顔をジッと見つめたままになってしまった。
 息苦しく感じたのか、間を持たせようとしたのか。なのはちゃんが言い難そうに口を開いた。

「……あ、あのね、はやてちゃん」
「ん。どうしたん、なのはちゃん」

 それだけ言って、なのはちゃんは口をモゴモゴしてしまった。
 何を言いたいのか分かる。
 これでも、なのはちゃんとは付き合いが長いのだ。仲良し五人組の中では最後発だけれど。
 意を決して言おうとしていること。
 けれど、私はそれをさせてあげない。

「え、ええっと……」
「あーかーん。ストップや、なのはちゃん」

 突然の行動に、なのはちゃんは目を白黒させている……というのは言いすぎか。

「謝るのは――無し!」
「え、でも」
「ヴィータは、謝られるようなことは一つもしてへん。あれは、ヴィータ自身が望んだことや」
「でも、はやてちゃん! あれは!」
「確かに。ヴィータは私の可愛い妹やけど、今はなのはちゃんのお嫁さんでもあるんや。ヴィータがエエと言ったら、それで良いんや。なのはちゃんのためやと思ったのなら」
「それでも……!」
「なのはちゃんが謝ったら、なんやヴィータは悪いことしたみたいになってまう」

 大分強引な話に、なのはちゃんはどうしたものか悩んでいるようだ。
 強引なのは分かってる。なのはちゃんが納得してくれないだろうことも分かってる。
 そして、これが私自身の心からの言葉ででないことも自分で分かってる。
 けど、これはヴィータとなのはちゃんの問題だ。私が口を出すことではない。
 そりゃあ、ヴィータが泣きついてきたのなら話は別やけど?
 幸いと言っていいのか、私は何にも言われていないのだから。
 だから、これは私がでしゃばる問題じゃない。二人の間で解決するものなのだ。

「家族である私に、謝りたいって気持ちは分かる。そりゃあ、可愛いヴィータがあんな目に遭った一端を作ったとも言えるんやからね」
「……うん」
「せやけど、私だって事情を知らんわけやない。ヴィータが意識を取り戻したんも、なのはちゃんのお陰やって分かってる。もし、このまま意識が戻らんかったり、私が管理者権限使わないかんような事態やったら……そんときは謝ってもらっても遅いし」
「…………」

 なのはちゃんは、納得できないという顔をしている。
 当然だ。
 私だって、納得して喋っているわけじゃない。
 でも、そのわだかまりのようなものを越えたところに、なのはちゃんと私はいる。
 こんなにも弱い子だと、私は思っていなかった。
 私を助けてくれた時のように、いつだって困難に立ちはだかり、敢然と立ち向かうような子だと思っていた。
 好きな人の姿を前に、当たり前のように泣き崩れ、何も出来ないでいる無力な女の子だとは思わなかった。
 こういうときこそ、涙を拭って立ち上がれる子だと思っていた。

「それやったら、私かて、ほら……なのはちゃんに酷いことしてしまったし」
「なんのこと?」
「ほれ、治療室に行く前のこと。あれや、あれ」
「ええっと……あ、ううん! 私は全然、そんな風に思ってないよ! もし、酷いことだとしても、はやてちゃんは当然の――」
「せやろ? 当然のことや。それを謝らんでもエエっていうなら、なのはちゃんだって、謝らんでもエエ。みんな、誰も悪いことないんやから」

 出鱈目もいいところだ。
 なのはちゃんは当然と言ってくれるけど、あのときは家長としてではなく、ヴィータの姉としてでもなかった。
 ヴィータをなのはちゃんに盗られた、八神はやてとして――なのはちゃんと対峙した。
 記憶を、少し遡る。
 最初にヴィータが文句を言ってきたとき。結婚自体に文句のないことは、正直言ってショックだった。
 次に来たときも、そして海鳴に帰る前のときも同じ。
 ヴィータは本当になのはちゃんのことが好きで、義理でも義務でも、まして同情でもなんでもなく、普通に夫婦になりたがっていた。
 ホント、ショック以外の何ものでもなかった。
 私はヴィータがなのはちゃんと付き合っているのは、少なからず義務感や責任感から来ているに違いないと思っていたことに気付いた。
 事実は、私の思い込みとは違っていたのだ。
 だからか、そのショックは小さな嫉妬として燻ぶって、ヴィータに、なのはちゃんの嘘に気付くきっかけを与えるという行動に繋がった。
 それも、ちゃんとヴィータを守るという大義名分を作った上で。
 あのとき、なのはちゃんの嘘の理由を知っていればしなかっただろうと思う……ないとは言い切れないのが怖い。
 それぐらい、私は汚い人間なのだ。
 だから――

「なのはちゃんが謝ってしまったら、ヴィータのしたことが無駄になってまう。ヴィータは、自分のしたいことをしたんやから」
「…………」
「なのはちゃんのせいでも、巻き込まれたんでもない。あれは、ヴィータが望んでしたことなんやから」
「……でも、あんな大怪我を」
「責任感じてるんやったら、退院したら、めーいっぱい! ヴィータに優しくしたって。デレッデレになるぐらい」
「…………それで良いの?」
「う~ん。私としてはメリットなんにもないけど、デメリットもないしね」
「心配かけたよ? みんなに」
「まあ、それは仕事柄仕方ないことやないかな。お互い様ってことで」

 なのはちゃんが強情なのは知ってたし、今回のことは、すんなり解決できるとは思っていなかった。
 けれど、これは時間がかかりそうだ。言葉で説得するのは。
 でも、頭に血が昇っていたとはいえ、なのはちゃんを追い込んだ責任と言うのもあるだろう。いや、あるのだ。
 なのはちゃんは、それを当然のことだと言ってくれるけど。
 事情も把握せず、小さく燻ぶっていた嫉妬にかられて、あんな態度を取ってしまったこと。否定するつもりはないし、出来るはずもない。
 ここで解決しなければ、一生私は逃げ続けなければならなくなってしまう。
 家族を失うということから。

「せやね。やっぱ、なのはちゃんとしても納得出来んやろうし」
「う、うん」
「そんなら……ちょーっと我慢してな?」
「わ、分かった」

 ちょっとだけ不安そうな視線を私に向けてくれる。
 我慢してーと言われれば、何となく分かるだろう。実際、なのはちゃんの想像通りだと思う。
 こういうことってしてことないから、正直気が引けるけれど、いい経験だと思ってグッと拳を固めた。

「ごちん」
「ったーい」
「うん。これで勘弁したって。私も、ちょっと痛かったし」
「……うん。はやてちゃん、ありがとう」

 額に下ろした拳は、私が思ったよりも酷い音がした。口で音を入れてみたものの、必要なかったぐらい。
 やっぱり、私は自分が考える以上に怒っていたんだろう。
 そうだとしても、今の一発ですっきりした。
 なのはちゃんも痛かっただろうし、私の手も、ちょっとだけ痛い。
 だから、これで良いのだ。私の中では。
 勝手に怒って勝手に納得して……なのはちゃんにとっては、随分と分が悪い結果になってしまったが。

「おでこ、赤なってまったね。リイン連れて来てへんし、冷やすもんないけど。ごめんな」
「ううん。大丈夫だよ。私には、これぐらい痛くないといけないのかも」
「なのはちゃん。意外に痛いのとか……好き?」
「好きじゃないったら~」
「あははは。冗談冗談。こういう痛いんが好きな子ってのは、そうおらんよね」

 お凸を撫で撫でしてあげると、なのはちゃんは目尻に涙を溜めて口をへの字にしてくれた。
 可愛らしい感じだ。
 友達の前でも、こういった顔を見せてくれるのだ。
 今は特に、気が緩んでいるのか油断が多い気はするが、なのはちゃんは可愛いタイプの子だ。
 これがあのヴィータの前でだったら、一体どういう顔をしているのだろう。
 何となく、知りたい。いや、是非知りたい。
 ここは、参謀シャマルを抱き込む必要性がありそうだ。
 なに、なのはちゃんは私に借りが一つあると思っている。一回ぐらいの粗相は許してくれるはずだ。
 ふふふ。私は清廉潔白な女の子ではないのだ。

「ところで、なのはちゃん。シャマルに縛られてるってのは聞いてるけど」
「うん。そうなんだ。私、全然信用ないみたいで。流石に力技で破れるほどぬるいバインドじゃないし」
「トイレはどうしてんの? どうも朝からこの調子みたいやけど」
「そうなの。ちょっと困ってるんだ……」

 気が緩んだのか、なのはちゃんはちょっとどころか、かなり困った表情を浮かべている。
 朝からこの状態では、タイミング的には切羽詰っているかもしれない。
 このままで放って置くわけもいかず――お漏らし属性は今のところないし――、少し荒っぽいが緑色のバインドを力技で引きちぎる。
 全部外し終わると、なのはちゃんは苦痛に眉を顰めながらもベッドから飛び起き、部屋から飛び出していった。
 相当、緊迫していたようだ。
 うん。今日は良いことをした。清清しい気分だ――と思ったら、

「ザフィーラ。まさか、ずっとここにおったんか?」
「……いいえ。私は置物です。神社の境内に飾ってある、あれです」
「狛犬か。……うん。狛犬やったら話は聞いてへんはずやし。せやね、そういうことにしとくわ」
「では、高町を迎えに行きます。逃げられては私の責任問題になりますので」
「シャマル、結構容赦ないことが分かったからな。気ぃつけてな、ザフィーラ」

 ゆっくりと腰を上げ、なのはちゃんの後を追っていった。
 普段なら「いやーん。今のなのはちゃんどこまで追いかける気ー?」とでも言っただろうが、ザフィーラが不憫なので止めておいた。
 もし、このままなのはちゃんが逃げ失せれば面白いことになるし、きっと、今のなのはちゃんなら逃げ失せるはずだ。
 ヴィータの病室には、シャマルが控えてるし……このチャンスを逃すのは惜しい。

「よーし。私もこうしてはおれん! まだヴィータとも口きいてへんしな! 待って~! なのはちゃ~ん!」

 一人ぼっちの病室を元気よく飛び出し、取りあえず最寄のトイレへ走る。
 そこでなのはちゃんを捕まえて、それからヴィータの病室へ行こう。
 私が一緒なら、シャマルもそう厳しいことは言わないだろう。
 若し反撃されたら、括りつけたままだったのはすっかり忘れていたんじゃないの?と失態をでっち上げて責めてやれば切り抜けられるはずだ。
 ヴィータだけでも良いと思っていたけど、やっぱりなのはちゃんと一緒にした方が面白そうだ。
 今ならヴィータだけでなく、なのはちゃんもオモチャに出来そう。

「主、病棟を走ってはいけません」
「チッチッチッ。それを言うたら病院はペット不可や」
「……それもそうでした」
「そう気にせんと。ほれ、私を乗っけてなのはちゃんの背中を追うんや。ザフィーラだけやと中までついてけへんしな!」
「それもそうでした」

 ザフィーラの背中に飛び乗り、行きかう人々の合間を縫って走る。
 はっきり言って大迷惑だ。
 それでも、二人でバタバタ走るよりはマシだ。許して欲しい。
 すれ違う人たちの視線を一手に集めて、通路を駆ける。
 なのはちゃんを捕まえたら、一緒にザフィーラの背中に乗ってヴィータのところへ行こう。
 久しぶりに二人で乗るザフィーラの背中は楽しそうだ。
 ちょっと重くなってるけど、我慢してな。

「主、なにか良いことでもありましたか」
「う、ん? うーん、せやね。久しぶりに楽しくなりそうかなーって、そう思ってたとこ」
「もう今年も終わりです。来年は有意義な一年になりましょう」
「いんや。来年"も"や」

 抱きついて首をモフモフとしてやると、ザフィーラは声には出さないものの、くすぐったそうに喉を鳴らした。
 ええね、ザフィーラ。ナイスバデーな、このはやてちゃんに抱きついてもらえて。
 この上、病院の寝間着姿のなのはちゃんも背中に乗せたら、明日は本局内を歩けんよ?
 背中に乗せた私の思惑も知らず、ザフィーラはなのはちゃんの後を追う。
 結構遠いね、トイレ。

  ◆

「たっだいま」
「おかえりなさいませ、主」
「おかえりなさい、はやてちゃん。ちょうど良かったわ、ヴィータちゃんが起きたところなのよ」
「なのはちゃんもおるよ~」

 ザフィーラの背に揺られて、ヴィータの病室まで戻ってきた私たち。
 なのはちゃんは、ザフィーラの背中に乗るのを恥ずかしがるかと思ったけれど、全くそんなことなかった。やはり大物だ。
 何か言うかと思っていたシャマルは私たちの姿を見ても何も言わず、さも当然のように振舞った。
 次からは、もう少しインパクトのある登場をした方が良いのだろうか。

「おはよう、ヴィータ。よう眠れたかね」
「うん、はやて。ごめん、来てくれたのに寝てて」
「気にせんでもエエよ。今のヴィータは、寝て身体を治すのが仕事なんやから」

 頭を撫でてやると、くすぐったそうに首をすくめた。
 私の顔を見るために身体も起こしてしまったので、横になるように勧めると、なのはちゃんが顔を出した。

「そうだよ、ヴィータちゃん。シャマルさんや先生の言うことをよくきいて、大人しくしてなきゃ」

 二人から「お前が(なのはちゃんが)言うな(言わないの)!」と、同時ツッコミがあったのは言うまでもない。
 流石のなのはちゃんも、同時攻撃には肩を落としている。
 悪いが怒りたくもなる。
 意識が混濁したくせに、ベッドに括り付けなければならなかった人間にそれを言われたくはないだろう。しかも常習犯にだ。
 シャマルは口をへの字に、ヴィータは呆れ顔。シグナムは笑いを堪えているようだった。
 この三人のどの感情も理解できる。
 全く、手の掛かる子だ。なのはちゃんは。

「ところで二人とも。お正月はどうするん? まあ、この様子では病院で年越しやろうけど」
「う~ん。私は大丈夫なんだけど――」
「駄目よ」
「……大丈夫じゃないんだけど、ヴィータちゃんも大丈夫じゃないから、このままだね」
「……せ、せやね。聞いた私が悪かったわ」

 酷い会話だ。
 なのはちゃんが退院する気満々なのも酷いけど。
 しかし、このまま病院で年越しというのもなんとも可哀相な話だ。
 ちょっとぐらい、三が日ぐらいなら家に帰っても良いんじゃないだろうか。
 しかし、今のままじゃ、家は何にもしてなくて――しかも玄関が吹っ飛ばされたとか聞き及ぶ――新年も迎えられないか。
 そうなると……

「うん。私の出番やね!」
「な、なにが? はやてちゃん」
「なあ、シャマル。二人を一寸だけ退院させて上げられんかなあ? せっかくのお正月なんやし」
「う~ん、そうねえ。なのはちゃんは大丈夫だと思うけど、ヴィータちゃんはどうかしら」
「シャマル。お前が同伴していると言えば、先生も納得するだろう」

 シグナムの提案に、指を顎に当てて「そうねえ」と勘考しているものの、結論は出ているようだった。
 そんな私たちの様子に、話題の中心人物は事態が飲み込めないのか、ぽかんとしていた。
 しかし、そんなのに構ってあげるほど私は暇ではない。
 二人に了解を取らずとも、この計画は既に決定で決行なのだ。

「ということや、ヴィータ、なのはちゃん。お正月は家にいらっしゃい」
「え、えっと……良いの、はやて?」
「うん。そんな急に決めて大丈夫なの?」
「なあに。大丈夫やから決めたんや。あとは、シャマルが先生を説得できるかに掛かってるんやけどー?」

 ちらりと視線を送れば「シャマル先生にお任せよ?」とばかりに、キラッ☆とポーズを決めていた。
 うーむ。
 この、キャラを徹底的に守ろうというシャマルの努力には頭の下がる思いだ。
 彼女が天然であるという、決して少なくない可能性を無視すれば。

「そういうことやから。お正月は、家に遊びにおいで。それから、海鳴に帰っても遅いことないし」
「そうね。新婚のお正月だもの。実家で過ごした方がいいわ。ご両親も、待ちわびてるんじゃないかしら。あ、今回のことは内緒が良いかしらね」
「私たちも一度帰るつもりだが、すぐには無理そうでな。代わりと言ってはなんだが、一言伝えておいて欲しい」
「遠慮することはないぞ。ヴィータ、高町、好意には甘えておくものだ」

 矢継ぎ早に繰り出される"好意"に、二人は顔を見合わせ難しい顔をしていた。
 特になのはちゃんには、複雑な思いがあるのだろう。
 仕方ない。
 ここは、私も強引で我侭なところを見せようかな。

「おほん。では、二人とも。これは命令です。三が日は私の家で過ごしなさい! 将来の上司の命令、聞いとくもんやよ?」
「う、うん。はやてちゃんが、そう言ってくれるなら」
「もっと嬉しそうに! 元気よく!」
「は、はい! ありがとう、はやてちゃん! お世話になります!」
「うん。ありがとう、はやて」

 なのはちゃんは深々と頭を下げ、ヴィータは嬉しそうに頷いた。
 よし、これでいい。
 よくよく考えてみれば、二人の知らない一面を覗くことが出来る良いチャンスなわけだ。前に来てくれたときは、如何せん時間がなさ過ぎたし。
 だから、この二人が一緒にいていられるようにしつつ、ちょっかいをかけ続ける。新しい一面を見ながら楽しめるのだ。これほど面白いことはない。
 過ぎたことを悲観するより、これからどうしたら楽しく過ごせるか、それを考えるべきなのだ。
 確かにヴィータを盗られたようで悔しいけれど、ヴィータは相変わらず私が一番だと言ってくれる。
 なにも問題はない。
 私はこれからもヴィータのお姉ちゃんで、なのはちゃんの友達なのだから。

「さあて。これから大変になるね、お正月の準備が」
「そうねえ。今年は最後まで仕事で、あまり時間が取れなかったし……といっても、私はお掃除ぐらいだけど」
「突っ込まれるの回避しよったな……!」
「なに、シャマル。お前にはお前にしか出来ん仕事があるだろう」
「まあ、シグナム! やっぱり私のことを分かってくれてるのね!」
「天井や電燈の掃除に、棚の荷物下ろし……手の届かないところの仕事はたくさんあるからな」
「…………誰か私をお嫁にもらってーっ!」
「私は力仕事があるだけマシか……」

 いつも通りのやり取りに、なのはちゃんは痛さを堪えながらも笑っているし、ヴィータは呆れ顔だけど笑顔には変わりなかった。
 そうなのだ。
 私があのままでは、こういう光景もなかったかもしれない。
 だから、これからも今まで通りで良い。
 ヴィータがなのはちゃんのところへ行ってしまって、寂しいのが本音だ。でも、今生の別れというわけでもない。当たり前だけれど。
 こうやって何かと用事を見つけては、遊びに来てもらったり遊びに行ったりしたら良い。
 元々仕事が忙しくて、家族の時間も減っていたところだ。これは良い機会だと捉えるべきだろう。
 離れ離れになっても、私たちが八神家であることは変わりないし、なのはちゃんとお友達であることも変わらない。
 だから――

「こんな私やけど、許したってな、なのはちゃん」

 卑怯な私の、誰にも聞こえない呟きは、病室に溢れかえる笑い声の中に溶け込んで消えていった。


 


 


 

===== おしまい。


 

 

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