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新婚なの! それから 2-1

 

 大方の後始末を終えて私がこっちに戻ってくるには、いくらか時間が必要だった。
 ヴィータとなのはの事が気になって仕方がなかった。傍にいられなくてヤキモキしたけど、途中でなのはにだけでも会えたのは良かった。
 正直、私で力になれるか自信がなかった。でも会って以来、毎日ヴィータのところへ顔を出しているようだし、良かったのかもしれない。
 かもしれないというのは、後始末のためにとんぼ返りすることになったから。当面の懸念は払拭することが出来たから、上の空になることはなかったけど。

「ごめんなさい、シグナム。こんな日まで連れ出したりして」
「構うな、テスタロッサ。私も、少々暇を持て余していてな。こんなことでも、いい暇つぶしぐらいにはなる」

 年の瀬も押し迫ってくる中。相変わらず事件の後始末に追われていた私は、シグナムと一緒に本局内を歩いていた。
 ヴィータとなのはを連れて来られない今、詳細を語れる人物がシグナムしかいなかったから。
 お願いすると快く引き受けてくれて、とても助かってる。でも、我侭を聞いてもらってばかりで、少々心苦しいのが正直なところだった。
 なにか、お礼をしたいんだけど、いつもそのチャンスに恵まれない。

「疲れたか?」
「う、ううん。大丈夫だよ。これぐらいなら、いつものことだし」
「そういうことを言っているんじゃない……」

 渋い顔で、溜め息交じりにそう言った。
 そういう顔をされてしまうと、正直困ってしまう。
 心配をかけているんだな、また至らなかったのかなって思うから。

「どうせお前のことだ。心配を掛けたくないとでも言うつもりなのだろうが、黙っていられる方が余程心配だ」
「う、うぅ……」
「バレていないとでも思ったのか? 随分、私も侮られたものだ」
「そ、そういうつもりじゃなくて、本当に」
「たまには言って見せろ、テスタロッサ」

 真剣な、試合さながらの眼差しに足が止まってしまう。
 見慣れた、深い青色をした瞳は私を映している……ように思う。
 シグナムの、言い知れない私への想いが伝わってくるようだった。

「……うん。ありがとう、シグナム」
「――う、うむ」
「でも、本当に大丈夫だから。まだこれから忙しくなるんだし、そうも言ってられないよ」
「お前は、いつもそう言ってるな……」

 言葉と、そして笑顔で応えたのだけど、シグナムに慌てて視線を逸らされてしまった。
 嬉しかったから、お礼のつもりだったのに……失敗しちゃったのかな。

「と、ところで。シグナムは身体の方はもう良いの?」
「それなら問題ない。暫く戦闘は勘弁だがな。事前に対策出来たからな、大事には至らなかったらしい」
「良かった。シグナムには随分無理をお願いしたから、心配で」
「ふふふ。お前に心配されるなら、あの程度のこと、難なくやり遂げてみせる」

 私を気遣ってくれているだろう、その言葉が嬉しい。
 シグナムは、あのジャングルで私たちと別れた後、なのはが発見した隊員たちを見事に守り通してくれた。
 遅れてきた私たちに「私がいなくても大丈夫そうだったがな」と、余裕たっぷりに見せてくれたけれど無理をしているのは嫌でも分かった。
 括っていた髪も解けてしまって、甲冑の上着も腰からのスカートも辛うじて形を留めていた。破損した騎士甲冑から露出した肌は、生々しい赤に滲んでいた。
 なのはとのあの戦技披露会ですら、ここまで負傷しただろうかと思うほど。
 それでも、気だるそうにレヴァンティンを肩に担ぎ、退屈だったと言わんばかりに振舞っていた。
 そんなシグナムとヴィータを見ていて、一つの疑問が浮かんでいたのを思い出した。
 聞いてみようか。それとも、過ぎたことだし――しかも、今の今まで忘れていた――無視しようか考えたけれど……

「どうした、テスタロッサ。なにか、私の顔についているか? いや、お前になら――」
「う、ううん! なんにも!」
「……あ、ああ。そうか」
「う、うん。ホント、なにも付いてないから」
「……ああ。分かってる」

 何故だろう。
 勘違いさせちゃいけないと思って直ぐに否定したのに、何故か落ち込ませてしまった。
 なんでも良いから、会話を続けた方が良いかもしれない。
 例えば、そう。さっきの疑問とか。

「あ、あのね、シグナム。一つ、聞きたいことがあるんだけど」
「私に答えられることなら構わんぞ」
「うん。嫌ならいいんだけどね? あの……どうしてあのとき、動物達に手加減してたの?」
「ふうむ。それか」
「えっと、それが悪いってことじゃなくて、シグナムなら当然出来ることなんだけど! ホント、ちょっとだけ疑問だっただけで……」

 やはり、聞いてはいけないことだったんだろうか。
 シグナムは一瞬、哀しそうな、どこか遠くを見るような目をしたような気がした。
 この話はなしにしよう。
 直ぐにフォローしようとしたんだけど、遅かったみたい。
 シグナムは軽く息を吐くと、こちらに向き直り、

「構わんが……少し、人通りの少ないところにしよう」

 辺りを見渡しても、それほど人がいるとは思えなかった。
 それでも、シグナムがそう言うのだから大人しく従うべきだ。人気の少ない方へと、その後をついていった。
 追いかける背中が、何故だか寂しげに感じる。
 単に私がそう思うから、そう見えるだけ?それなら良いのだけど……追う足が、自然と重くなる。
 ほんの二本ほど脇の通路に入っただけで、空気がひんやりとする。見た目以上に人気のなさを感じる。シグナムは、そこで足を止めた。

「悪いな。元々、こちらに用があっただけで、仰々しいことを言って」
「私は気にしてないから。なにか、聞いちゃいけないことだったら……忘れるから」
「いや。このことは、知っていてもらっても構わんだろう。違うな……知っていて欲しい、ことかもしれん」
「……うん」

 一つ、区切られた語尾。シグナムの揺らぎを感じたような気がした。

「あれはな――我等の誓いなのだ」
「誓い……?」
「そう。主をお救いしたあの日にな。新たに立てたものだ」
「はやてが助かった日のこと?」
「リインフォースが、天に還っていったあの日。すでに一度破られたものだったが……もう一度、やり直す意味を込めての。我等は、今までに多くの命を奪いすぎた。主を救うと決めたとき。命こそ奪わなかったものの、深い傷を負った者はいただろう」
「……うん。それは、知ってる」
「だからだ。もう、そういうことをしないように。これ以上、主の命を穢してはならない。そういう意味の、我等の誓いだ」

 そう言ったシグナムの背中は、泣いているようにも思えた。

「確かに、一撃必殺を心がければ、もっと消耗を抑えることは出来ただろう。しかし、それではな。なのはのこともある」
「……黙っていれば、誰も気にしないよ」
「慣れないことを口にするものじゃない。声が震えているぞ」
「そんなことないったら」
「だが、そう偉そうなことを言ってみたものの、結局は多くの獣を傷つけて回ったわけだが……都合のいい話ではあることに違いはない」
「でも……」
「所詮、結果論だ」

 確かに、シグナムの言う通りかもしれない。都合の良い話だ。
 自分の命を引き換えには、守ることの出来ないモノ。いざとなれば、、相手のことなど構っていられない。
 多くが気絶で済んでいたけれど、ヴィータの放った一撃で、かなり酷い傷を負った子もいる。
 でも、少なくとも私はそれを非難することは出来ない。
 あのとき、私が二人と同じ行動を取ったのは、単に観測指定世界の生き物を無闇に殺めてはいけない、というルールを守ったに過ぎない。
 二人のような、誓いがあったわけでもない。
 ルールを守り、また、それを守るだけの余裕があったというだけ。
 もし、なのはを助けるためにもっとギリギリであれば、あの場にいた子たちを全部殺していたかもしれない。
 私にとっては、その程度のものだ。

「今更になって考えるよ。ヴィータが、万が一このままでいるなら……この誓いは一体なんのためだったのだろうな、と」
「シグナム……」
「この結果に、主は心を痛めている。なのはも、お前も。そういう現実を目の当たりにするとな。どうしても、揺らいでしまう」
「それは……仕方のないことだよ。誰だって、自分が思ってるほど強くなんてない」
「主となのはに、このことが知れたとき。私は胸を張ってヴィータのことを褒めてやれるだろうか。私は、二人を納得させられるだろうか」

 疑問の形で、投げかけるようでいて、その実、独り言のようだった。
 自問自答。
 けれど、問うまでもなく、シグナムの中で答えは出ているようだった。
 それに対して、私はなにがしてあげられるだろう。
 否定するのは簡単だ。逆に、肯定することも。
 どちらかをシグナムが欲しがっているのなら、私の本心とは別であっても、それで良いかもしれない。
 それほどに、シグナムの背中は弱って見えたから。

「独りよがりだったのは、認める。だが、それでもそれが大切だと思ったのだ」
「はやてを想ってのことなら……」
「しかし。結局のところ、ヴィータは床に伏せ、周りの者は胸を痛めている。コレは、誰のためなんだ?」
「…………」
「こんな現実、誰も納得したりしない。私たち自身すら、納得させられない。独りよがりにすらならない……!」

 シグナムは吐き捨てるように言った。
 いつの間にか握られた拳が、小さく震えていた。
 悔しさが、痛いほど伝わる。
 大切な約束を果たせなかった時の悔しさは、私も理解できるから。
 そのときの想いが胸に浮かんできて、果たせなかった想いに潰されそうになったとき。
 こういうときどうしたら良いのか。それを思い出した。

「駄目だよ、シグナム。シグナムが、そんなじゃ」
「……どういう、ことだ?」
「シグナムがそれに疑問を持ってしまったら。それこそ、その誓いは無駄になってしまう」
「……思わずには、いられん」
「じゃあ、それを守ったヴィータはどうなるの? シグナムがそんなじゃ、それこそヴィータのしたことが無駄になっちゃう」
「なりはしない。いや、なるものか! ヴィータがなのはを守り、現に生きて帰ってきた。なにが無駄だと言うんだ!」

 シグナムが振りかえる。声が叩きつけられる。
 思わず、一歩引きそうになる。けれど、寸でのところで踏みとどまった。
 声の迫力だけじゃない。
 シグナムの、深い青色をした瞳が怒りに燃えていたから。
 焼け付くような、でも、冷たい瞳だった。

「……ヴィータは、ちゃんとその誓いを全うした。そして、なのはとの約束も守って見せた。それなのに私たちが疑問を挟んでしまったら、ヴィータのしたことが無駄になっちゃう。自分のしたことを疑っちゃいけない。少なくとも、今は」
「だが!」
「信じてあげなきゃ、ヴィータのことを。やり遂げた、ヴィータのことを」
「わ、私は……私は! ……冷静ではいられん」
「私もだよ、シグナム。もし、このままならって、そう思うと……足が竦んで、動けなくなりそう」

 正直、これだけ冷静に話せていることは、私自身驚きだった。
 若しかすると、この前になのはと会っていたことが、なにか影響があったのかもしれない。あれは、なのはにだけじゃなく、自分自身に言い聞かせていたのかも。
 今も、そうかもしれない。

「確かに、シグナムたちの独りよがりかもしれない。でも、それでも価値あるものであって欲しいと私は思ってる。このままじゃ、本当に意味のないものになっちゃう」
「……私に、納得しろと言うのか。今のままでは……無理だ」
「だったら。私が代わりをする。ヴィータのことを、絶対に認めさせる。はやてにも、そして、なのはにも」
「無理だ。殊更、ヴィータのことを大切にしていた二人が納得するはずがない」
「例えそうだとしても、私だけは、私だけでも認める! 無駄だって言われても、絶対に!」

 私の言葉に、シグナムは無駄だと思ったのか、再び背を向けた。

「他人からすれば……実に下らないことだ。そんなことで、必死になる必要もあるまい」
「……誰だって、生まれてきた命を無闇に奪いたいなんて思ってないよ」
「誓うまでもない、ということか?」
「ううん。それを己に課すことはとっても難しくて、重いものだから。私は、悪いことだって思わない。ヴィータを助けるとき。シグナムの声が一瞬でも遅ければ、私はあの大きな角の子を殺すつもりだったから」
「お前の口から、そういう言葉は……聞きたくない」
「あの時、ヴィータも同じように、私の名前を呼んでた。きっと、あの子を殺すなって、そう言いたかったんだと思う。あんなになっても、ヴィータはそう言えた。だから私は、ヴィータの、シグナムのしようとしたこと。下らないなんて、思わないよ」
「主に……顔向けできん」
「確かに、この話を聞いたら怒ると思う。どうして、黙っていたんだって。悲しむと思う。自分は力になれなかったんだって。都合のいい話だと思うかもしれない。中途半端だって思うかもしれない。でも、私はそれで良いと思う。小さくても、大切なことだから」

 同情じゃない。慰めでもない。
 本当にそう思ったから、そう口にした。
 中途半端だって言われるだろう。わざわざ、誓うほどのものでもないって言われるだろう。
 でも、そうするに至った事情から、人がどういう選択をするのか。
 その結果を非難できる人間は……少ない。
 少なくとも、私には出来ないことだったから。
 あの場面で。
 ベルカ式より、非殺傷による制圧力に長けたミッドチルダ式だったからこそ出来たこと。
 もっと切羽詰っていれば、私は僅かな躊躇を抱えながらも、道を遮る"障害物"を排除していっただろうから。
 私はもう少しで、なのはとヴィータを汚すところだった。

「作られた、命とすら呼べるかどうか分からないモノを抱えた私たちが、何を言っているのかと思うだろうな」
「ううん。それだったら、私だって同じだから」
「……お前は、聴きたくないことばかり口にする」
「でもね、シグナム。私は、そうやって何か自分に意味を持たせることが出来るって、大切だと思うんだ」

 私とシグナムたちは同じような存在なのかもしれない。
 当初の"目的"とは離れたところに来てしまったけど、私たちの中に、"生きる意義"とでも言うべき別の"目的"が出来た。
 それによって、私たちは……少なくとも私は、この自分の命に価値を見出すことが出来た。
 一度見つけると、それはどんどん増えていく。
 大きなことから、小さなことまで。
 それこそ、他人から見たら下らなくて、取るに足らないような当たり前のことばかり。

「これから、様々な局面で同じ悩みを抱えると思う。でも、今度は私も一緒だから。ちょっとだけだけど、力になれると思う。ううん、なりたい。小さなことだけど、時として守れないことだけど、それでも……シグナムたちがはやてのために決めたこと。私は大切にしたい」
「…………」
「私はね。シグナムたちの誓い、できれば一緒に守っていきたい。何かあっても、少なくとも私はそれを軽んじたりはしないよ」

 顔を見て、その瞳を覗きこんで、伝えた方が良かっただろうか。
 力ない背中に語りかけることしか出来なかった。どこか自信がなかったのか、やはり、同情か何かだったのかもしれない。
 でも、嘘は言ってない。取り繕って、心にもないことを言ってもない。

「だから。そんな万が一なんて信じないけど。信じないけど……若しものときは、シグナムたちの隣にいるよ」
「…………」
「これからも。自分たちのこと大切にして。ヴィータが目を覚ましたとき、胸を張って迎えたいから」
「――そうか」

 不意に、シグナムの背負う空気が緩んだ気がした。

「テスタロッサがそう言ってくれるなら――私も、自信を持つことにしよう」

 振り向いたシグナムは、少しだけ目尻が下がっていた。
 ちょっと情けなくて、でも、嬉しそうな顔。少しだけ、肩の荷が下りたのかもしれない。
 今のシグナムにこういう表情をさせられたこと。私だって無関係ではいられないことなのに、知らん顔なんて出来るわけない。だから、ちょっとだけ助けになれただろうか。
 助けてもらった分、助けられただろうか。
 私のしたことは、全くの無駄じゃなかったんだ。そう――思いたかった。


 つづく。

 

 

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