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デスティニー、ですって

「あ、あの!」
 校門を出たところで、ビタンと声をかけられる。
 少女――西木野真姫は全く動じることなく、声の方向に向き直った。
「西木野、真姫さんですよね? μ'sの!」
「ええ。なにか御用かしら?」
 声をかけてきたのは、二人の少女だ。制服姿である。どうやら近くにある中学校の生徒のようだ。真姫は一瞬でそれを見抜き、なるべく慎重に返事をした。声が上ずらないようにとか、ツンとしないようにとか色々気をつけることがあるのだ。
 目当ての人物だったことに、二人の女子中学生は「キャー! やっぱりそうだ~!」と感激の声を上げ手を取り合っている。
 その様子を真姫は落ち着いて、二人が大人しくなるのを待った。周囲の視線が気になる気がするが、努めて態度に出ないように。
 一頻り感激しあった二人は、呼び止めた相手を待たせてしまったことに気付き、モジモジしながら小さく謝罪の言葉を口にした。
 構わないわよ、と優しく宥める。そして下級生を気遣うように、ゆっくり用件を尋ねる。
「あ、あの――握手してください!」
 髪を肩まで伸ばした子が、ボブヘアの子に背中を押され、意を決したように手を出しだした。耳どころか鎖骨まで真っ赤にしている。余程恥ずかしいのだろう。頭を下げたまま、目もあわそうとしない。
 真姫は差し出された手にそっと触れると、ゆっくり両の手で包み込むようにした。
 少女は驚いたのか、僅かに手を引くような動きをしたが、直ぐにぎゅーっと握り返した。相手が痛がるかもしれないとか、そんな考えは吹き飛んでいるかのように力いっぱい。そして、顔を下げたまま手をぶんぶんと振った。
「ね、ねぇ?」
 ボブヘアの子が肩を揺する。次は自分の番だと言いたいのだろう。ロングの子はハッとしたように顔を上げ「あ、ありがとうございました!」と言いつつも、名残惜しそうに手を離してくれた。
 やはりというか、真姫も手が痛かった。けれど努めて表情を崩さず、次のこの手を待った。彼女の考えを読んだわけではないだろうが、お預けを食らってしまった子も直ぐ手を握ってきた。ここで躊躇されてしまうと、手が宙ぶらりんになって行き場に困ってしまうので問題なかったが、握手してくださいとも聞かれなかった。それだけ必死だったのだろう、ということにしておいたようだ。
「あ、あの……この間のオープンキャンパスのライブ、とっても良かったです!」
「来てくれてたの? ありがとう」
「そ、それで私たち、来年は音ノ木坂受けようって。元々、どこをって考えてなかったのもあって、それで」
「そう、なんだ」
 ここを選んでくれるかもしれない。それはとても嬉しかった。自分たちがスクールアイドルをする動機でもあるのだから。だから、もっと喜んでいいはずだ。ただ、彼女はそうしなかった。元々そんなキャラじゃないと言えば、それまでなのだが……なにか違う感情が燻っていたのだ。
「――それで、あの……頑張ってください! 友達もみんな、動画とかチェックしてますから!」
「うん、ありがとう。お友達にも宜しくね」
 二人はまた手を取り合ってきゃーきゃー言っている。
「それじゃ、またね」
 適当に切り上げると、軽く手を振ってその場を後にした。


  

「はぁ……疲れた」
 背後に気配のないことを確認して、大きく息を吐いた。
 会いにきてくれていた二人は、そのままのテンションで帰っていったようだし大丈夫だろう。
 出待ちも慣れた……とは言わないが、何度か経験している。けれど段々会いにきてくれる子のテンションが上がってきていて、慣れないというか正直疲れるのだ。
 ただ贅沢や不満は言っていられない。せっかく会いに来てくれたのだ。ここでしっかりと繋ぎとめておかないと努力が無駄になってしまう。自分たちは何故スクールアイドルをやっているのか。他校の子たちの理由は知らない。ただ自分たちは廃校を阻止する。そのために多くの生徒を集めなければならないのだ。
「まっきちゃ~ん!」
「う"ぇぇ!?」
 突然後ろから抱きつかれ、とんでもなく無様な声を上げてしまった。自分にこんな声を出させるのは一人しかいない。真姫は恨めしげに振り返った。そこには予想通りの光景があった。「え、なに?」と小首を傾げているのは穂乃果だ。構ってほしくて、飼い主の周りをぐるぐる回る犬のような顔でこちらを見つめている。
 ちょっと意地悪しよう。仕返しだ。真姫は面倒くさそうに、
「なにか、用?」
「ううん、なんにも!」
「なんにもって……用もないのにそんなことするわけ?」
「なかったら、抱きついちゃ駄目?」
 言葉に詰まってしまった。
 なんで言い返せないのだろう。これじゃあ、意地悪しようだなんて考えた方が惨めになってしまう。真姫は強引に手を振りほどいたが、それはどう見ても照れ隠しだった。
「べ、別に。今日は一人なの? 海未とことりは?」
「海未ちゃんは部活。ことりちゃんは……なんか用があるって先に帰っちゃった」
「ふうん。だから、私のところに来たって訳ね」
 言外に文句を言って見せるが、当然穂乃果には通用しない――
「ううん! 真姫ちゃんが見えたから走ってきたんだ!」
 全く、なんて人だろう。
 普段は気が利く風でもないのに、時折ちゃんと欲しい言葉を言って見せたりする。ただ、言われた当人に"それが欲しかった"という自覚があるわけではないので、穂乃果の天然タラシ分も効果は薄いかもしれないが……
「そ、そう」
 興味なさげに視線を外し、知らぬ風を決め込んで髪を玩んでいる。
 薄くても効果は充分だったようだ。
「今日も出待ちだったの? 良いなあ。一番最初からやってるのに、私なんて全然なんだよ? それにね、絵里ちゃんなんて入ったばっかりなのにもうファンがついたりしてるし……絵里さんはまだですか? なーんて聞かれちゃったりするし。ねー、真姫ちゃん聞いてる?」
「聞いてるわよ。流石よね」
「全然聞いてない! あーんもう~! 真姫ちゃんは自分がそうだから余裕なんだ! 私のこと分かってくれないー! ねー、真姫ちゃーん!」
「そ、そんな良いもんじゃないわよ。気を遣わないといけないし」
 悪く言うつもりはない。ただ、普段しないような気遣いをしているのは事実だ。なにせ、ファンだと言ってくれる子たちは将来の後輩になるかもしれないのだから。
 最初はそこまで頭が回らなくて、ぎこちない対応になってしまった彼女だが、自覚の芽生えた今となってはそれなりの対応が出来るようになっている。
 それもこれも、学校のためなのだ。
「穂乃果にはそういうこと出来ないでしょ? だから、ないほうが良いんじゃないの」
「ひどーい。私だって出待ちの子がいてくれたら、色々サービスしちゃうんだからね!」
「例えば?」
「例えば? 例えば、えーっと……えへへ」
「ほら。なにも考えてない」
 いつもそうだ。考えなしでまずやってみる。
 真姫も最初は面食らった穂乃果のイノシシぶりだが、今は流石に慣れっこ――というか慣れないと付き合っていけない。じゃあ直せと言えば良いじゃないか?と思うが、こういうタイプは考え込んで行動に移すと逆に上手くいかなかったりするので……決して、弱みがあって口に出来ないわけではない。
「ええ~。じゃあ、出待ちのプロの真姫ちゃん先生~! どうすれば良いのか教えて~!」
「そういうのは絵里にだけ言ってなさいよ」
 腕に纏わりついてくる穂乃果を払いのけようとするが、中々離れてくれない。
 まだ残暑厳しいというのに、ベタベタされては敵わない。彼女はそういうのが余り好きじゃない。逆に穂乃果は気にならないのだろう。まあ、抱きついてくるぐらいだから……
 べたべたする肌の触れ合いを鬱陶しがりながら、彼女は考えた。穂乃果は自分のお願いを通すときは、大体こうして身体的な距離を一気につめてくる。理解しているのか、はたまた本能なのか。どちらにせよ、これで通ってしまう。穂乃果が凄いのか、または自分が易いのか――どちらも認められないと、真姫は振り払うように頭を振った。
「んもう。真姫ちゃんのケチー」
「はいはい、それで良いわ。明日、絵里に聞けば良いでしょ。親切な生徒会長様に」
「え~、なあに? 拗ねてるの、真姫ちゃん」
「はぁ?」
 どこからその発想が出てくるの。しかも自信満々に。
 穂乃果から言い出したことなら分かるが、こちらから勧めているのに何故拗ねなくちゃいけないのだ。
 馬鹿馬鹿しい、付き合ってらんない――真姫は強めに腕を振り払うと、似つかわしくない大またで歩き出した。
「あ~ん、待って~。真姫ちゃん~」
「待たないわよ」
「どーしても真姫ちゃんに教えて欲しいの~。ねえ、待って~」
「なんでよ」
 ああ、ここで振り返ってしまうから駄目なのだろうか。せめて足を止めてから考えればよかった……などと考えても後の祭り。しかも、駆け寄ってくる穂乃果の顔を見ると、その後悔が揺らいでしまうのだから、やはり彼女は易いのかもしれなかった。
「だって、出待ちなら真姫ちゃんの方が経験豊富だもん」
「あ、あっそう」
 元の木阿弥だ。
「真姫ちゃんは勉強も教えるの上手だし」
「なんでよ」
「凛ちゃんに教えてあげてたでしょ? 理系なら上級生の問題だって出来ちゃいそうだし」
「習ったとこだけよ。もうその塾も行ってないけど」
「凄いなあ」
 穂乃果が感心したように呟く。しかしその視線は少し遠くに投げられていた。
「勉強も出来て、歌も上手で作曲も出来て、アイドルみたいに可愛くて」
「そ、それはいいわよ、もう」
 褒められた部分について異論はない。自覚もある。ただ、穂乃果に言われるのだけはくすぐったくて仕方ない。
「出待ちの子がいるのも当然だよね。だって、凄いんだもん」
「……なんで嬉しそうなのよ」
「嬉しくないの?」
「別に穂乃果が喜ぶことじゃないでしょ」
 褒められて居心地が悪い……というか、身体中がむずむずする。
「喜ぶよ。だって、真姫ちゃんがいてくれなかったら、μ'sはここまで来られなかったんだもん」
「……ふうん」
「だって――あ、そうだ。なんで真姫ちゃんは音ノ木坂に入ったの?」
 突拍子もないというか、話が飛びすぎだ。
「さあ。親が行けって言うから。私としては進学校の方が良かったんだけど? 今後の進路のためにも」
 あえてUTXとは言わなかった。
「そうなんだ。じゃあ、若しかして真姫ちゃんが音ノ木坂を救ってくれるって、分かってたのかもね。あ、でも廃校のこと去年に知ってないと……うーん。誰かに教えてもらったとか?」
「知らないわよ」
「理由なんてどうでも良いよね。だって、μ'sがここまで来られたのは真姫ちゃんのお陰だもん」
「…………」
「運命だったのかも」
 ――バッカみたい……なんて言わない。言いたかったけど、真姫は口さえ動かせなかった。
 真っ直ぐにこっちを見つめて。青い瞳でなんの疑いもなくそんな言葉を口にして。人のお陰だなんて。
 それを言うなら、こっちこそ同じ言葉を返してあげる。
 穂乃果がこの学校に入ったことこそ、運命だったはずだ。穂乃果がいなければ、他の誰かの代わりはいても穂乃果の代わりなんていない。穂乃果の存在こそがμ'sだといっても過言じゃないんだから。
 花陽も、にこも、絵里も。みんな穂乃果に救われた。穂乃果がいなかったらなにも始まらなかった。
 私だって、歌もピアノもたまの音楽室で自己満足に浸って終わりだった。運命なんてとんでもない。穂乃果に会うまで、ここに入学したことに納得なんてしてなかったんだから。もし、私に運命があったとしたなら、それは穂乃果に――μ'sに入るために音ノ木坂に入ったこと、ぐらいかしら。
 でも――
「(そんなこと、口が裂けたって言ってあげない……これ以上、調子に乗られても困るし)」
「ちょっと、真姫ちゃん? 今私、凄い良いこと言ったよね? なんでそんなクールなの!? 褒めてくれたって良いんだよ? ほらほら」
「はあ。例え良いこと言ったとしても、自分でそれを言っちゃ台無しでしょ?」
 あ、そっか――なんて笑っている。ホント、台無しだ。
「あー、ひっどーい。なんで笑うのー? 今のは感心するところだよ?」
「笑ってないわよ」
「笑ってた!」
「じゃあ、笑ってたのね。今のは笑いどころだったから」
 むーっとほっぺを膨らませている。
 ころころと表情を変えるものだから、穂乃果は見ていて飽きない。本当に、飽きない。
「じゃあね。私、こっちだから」
「あ、そっか。ねーねー。今度真姫ちゃんの家、遊びに行っても良い?」
「また急ね……」
「この間ね? 花陽ちゃんと凛ちゃんが、遊びに行くと豪華なお菓子が出てくるって言ってたから」
「……それ、穂乃果のところで買った和菓子よ? もう飽きたんじゃないの?」
 えー!と声を上げ、ビックリするぐらい落ち込んでいる。
 真姫としてもお菓子の出所なぞ知らないが、適当に言ってみればこの通りである。海未の言うとおり効果は抜群だったが、少し可哀想な気もした。
「こ、今度新曲出来たときに呼んで上げるから……」
「花陽ちゃんと凛ちゃんが食べた美味しいお菓子も出てくる!?」
「で、出てくるわよ」
「わーい!」
 抱きつきながら「真姫ちゃん大好きー!」とか言う穂乃果。
 なんて易いのかしら――私。自分で自分が嫌になっちゃったりもしつつ、暫く穂乃果の好きにさせたりした。

 

「じゃあねー! 真姫ちゃん、新曲楽しみにしてるからー!」
 穂乃果は元気に帰っていった。練習の後で、どこにあれだけ体力が残っているのか。
 そんなにお菓子が楽しみなのかしら――走り去る背中に手を振る。心なしかその手に力がないことに彼女は気付いていなかった。
「…………はあ」
 すっかり遅くなってしまった。言うほど遅くなってはいないが、予定よりという意味で。
 今日はどうしようか。取りあえず勉強するか。特になにを決めるでもなく歩いていると、ケータイがメールの着信を知らせてくれた。これは――穂乃果だ。
「なにか催促かしら」
 淀みなく流れるようにケータイの着信画面を確認した。
「――ふうん」
 面と向かってお菓子を催促しておいて、メールでこんなことを言ってくるのだから……いや、面と向かって言われたらどうだろう。一息に距離を詰められて、あの蒼い瞳に見つめられて、手でも握られて――
 ケータイを握る手に汗がじっとりと滲む。顔が、熱い。いや顔だけじゃない。お腹の底から熱が噴出してくるようだ。残暑厳しいというのに、こんなに熱くなっては堪らない。
「帰ったら、シャワー浴びなきゃ」
 ケータイを握っていた手が、まだ熱い。

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