シャマルさん それから 2-6

 
「顔見知り?」
「まだ小さかった頃。数度世話になった事がある」

 こいつが人の世話になったことがあるとはな。
意外に思ったが、誰しも子供の頃はあるのだし別段おかしなことでもないと思い、口を噤んだ。

「きっぷの良いばあさんでな。大きくなった俺を見ても全く恐れず、逆に叱り飛ばされるぐらいだ」
「それは一度見てみたい」
「……いくらか前の冬まで生きていたんだがな」
「そうか」

 一瞬、間が開く。
それは内容からして言いよどんだのか、ただ息継ぎをしただけなのか。
それは分からないが、余りに一瞬だったので自分の勘違いかとも思い、特に言及する事は無かった。
そのまま暫しの沈黙が二人の間に横たわる。
この話はここで終いなのか続きがあるのか。
相手の様子を見て見極めようと考え至ったとき、ゆっくりと口を開いた。

「ある夏に、ばあさんが元気なくなってな」
「ふむ」
「じいさんの事を随分心配していた」
「その心配が的中したという事か」
「そうだ。それからここのじいさんは元気がなくなった」
「それはそうだろう。大切なパートナーだからな」

 相変わらず顎を前足に乗せたまま表情は変わらないが、大きな体の影から時折尻尾の先端が見える。
人間に比べれば表情の出ない生き物ではあるが、その分尻尾が動く。
楽しい話ではないが、こいつなりに思うところがあるのだろう。

「世話になったばあさんが心配していたことだからな」
「それでここに出入りするようになったという訳か」
「……そうだ」
「……」
「どうした」
「……いや。なんでもない」

 勝手にしろだの話さないだの言っていたやつが、いともあっさり白状してしまったので拍子抜けした。
誰にも話したことのない思い出話でもしている内に油断したのだろうか。
多分そうだろうな。
照れくさくさそうにそっぽを向いてしまったぞ。
尻尾をゆっくりと左右に振っている。
やはり恥ずかしかったのか。意外に可愛げのあるヤツだ。シャマルに教えたら喜ぶかもしれん。

「……おい」
「どうかしたか?」
「今の話」
「それがどうした」
「……他所に洩らしたら喉笛噛み千切るぞ」
「構わんぞ。大して面白い話でもなかったしな」
「……それもそうだな。あともう一つ」
「まだあるのか」
「その、あの女のことだが」
「シャマルか。シャマルがどうかしたか」
「お前にとってどういう存在だ。飼い主か」

 さっきまで地面を掃く箒のようにフリフリとしていた尻尾の動きが小さくなっている。
さて、どう答えたものか。これは中々難問だぞ。
主に言わせれば「家族」ということなのだろうが、それを他人に言うのは何やら気恥ずかしい。
では、主を守る守護獣とでも言うか。正直に。
いやそれはそれで余計に面倒だ。

「どうした」
「い、いや。なんでもない」

 仕方ない。こいつも他人には明かさない秘密を話してくれたのだ。自分も明かさなければ不公平だろう。

「家族だ。飼い主やペットといった関係ではない」
「……そうか」

 尻尾をフリフリとし始めた。
シャマルが私の飼い主でない事が何か都合が良いのだろうか。こいつの考える事は分からん。

「ここへ来たのは俺の居場所を探すためだったな」
「ああ、そうだ」
「夜が明けて連れてきても無駄だぞ」
「分かった。だが、お前がここに出入りしている事は伝えておくぞ」
「……勝手にしろ」

 今だそっぽを向いたままだが、尻尾の動きは相変わらずだ。
特にイヤというわけではないらしい。
ここは言われたとおり勝手にさせてもらう。
さて。要件も済んだ事だ。長居も無用か。

「寝ているところ、悪かったな」
「全くだ。俺はまだ疲れているんだ」
「そんななら素直にシャマルの治療を受ければ良いだろう。明日連れてきてやろうか?」
「結構だ」

 コレはどちらの意味だ?
以前主が「断るときは"必要ありません!"言うてしっかり断るんやよ!"結構です"言うのはあかんからね!」とシャマルやヴィータに口酸っぱく仰っていた。
声のトーンからして断る意味に読み取れるが、そうでない可能性も捨てきれない。
何せシャマルのことを気に入っているようだからな。

「うむ、分かった。……ところで」
「なんだ、まだあるのか」
「お前の名前、聞いておこうと思ってな」
「……これだけは教えん」
「どうしてだ。名前も無ければシャマルも呼びにくいぞ」
「……チ」
「ん?」
「ポチ、だ。あのばあさんがそう呼んでいた。それ以外に俺を呼ぶ名前はない」
「有名な名犬の名前じゃないか。別に恥ずかしがる事ないだろう」
「……早く帰れ!俺は眠いんだ」
「そうさせてもらう。では、ゆっくり眠れよ。元気がなければシャマルが心配する」
「……フン」
 ぶっきらぼうに答えながらも、相変わらず尻尾をフリフリしているポチの様子に安心しながらその場を後にした。

 

 

 この季節。日の出にはまだ時間はあるが早く帰るとしよう。
睡眠不足で任務に影響が出るようなことがあってはならんからな。
さて。起きたら朝一番にシャマルにコイツの居場所を教えてやるとしよう。
シャマルは「知らない」からな。
きっと朝一の報告を喜んで聞いてくれるだろう。
私に気づかれないよう、あたかも初めて聞くかのように必死に取り繕いながらな。
そんなシャマルの喜びようを想像しながら家路についた。

 

 おしまい。

 
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シャマルさん それから 2-5

 
 組んだ前足に顎を乗せたまま、チラリとこちらを見る。

「よく分かったな」
「姿かたちは見えんが気配と臭いは感じる」

 なるほど。これは単に姿を消す以外には探索魔法に効果があるぐらいだからな。
特にこちらが気をつけなければ気配で感じる事は可能か。

「要件はなんだ」
「今日、お前の怪我を治した女に居場所を探してくれと頼まれた」
「……」

 何か面白くなかったのか、プイッと顔を背けてしまう。

「学校まで案内してくれた礼を言いたいといっている」
「……結構だ」
「それと。お前の体調を気にしている。怪我が治っただけで体力まで回復したわけではないだろう」
「……」
「無理をして自分を案内してくれたのでないかと気にしている。それもあってお前を探しにきた」
「……ならば用は済んだだろう。帰ってくれ」

 用は済んでいない。
お前が無事なことは確認したが、シャマルが礼を言いたいというのは果たしていないからな。

「ここはお前の住処なのか?」
「違う」
「普段はどこにいる」
「お前に教える必要はない。それにそんな事を知ったところでどうするつもりだ」
「シャマルを連れてこなければならんからだ。街中探し回るわけにもいかんだろう」
「……フン(ピョコン)」

 一瞬だが。
"シャマル"という言葉を聴いたとき、耳だけをこちらに向けた気がした。
偶然なのか、どうなのか。

「シャマルをここに連れて来れば会えるのか?」
「……無理だ。始終ここにいるわけではない」
「ふむ。では、ここはお前にとってどんな場所だ。寝床か、それとも隠れ家か」
「人の住んでいる家を隠れ家にするほどアホではない」

 知らん顔をするかと思ったが、一応答えてはくれている。
前から話の出来ないヤツだとは思っていなかったが、今日は普段に比べれば饒舌のようだ。
このまま話を続けてみるとしよう。

「では何故ここにいる」
「……そんな事を説明しなければならんのか」
「野良のお前が人の家でこうしている事。シャマルに質問攻めに遭うぞ」
「……ならば、今でなくても構わんだろう」
「そうか。ならここへ連れてきて良いんだな」
「勝手にしろ」

 これは連れてきても良いという意味ではなく、明日にでも場所を移してしまうということだろう。
ならば出来るだけ話を聞いておくか。

「どうしてシャマルを学校まで案内した」
「……」
「怪我を治してもらった礼のつもりか」
「どう解釈しようとお前たちの勝手だ」

 ビンゴ、か。

「いくら怪我をして弱っていたとはいえ、よくシャマルの治療を素直に受け入れたな」
「……」
「街中では大っぴらに魔法も使えんだろうに」
「マホウ?」
「お前の怪我を治したカラクリだ。それで、どうして素直に治療を受ける気になったのだ」
「……その女」
「うん?」
「その女。シャマルというのか」
「ああ、そうだ」
「随分変わった名前だな」
「そうか?」

 私たちは何とも思わんが、この国で生きていれば変わった名前になるのだろう。
私にしれみれば、この国に住んでいる人間の方が変わった名前だ。不思議なカンジといった記号を使っているしな。

「……その。シャマルと言ったか」
「ああ、シャマルだ」
「悪意でなく、俺を叱った人間なんぞ珍しいからな。反抗する気が失せただけだ」
「珍しいから黙っていたのか?」
「気紛れだ。決して体力が無い為に反抗しなかったわけではないぞ」

 何に対して言い訳しているんだ。
体力が殆どなかったのはお前の体つきをみれば火を見るより明らかだろうに。
話を聞くに、かなり酷い怪我だったのだ。
そのために体力がなくなっていたとしても隠す事は無いだろう。変なヤツだな。
それに「珍しい」ということは、他にもいたと言うことだな。それは興味深い。

「珍しいと言ったな。他のそんな人間がいたのか」
「……まあな」
「そうだ。シャマルのことを教えてやるから、その人間のことを私に教えないか」
「別にシャマ……女のことなど知りたくない」

 脈ありだ。
名前を教えた途端にシャマルと呼び始めたぞ。

「先ほど、自分を叱ったといったな。それはとても珍しい事だ。声を荒げたりするようなタイプではないんだ」
「……」
「物静かというか、一応参謀なのでな。らしくないとは思うだろうが」
「……まあな」

 小一時間ほど一緒にいただけのコイツ同意されるとは。
シャマルは一体何をしたんだ。これが物言わぬ犬だったから良いようなものを。
今日話した内容は随分端折っているんだろうな。

「お前。俺を探しに来たと言ったな」
「ああ、そうだ」
「なんだ。その女にこの家の場所を聞いたのではないのか」
「どういうことだ」
「……そうか」

 何を急に言い出すのかと思えば。
"この家の場所を聞いた?"という事は、シャマルはここにコイツが居ることを知ってたのか?
それとも、ここが何かしらの手掛りになりそうな事を知っていて私に言わなかった……のだろうな。
どういうことだ。
自分で分かっていながら、探して欲しいなどと。

「……この家にはな」
「ん?どうした」
「この家には爺さんが一人住んでいるだけだ」
「ほう。それで間借りするにはちょうど良いという事か」
「以前には婆さんも住んでいた。その婆さんと顔見知りだったんだ」

 

 シャマルさん それから 2-6 >

 

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シャマルさん それから 2-4

 
 シャマルの残滓を追って街をひた走る。
途中で大きな交差点に差し掛かった。どうやらここを渡ったらしい。
今でこそ人も車も殆ど姿を見せず、広い通りはガランとして信号の点滅だけが昼間と変わりないだけ。
こんなところをアイツはどうやって渡ったのか。
やはり信号を律儀に待ったのだろうな。
流石に昼間の交差点で車を避けつつ横断歩道を渡るのは危険だ。
随分目立ったことだろう。私も主の元に来てから暫くの間はご近所で迷惑をかけたからな。
主の言いつけを守り、誰も止まる者のいない交差点を渡る。
中々歩道の色が変わらなかったな。深夜は間隔が違ったのだろうか。
反対側に渡りすぐのわき道に入る。
いくらか走ったところでビルの隙間に入っていくではないか。
なるほど。向こう側の通りに出るにはかなり大回りをしなければならん。確かに近道だ。
そのままシャマルの後を追っていけば大きな建物が近づいてくる。
なんと。シャマルは建物の中に入っていったぞ。
これだけ大きなところであれば、かなりの人がいるはずだ。
そこを大きな犬とそれを追いかける人間が入っていけば目立つどころの話ではないぞ。
この辺りの話しは省略したんだな。
特に何も無かったのか何か言えないことでも起きたのか……まあ良いだろう。
門は閉じているが入るのに問題はない。
子犬フォームの恩恵というヤツだ。格子の間に頭を突っ込みグイグイと押し入れば何とかなる。
敷地内に設置された明かりがぼんやりと辺りを照らしている。
これだけ大きければ警備の人間がいたりするだろうが、まあ子犬一匹だ。目くじらを立てることも無いだろう。
さっさと走りぬけ、反対側に出る。
ここにもアイツの居場所の手がかりになりそうなモノはないと感じたからだ。
広ければ隠れ場所もありそうなものだが、それだけ人も多くなるしアイツ自身が大きく目立ちやすい。

「ふぅむ。全く人が訪れなさそうなところか……誰かが意図的に匿うなどしなければ隠れられんな」

 考えるまでも無く分かりそうなことだが、改めて口に出してみる。
しかも自分の痕跡を消すのが上手い。いやそういうレベルではないな。

「さて。ここから山まで真っ直ぐ向かうようではなさそうだが、さて」

 

 

「む……ここか?」

 突然シャマルの足が止まる。家の垣根にぴったり張り付くように。
一体ここで何をしているんだ。まさか転んで垣根に頭を突っ込んだのではあるまいな。
シャマルの謎の行動は取り合えず頭の端に追いやり、匂いを辿る。
垣根に沿って逆戻り。その先は……玄関だ。
この家に入っていったのか?
先ほど垣根に頭を突っ込んでいたのは中の様子を窺っていたからで、転んで突っ込んだわけではないのだろうか。
分からん、不可解な行動だ。
確かに塀をこしらえず、垣根なこの家なら通り抜ける事は簡単だろうが……
しかしこれは後を追ったほうが良いのだろうか。
この家に入るのは後回しにし、周囲の家々を見渡す。
この家の並びに、同じような垣根の家はある。特にこの家でなければならない理由は見当たらない。
近道のためにこの家を横切ったのでなければ……分からん。
人の家を横切ったなどシャマルは一言も口にしなかった。
それは流石に気が引けたのだろう。
ならばこの家を同じように通っていく必要はない。
シャマルの後を追っていけば、ヤツに繋がるヒントがあるやもしれんという考えでここまで走ってきたわけだ。
もし、この家にそれがあるとして、それをシャマルが認識しているなら私に言っただろう。
シャマルはアイツを探している。
人の家を横切った事を内緒にするのと私にヒントを渡す事。この二つを天秤にかければ、明らかにこの家について言うべきだ。
しかし、それをして言わなかったと言う事は、この家にはヒントが無い。
そうではなかろうか。
半ば結論が出たにも関わらず、家の前をウロウロしてしまう。
何故かこの家を無視せず、しっかりルートをなぞった方が良いと誰かが告げている。
そう。わざわざ"この家"を横切る必要があるはずなのだ。それを確かめるには中に入ってみなければ分からん。
グルグルグ……ふんふん。
こうしていると本当に犬になったような気分になる。
こんな姿は他の人には見せられん。

「こうしていても仕方がない、か」

 このような状況をこの国では"虎穴にいらずんば虎児を得ず"とも言うらしい。主の教科書なるものに書いてあった。
少し大げさだとは思いつつも、人の家に勝手にお邪魔するのだ。
失礼の無いよう心しておかなければならない。
もう一度周囲を見渡し、誰も居ないか確認する。
いや、話を聞くとき以外は姿を消しているんだったな。……ごほん。気を取り直して。

「失礼致します」

 誰も聞いていないだろう挨拶をしながら門をくぐる。
シャマルはすぐに左に曲がり庭に向かったようだ。
しかし、オドオドして周囲を警戒しているような雰囲気は無い。
どういうことだ。こっそり入ったわけではなく家主が承知の上で、と言う事なのだろうか。
じゃりじゃりと玉砂利の上を歩いていくと、雨どいのところで足が止まる。
ここから一度庭の様子を窺ったのだろうか。それともここから家主に向かって挨拶をしたか……ふーむ。
一層気持ちを引き締め庭に出る。
若しかしたら、今の足音で家主が私の存在に気づいたかもしれん。
どうせ見えはしないのだが、いきなり人の気配を感じるのは心臓に悪いものだ。
家の影から覗く庭はまるで明かりが設置してあるかのように明るい。
街灯も無く、街中のようなネオンの光も無い住宅街には青白い月明かりが一層強く感じられる。
主から聞かされたこの国の話のためか、何やら月明かりに惹かれるような思いを感じつつ庭に足を進めると

「む……」
「……なんだ、貴様か」

 この界隈では珍しい、よく目立つであろう大型犬が縁側の下で寝そべっていた。

 

 シャマルさん それから 2-5 >

 

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シャマルさん それから 2-3

 
 姿を消したまま、裏道をひた走る。
大きなビルや商店などは明かりがついているものの、やはりシャッターを下ろしている店が殆どだ。
もう人影もなく活動しやすい。
ただ油断は禁物だ。
以前のように保健所に通報されて追い掛け回される羽目に遭うからな。
あの時は本当に主にご迷惑をおかけした。
自治会長さんが連絡して下されなければ……今考えてもゾッとする。
そういう事を避ける為にこの時間帯でも姿を消しておくのが得策だ。子犬フォームになってから人目には付きにくくなったがな。

「む。アイツに聞いてみるか」

 ちょうど目の前を犬が通っていくのが見えた。
強くアスファルトを蹴り、見失わないうちに回り込んで姿を現す。

「!?」
「おい。少し聞きたいことがある」
「な、なんだよ」

 普通、他人の縄張りに入り込むと喧嘩になるものだが私もここいらでは少し有名で、余程でなければそうはならん。

「ここいらで一番の奴についてだ」
「ああ、そういやここ何日か姿を見ないんで心配してたんだ。アンタも探してるのか?」
「まあな。野暮用というか」
「うーん。悪いが教えられる事は何もねぇ。俺たちも分からないんだ」

 予想通りとはいえ、分からないと言うか。
その上「俺たち」と来たか。これは他の奴を捉まえたところで有用な情報を引き出せそうにないかもしれん。
だがシャマルのためだ。
他の奴にも当たってみるか。個人的にもアイツのことは気になっているのでな。

「全く見ないですね。みんな心配してますよ」

「最近車が犬とぶつかったって。もしかして……いや、まさかね。そんなドジ踏むなんて」

「一部の横着な奴が暴れてるんで戻ってきて欲しいんですよ。みんなあの人になら従うんですから」

「まさかホケンジョってところに連れて行かれたんじゃ……ちくしょう。どうしてだよ」

「あいつが居ないとエサの分配が上手くいかねーんだ。ホント、どこいっちまったんだ」
 ・
 ・
 ・
 などなど。今日は順調にかなりの数が掴まった。
一部仲の悪い連中も居たようだが、その殆どがアイツの安否を気遣うものだった。
自分の利益になるという考えから純粋に慕っているものまで様々だが、この辺りでもっとも必要とされていることは分かった。
しかし、アイツの居場所を特定するに至るような情報を何一つ得られなかったのは痛い。
今日はそれが目的であって、アイツの評判を聞いて回る事ではないのだ。

「しかも、臭いが追えんのは辛いところだな」

 シャマルの話によれば、待っているはずの場所を中心にアルフに探してもらったが見つからなかったという事だ。
アルフの犬としての能力が如何程のものなのか。
詳しい事は分からんが、基本的に私と大きな違いがあるとは思えん。
ある程度予想はしていたが、見事に失敗するとはな。
山の中に比べ、雑多に臭いが交じり合う街中で自信があったわけではない。アルフが失敗するぐらいに臭いを消す能力のあるヤツだ。
だが、ここまで見事に上手くいかないとは……むぅ。
屋内での暮らしが長く続いて勘が鈍ったのだろうか。
ここは一度修行に……いや、私は狼だ。
子犬フォームなどと言っているが犬ではない。断じて違うぞ。
主が犬を欲しがっておられたのは承知しているが、犬役をしていただけで決して犬では……ぐう。
どちらにせよ、一度主と相談をせねばならんか。

 

 

 結局街中を何度か巡回してみたが、時折見つけた手がかりも辿ってみれば同じところをぐるぐると回るだけで意味は無かった。
この街から出ないのだろうか。
まさかな。
シャマルの話を聞けば裏道にも詳しいとの事だ。
少なくとも通ってきた学校裏の団地に精通しているということは、住宅街も縄張りにしているという証拠だ。
シャマルはアイツに案内されて学校まで行ったのだから……その匂いを追えば通ったルートが分かる。
若しかするとよく使いルートなのかもしれん。
それならば、そこに何かヒントがないだろうか。
よし。まずはシャマルの通った痕跡を見つけて、そこから追ってみるとしよう。

 

 

 くんくん、くんくん。
夜の冷たい風に鼻をかざし、流れる空気に意識を集中させる。
地面を這って臭いを追うのではない。
長年連れ添った仲間だからな。それ以外の要素で見つけることが出来る。
例えば、そう。使った魔力の残滓などで。
特にこの世界では魔力を使う人間など限られているので、すぐに見つけることが出来るだろう。
臭いで追うのでなければ鼻を使う必要はないかもしれんが、その、気分の問題だ。
何かを探す。
そのために神経を研ぎ澄まし、センサーを働かせるのだがこうやった方が良いような気がするからだ。

「……ふん。あちらか?」

 少し遠目だったがシャマルの残滓を感じる。
よし、行ってみるか。

 

 

「何をこんな遠くまで」

 シャマルが魔力を使った付近まで辿り着いたわけだが、学校からかなり距離があるぞ。
これはバスを乗り間違えたのではなく、確実に乗り過ごしだ。
こんな遠くまで来たのであれば、ただ単に路線を逆に辿ったぐらいでは間に合わんかもしれん。
しかしこれで何やら話を誤魔化した理由は分かった。
届け物をしなければならぬのに、これほどの距離を乗り過ごしたとあれば確実に笑いのネタだ。
ツボというものに入れば、ヴィータなぞ呼吸困難になるかもしれん。
仕方ない。ここはシャマルの名誉の為に気づかなかったことにしよう。
しかし。アイツを見つけることが出来て本当に良かったな。
「さて。ここからシャマルの後を追って件の山まで行ってみるとするか」

 

 シャマルさん それから 2-4 >

 

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シャマルさん それから 2-2

 
 いつものルートを走る。
流石にこの時間、人通りはない。時折車が通るぐらいだが、上手く隠れるので問題は無い。
家の周りをぐるりと一周。その後にゴミの収集場所を見て回るのだが、今日は収集日ではない。見に行かずとも良いだろう。
それが終わると、外で犬を飼っている家を結ぶように町内を見て回る。
そこで色々と情報を交換し合うのだが、今日は上手くいかない。
寒いからな。
皆、小屋の奥にごっそり潜って寝ているようだ。
今日は特に話を聞きたかったが、この寒いのにわざわざ起こすのも可哀想だ。
今日のところは諦めるとしよう。

「さて。シャマルの用を片付けなければな」

 まずはシャマルとアイツが出会った場所まで行こう。
見失った学校付近を先に探そうかとも思ったが、向こうもこちらが探している事を知っているかもしれん。
それならば当分近づきはしないだろう。
ならば、それ以外でアイツの行動範囲を見て回る方が良さそうだ。

「この姿で走っていくのは面倒だ。飛んでいくとするか」

 物陰に隠れ、姿を見えなくすると一気に飛んだ。

 


  
「学校よりも向こう側だろう。流石に近所で迷子になる事はあるまい」

 バスの路線に沿って学校より向こう側へ飛ぶ。
家から学校まで歩いていくのは無理だ。時間が掛かりすぎる。
となればバスに乗ったことは確実だろう。タクシーなる乗り物で移動したとは考えられない。
そこでバスに乗り、目的地に辿り着けなかった。
乗るバスを間違えたか、降りる場所を乗り過ごしたかのどちらか。
ふーむ。実のところシャマルの話、いくらか不審な点はある。
どうしてアイツの手助けが必要な場面になったのか。
バスに乗っていけば真っ直ぐ着く筈だ。
その辺りをやんわりと聞いてみたが、酷く説明し辛そうにしていたので追求しないでおいた。
今にして思えば、ちゃんと聞いておくべきだったな。
仕方ない、ここは乗るバスを間違えたと考えよう。
乗り過ごしただけなら、戻れば良いだけだからな。
どの路線に乗ってしまったのか分からんが、取り合えず学校の裏手の団地に降りることにした。
この辺りならまだ学校へは一人で行く事が出来る。
道案内を頼むという事は、もっと離れているという事だ。
それにしても乗り間違えた事に直ぐ気づかなかったのか?知らない道に入れば怪しむだろうに。

「ふぅむ。取り合えず市街地に向かって行くとするか」

 この辺りはアイツ等の縄張りだからな。気をつけなければ。
周囲の様子に気を配りながら、てくてくと歩いていく。
人や動物の気配は無い。それ以前に流れ込む空気で分かるからな。
それ以外にも街の様子なども分かる。
雑多な様子を見せるからだ。
人、動物、車、その他諸々の臭いが交じり合っている。
そういうモノが濃く感じられる方へ足を向けていけば、自然と中心街へ辿り着く。
その中でも特に濃く入り混じったところへ行けば……たぶん、アイツ等もいるはずだ。

「む……また来たぞ」

 パァッと光ったかと思うと、ゴゥッと唸り声を上げて車が走ってくる。
そろそろ住宅街を抜けるようだ。
そういう車が入ってくる数が増えてきているからだ。
しかし五月蝿い。もう少し静かに走れないものだろうか。
幸い主の家の近所にはそういう輩は見かけないが、もし夜中に走ろうものならシグナムに追いかけれるぞ。
姿は消したままなので、向こうはこちらに気づくわけも無い。
いち早く物陰に身を隠しやり過ごす。
住宅街だというのにスピードを全く落とさない。困ったものだ。

「ふむ。明かりが増えてきたぞ」

 家々の隙間から見える背の高い建物に、煌々と光る看板が増えてきた。
そろそろか。
夜中だというのに、まだまだ明るさと騒々しさを失わない街が見えてきた。

 


 
 道を走り抜ける車を度々見かけるが、スピードを落とさない輩の多いこと。
この辺りに信号が少ない、いやないことが関係しているのか。
逆に、住宅街から出て行く車もやたら無茶をする。
出会い頭にぶつかったらどうするんだ。
明かりが点いているから、それで分かるのだろうか。
どちらにしろ危ない事には変わりない。
いくら昼間とはいえ、主にこの辺りを歩かせるわけには行かない。
幸い学校から主の家に対して反対方向なので滅多なことで来る事は無いだろう。
だが、友人との付き合いもあろう。
何かの用でこちらへ来る事もあるかもしれない。
ここはテスタロッサに主の事を強くお願いしておかなければならない。
過保護と笑われるやも知れんが、何よりも主の安全が大切だ。
常にお傍に付いていられるなら構わんが、管理局に席を置く身では無理な話だからな。
それに、私が傍についていれば主も気兼ねなく友人と付き合うことも出来ないだろう。
そうだな。やはりここはテスタロッサに頼んでおくべきか。

「むぅ。まただ」

 明日にでもテスタロッサの家に向かい、アルフに礼を言うというので一緒に付いて行こうと思っていたとき。
また車が通り過ぎていった。
今日は特にそういう運転が多い日なのだろうか。
そんな危なっかしい車の明かりが遠ざかっていくのを横目で流しながら、ふとシャマルの話を思い出した。
確か路地裏で怪我をしているところを見つけたと言っていたな。
自分も最近見かけず気になっていたので、どのような具合だったのか聞いてみれば
「そうね。何かに強くぶつかったのか……とにかく噛み傷や引っかき傷の類じゃなかったわ」
 などと言っていた。
怪我の様子を聞くに、他の犬か何かに襲われたわけではないようだ。
いや、そんな事シャマルに聞かずとも分かっていた。
この界隈でアイツにそれ程の深手を負わせられるヤツなんぞ居ないはずだからな。
では何で怪我をしたのか。
骨が折れるなど余程の事だ。車か何かに轢かれたのではないかとも思ったが、アイツはとても賢い。そんなヘマを犯すとも思えん。
しかし、そう思ったのもこの辺りに来るまでだ。
この信号のない道を走り抜ける車の様子。
信号がないところは思いのほか無茶なことをする輩が多い。
アイツはこの世界で暮らしているのだから、そんな事は百も承知のはずだ。
しかし、現実に怪我をしている。避ける暇も無いほど急だったのか、他に気になることでもあったのか。
車に轢かれたと言うより引っ掛けられたのかもしれんが。
人に飼われているならば別だが、アイツは野良犬だ。
動けないほどの怪我をしてしまえば治療されることもなく、死が待っているだけだろう。
シャマルによれば、当分動けない状態だったらしい。
ともすれば腹には何も入っておらず、例え怪我が治ったとしても直ぐに動くなど到底無理な話だ。
そんな身体を押してシャマルを学校まで案内してくれたというのか。

「ふむ。探し出して礼を言いたい気持ちも分かる」

 シャマルを学校まで送り届けた後に姿を見せないと言うのも、心くすぐられる。
無論、アイツも礼を言われる為にやったわけではあるまい。
それに探し出してまでとなると、迷惑に考えているだろう。
だから姿を消したのやもしれん。
しかしだ。シャマルは礼を言いたいだけで探し出すつもりではないような気がする。
怪我が治ったとはいえ、数日何も食べていない状態での行動に無理があるのは想像に難くない。
せっかく怪我を治したのだ。
無理がたたって死ぬようなことがあっては元も子もない。
しっかりと体調が元通りになるまで世話をしたいという気持ちもあってのことだろう。

「野良のアイツはそれも見越していたのだろうか」

 怪我を治してくれた礼はする。しかしそれ以上関わる気はない、と。
一度ぐらいでは信用できないのも仕方がないか。
これは居場所を探し出したとしても、シャマルに礼を言わせる為に会わせるのは難しそうだ。
「こんなところで考え込んでいても仕方ない」
 表通りから少し入ったビルの影に隠れていた自分の前を、相変わらずな車のライトが線を引いていく。
アイツを探すためには、何度かわき道に入らなければならないだろう。
ここは人に見つかるという心配以上に気を引き締めて取り掛からなければな。

 

 シャマルさん それから 2-3 >

 

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シャマルさん それから 2-1

 
 何だかとても良い匂いがして目を覚ます。
部屋は暗くなっていて、ソファーの向こう側からぼんやりと明かりが届いていた。

「う、ん……?」
「おやシャマル。起きたん?」
「あ、えっと。はやてちゃん」
「ちょうど良かったわ。さっきみんなから連絡あって、もうちょっとで帰るって」
「もう、そんな時間なんですか?」
「気持ち良さそうに寝とったよ」
「あ、これ。ありがとうございます」

 身体を起こすと、お腹の辺りに上着が落ちているのに気がついた。
たしかソファーの背にかけておいたはずなのに。きっとはやてちゃんが上にかけておいてくれたのね。

「いえいえ、どう致しまして。ご飯の用意は大体出来てるから、もうちょい寝とって構わんよ」
「い、いえ。それでしたら」
「うーん、そやね。みんなが帰ってきたら手伝ってくれる?」
「はい。お任せください」

 そう応えると、すぐにテーブルに目を戻す。
はやてちゃんは宿題をしてたみたい。台所の明かりだけが点いている。
暗くはないけど目に良くないわ。
直ぐにソファーから身体を起こし、グーッと背伸び。部屋の明かりを点けにソファーから降りました。

 

 

「はやてー。ゲームしようぜー」
「あーかーん。その前にお風呂や」
「へーい」

 お風呂から上がった私たちをコントローラー片手に待っていたヴィータちゃん。
けれど、はやてちゃんにあっさり断られてしょんぼりお風呂場に向かって行きました。
あのね。リモコンは置いていかないと、また探さなきゃいけないわよ。

「さてと。宿題の残りをしてまうかな」
「湯冷めしないよう、暖かくしてくださいね」

 はやてちゃんは、はいはいと返事をしながら部屋に引き上げていきました。
今リビングにいるのは私と……クッションで丸くなってるザフィーラだけ。
シグナムは多分お風呂の前にひと汗かきに行ったんだと思う。
ついでにザフィーラの散歩もしてくれれば良いのに。
でも今日は良いわ。ちょうど話したいこともあったし、良いチャンスね。

「ねぇ、ザフィーラ。起きてる?」
「……ああ、起きてるぞ」
「あのね、ザフィーラ。前に話してた、えっと、野良犬のことなんだけど」
「なんのことだ」
「ほら。リーダー格っていうかとっても強い子がいるって。散歩の時に一回だけ見たことある」
「ああ、アイツのことか。それがどうかしたのか?」
「うん、実はね……」

 ここで今日あった事を大雑把に話しました。
それで、あの子にお礼が言いたいから何処に居るか心当たりがないかって。
ジーッと私の顔を見て、考え込んだ風に黙ったザフィーラは

「悪いが、あいつの居場所は分からん」
「あら、まあ」

 いともあっさり駄目だと言われて、がっかりするとか言うよりも腑抜けてしまった。
丸まった身体をのそのそとクッションから起こし、私の前でお座り。

「野良犬が溜まり場にしていそうな所というのはこの街に少ない」
「そうなんだ」
「真剣に探せば見つかるかもしれんが、そのつもりもないのでな」
「それもそうね」

 ここで、あの子と仲の良いお爺さんの話をしようかと思った。
不定期だけどあの家に出入りしているようだし、あの周辺を回ればなにか手がかりがあるかも。
でも。
何だか気が引けるわ。
誰にも分からないようにしてる場所を教えてくれた。その信頼を裏切っちゃ駄目よね。
この事は黙っておいて、今度の休みにでも一人で行きましょ。
……それまで場所、覚えていられるかしら。

「お前がそう言うなら、今度から気をつけておこう」
「お願いね、ザフィーラ」

 ザフィーラは前足をグーッと尻尾を上げて、身体を伸びしてる。
ふわぁ~っと大きな口を開けて欠伸をすると、またのそのそとクッションへ戻っていきました。
起きてたって言ってたけど、殆ど寝てたのかしら。悪いことしちゃったわね。

「そうだシャマル」
「はい?」
「これ。干してくれたのか」
「ええ、分かった?あと少しだけ綺麗にしておいたんだけど」
「ああ。済まない」

 感触を確かめるように前足で踏み踏みすると、私に背を向けて寝てしまいました。
満足してくれたみたいで良かったわ。
今度からは定期的に干してあげないとね。
そういえば、良い匂いのする消臭剤。使っても良いか聞くの忘れてた。
明日聞きましょ。
今週はずっと天気が良いって予報も言ってたし。

「あのね、ザフィーラ。前に話してた、えっと、野良犬のことなんだけど」
「なんのことだ」
「ほら。リーダー格っていうかとっても強い子がいるって。散歩の時に一回だけ見たことある」
「ああ、アイツのことか。それがどうかしたのか?」
「うん、実はね……」

 シャマルが言うには、アイツに道案内をされて主の届け物が出来たらしい。
その後、礼を言おうにも見当たらなかったので心当たりがないか。というものだった。
礼を言いたいというシャマルには悪いと思ったが率直に「分からん」と答えた。
一度だけ他の連中に居場所に心当たりがないか聞いたことがあるが、手がかりになりそうな情報すら知る者はいなかった。
あれだけ大きな犬だ。
普通なら人目について仕方ないはず。
それが周囲で噂になっていないところを見るに、相当上手く姿を消していると考えられる。
もしかすると、特定の居場所を持っているわけでなく、定期的に変えているのかもしれん。
しかし、この街に誰にも気づかれず姿を隠すような場所はないように思う。
空き地や裏路地などは他の野良犬が使っているからな。
その事も簡単に説明しておいた。

「お願いね、ザフィーラ」

 私の話を聞いた後、いくらか考え込むような仕草が見える。
何か知っているのか、思うところでもあったのだろう。
しかし言わないのであれば、こちらから聞くこともない。
取り合えず今日はもう寝てしまうことにした。
子犬フォームを体得してから自分の寝床となったクッションまで戻る。
前足を乗せたところで、ふと聞きそびれた事を思い出した。

「そうだシャマル」
「はい?」
「これ。干してくれたのか」
「ええ、分かった?あと少しだけ綺麗にしておいたんだけど」
「ああ。済まない」

 やけにフワフワと暖かな感触が戻っていたので、どうしたのかと思っていた。
やはりそうだったか。
足で踏むと肉球から伝わる感触もよくなっているのが分かる。
しっかりと礼を言えば良かったと思ったが、照れくさいと言えば良いのだろうか。
無愛想な言い方になったのを言い直すのも変に感じ、シャマルを見ないように背中を向けてしまった。

 

 

 家のものが全員寝静まったころ。草木も眠る丑三つ時というのだそうだ。
一人リビングで目を覚ます。
今日は深夜の見回りをするつもりはなかったが、シャマルの言う事が気になり何と無しに起きてしまった。

「ふぁ~、あぐぅ……さて。どうしてものか」

 見回りに行くとすればちょうど良い時間だ。
もう少しするとアイツ等の行動が始まる頃だからだ。
それなら誰か捉まるかもしれん。近しい仲間を捕まえれば有用な情報が手に入るかもしれん。
ちょうど良い。起きたついでだ。
シャマルの用事を片付ける事にしよう。
クッションからのそのそと身体を起こし、グーッと手足を伸ばす。
いや、足だけか。
今日は一日気候が良かったらしく、夜もそれほど冷えないかと思っていたがそうもいかないらしい。
何と言ったかな。放射、ほう、ほう……いかん、思い出せん。
とにかく昼間の暖かさは何処へやら。随分と冷え込んでいる。

「この分なら外を出歩かず寝床で大人しくしているかもしれんな」

 身体を伸ばした事で外気に体温が奪われていくよう。
こういう時、獣形態は便利だとつくづく思う。人型では服を着込まんといかんからな。
すっかり冷えてしまったフローリングの上を歩くには、音を立てないよう注意する必要がある。
犬は爪を仕舞えないので、どうしてもカチャカチャと音が鳴ってしまうからだ。
そこで腹をベタッと床につけ、ちょうどほふく前進をするようにニジニジ進む。
以前テレビで見たのだ。同じようにしている犬を。
皆の前でやったことはないが、中々これが有効な手段でな。
以来、こっそりと出かけるときはこうするようにしたのだ。
少し腹が冷えるのを我慢しながら玄関まで辿り着く。ここまで来れば安心だ。
後ろ足で立ち、玄関ドアを開ける。
少し背伸びをしなければならないのが難点だな。
外へ出て、静かにドアを閉める。
シャマルが作ったセキュリティーが働いているので鍵はかけなくて良いそうだ。
それでも少し心配でない訳はないが、何分この身体だ。鍵をかけることも出来ない。

「よし。では出かけるとするか」

 一応周囲に気を配り不振人物がいないか確認する。
夜の冷え切った、だが心地よい澄んだ空気を吸い込むと徐々に身体も慣れ、思考も冴えてくる。
ブルブルっと全身を震わせると、アイツを探しに街へ駆け出した。

 

 シャマルさん それから 2-2 >

 

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シャマルさん それから 1-4

「はやてちゃん、お湯加減は如何ですか?」
「うん、丁度エエよ」
「それなら良いんですけど。はぁ~、気持ち良い~」
「こうやってシャマルと一緒に入るんも久しぶりやね」
「そ~ですね~。足が治ってからは一人か、ヴィータちゃんと一緒でしたから」
「そんなら久しぶりに……そりゃ」
「きゃん!?はやてちゃん!?」
「うははー。シャマルのおっぱい枕久しぶりー」
「もう、するならすると言ってくださいよ~」
「あかんあかん。いきなりするから面白いんやし」
「そ、そういうものなんですか?」
「そうや~」

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シャマルさん それから 1-3

「はやてー。今日、すっげー豪華じゃねぇ?」
「そやろそやろ?」
 テーブルに乗り出すように聞いてくるヴィータに胸を張って答える。
「今日は何か良い事でもあったのですか?」
「うん、とっても」
 並べられた料理を見渡しながらシグナムが興味津々に質問するので、ニッコリ笑って答える。
「……えへ」
「な~?シャマル」
「「……???」」
 照れくさそうに笑うシャマルにウインク一つ。
ヴィータとシグナムの頭にたくさんクエスチョンマークが浮かんどるわ。ほっほっほ。
「まあ、はやてのギガウマな料理が食べれるんだからどうでも良っか」
「そうだな。冷めないうちに頂くとしよう」
「ほいじゃ、いただきます」
「「「いただきます」」」
「わん」
 テーブルの上に並んだいつもより1.2倍ぐらい豪華な夕食。
豪華さが1.2倍ってどう掛け算するねん、という無粋な突っ込みはなしや。
「なーなー。なんでシャマルだけ1皿多いのさ」
「それは私も気になっていました」
 目敏いヴィータ。さっそく気づいたようや。
いや、ホントならさっき見渡したときに気づいてくれても良かったんやけど。
シグナムは先に気づいてたけど黙ってたみたい。
それでもヴィータが聞くのなら私も。というところかな。
私は「オホン」と咳払いをして、二人に言い聞かせるように言った。
「シャマルは管理局の仕事のほかに、家事もしてくれるやろ?そんで。普段のお礼ってとこ」
「ふーん、そういうことか」
「なるほど」
「え、えへへ」
 二人もシャマルのことは分かっているので、あっさりと納得してくれた。
もちろん、今言った理由はウソじゃない。でも半分本当でもないけどね。
怪しまれないよう、二人にはこう説明すると打ち合わせ済み。
何時したかと言うと、みんなが着替えやらしとる間に夕飯作っとってね。
そんとき手伝ってくれるシャマルと念話で。

『シャマル?今日の夕飯のことなんやけどね』
『はい?』
『みんなには"普段のお礼やから"ってことにするから。それでエエね?』
『良いですけど。どうしてですか?』
『お礼の理由。みんなに言うてエエの?』
『私が体操着を届けたことですか?』
『うん、そや』
『それなら別に』
『普通に届けただけならヴィータが拗ねるかもしれへん。そしたら……』
『あ……っ』
『な?何を苦労したか。説明したら笑われてまうよ?』
『うぅ……ありがとうございます』

 と、まあこんな感じで。
シャマルはすっかり自分が大変な目にあったの忘れとったみたいで、ちょっと可笑しかったわ。
もうちょい気にしてると思ってたんやけどね。
そうやって打ち合わせ済みやって言うのに、なんや学校の先生にみんなの前で褒められて恥ずかしがるように俯いた。
可愛いなぁー。もっと胸張ったらエエのに。
「ほら、みんな。何しとるの」
「いやさ。シャマルのやつ、どんな味すんのかなーって」
「しょうのない子やね。シャマル、一口食べて感想教えたげて?」
「はーい。あ~む……んー!美味しい~」
「美味しい~、だけじゃ分かんねーって。まあイイや。それにしても良いなー、シャマルのやつ」
「そんならヴィータもお手伝いしたら一つ増やしてあげるよ?」
「う~ん……アタシはアイスがあれば良いや」
「もー。相変わらずやね」
 おかず一品とお手伝い。天秤にかけてアイスを選ぶとは。
なんや一つ、ヴィータをぎゃふんと言わせるおかずを作ってお手伝いを覚えさせんといかんね。
そんなヴィータの向かいでは、シグナムが黙々とご飯を口に運んどる。
う~ん。シグナムは多分あかんやろうな~。
真面目やし、変なところで融通利かんもん。
凝り性で「主。そこは○○でなければなりません」なーんて一々口挟まれたら敵わんもん。
毎日やることなんやから、手を抜くとこは抜かんと大変なんやよ。
それがシグナムやったら意地でも毎日やりそうやし。
そうなったら手伝ってもらうところが、逆に手間増えてまう。
「はやてちゃんも食べてくださいな。はい、これ」
「あ、ああ。ごめんな」
 考え事してたら、シャマルが一番遠い大鉢に盛った炒め物を小鉢に取ってくれた。
ホント、シャマルは気が利くエエ子やね。


「ヴィータ。お風呂どうする?」
「これ見てからー」
 ヴィータは夕飯が終わるや否や、さっそく先日録画したビデオを見始めた。
私は余り興味ないんやけど、ヴィータにしてみたら何か琴線に触れるもんがあったんやろうね。
一生懸命見とるわ。まあ、玩具買ってーと言わんかったらエエわ。
でも、ホントは欲しいのに我慢しとるんやったら、ちょい可哀想やな。
何かのご褒美やったらエエか。
「ほいじゃシャマル。お風呂入ろか」
「はい、はやてちゃん」
「えー、はやて入るのか?」
「ほれ。ヴィータは大人し見とったらエエよ」
「ちぇー」
 ふふふ。拗ねた拗ねた。
明日は一緒に入ろな?せやけど今日はシャマルに譲ったって。

 

 シャマルさん それから 1-4 >

 

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シャマルさん それから 1-2

「ふんふん。献立はこんなもんかな」
 着替えを済ませ、エプロン姿で台所に立つ。
買い物に行って材料の買い足しが必要かと思ったけど、その必要はなかったみたい。
冷蔵庫の中ってある時はあるもんやね。
逆にない時は調味料しかないみたいな酷い時もあるし。
偶然にもシャマルの好きな献立を用意できるのが残ってたとは。うーん驚きや。
きっとシャマルが今日頑張ってくれたからかな。
「さてと。まだシグナムから連絡あらへんし、取り掛かるのはもうちょい後でええね」
 大体準備が整った事をもう一度確認して、エプロンで軽く手を拭って台所を後にする。
スリッパをパタパタいわせてシャマルの様子を見に行くと、まだ気持ち良さそうに眠っていた。
朝私たちが出かける時間になっても帰ってきてなかった。
それから私が呼び出したのが12時前。
出かけてから直ぐに帰ってきてたとしても直ぐには寝られないだろうから、2時間ぐらい?
その上バスを乗り過ごし、学校まで走って私の体操着を届けてくれた。
相当お疲れさんや。
昨日からの仕事で散々疲れとったやろうに。
なんや悪いことしてまったな。
電話かけた時は、忘れた事で頭がいっぱいであんまそこまで考え及ばんかった。
それに私が「忘れ物したー」なんて言うたら、疲れてても断るわけ無いって分かってたやん。
ちゃんと確認せんかった私が悪いのに、シャマルの厚意にすっかり甘えてまって。
あかんなぁ。一家の主としてこんな事では。
反省反省。
「さてと。シャマル、ちょっとごめんよ~。起きんといてや~」
 今だどっかりと洗濯物の上に乗っているシャマルの足。
そこからゆっくりと洗濯物を引き抜いていく。
慎重にしたのが幸いしてシャマルは起きないまま、洗濯物は私の腕の中に納まった。
さてと。洗濯物畳もかね。
「……ふぅ。なんや久しぶりやわ」
 洗濯物を全部一人で畳むやなんて、えらい久しぶりで中々に時間がかかってしまった。
最近いうか一年ぐらいはシャマルがずっと手伝ってくれてるし、特に私が学校へ行くようになってからは余りやってへん。
そのお陰で随分鈍ってたみたいや。
「はぁ~あ。肩凝った」
 肩を上げ下げ、首を左右にコキコキ。
これってシグナムのおらんときにしか出来ん。
なんや「首は大切ですから、そのような事をなさらないで下さい」とか何とか。
まあ何やら身体に良さ気な感じはせんから私も気をつけるけど、凝りが解れるような気がしてこれが中々。
いや、ホントたまにだけやし。
「ふぅん。それにしても今日はみんな帰り遅いね」
 今日はとても暖かな日で12月であることをすっかり忘れてしまうほど。
それでも窓から見える空は、みるみるオレンジ色を帯びていく。
俗に言う「逢う魔時」という時間。こうなれば周囲が闇に染まっていくのはあっという間だ。
秋の日はつるべおとし、というけれど冬はどう言うんやろ。
冬のほうが暗なるの早いやんね。
ふーん、すずかちゃんにでも聞けばしてるやろか。
「ご飯の準備してまったで掃除するわけにもいかんし……ん?」
 毎日掃除してるわけやないから、こう、寝転んだりすると埃が目に付いたりするもんなんやけど。
見る範囲に埃は全然あらへん。
シャマルが掃除してくれたんやろか。
とてもそんな時間があったようには思えん。せやけど、掃除してあるのは事実や。
「シャマルぅ。ホントゴメンな。なんや迷惑かけっぱなしで」
 今だソファーの上で寝息を立てるシャマルに声をかける。
みんなが帰ってきて、ご飯食べる時に言うたら照れてしまうやろか。
そんなら二人っきりの方がええかな。
そういやお風呂で頭洗ったげようと思ってたんやから、そんときか。うん、改めてお礼させてな。
「あ~あ。みんな早帰ってこんかなー」

 

 シャマルさん それから 1-3 >

 

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シャマルさん それから 1-1

「ただいまー。あれ、シャマルおらへんの?」
 学校が終わった頃。アルフちゃんから連絡を受け取った私たちは、件の犬を探してみる事にした。
と言っても、小学生の私たちに出来る範囲なんて限られている。
幸いアリサちゃんとすずかちゃんに習い事などの用事がなかったので、時間的な余裕を持つ事は出来た。
もし迷子になっても、アリサちゃんの家の人に迎えに来てもらえれば大丈夫。
それも携帯電話のGPS機能なるもののお陰。
文明の利器ってのは凄いやね。
そうとは言っても当てもなく探し回るわけには行かない。
取り合えずシャマルの通ったルートを特定するべき、というアリサちゃんの意見を採用しさっそく電話。
けれど、肝心のシャマルに連絡が付かずに断念。
もう家に帰ったはずなんやけどーと言っていたら「まさか帰りのバス賃なかったとか?」なんて笑えない冗談を言う。
すかさずフェイトちゃんが「アルフが送っていったんだからそれはないよ!」と反論。
珍しく妙に力が篭っていたものだから面を喰らってしまった。
フェイトちゃんにしてみたら、アルフちゃんが馬鹿にされたと思ったのだろうか。
家族の名誉はキチンと守る。
そりゃちょっと過敏かな、とも思ったけどそれだけ大切な家族やってことの裏返しやろうし。
私やアリサちゃん、すずかちゃんになのはちゃんだって同じことするやろうしね。
ちょっぴり頬を赤くして反論するフェイトちゃんが可愛らしーわ~思ってたら、なのはちゃんも同じやったようで。
飛び掛りたそうに、手がうずうずしとったのはまた別の話な。
携帯の地図サービスを利用しながら、犬のいそうな空き地や裏道を探す。
ここでもアリサちゃんが大活躍や。
犬をようさん飼ってるアリサちゃんやから、その辺犬の習性とか詳しいんやろうね。
ぐるぐる歩いて回っては、アリサちゃんの講釈を4人でうんうん聞いとったわけや。
そうやって一通り見て回ったけど、私たちでは何も手がかりになりそうなものを見つけることは出来なかった。
アルフちゃんでも無理やったんやから、当然と言えば当然やったんやけど。
アリサちゃんは随分楽しんどったみたいやけどね。お手軽な探偵ごっこみたいなもんかな。
決してふざけていい加減やったわけやないよ。
最初の取っ掛かりがそうやっただけでね。
いざ、やるとなれば真剣そのもの。
何事にも全力全開ななのはちゃんとエエお友達になるのは必然なんかな。
それで終始横でニコニコ笑っとるんは、すずかちゃんや。
この4人の中では一番最初に仲ようなった子。
大人しくて意見を主張したりせえへん、一番大人なんはすずかちゃんやろうね。
前にも思ったことあるけど、すずかちゃんやったら全部笑って受け入れてくれそうや。
だから、アリサちゃんもあんな無茶したり出来るんやろうね。
最後にはすずかちゃんが受け入れてくれるって、絶対の信頼があるからや。
まあ、そんな色々人間模様が見れた探索は成果がないままお開き。
適当なところで待ち合わせをして迎えに来てもらい、各自の家まで送ってもらった。
帰りの車の中でも、アリサちゃんはずっと明日の計画について話とったわ。
こりゃ早うアルフちゃんかザフィーラに見つけて貰わんと、私らが大変な目に遭いそやね。
そんなこんなで普段より随分遅い帰宅になってしまった。
普段ヴィータに、寄り道はいかんよーなんて言うてるけど言えへんようになってまうね。
せやけど今日は堪忍な。
「靴がある言うことは……どこか出かけた風でもなさそう」
 靴片付けるんは後にしてー、まずシャマルを探さんと。
なんや今日は探してばっかや。
今度の探しもんは、すぐに見つかりそうやけど。
「シャマルー?どこに……おや」
 探し物は本当に直ぐに見つかった。
ソファーに横たわり、それはそれは気持ち良さそうに寝息を立てていた。
寝息いうか、半分イビキかいとる。
こりゃ相当お疲れのようやね。ついでに姿勢も悪いし。
その姿勢と言えば。足元に積まれた洗濯物に思いっきり、なんや所々汚れたパンツスーツの足を乗せて。
確か山ん中入った言うてたから……どうやろ。あれは幾つか洗濯し直さんといかんかな。
たぶん、家を出てくるときに取り入れてくれたんやろうけど、うーん。
これやったら干したままでも良かったかな。
まあ、当の本人もそんなつもりやなかったやろうし、注意したら可哀想か。
シャマルを起こさぬよう、忍び足でソファーの横を抜けていくと、足元に見慣れぬ布の山が。
「これ……あ~、カーテンか」
 よく見れば冬用のカーテン生地だった。
若しかしてこれも干しといてくれたんかな?
手を当ててみれば、ふっくらフカフカ。ほんのり温かい。
窓辺には布団干しが見える。
「そっか。寒くなる前に出しといてくれたんやね。ありがと、シャマル」
 ソファーの背にかけてあるジャケットを上に掛け、エアコンのスイッチを入れる。
本当なら部屋まで運んであげたいところだけど、流石に一人じゃ無理。
せめて風邪をひかぬ様にしてあげたい。
「なんやよう見ると頭もぐしゃぐしゃやし、埃汚れが酷いやね。今日は私が洗ってあげよかな。シャマルの頭」
 額にかかった前髪を、そっと上げようとしても絡み合って上手くいかない。
まずは綺麗にブラシを入れて、洗ったあとはよーくトリートメントしてあげんといかんね。
「その前に今日はシャマルの好きなご馳走用意せんとね。よーし!腕が鳴るわ!」
 ぐっと拳を固め、まずは着替えの為にその場を後にしました。

 

 シャマルさん それから 1-2 >

 

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