2008年7月17日 (木)
2008年7月14日 (月)
新婚なの! 10-23
「なんか元気ないね」
大きく唸りを上げながら、定刻より少し遅れて到着したバス。
こんなところからも、自分は今、故郷に帰ってきたんだなぁと思わせてくれます。
静かに、定刻どおりにやってくる公共交通機関。
日本のそれは、大概時間に正確ですが、色々と技術の進んだミッドでは、もう一つ正確なのです。
そんな、少し遅れたバスに乗り込んだ二人。
顔をむっと撫ぜる熱気に、思わず声が漏れてしまいます。
今日は、この時期にしてはいくらか温かいというのに、バスの中は充分すぎるほどに暖房が効いていました。
日差しと反対側の、陰になっている席を取ろうかと思いましたが、もう一度親友の顔を見たいと思い、なのはは、あえて日の差すほうを選びました。
そこで、手を取っていたお嫁さんのことを思い出します。
嫌じゃないかしら、と思い尋ねてみれば、別に、とだけ。
素っ気無いのはいつもの通りだとしても……
引っかかりは、やはりという思いでしたが、ここは自分を気遣ってくれたのを無下にしないよう、なのはは素直に好意を受け取ることに。
ガラス越しに受ける日差しは、こちらへ来た時よりも幾分か弱くなっているみたい。
単に位置的な問題なのか、主観なのか、それは分かりません。
そうする内に、車内にアナウンスが流れ、バスは一度、大きく身体を揺らしては、ゆっくりと進み始めました。
「私、こっち側で良いよね?」
尋ねる声に、またも素っ気無く答えるヴィータ。
というのも、尋ねる前になのはは窓側にいましたし、ヴィータは既に腰を下ろしていて、尋ねるまでもないだろ、と言うことだったかもしれません。
足を投げ出し――深く座ると、足が床に着きません――、ぐったりするように背中を預けているヴィータ。
ひどく疲れたように見えます。
自分たちだけで盛り上がってしまったし、気疲れしてしまったのかもしれません。
その、気疲れというのがどういう意味でのモノなのか、考えなくてはならなくて、必要ならば、ちゃんと確かめなくちゃ――
今のヴィータの様子だけではなくて、その前からの違和感の正体。
なのはが、それらを考えようとしたところで、バスの前方に、バニングス邸の大きな門構えを見ることが出来ました。
窓側に身体を寄せ、ぐっと顔をせり出します。
アリサちゃんとすずかちゃん、まだ居てくれるかな――
なのはの、そんな想いとは裏腹に、既に表門には二人の姿は見えず、僅かばかりに気を落とすことに。
やっぱり不義理が過ぎたかなぁ、などと冗談めかせば、ヴィータも同じように窓の向こう――反対側ですが――へ視線を投げ、物思いにふけっているようです。
こう言うときは先制攻撃。
敢えて、ヴィータちゃん元気がないね、と聞いてしまえば、当然のように――しかも素っ気無く――いつも通りだ、と答えます。
そう言ってくれるなら大丈夫だ、と思う反面。
憂いとは違う、悲しみともいえる光を湛えた、その青い大きな瞳。
今にも溜息を吐きそうに開かれた、小さな口。
なんの意思も感じられない、手。
一度中断されてしまった、違和感の正体を探るべき思いが、ふと蘇り、その感覚にある程度の確信を得るのです。
今確かめようか、それとも――
自分に気付いていないだろう、彼女の視線に、なのはは幾らか悩むのでしたが。
「そっかな。いつもはもっとぷりぷり怒ってる感じだ――いたたっ」
「怒らせてるのは誰だよ。アタシだって怒りたくって怒ってるわけじゃないんだぞ」
「んもー。ぷりぷり、ってところが可愛いのに……」
大げさに頬をさすってジットリ目を装えば、お返しとばかりに、いーっ!としてそっぽを向いてしまいます。
そんな顔も可愛いんだよ~?なんていって、次の反応を引き出そうとしますが、そっぽを向いたままの顔は、なのはを向くことはありません。
怒っているより、笑ってくれる方が嬉しいのは当たり前ですが、落ち込んでいるよりは、怒っている方がマシです。
落ち込んで、内へ内へと向いてしまうのは良くない傾向です。
どこまでも落ち込んでいってしまうから。際限なく、内へ内へ。下へ下へ……
そうやって落ち込んだ心は、いつしか身体をも引っ張って落ちていってしまいます。
そんな心に引っ張られた身体は、少しずつ蝕まれ、気付いた頃には、取り返しのつかないことに。
ならば、となのはは思ったのです。
かつての自分が同じであったから。
そうする自分に、ヴィータはいつものように怒ってみせます。
怒っているのは、少なくとも、外へ関心が向いているから。
だから、安心したのです。
鬱屈を溜め込むことなく、外へ向けることで、それに身体が蝕まれてしまうことを防ぐことが出来るから。
今のヴィータが、それほど重症ではないだろうけれど、それは他人からは気付きにくいもの。
いくら夫婦だといっても、結局は、どこまでも二人は別の人間なのですから。
若しかして、と思うならば、行動に移すべき。
間違っていても、それが杞憂ならば問題はないのです。
それを恐れて、取り返しのつかないことになるぐらいなら、比べることすらないほどに。
そうやって、なのははヴィータが怒るという反応を見せてくれたことに、少しだけ安心するのでした。
「もう。ヴィータちゃんったら~」
人気のないバス。
心地よささえ感じる、エンジンの振動。
足元のヒーターが吐く熱い風に、窓からの温い日差しが思考を鈍化させます。
ヴィータちゃんとお喋りしたいなぁ。
それは、純粋な欲求と懸念。
けれど、落ち込むその理由と、そこから立ち直らせることへの突破口が見つからないまま、微温湯のような空気に委ねてしまうのでした。
2008年7月12日 (土)
新婚なの! 10-22
少し早めのお昼ご飯も終わって、珈琲タイム。
積もる話もあったわけでしたが、いかんせん時間が圧倒的に足りません。
三人は――ヴィータは様々な理由で余り参加しません――、そんな残りの時間を惜しむように、話に華を咲かせるのでした。
その場において、先ほどの"空気の悪さ"の原因を知らない、なのは。
一人、いつもの調子を崩さなかったわけですが、果たしてそれは、知らぬが故の当然の態度であるのか、それとも。
それは、本人にしか分からぬことで、ここ数年寝起きを共にしているヴィータが本来の調子であれば、本当のところが分かってかもしれませんが。
多くの場合において、なのはの態度は前者であるとみて間違いないでしょう。
ですから、アリサとすずかも、特に詮索することもなく、この残り少ない時間を楽しむことに決めたようです。
この、不義理な親友が、またいつ自分たちの前に姿を現すか分からないのですから。
「ごめんね、次の予定もあるから」
「ううん。少しでも久しぶりに電話越しじゃない声が聞けて嬉しかったよ」
「こ、今度からはもう少し顔を出すようにします」
食後のコーヒータイムも終わり、二人を見送る為にアリサとすずかも正門まで足を伸ばします。
一度は言いましたが、再度断るなのはに、すずかは初めて、皮肉に類する棘を忍ばせたのです。
油断していた――なのはは、そう言わんばかりに苦笑いをしては、素直にしゅんと、反省するのでした。
アリサと違って、こういう場面において、すずかに敵うわけがないからです。
「良かったら車出すわよ? こっからじゃ不便でしょ」
「そこまで甘えるわけにはいかないよ。じゃあ、バスの時間見てくるね」
アリサの有難い申し出を丁寧に断り、バニングス邸の正面を構える門構えを抜けて、少し離れたバス停へ駆けていくなのは。
ヴィータをその場に置いて行くのに、意味はないでしょう。
生返事をするヴィータ。
徐々に小さくなる背中に、何故か自分もついて行くとの言葉を継ぐことが出来ませんでした。
それは、自分の隣に立ったアリサの、無言の訴えがあったからかもしれません。
それが気になって、生返事にもなってしまったのです。
ただ、アリサは無言なのですし、雰囲気がそうだと言っても、これが勘違いである可能性は充分にあります。
勘違いならそれで構いませんし、もし、自分の直感が正しいのであれば、伴侶の親友のそれを聴かなければなりません。
まだその親友は、何か言いたい雰囲気を、珈琲を飲んでいるときから纏い続けていたように感じたからです。
完全になのはの気配を感じなくなった頃。
それは、隣に立つアリサも同じだったのでしょう。
それを合図にするかのように、アリサが独り言のように、切り出しました。
「……ヴィータ」
「はい」
日が昇りきり、後は下っていくだけの昼下がり。
身を包む空気は充分に温まりきり、すでにピークは過ぎた頃でしょう。
そのお陰で、薄い上着を羽織るだけでも充分な、冬を前にした時期とは思えない温かさ。
そんな温む空気が、さあっと動いては二人の頬を、そっと撫ぜていきます。
まるで、ささくれ立つ心を宥めるように。
そっと髪を抱えるすずかとは対照的に、風の撫ぜるままに任せるアリサ。
身長の違うヴィータには、当然に、その二人の姿を見ることは出来ませんでした。
「私は――なのはがあんなだから正直、フェイトじゃなくて良かったと思ってるわ」
「は、はい」
先ほどとは違うことを口にする。
けれど、そこには揶揄も恨みもなく、その言葉通りの意味で捉えてよいようです。
しかし、聡明なアリサのことです。
そこには自分では分からない何かが潜ませてあるのかもしれません。
ヴィータは、話を先へ進ませるためだけの、なんの意味のない返事をするだけしか出来ませんでした。
それに構うことなく、アリサは続けます。
「だから。人任せってのは基本的にイヤなの。でも、仕方ない――ああ、この言い方もイヤだわ、ホント」
「……」
本当に嫌だということが分かる。
舌打ちをしんばかりに吐き捨てるそれは、自分自身に向けられたもので、ヴィータは遠慮することはないのですけど。
アリサの、自身に向けられた嫌悪感とでもいうべきものは、あふれだし、ヴィータの皮膚をピリピリと敏感にさせるのに充分なほどでした。
それほどの嫌悪感。
それでもアリサは続けます。
「今、なのはの隣にいる人に任せるしかないじゃない。フェイトも……あたしも、違うんだから。だから――」
「…………」
「――なのはのこと、頼んだわよ」
無感情な、抑揚のない声。
けれど、触れる空気すら痛いほど敏感になったヴィータには、その裏にひそむ意味をある程度ですが、掴むことが出来ました。
悔しい。
心配。
気がかり――それと……
言葉に、既存の言葉で言い表してしまうと、陳腐にさえ感じられる。
言い表せない、もやもやとグラデーションのように境目のハッキリしない、それ。
正直に、赴くままに露わにしてしまうのを躊躇った理由は分かりません。
ですが、アリサが現にそうしたのは事実なのです。
胸に抱える想いを押し止めた結果が、紡がれる言葉をそうした。それだけです。
「あの子。昔っから突っ走る傾向があるし、向こう見ずっていうか。よく言えば一途なんだけど」
「分かります、それ」
呆れるように。
けれどしっかりと、愛情を滲ませる。
遠くに投げかけられるように。
「だから。フェイトみたいに遠慮するんじゃなくて、ヴィータみたいにはっきりモノの言えるこの方が良いわけよ。
まあ、あの子は人を見る目があったわね。友達選びから――伴侶選びまで。自分に必要な人が分かってるんだから」
「それって自分のこと?」
笑いながら、からかうようなすずか。
くすくすと、隠す様子もないそれは、久しぶりに感じた笑みのようにヴィータには思えます。
話の腰を――それも嫌な形で――折られたアリサは、おほん、と咳払い。
「茶化さないの。ま、そういうこと。"あたしが"、頼んだから」
それまでにない、強い意志を感じます。
特別な力などない、魔法も使えないと言うのに。
そこには抗えないと思わせる、強く、胸を叩くような衝撃をヴィータは受けるのです。
"頼まれた"という事実。
そこに込められた、親友である彼女の想い。
その言葉を何度も反芻しては、しっかりと胸の中に染み込んで行くのを感じるのでした。
そんな二人の間を、温かな風が吹き抜け、身を纏っていた空気が、それに溶け込んでどこまでも広がっていくようです。
段々と近づいてくるなのはに、その想いが知られてしまうんじゃないかしら、と意味もない心配をして。
ただ。その風に身を任せるのでした。
「ふぅ、ただいま。バスの時間ね、今から丁度来るみたいだよ?」
「だったら向こうからヴィータを呼べば良いじゃない。二度手間でしょ?」
アリサの指摘に、あっ、そうか、という顔を一瞬作りながらも、すぐにかぶりを振るなのは。
「アリサちゃんとすずかちゃんにちゃんと挨拶しなきゃって思い出したから」
「ふうん。普段の不義理をする様子からは、考えられないような心掛けね。結構よ。これからもそれを忘れないように。分かった?」
「は~い、分かりました」
まるで先生のように偉ぶるアリサに、それこそ叱られた生徒のように、余り反省の色を見せないなのは。
それでも、ヴィータから「今度からアタシが言ったときにちゃんとするんだぞ」なんて、すかさずアリサへの援護射撃。
流石のなのはも、これでは形無しです。
どうにかこの場を切り抜けようと考えたのか、ぽんと手を打ちました。
「じゃ、じゃあ。バスに遅れちゃうといけないから。アリサちゃん、すずかちゃん。またね。近いうちにきっと遊びに来るから」
「精々期待しないで待ってるわ。んじゃ、身体に気をつけて」
「またね、なのはちゃん。フェイトちゃんとはやてちゃんにも宜しく伝えておいて」
「は~い。それじゃヴィータちゃん、行こう?」
話を引き摺られないよう、ヴィータの手を取るなのは。
強引に引っ張ろうとしますが、まだ自分は言いたい事があるのだと、その場に踏みとどまります。
「あ、あの……また近いうちになのはを連れてきます」
「ええ。待ってるわ」
「ヴィータちゃんも。ああ、そうだ。鍵、持って行ってね」
「はい、ありがとうございます」
親友との別れは名残惜しいはずですのに、叱られてばかりのなのはは、逃げるようにヴィータの手を牽いて走り出します。
まだ何か言いたいことが――
何か、なのはに直接あったんじゃないか、とアリサの視線を感じていたヴィータですが、それを聞き出す勇気も器量もありません。
苦々しく思いながら、それに代えて"また連れてきます"とだけ。
伝わっただろうか、と思いながら、しっかりと握るなのはの手に、黙って引っ張られていくのでした。
「嵐が過ぎ去ったみたい――かな?」
「全く。もう少し余裕を持って来なさいよ。普通もっとゆっくりしていくもんでしょ?」
聞くべき人間のいない言葉。
悪態を吐いたとしても、それは意味を成さないのかもしれません。
そうだとしても、アリサは言わずにはおれず、すずかは、親友の気質を踏まえて応えます。
「う~ん、そうだね。ちょっと残念だったかも」
「そうやって甘やかすから駄目なのよ」
走り行く二人の背中を見守る二人。
その影は、段々と小さくなっていきます。
昔は運動音痴で、それほど足の速くなかった子なのに、いつの間にそうなっちゃったのかしら。
管理局での訓練でそれが変わったというなら――
その当時から、自分と彼女の距離は少しずつ開いていたんだ、と認めたくない現実が、アリサの胸に悲しさをもって去来します。
「……ねぇ、アリサちゃん」
「……言いたいことは分かるわよ」
これだけ付き合いが長ければ、言わずとも伝わることもあります。
しかも、人の想いに敏感になった――自分がぶつけてばかりだった反動か――アリサには、いつも以上にはっきりと分かるのです。
「類は友を呼ぶ、かな。私たち、そうかもしれないね」
「さあね。……ん。風、出てきたみたいだし、中に入りましょ」
温い風は体温を奪うこともなく、ただゆっくりと髪や頬を撫ぜていくだけです。
それでもアリサは、それをこの場から立ち去る理由にしましたし、それを分かって、すずかは従います。
踵を返し、背を向けるアリサの胸には一つの想いが。
そればかりは、すずかにも伝わることなく。
少しずつ――日は西に向かって傾いていくのでした。
2008年7月10日 (木)
新婚なの! 10-21
「ふうん。満更的外れって感じでもなさそうね」
黙りこくったままのヴィータを視界の端に捉えて。
魔法を使える、という立場上、その少女は、自分よりもフェイトと仲のいいはずの子。
自分が知る限りと、すずかやはやての話からして、情の厚そうな子みたい。
そんな少女が、ここまで友人――なのはを仲介しての、若しくは当人同士が。それは分かりませんが――を否定されて黙っているかしら。
最後に念を押すように、挑発の意を込めた言葉にも、反応する様子を見せない。
それは身の振り方を考えているのか、それとも、本当に自分の言葉が的を得ていたのか――
今、自分がしていることは、八つ当たりに近い――いえ、八つ当たり以外の何ものでもなく――ことであると分かっていながら。
それに反論されないからといって、更に苛立ちを募らせるなんて。
なんて勝手なのかしら――舌打ちするのは、自分に対してする他なく。
けれどそれは、長くポニーテールを垂らした少女には伝わっていないことも、充分に分かりながら。
「あの子のことだから、なんて言ったかなんて、大体想像つくわよ?
その人が幸せなら、それで良いとか。自分よりその人の幸せが大切とか。……どうせ、そんな奇麗ごと並べたんでしょ?
くだらない……くだらないわ。そんなの逃げ以外の何ものでもないわ。
自分があなたを幸せにして見せるとか。あの人より自分が優れているとか……それぐらいの傲慢さがあって然るべきよ。
何が怖いのか知らないけど、敵前逃亡じゃないの? 戦いもせず、結果すら見ないようにするなんて……逃げてるようにしか見えないわ。
それを、相手の為だなんて言い訳して――これだけ友達やってるけど、何考えてるのかさっぱり分からないわ。ううん、分かりたくもないわね」
アリサには分かっていました。
感情を抑えながらであっても、胸の内にくすぶる想いは隠し切ることが出来ない。
重々しく吐き出される声に乗せられたそれは、表面的な部分だけであり、相手に対して大きな誤解を呼ぶであろうことが。
それだけでも、視界の端に捉える少女は、なぜこの場でこんな話をするのか、混乱しているはず。
それもそのはず。
いま自分が口にしていることは、別にこの場で言う必要のないことばかり。
そんなこと、フェイトに面と向かって言えば良いのだから。
ヴィータの正直な感想としては、私に言ってどうするんだ――というところではないでしょうか。
そう考えたとして、誰が彼女を責めるというのか。
寧ろ、それは正論だ。
そうだと分かっていて――
こんなことを、腹の底に渦巻くモノを吐き出すように、誰かにぶつけるように。
抑えきれない感情があふれ出して。
なのはが"フェイト以外と"結婚したと聞いた時点で、勝手な、妄想とでも言うべきものが頭を駆け巡って。
ここで、当事者であるヴィータが反論の一つでもしてくれたなら、多少は納まっただろうに。
何も言わず、黙っているその様子に、やはり自分の考えは正しいんじゃないか、と保身を促す声が聞こえてくる。
しかも「言いたくないなら」なんて、言い訳をして。
それは、紛れもない自分自身への逃げ道。それを用意して聞き出して。
ヴィータを目の前にして言うべきでなくて。
自分がいかに卑怯なことをしているか、下劣な人間であるか分かっていましたが、それでも――我慢できなかったのです。
そして。
そんなことになってしまうだろう、予感がなかったわけではないと言うのに。
それでも止めることの出来なかった"予想通り"の自分に、更に腹が立つのでした。
「大体、昔から――」
「アリサちゃん。もう、良いでしょ?」
「なっ…………わ、分かってるわよ、そんな、こと」
すずかは、心のどこかで勝気な親友が、踏みとどまる事を期待していました。
ならば、そうでなかったと分かった時点ですることがあったはずなのに――それでも止められなかった自分。
止める者がいなかったために、吐き出すそれを止める術がなく、珍しい自己嫌悪に陥ったアリサ。
そのことによって、傷つくヴィータ。
出来ることならこの事態を上手く回避したかった。
円満に、両者を傷つけることなく、久しぶりの里帰りを終わらせたかった。
けれど、親友が"何故それを言わずしていられなかったのか"――それが理解できてしまったから。
だからせめて。
両方の傷が深まらないうちに、親友を止めるのがせめての務めだと。
それが、自分だけが傷つかない立場に居続ける、卑怯な行いだと分かっていても。
「あ、あのね、ヴィータちゃん」
「分かってます。アリサさんはそういう人じゃないって……それが。それが――フェイトのことを考えているって」
「――くっ!」
燻っていた感情は発散するどころか、逆に勢いが増したように腹の底をぐるぐると駆け巡っている。
それでも、すずかの視線が、ヴィータの態度が、そして僅かばかりに残った理性が、済んでのところでそれが爆発するのを抑えてくれた。
背もたれは未だに不安の、自分の心情を表すような音を立て続けています。
このまま続けては、終いに壊れてしまうのではないか、と言うほどに。
しかし、寸でのところで自分は踏みとどまる事ができた。
その最大の功労者は誰であるか――少なくとも、自分ではない――分かりはしないけれど。
そして抑えの利いているうちに――何とか言葉を続けるのでした。
「ホント……離れてて助かったわ。こんなの目の前でやられちゃ堪らないもの――」
自分で聞き出して、感情をぶちまけて、勝手に納得して――最低だと思った。
でも、そうでもしなければ、自分がどうなってしまうか分からなかった。
何故、ここまで苛立ちを募らせたのだろう。
裏切られたとでも思ったのかしら。
誰が、誰を?
それとも、あれだけなのはと仲の良かったフェイトが、自分のいたかったはずの場所にいた子が、あっさりとその場を譲ってしまったことに対する怒りかしら。
ならば、このフェイトに対する憤りとでも言うべき感情は正しい?
それとも、自分のなれなかったモノに、余り親しくもない子が、ちゃっかり居座っていることかしら。
だったら、ヴィータに意地悪なこの態度は仕方がない?
それとも――周囲をこんな状況に陥れた親友への憤りかしら。
ならば、やはり裏切り――?
そこまで考えて、これは違う。そう思った。
何か分からない。
明確に、これだ、と言い切れるものがない。
それなのに、否定したはずの、なのはの裏切りとでも言うべき認識が、現時点で一番しっくりくるものでした。
なのはの何が。
行動なのか、態度なのか。
ともかく、なのは自身にまつわる何かが、自分をココまで苛立たせている。
それが――やはり、現時点において、一番納得させられる。
渦巻く感情に流されて、自分自身を客観的に判断できているのか、甚だ疑問ではあったけれど。
「アリサちゃんは……なのはちゃんとフェイトちゃんの友達だから。だから――」
「……はい」
「分かってくれるなら――私はそれで」
ホッと、すずかが――それでも、安心しきったわけでなく――息を吐く。
それを聞いて、アリサは掴む手に更に力を込めます。
ある意味屈辱的でした。
自分の発言には責任を持たなければいけないというのに、それを放棄して、予ての親友にそれをフォローさせるなんて。
そんなこと、して欲しくもないし、させたくもなかった。
自分の真意が伝わらないのは、それこそ自分の責任なのだ。
それを、相手のせいにしたり、まして、周りにフォローさせるなど、問題外だ。
それでも――そう思っているにも拘らず。
そうであるはずであるのに――すずかのフォローは有難いものでした。
決して、自分の意図するところを補完してくれたことではなく……間を持たしてくれた、ただそのことに対してだけ。
その間に、くらだなくとも、考える時間を持つことが出来た。
今だ結論は出ず、意味のない浪費に成り下がってはいるけれども。
見栄を張っているのは分かっています。
傲慢にも、自分の言葉で傷ついたであろう、少女のことに気付かない振りをすることが、どれだけ酷いことかも。
分かっていながら。
そんな詰まらない意地を張るのも――そのせいで、募る嫌悪感が更に増すことになっているとしても。
今更引き返せない。
今の自分に、素直に過ちを認めて、真摯に胸の内を明かし、謝罪することなど出来なかった。
粗末なプライド。僅かばかりに残ったそれが、保身に走らせます。
どうして自分は、これほどに詰まらない人間に成り下がってしまったのか。
ただ、考える時間が欲しかった。
それが一体なにであるのか。
答えを導き出すには、もう少し時間が必要で。
だから。
この先もう無いであろう。あって欲しくない、受け入れざるを得ない好意に黙って甘えるのでした。
「…………」
「少し遅いね、なのはちゃん」
努めて平静を、いつも通りの雰囲気を保つすずか。
膨れ上がる嫌悪感に、心が焼け付きそうになっているアリサ。
何を想っているのか、膝の上で固めた拳を凝視するヴィータ。
三人に共通する想いは、この場にいない、話題の中心人物に対するものでした。
「遅くなってごめん。やっぱり言われたとおりちょっと迷っちゃっ――あれ?」
さほど時間も経たず、大きなドアが開かれ、ひょっこり顔を覗かせたのは、なのはでした。
安堵と、僅かばかりの緊張が周囲を満たします。
それに気付いたのでしょうか。
きょとん、とした顔で辺りを見渡すなのは。
しかし、その疑問とでも言うべき考えを長引かせないよう、アリサが二の一番に口を開きます。
「なぁに? 管理局ってのは私の家より狭いのかしら?」
全く変わらぬ様子で、揶揄するような響きを口に乗せる。
多少、大仰ではあったけれど、普段と変わらぬアリサがそこにいました。
しかし、そんなアリサの様子など構うことなく、なのははその疑問に正直に従っているようです。
一瞬。ヒヤリとする空気が三人を包みますが、それを断ち切るように、すずかが口を開きました。
「どうかした? なのはちゃん」
「う、ううん。何だかちょっと――空気が悪いかなぁって。アハハハ」
「そう? 換気するかしらね。ちょっと寒いけど我慢なさい」
何かしら、気を使ったかのように思えたなのはでしたが……本当のところは本人にしか分かりません。
それもアリサが触れず、さっさと窓辺に向かってしまいます。
ソファーに腰掛けたまま、すずかはニコニコとしています。
全く分からぬ様子を演じる二人に、呆気にとられているらしいヴィータの頬は、緊張からか引きつっています。
「あ、ヴィータちゃんどうしたの? 顔色悪いよ?」
「そ、そうか?」
「うん。あ、若しかして……ご飯食べ過ぎちゃったとか? んも~、幾ら美味しかったってそれは駄目だよ~」
アリサが離れると同時に、ヴィータの隣に腰を下ろすなのは。
目敏く――お嫁さんの体調なのですから、当然でしょうが――その変化に気付いたらしく、心配そうに、その顔を覗きこみます。
思わず、どもるヴィータ。
傍目にも嘘を吐くのが下手そうなヴィータが上手くやり過ごせるか。
その場にいたすずかは心配でしたが、のんびした親友の反応に、とりあえず胸を撫で下ろすのです。
「―――あ、アホか。アタシそんな食べてなかったろ」
上手く誤魔化せたらしいことに安心したのは、ヴィータも同様だったようで、一瞬、上手く言葉を繋げなかったようでした。
「食べてたよー。ねぇ、すずかちゃん」
「う~ん、どうだったかなぁ。お話しするので一生懸命で」
「ああ、まだ勝ち誇るのは早いよ? アリサちゃんに聞いてみてからじゃないと。ねぇ、アリサちゃん」
なのはの欲しい答えを用意できるすずかでしたが、敢えてここは知らぬ振りをすることにします。
知られるわけにいかない彼女の興味が逸れることは好都合でしたから。
惚けてみせて、そちらに興味を牽き付けて、当初抱いた疑問からは、どんどん遠ざけるように。
それには、彼女のお嫁さんの反応も重要でしたが、一度安心したためか、緊張の面持ちは幾らか和らぎ、なのはの態度に合わせています。
そんなすずかの思惑通り、なのははこの話題に食いつき、今度は換気から戻ってきたアリサへと、話は転がっていくのでした。
「は? 一人ずつのコースなんだから全部片付きゃ食べた量は同じでしょ? なにボケたこと言ってんのよ……」
「あ、そっか。えへへ、ゴメンねヴィータちゃん。疑ったりして」
はぁ、とワザとらしく溜息など吐いたアリサでしたが、なのははさして気を悪くしたようではありません。
悪気がなかったことをアピールするためか、照れ笑いを浮かべ、隣に座るお嫁さんの小さな手に、自分のそれを重ねます。
膝の上で固めたままになっていた、手。
もしやバレるのではないかと思ったのか、ヴィータは、ハッと顔を上げますが、そこには、にっこり微笑む伴侶の顔があるだけ。
大丈夫だ――
一瞬、ヴィータが浮かべた表情の意味を、その場にいた、なのは以外の二人だけが、理解するのです。
「別に……そんくらいで怒ったりしねーよ」
「じゃあ、今度からも優しくしてね。お願~い」
なのはが感じていたかもしれない違和感は、すでに霧散したようで、今は当事者の胸の内に微かに燻るだけ。
"なのはの為に"。
この場の誰もが、それを胸に行動していたこと。
知らぬは本人ばかりなのですが、それは願ったことであり、上手くいった証拠に他なりません。
「お嬢様。遅くなりまして申し訳御座いません」
「ううん、"ちょうど良いタイミングよ"。なのはも帰ってきたところだし」
「それでは皆様方、こちらへどうぞ」
本当に見計らったように――主人の娘の意図を正確に理解して――部屋に入ってきた鮫島に促され、再度テーブルに着くのでした。
2008年7月 8日 (火)
新婚なの! 10-20
「あ、ちょっと失礼するね」
「ちゃんと覚えてる? 恥かしがらずに聞くのよ?」
「もう、流石にそれはないよ~」
なのはが大きな五人掛けのソファーから腰を上げると、アリサは心配などを口にするのですが、それが冗談であることは明らかでした。
むっと頬を膨らませる仕草が、少し幼く見せ、更にアリサの笑いを誘うことになるのです。
「あんなお茶を飲みからかしゃ当然だ」
ヴィータの指摘も当然でした。
質問攻めとまではいきませんが、それに準ずる攻勢に、一人喋り続け、何度かお茶のお代わりをしています。
また、食事の時も同様で、多少飲みすぎではないか?と思われたぐらいです。
そんな指摘に、なのはは照れたように、頬を赤らめては、背丈より幾らか大きい、立派な作りの扉を開けます。
恥ずかしげに、小さく手を振っては、ゆっくりと扉を閉じると、防音がしっかりしている為か、足音が遠ざかっていくのは、確認できませんでした。
なのはがいなくなった途端、しんと静まり返る部屋。
先ほどと同じ部屋とは思えないほどに、そこは静まり返っていました。
これも、当然と言えば、当然かもしれません。
残された三人のうち、ヴィータとすずかは別として、"三人"という括りにおいては、さほど接点を持たないからです。
この静けさに、気まずい空気にも似たものが漂い始めた頃。
五人掛けのソファーの端に座ったヴィータに、アリサが切り出します。
「ねぇ、ヴィータ。一つ、聞いて良いかしら」
なのはと喋っていた時と同じ、あくまでも友人に尋ねるかの如く、軽い調子で。
しかし、それはアリサが努めてその調子で、その言葉を口に乗せただけであって、それが内心を現した物ではありませんでした。
「は、はい。答えられることなら」
「……出来るとは思うけど」
ヴィータの返事は、なにもアリサの内心を読み取ったものではなく、単に慣れない相手への、人見知りそれに似ているだけ。
そんな相手の態度に構うことなく、アリサは溜息混じりに、そう呟き返すだけでした。
ヴィータと視線を合わせぬまま腰を上げると、ぐるりと回りこみ、丁度なのはが座っていた辺りの背もたれにもたれかかります。
元々、空気の悪かったところへ、更に拍車をかけるアリサの態度。
ピンと張り詰めた空気を背負った背中を、視界の端に捕らえるヴィータ。
そのまま二呼吸ほど黙っていたアリサですが、意を決したように、誰もいない空間を見つめながら話しはじめます。
「なのはがいる前じゃ答え難いだろうと思って」
「は、はい」
その切り出しは、ヴィータであっても充分に、これは自分にとって好ましくないものだ、ということを予感させるものです。
敏感にその意図を読み取り、黙ってその続きを待ちます。
辺りを包む空気と共に、アリサの発する雰囲気と、この沈黙は、この場にいる三人の心をジリジリと焦がすようにも感じられます。
堪え性がないわけでなくとも、居心地がこれ以上ないぐらいに悪く、じっとりと額に汗が滲みます。
そろそろ、切り出してはくれないか、とヴィータが思ったところで、アリサは、重々しく口を開きました。
「こういう言い方は卑怯だっていうのは重々承知してる。だから――イヤなら答えなくて良いわ」
「はい」
そうは言うものの、アリサの言葉に拒否を許すような響きは含まれていません。
あくまで表面上とはいえ、言質となる表現、というだけ。
だからと言って黙っているわけにもいかず、ヴィータは、頷き返すのですが。
「――フェイトはどうしてるの?」
「…………」
"どうしてるの"
この響きに込められた意味は明らかでした。
意味するところはわかる。そして自分には答える義務がある――けれどヴィータは、直ぐに返すことが出来ないでいました。
この沈黙は拒絶ではない――
少なくとも、それだけは分かって欲しいと思いながらも、伝える術がありません。
そんなヴィータの思いは、向けられる視線や態度から、察しの良いアリサには分かっていたことでしょう。
しかし。それでも尚。
アリサは意地悪とも取れる言葉を呟きます。
「早くしないと帰ってくるわよ」
「あ、はい。分かってます。え、えっと……フェイトは」
「フェイトは――?」
ごくり、と喉が鳴るのが聞こえ、この質問に答えることが、ヴィータにどれだけの緊張を強いているのか。
分かってはいても、分かってあげるもんですか――
そうとも取れる態度で、アリサは続きを待ち受けます。
「結婚して少し経ったある日に尋ねてきて、というかなのはが連れてきて……それっきりです。会ってません」
「連れてきたって……デリカシーがないっていうか」
呆れ半分で呟きながらも、その日はどうだったの?と詰まらぬ感想を挟む気はないようです。
ヴィータも、話が逸れそうなことを期待したわけではないので、その緊張感を保ったまま――スムーズには紡げずとも――続けるのです。
「その日は……」
話すには、あの日のことを思い出さなければなりません。
それは何度目かの、なのはに対する後ろめたい気持ちを抱えた日であり、なのはに対する気持ちを、初めて人に表明した日でもあります。
今はある程度解決したとはいえ、それでもヴィータにとって、なのはとの関係を語る上で、チクチクと小さな棘のように胸の内に残っています。
しかし。
だからといって、二人に話さない理由にはなりえない。
なのはとフェイト。
二人の親友であるこの二人には聞く権利がある、そう思い、ヴィータは拳を固め、続けます。
「――フェイトに"絶対なのはを放しちゃ駄目だ"って。怒られました」
「フェイトに?」
アリサが確認を取るように、親友の名前を呼び、ヴィータはそれに、黙って頷くのです。
「だから。"分かってる"って。フェイトが心配しないで良いように。そうするって答えました」
「…………」
小さな、小さな舌打ち。
それは、背中合わせに座るようにする、すずかの耳にすら、辛うじて聞こえるほどの小さなものでした。
「……全く。予想通り過ぎて詰まらないわ」
重々しく、彼女の吐き出した言葉には、怒りに類する感情をはっきりと読み取ることが出来ます。
もたれかかる様にしたソファーの背が、掴む主の心情を表すかのように、ギシギシと不安な音を立て、発する気配がそれを裏付けていました。
けれど。
その怒りは誰に向けられたものなのか。
ヴィータではなく。勿論、フェイトでもなく――
しかし、それを気付くべき人物は、内に向いてしまうことで、それに気づくことはありません。
そんな怒りの持ち主は、先ほどから見つめ続けている、何もない空間に対して言い放つのです。
「バッカみたい。なに自分の恋敵に塩を送るような真似してんのよ、あの子は」
小さな舌打ちを交えながら。
吐き捨てるように。
呆れてものも言えないとばかりに。
それが親友だからこそ言えることなのか、それとも親友によくそんな事を言えたものだということなのか。
ヴィータには、それを判断するだけの余裕もなく、例えあったとしても、正解を導き出せるのか、甚だ疑問の残るところでした。
「お人よしってのは長所たる特徴だとは思うけど……こうまで来るとタダのバカね。救いようのないバカだわ」
「それはちょっと言いすぎじゃない、かな」
「言いすぎ? 自ら身を引くだなんて格好よくも何ともないわよ。体面を気にするぐらいなら、初めからそんなことしなきゃ良いだけの話なんだから」
「アリサちゃん……」
静かに、先ほどまで纏っていた空気を押し殺し、感情を表に出さないよう、淡々と述べるアリサ。
ふつふつと、沸き立っているだろう怒りを発散させることなく、内側に止め続けているのは、何故なのか。
ぶつけるべき相手が目の前にいないからなのか。
それとも、何か別に理由があるのか。
それは、傍目からでは判断することが出来ず、宛も自分が言われているように感じられるヴィータとしてみれば、胃が痛くなるどころの話ではありません。
ギシギシと、不安を掻き立てる音はその間隔を狭めていきます。
顔をあわせることなく、背中を向けているヴィータは、アリサが感情を抑えているはずだというのに、ジリジリと焼け付くような感覚を覚えているのでした。
何故だろう――その焼け付くような空気を受けながら、ヴィータは考えていました。
前兆が見当たらなかった。
いきなり、これだけの怒りを発するわけがない。
少なくとも、なのはとすずかとの、三人で会話を楽しんでいるように見えた。
その下で、一体なにを燻らせていたのか。
なのはの態度がそれほどに、相手の癇に障るものだったのだろうか。
だったら、本人がいる前で言えばいいだけのこと。
付き合いの浅い自分でも、アリサがそんなことを遠慮する人物には見えませんでした。
若しかして、フェイトの話を聞いて、一気に沸騰してしまったのだろうか。
本人はここにはいない。
ならば、別に怒りをぶちまけてしまっても問題はないはず。
本人に直接言わなければ意味がないと考えている、としたとしても、ここで我慢する理由にはなりません。
ならば、何故。
一体、なにがアリサにそうさせているというのか。
ヴィータの疑問は、誰も答えてくれることのない、出口のない迷路のようになっているのでした。
「這いつくばって。見っとも無くても。絶対に放さないぐらいの……フェイトにはそれぐらいの気概があるべきよ。
それがなに? "絶対放しちゃ駄目"? はっ。馬鹿馬鹿しい。どうしてそこで、放してくれたら大儲けだと思わないのかしら?
まさか、手垢のついたのは要らないとでも言うつもりなのかしらね? そんな贅沢いえるような立場じゃないでしょうに。
寧ろ、仲違いさせるとか、好いた相手をこちらに向かせるとか、そうやって仕向けるぐらいことはやるべきじゃなんじゃないの?」
アリサの、予てからの親友としての評価。
フェイトを全否定するかのような、いえ、事実否定している……のかもしれません。
2008年7月 2日 (水)
新婚なの! 10-19
「ごちそうさまでした」
案内された先。
アリサの部屋に特別に用意された、少し早めのお昼ご飯。
テーブルの上に並べられた、数々のお皿の装飾から、先ほどまで使っていたティーセットと同じ作者でしょうか。
他にも、真っ白な輝くようなテーブルクロスに、真ん中に置かれた花瓶に生けられた花は、見たこともないものです。
フォークやナイフの類も、それ自体が輝きを放っているかのように、ピカピカに磨き上げられています。
それら、並べられた品々の数から、客への持て成しの気持ちが、十二分に窺えます。
なのはにとって懐かしく――とは言いすぎの、けれど久しぶりな――、ヴィータにとっては初めての、アリサの部屋。
場を改めたために、会話の内容も一度リセットされたようで、再会を喜ぶ三人の会話はとても弾みました。
女の子四人を持て成すといっても、少々大目であったお昼ご飯も、それも手伝ってか、お陰で箸も進み、その全てが綺麗に片付いてしまうのでした。
もちろん。
作ってくれた、バニングス家お抱えのシェフの腕が確かであったことは、言うまでもありません。
しかし、その中にあって、余り箸の進みが思わしくなかった――とはいえ、きっちり平らげてはいますが――子が一人。
ヴィータは、その場所と、若干興奮気味のなのはが口を滑らせないか心配で、落ち着きのないまま、その時間を過ごさねばならなかったのです。
そのような事態もありましたが、表面上、滞りなくすすんだお昼ご飯。
今は鮫島以下のお手伝いさん達がお皿を下げているところです。
「では、後でコーヒーをお持ちいたします」
「ありがとう、鮫島。少しゆっくりでも良いわよ」
サイドに黒い部分を残し、その多くを白髪で占めるようになった頭を深々と下げ、音もなく部屋を後にする執事の鮫島。
勿論。自分の使える少女の言うところの意図もしっかりと理解して。
扉も閉まり、一呼吸置いたところで、なのはが一番に話を切り出しました。
「ねぇねぇ、アリサちゃん。鮫島さんってもう良いお年じゃない?」
ゆったりと腰掛け、件の老人が消えていったであろう方向に視線を向けながら、尋ねます。
「そうね。今年で64だったかしら。でもパパも手放す気はないし、本人もまだまだ現役でいく気満々みたいよ?」
「へ~。ちょっと白髪が目立つ感じだけど正にロマンスグレーって感じがするな~」
「もうそんな年齢じゃないけどね」
特に否定するわけでもなく、ただ、事実を述べるだけといったアリサに、思わず尋ねた本人は首を傾げます。
「え? そうなの?」
「元々は中年男性のことを指すんだよ、なのはちゃん。だからかな」
「へ~。ヴィータちゃんは知ってた?」
要領の得ない友人に対し、やんわりと指摘するのはすずか。
間違いを正され、一人居心地が悪かったのか、自分と同じであろう、期待を込めてお嫁さんに同意を求めたようですが。
「ああ、知ってたぞ。はやてに教えてもらってたからな」
その意図を分かっているだろうに、当然、とばかりに答えるヴィータ。
その響きに、一人だけ間違った――というほど、大げさでもありませんが――使い方に、思わず照れ笑いをして誤魔化したようです。
変わってないわねぇ、と小さな溜息を吐くアリサ。
相変わらず可愛いね、と笑って応えるすずか。
そんなことも知らないのか、と隣で呆れながらも、向ける視線は優しいヴィータ。
そんな三者三様の――しかし、根底に流れるのは愛情の他ありません――反応に、当の本人だけがそれに気付かず、ノンビリと笑っているのでした。
「だけど、なのはがそんなしっかり仕事してたとは思わなかったわ。まさか若手ナンバーワンに数えられる一人とはねぇ」
てっきり上司が扱いにくい部下ナンバーワン、なんてのをやってるのかと――
意地悪そうな視線を投げかけ、にひひ、と笑うアリサに、すずかはやんわりと助け舟を出すのです。
「それは失礼じゃないかな、アリサちゃん」
「ヒドイなぁ。管理局なんて私より強い人は山ほど居るんだよ? ねぇ、ヴィータちゃん」
「そういう問題じゃねーよ。お前の性格のことを言ってんだよ、アリサさんは」
扱いにくい、の解釈に隔たりがあるようで、なのはは、少し不満そうに真意を尋ねます。
「え~。そうなの、アリサちゃん?」
「……さぁ? でも自覚がないのならヴィータの言う通りなのかもよ?」
少しだけ考える振りをして、なのはに期待を持たせる辺り、意地悪は継続中なのかもしれません。
自覚がないのを分かっていながら、そうならば、否定したい事実そのままね、なんて言うので、言われた本人は更に首を傾げています。
これは愉快だわね。
なんて思ったか、満足そうに口の端を緩めるアリサですが、そこは一筋縄でいかないのが、高町なのは。
首を傾げたまま、何かを思いついたようで、隣に座るお嫁さんに、さっと腕を伸ばします。
「またヒドイことを言われた気がする……ひーん、ヴィータちゃ~ん」
「ご飯食べたばっかなんだから動くなって。後でお腹痛いっていう羽目にあうんだぞ。ええい」
意地悪されたのを口実に、ヴィータに慰めてもらおうとする様子に、アリサは呆れたように黙っているだけ。
ツッコミを入れるのも億劫と感じたか、また別の何かを思ってか。
緩んだはずの口の端を、くっと結んで見つめる瞳に、その心の向こうを図り知ることは出来ません。
その隣のすずかも、変わらずニコニコとしてはいますが、浮かべるその表情と、胸のうちが同じであることの保障はありませんでした。
「ホント。お前が普段しっかりしてるのか心配だぞ、アタシは。誰の前でも殆ど態度変わらないんだからさ」
「やっぱりそうなの? はぁ、成長してないわね、アンタ」
ぐいぐいと押し退けた結果。何とか自分を抱き寄せようとする手を退けることに成功したヴィータ。
アリサの話を引き継ぐように、心配ごとを口にする。
所属の部署が違うために、普段の姿を目にする機会はとても少ないのです。
目の届く範囲での行動なら咎めるなり、その度に注意することも出来ます。
それが出来ないために、お前が心配だぞ、と口にするのでした。
それを受け、なのはが駄目っぽいという点において、強く同意する金髪の親友は、さほど驚く様子もなく、溜息混じりにがっかりと肩を落とします。
「やっぱりって? 何か思い当たる節があるんですか?」
「あるもなにも。公私の区別がないってわけじゃないんだろうけど。自由人なのよね、この子」
ヴィータの食いつきのよさに、肩をすくめるアリサ。
褒めているわけでない言葉に、それがなのはの良いところなのかもね、なんて決して口にすることのない思いを潜ませて。
それは、誰も気付かないでいてくれて構わないものでしたが、そこは一番の親友。
豊かな紫色の髪をたゆたわせては、こちらもひっそりと、その意図に応えます。
「ちゃんと礼儀はしっかりしてるんだし、裏表がないって言ってあげなきゃ。素直でいい子だよね? アリサちゃん」
ニッコリと、同意を強要する響きに、アリサはそっぽを向いては口を尖らせてしまいます。
思ったとおりの反応に、すずかは、くすくすと小さく笑うだけ。
この、付き合いの長い二人にしか出来ない、気心知れたやり取り。
勿論。なのはとヴィータに、その真意まで把握することは出来ません。
「へ~。なのはってやっぱり昔からそうだったんだ」
「昔って言っても、三年もないぐらいじゃないかな? 私たちとヴィータちゃんのブランクって」
言葉の表面だけを捉えた感想に、そうでもないよ、と答える。
話題の中心になっている人物にしてみれば、居心地の悪いことこの上ない状況ですが、三人は一向に気にする様子はありません。
酷いことをいうなぁ、という顔をされる内容ではありますが、それもなのはの魅力の一つであるには違いなく、一種の愛情の裏返しなのでしょう。
特に花を咲かせているのが、ヴィータとアリサ。
何だかんだ言って似たもの――なのは被害者の会、会員として――同士。なのはのダメ話に花を咲かせています。
その横にあって、居心地の悪そうに、口を一文字に噤んでいる人。
こんなところで。
なのはの危惧は見事に的中したのです。
緩衝材となるべく期待を寄せたすずかは、特に何もしてくれる様子はありません。
流石に凹み始めました。
その様子に、二人はどうだ、と言わんばかり。
まだ話の止まらない二人に対し、すずかは、今はそんな態度でも、最終的には頭の上がらないだろう様子を想っては、ひっそりと頬を緩めるのでした。
「あ、アンタ。そんなことやってんの? 恥かしくないわけ?」
「もっと言ってやって下さい。コイツ、アタシの言うこと全然聞かないんです」
これはもう、呆れるとしか言いようのない、といった様子で肩を落とすアリサに、ヴィータはもっととはやし立てるのです。
背中を押されたアリサが勢いづいてしまう前に、なのははそれを抑えようと、身振り手振りで反論します。
「あ、愛情表現だよ愛情表現! 夫婦なんだから抱きつくぐらい普通だよ~。まして新婚なんだから~」
「う~ん、向こうの風俗が分からないから何とも……その点どうなのかな、ヴィータちゃん」
「こっちと大差ないと思います。……多分」
一応はなのはの意見も尊重しながらも、さっぱり信用してないのでは、と思わせるすずか。
しかし、なのはも、聞かれたヴィータすらそれに気付かず、即答します。が。
僅かな沈黙にのあとに付け足された言葉。
これは自信のなさの現われなのか、それとも伴侶を不憫に思ったヴィータなりの愛情表現なのか。
それは本人以外には分かりませんし、若しかすると本人にも分からないのかもしれません。
「同性婚が当然みたいになってる辺りそうは思えないけど……そうだわヴィータ。年齢って大丈夫だったの?」
「年齢って、結婚のことですか?」
「そうそう。なのはは分かるけど、今でやっと見た目を追い抜いたぐらいじゃない?」
詳しく言えば、アリサの疑問は外れです。
純粋な活動期間で言えば、また違うのですが、長い長い時を生きてきたヴィータにとって、とっくに外見年齢を超えているのです。
勿論、アリサの言いたいことは分かるので、ヴィータは黙って頷きます。
「普通はダメですけど、管理局に勤めてると色々例外があって。アタシはその特例のお陰というか……そういう感じです」
「まあ、小学生が堂々と所属できる時点でこっちの価値観じゃあねぇ。普通の会社経営とは違うんだし……うん、ありがと」
言われて見ればそうよね、とゆったりと足を組むアリサ。
いま自分たちがいる世界のことを上手く説明できたとは思えませんが、概略は伝わったようです。
それはひとえにアリサの理解力の高さに起因するのであり、流石だなぁ、とヴィータは一人感心するのでした。
しかし、理解したのはアリサだけでなく、その隣に座るすずかも同様です。
うんうん、と頷いては、なるほど、という指摘をするのです。
「じゃあ、ヴィータちゃんが管理局にいなかったら、結婚できなかったかもしれないんだね」
「そう言えばそうだね。う~ん、なるほど」
ここでなのはがもう一言惚気るかと思いきや、うんうんと頷くばかりで、特に何も言いません。
アリサも期待していたわけではありませんが、構えていたところに何も来ないと、少しばかり気持ち悪いものです。
なのはの言動が気にならないわけではありませんが、別段気にもなりませんし、追求して解明したところで酷い結論になろうものなら堪りません。
この話題を続けるのは癪だ、と言わんばかりに、さっさと別の話題を振るのでした。
「なのは。教導隊っていうの、仕事は順調なの?」
「うん、まだ五年だから、覚えることにやる事がいっぱいで大変だけどね。親切な先輩もいてくれて、順調も順調だよ」
「ふうん」
小さくガッツポーズするようにして、その順調振りをアピール。
もし、仮にそうでなかったとしても、性格からして――しかも久しぶりに会った親友の前で――弱音を吐くタイプではありません。
そのガッツポーズを、本音を隠すためのポーズなのか、本当に元気振りを主張しているだけなのか。
もう少し突っ込んでみないことには分からない。
そう思ったようで、アリサはさして興味もなさそうに、けれどしっかりと話は続けるのです。
「だけど未だに、そんな人にモノを教えたりする仕事に就くなんて思いも寄らなかったわ」
これは話を引き出すためのものでなく、純粋な感想。
決して特性がなさそうだ、というわけでなく、ただそういう可能性を考えたことがなかった、というだけですが。
それはなのはにも伝わったようで、自分の仕事とはどういうものなのか、その一端を説明することにしたようです。
「教えるばかりじゃなくて、装備とか戦闘の技術のテストとか。自分の技術や経験が大切な仕事かなぁ。教官業も勿論あるけどね」
「そっちの方は納得だわ。発想とか思い切りとか、好きなことはトコトン突き詰めるタイプだし。そういう意味じゃ天職かもね」
「えへへ、ありがと」
こっちに来てから、初めてかもしれない、お褒めの言葉になのはは満面の笑みを浮かべます。
素直じゃないアリサならば――コレは勿論、誰に対しても発揮されるわけではありません――、そう考えても充分です。
そんな本音の部分を見抜かれたアリサ。
笑顔を向けられたのに、ムスッとした顔で、つんと顎を逸らせては、そんなんじゃないのよ!と強くアピール。
そうするから、余計に自分の言動を肯定することに気付いているはずなのに。
付き合いの長い性格と言うのは、そうそう簡単に変えられないものだ、と両者共に納得するのです。
しかし、プライドの高いアリサにしてみれば、ここで納得して引き下がるのも癪で、皮肉の一つでも言わなければ納まりが付かないようでした。
「なのはは頑張り屋だから、教え子なんかは随分成長が早いんじゃないの? ねぇ、ヴィータ?」
「え~、そうかなぁ、照れちゃうな。えへへ~。どうかな、どうかな? ヴィータちゃんはどう思う?」
「……お、お前」
全く通じてない……と、ある意味想定内の行動でありながらも、その通りにされてしまうと、アリサもガッカリせざるを得ません。
横で、そのガッカリと肩を落とす原因を作りながらも、のほほんと笑っているなのは。
親友の顔ぐらい見てやれよ、と言いたいけれど、言ってしまっては台無しだと、ヴィータは次の句が告げないでいました。
「はぁ……その内、あたし主導で"高町なのは被害者の会"を立ち上げる羽目にならないよう、気をつけなさい?」
努めて平静、というか、変わったところを見せないアリサ。
「は、は~い。以後気をつけます。だからちゃんと見張っててね、ヴィータちゃ~ん」
分かっていないがらも、それすらお嫁さんに甘える口実にしてしまう。
ここまで来ると一種の才能としか言いようがありません。
本当に、なのはがそれを分からず、天然という範疇に納まるかどうかギリギリのラインで言っているのであれば、ですが。
抱きつかれながら、そう思わなくもない、正直どうかと考えていたヴィータ。
けれど、この場で確かめるわけにもいかず、一応に話しだけは合わせておくことに。
「そんなこと言ったらお前。アタシがいつも一緒に居なきゃダメじゃねーか。仕事してる時はどーすんだよ」
「だーかーら。教導隊に来てーって言ってるじゃない。はやてちゃんにも聞いたでしょ?」
反省する態度を微塵も見せる気のない様子に、大げさな咳払いで釘を刺すアリサ。
流石のなのはも、二度目ですので自重することにしたようですが、名残惜しそうに、ポニーテールの先を指先に絡めたりと弄ぶのをやめません。
いくら食事が終わったとはいえ、余りマナーの宜しくないなのは。
ヴィータは嫁の務めとして手の甲を思い切り抓るのでした。
「なのは? ヴィータにも休息を与えないと倒れちゃうわよ。職場ぐらい別のところに居ないと気が休まらないじゃない」
「逆かもよ、アリサちゃん。離れてると"今どうしてるかな~"って余計気になっちゃうかも」
「あ~、それはアリね。歩き始めた子供みたいなモノで目の届く範囲にいないと心配っていうの? それね」
「わ、私の評価が散々なんですけどアリサちゃん」
とうとうと喋り続ける二人。
このまま放っておけばいつまでも続きそうだった為に、なのはは慌てて口を挟みます。
それを飛んで火にいる夏の虫、と言わんばかりに、アリサはニヤッと口の端を持ち上げます。
「自業自得よ。だけどこんなで生徒はついてくる訳? 舐められてんじゃないかと心配だわ」
「それは大丈夫。なんたって――」
「"お話聞いてもらうから"、だもんな。へへへ」
「なぁにそれ。ヴィータちゃん」
興味津々のすずかに、ヴィータはなのはへ一瞥をくれてから得意げに話し始めます。
「やんちゃな生徒には実力行使するんですよ。フェイトにも初めはそうだったって聞いてます」
「えー! なのはちゃんってそんな子だったの?」
「うっわー。なのはってそう言うことしちゃうタイプなん……あ、いや。そんなことないか」
「え、え? ヴィータちゃんヒドイよ! どうして私の評価を貶めることばっかり言うの~。もっと褒めてよ~」
「確かにお前は褒めて伸ばすタイプだけど増長してもらっちゃ困るんだよ」
アリサは何か思い当たる節があるのか、ふと考え込むように左頬を押さえています。
それにも構わずじゃれ合う二人に、すずかは直ぐに思い出せずにいた記憶を胸に止め、報われないなぁ、と一人呟くのでした。
2008年6月30日 (月)
新婚なの! 10-18
「……ねぇ、アンタたち。というかアンタ。いい加減にしてくんないかしら。それが久しぶりに親友の家に遊びに来た人間のする態度なの?」
我慢ならない、といった感じで、その苛立ちを微塵も隠すことなく言い放ったのはアリサ。
ヴィータをがっちりと抱いたなのはは、ハッと顔を上げる。
「――え? あ、ああ。ゴメン、アリサちゃん。アリサちゃんも大好きだよ~」
その態度といったら失礼でなかった。
すっかり二人きりの世界に浸っていて、不機嫌面を構える人物の存在など忘れていた、と言わんばかりなのです。
例え、なのはにそのつもりがなかろうとも、この場にいた三人は例外なく、そう受け取った……受け取らざるを得ませんでした。
この事態を面白がっているすずかと、数年べったりのヴィータは、そうでないと言っても良かったかもしれません。
アリサが、その態度が、実際はそうでないと分かっていたでしょう。
この"高町なのは"といわれる人間が、どういう人間なのか分かっていれば。
本当は、そういうことをするような子ではないと分かっていても。
けれど、自業自得だ、庇ってやるものか、と思われたのか、苛立つ気持ちが、理解してやるものですか、と思わせたのか。
結局は、そうなってしまった限りなのです。
「舐めんじゃないわよ。嫁の前でそんなこと言えるアンタの神経を疑うわ。安っぽいのよ」
せっかくの美少女振りが台無し寸前に、眉宇をひそめ、つん、と顎を逸らします。
背もたれに思い切り背を預け、腕組みをしてふんぞり返らんばかりに。
余り彼女を知らない人が見たら、身体を折らんばかりに頭を下げて謝ったかもしれません。
しかし。
怒られたのは、自他共に認める親友なのですし、当然にそうはなりませんでした。
「そういう意味じゃないなのに~。ヒドイ、そんな目で見なくても……」
ぴったりとヴィータの横に寄せ、肩を抱いたまま、怒られた態度を改めようともしません。
言った本人にしてみれば、当たり前だと言わんばかりなのでしょうが、そんなこと、言われた側にしてみれば、知ったことではありません。
特に、今のアリサは、言い表せない苛立ちを抱えており、そういった傾向が強くなっています。
いくら親友とはいえ、言葉の裏側や真意など推し量ってやるもんですか、と意地を張るのです。
それが、一見してそういう意味だと分かったとしても。
自分ですら名前の付けられない感情を、抱えているとしても、アタシの気持ちも分からないのに、アンタのことなんて分かってやるものですか、と。
"分かってなぞやるものか"と。
アリサは、そうして、もう一度なのはを見据えるのです。
「じゃあ、どういう意味だっていうのよ。それともなに? 冗談だっていうわけ? 私に対して冗談でいうのかって……ったく」
意外にもあっさり引き下がるアリサ。
それは、そう見えただけで、決してそうではありません。
だのに、言われた本人はあっけらかんとしていますし、横にいるすずかは、相変わらずといった風を装ってニコニコしています。
ただ、一人。この事態に胃の痛い思いをしていた赤いポニーテールのお嫁さんといえば。
真剣に怒られる――なのはには良い薬だ、とあえて黙っていたのです――と思っていたのに。
やけにあっさり引き下がった風を繕う、このアリサの態度に言いようの無い違和感を抱くのでした。
その違和感はどこからくるのか。
場の空気を悪くしないために、我慢したというのは違う気がします。
それでも、彼女ならば必要とあれば言ってしまうでしょう。
アリサの率直な意見は、相手の為にならぬことは言わない、と言うのが、この短い時間でも、ある程度分かったから。
本当に諦めてしまったのか。
そんな柔な心の持ち主でもないような気がします。
きっと納得できないうちは、一晩、いえ、倒れるまで意見を交わすタイプのように思えます。
ならば、何故。
単に彼女を理解するための情報が少なく、その隣に座る親友ならば、それが分かるのでしょうか。
それとも、誰にも分からないように、彼女が壁を作っているのか。
どちらにしろ――結論が出そうにありません。
「全く。ここまでくると長所か短所か判だ……ん、そろそろいい時間ね」
幾分か柔らかくなった調子で、溜息混じりに口を開けば、左腕に目をやるアリサ。
どうやら、左腕に納まっている腕時計――豪華な装飾は見られませんが、きっと名の知れたものでしょう――のことのようです。
アリサの言う、いい時間とはどういうことなのか。
その向かいに座る二人は目をあわせ、お互いにそれを疑問に思ったようだと、確認しあうのでした。
「ちょっと早いけど大丈夫だよね、なのはちゃんヴィータちゃん。ご飯、食べていくでしょ?」
「ご飯? あ、そっか。元々そういう予定だったもんね。うん」
そう、顔に書いてあるのに気付いたのか、すずかがいち早く助け舟を出します。
そこで初めて今日の予定を思い出すなのは。ポン、と手を打ちます。
余りに見事なその態度に、ヴィータは不安を覚えないでもありませんでしたし、そもそもそんな予定聞いて覚えがありませんでした。
自分が忘れていただけでしょうか。
しかし、悩んでいる暇はありません。
「ヴィータちゃんも良いよね?」
「あ、うん。ご馳走になりますです」
この口ぶりからして、やはり聞かされていなかったのでしょう。
今日はそう言う予定だよ、というだけの言葉に、うん、とだけ頷いて、すずかにお礼の言葉を述べます。
言われたすずかは、二人とも大丈夫だって、とアリサとの間でクッション役。
初めからその予定だったのですし、あくまでも形だけの確認。
「なら鮫島に言ってくるわ、その間に中に入ってて。すずか、頼んだわよ」
これまたお嬢様らしくない飲み方でカップを片付け、派手にソーサーへ戻すと、足早に席を立つアリサ。
言われたとおり、すずかが案内をしてくれると言うので、なのはとヴィータはタイミングを合わせたようにカップを傾けると、その場を後にしました。
2008年6月28日 (土)
新婚なの! 10-17
「じゃあ、アリサちゃんは少しお休み。今度は私の番でいいかな?」
「うん。答えられることなら。ね? ヴィータちゃん」
「あ、アタシに振るなよ……だ、大丈夫です。もし、あるなら答えますから」
「うん。それじゃあね、最近のはやてちゃん、どうしてるかな? やっぱりメールだけじゃ寂しいから」
ふん、と顎を逸らし、興味なさげに振舞うアリサに代わって、今度はすずかの番です。
アリサの態度を図りかねているだろう、ヴィータにとっては、取りあえず話の矛先が変わったのは歓迎すべき状況のようです。
はやての話となってしまえば、多少は結婚話から、離れられるからでしょう。
そんなホッとするヴィータでしたが、今は別々に暮らしているために、すずかの期待には応えられそうにないのが不安でした。
「はやてちゃん、元気してるかな? 便りのないのは無事な証拠とは言うけど、ね」
「はい。つい一昨日会ったばかりですけど、元気すぎるぐらい元気してました」
元気すぎるぐらい元気。
その表現に思わず表情を綻ばせるすずか。
隣のアリサも、その光景を想像したのか、思わず噴出しそうになっている始末です。
「お仕事大変だって聞いてるけど、具体的にどのくらい? あ、言えない部分は飛ばしてくれて良いから」
「ええと……前と変わらず捜査官をしながら指揮官研修受けたりしてます。今は何か事件に関わってて、それで忙しくて中々会えなくて……それぐらいです」
「指揮官研修? はやてちゃん、もうそんなところまで出世しちゃったんだ」
あえてなのか、何か事件に関わっている、という部分を飛ばすすずか。
それも、忙しくて会えない、という部分への掛かりとして、大して気にしなかった、というのが正解かもしれませんが。
そんな、親友の状況に感心するすずかに、なのはは、まるで自分のことのように、鼻を高くします。
「はやてちゃんはキャリア試験一発合格だからね。私たちの中じゃ一番の出世頭なんだよ? ね~、ヴィータちゃん」
「お、お前が威張るなって。あ、ええと。自分の指揮する部隊が欲しいって、それの為に頑張ってて、その為の研修とか資格で」
「ふうん。はやてってば、そういう人の上に立つタイプには見えないけどなぁ」
「どうして? アリサちゃん」
てっきり加わってこないと思っていた親友の言葉に、すずかは思わず尋ねます。
それは決して、アリサとの見解の相違を正すなりする意図はないものですが、咄嗟にでたもので、そうなってしまったのかもしれません。
尋ねられた方にしてみれば、まさか疑問を呈されるとも思っていなかったために、多少面を食らっているようです。
「え? ああ、必要ならってだけで、自ら進んで地位を欲しないっていうか……まあ、アンタ達三人の中じゃ一番指揮官向きだとは思うけどねー」
「ふふふ。上昇志向の強いアリサちゃんにしてみたら、歯がゆいんじゃない?」
「な、なんでそういう話になんのよ!?」
付き合いの長い、すずかだからこその、読みだったかもしれません。
アリサの、親友三人に対する評価に対して、歯がゆく思っている、という部分を読み取ったのは。
それも、全くに的外れなら呆れたでしょうが、慌てるその様子から、その読みはかなり当たっていたようです。
聞いた本人のみならず、なのはにヴィータまでが、なるほどぉ、と頷くのでした。
「うふふ。あ、そうだ。なのはちゃんやヴィータちゃんはそう言うこと、興味ないの?」
アリサからの追求を逸らすために、さっさと話題を元に戻してしまう。
そうなってしまえば、常識あるアリサが話を遮ってまで、己の要求を飲ませないと分かっているからです。
ぐぬぬ、と唸るアリサを横目に、なのはとヴィータは、うーんと考えているようです。
「私は現場志向だから。教えるのは良いけど、人の上に立って~っていうのは似合わないと思うな」
「アタシも……性にあわないって言うか。なのはの場合は、それよりも居ても立ってもいられなくて、椅子に座ってられない方が強いと思うです」
二人の返答――特になのはのモノは――は、予想通りのものでした。
しかも、ヴィータの付け足した解説は、多少曲がったアリサの機嫌も直すものだったらしく、すずかは、くすりと笑います。
ああ、やっぱりなのはってそういう子なんだなぁ、と。
「それより。今は……はやての夢を叶える手伝いをしたいから」
「それは私も一緒かな。約束したし。はやてちゃんが自分の部隊をもったら勿論、駆けつけるよって」
続けるヴィータの言葉に、なのはは深く頷きます。
それは、向こうへ行った親友達と、ここへ残った――というのは語弊がありますが――自分たちとの溝を感じられ、一抹の寂しさを感じさせるものでした。
すずかは思わず、隠しながらも、それを口に乗せてしまいました。
「良いなぁ、そういうの。私もはやてちゃんのお手伝いが出来たら良かったのに。ね? アリサちゃん」
「ま、まあ、まだ自分のしたい事も固まらないし、必要だって言われるなら、吝かじゃないわよ? 評価してもらってるってことだしね」
素直じゃないなぁ、というのが正直な感想。
別に本人が聞いてるわけじゃなし、こんなときぐらい素直に言えば良いのに、とすずかは思うわけですが。
そういう、素直じゃない、自分の感情を吐露するのに戸惑いを覚える、その姿が可愛く思えるので、何も言わず、微笑むのでした。
「そうだね。はやてちゃんに伝えておこうか? それとも、やっぱり自分の口で言ったほうが喜ばれるかも」
「どうしようか。いきなり私たちから言うのも変だし。なのはちゃんにお願いする?」
「こ、こっちに振らないでよ……だ、だから力を貸して上げられたら良いなって、思ってるわよ!」
本当に可愛い。
別にそんな声を出さなくたって良いのに、そうしてしまうことが、余計に自分を含む他者を喜ばせてしまうことに気付かないのかしら。
別に、アリサにそういう態度を取らせる為に話を振ったわけではありませんが、兆候が見えてしまうと、思わずそうしてしまうのです。
される方にしてみれば、迷惑な性格でしょうが、これが、すずかなりの愛情表現なのかもしれません。
「なのはちゃん、私たちの分まで。はやてちゃんのことお願いね」
すずかやアリサほど優秀ならば、魔法の力がない事を差し引いても、きっとはやての力になれるでしょう。
けれど、管理外世界から素質を持たない人間が移住するのは大変ですし、そもそも、二人はこの世界と分かれるわけにいきません。
ただ、二人がいつも親友のことを想っていてくれている、というのは、はやての大きな力になるはずです。
出来れば、その事を自分の口から伝えてあげて欲しい、となのははそれとなく伝え、それを返事としました。
「そうやって言って。実際駆けつけられる人間が一番足手まといだったりしてね?」
今のアンタを見てると心配なのよ――と素直じゃない。
そうならそうと、それだけを言えば良いだろうに、酷いことを初めに言ってカモフラージュのつもり、なのかもしれません。
けれど、それも余りに付き合いが長くなってくると、意味を成さなくなっていることに、当の本人がきづいていなくて、またそれが可愛いのです。
「ひっどーい。ヴィータちゃん、何か反論してくれないと私が誤解されちゃうよ? 愛しの旦那様が~」
その通りの、さほど気にしていない反応。
しかも、そのアリサを利用して、ヴィータに甘えようとするのですから、利用されたほうにして見れば堪ったものではありません。
なんだか方向がずれてきたかも、と思いながら、楽しい様子にもう少しほかっておこうと、すずかは黙って見守るのです。
「愛しの、とか余計なこと言うな。それに十年来の親友が言うことのほうが当たってるだろ。うん? 違うか?」
「…………え~ん、ヴィータちゃんのバカ~」
「うわわ!? だ、抱きつくな! それも二人の前で! 何考えてんだ!」
その幾らかの沈黙が、自らその指摘を肯定しており、ヴィータの口元が緩みます。
しかし、それは長く続かず、フォローしてくれない嫁にすがり付く旦那。
ヴィータは、普段以上にその拒絶を強く打ち出しますが、なのはも、嫌がってくれるほうが盛り上がる、と言いたげに、腕に力を込めるのです。
その情けない風景を目の前に、予ねてからの友人の反応も流石と言うべきものでした。
「夫婦だって言う割には全然ノリが変わってないわね。アレじゃ小学生のじゃれ合いと変わらないわよ?」
「ふふふ。なのはちゃん、全然変わってなくて何だか安心しちゃった」
「そう? 私は呆れてたところよ」
間髪入れず、口を挟んだのは、アリサのそれが明らかに場を壊しそうな響きを含んでいたからでした。
表面上、感想というべきものを軽く口に乗せただけのように思われるそれを、すずかが絶妙に読み取ったためです。
自分の意図を読み取られた為に、アリサは尚も――今度はそれほどの意図を込めずに――続けますが。
「だって。自分の夢を叶える為にどんどん先に行っちゃうんだもん。何だか私たちだけ取り残されたみたいに……そう、思ってたから」
それは、本音。
本当に心から溢れた一端を含ませて。
アリサの言いたいことではないと分かっていながら。
そしてそれは、本音であったからこそ。自分の宥めたり、方向性を逸らそうとした細工でないと分かった為に。
アリサも、本音で。多少素直になれないままに。
「……まあね。確かに、なのはのこの変わらなさ具合は安心するわ。ああ、私たちのほうがマシだ、成長してるな、てね」
「うふふ。アリサちゃんも、だよ? 分かってるかな」
「……うっさいわね、すずか」
二人の声は、テーブルを挟んでじゃれあう二人の耳には届かないのでした。
2008年6月27日 (金)
新婚なの! 10-16
「さぁて。そこで何かやり遂げたような顔をしている高町なのは? まだ話は終わってないわよ」
安心しきった様子で、カップを傾けていたなのはは、思わず咽てしまいます。
あれだけで終わるわけないだろ、といったヴィータの声を遮るように、咽たなのはは、不満げな態度を露わにします。
「え~、まだあるの? もう違う話しようよ~。私だって最近のアリサちゃんとすずかちゃんの話聞きたい~」
「それは後で読むのもイヤになるほどメール送りつけてやるわよ。だからまずはアンタの話」
深く腰掛け腕組みをし、なのはを迎え撃つ気満々のアリサ。
最初こそ混乱していましたが、幾分か調子を取り戻しつつあるようです。
調子を取り戻されては、追及の手が更に強まるだろうことは誰の目にも明らかで、なのはの危機感は、ティーカップの中身をかき混ぜる手に現れていました。
その音から、カップの中が減っていることも察したすずかは、黙ってポットからお茶を継ぎ足します。
三者三様。
見事に個性の現れた、その隣で、尚も考え込んでいたヴィータの頭には、新たな疑問が浮かんでいたのでした。
それは、こっちに来る前。はやての家に遊びに行ったときのことです。
今のなのはの態度は、はやてに対するそれと余りにも違ったからです。
嬉しそうに。頭を叩かれながらも喋っていたなのはが、こっちに来た途端、自分との事を話したがらないのです。
もったいぶる事で、興味を持たせようとする作戦かとも思いましたが、どうにも違うに感じられます。
普通なら、なのはが余計な事を言わないか神経を尖らせていなければならないのに、それどころではなくなっていたのでした。
「同棲したところまでは聞いたわ。で? それから結婚なんていう選択に至る経緯ってのは?」
聞いてやろうじゃない、というふんぞり返らんばかりの、その態度。
それが人の話を聞く態度!?とは、この場にいる誰もが口にしません。するはずもなく。
なのはは、それどころではありませんし、すずかは、それが虚勢の類であることが分かっているからです。
そこでヴィータといえば、そりゃ怒られて当然だろ、といった、付き合いの短さから来る、多少的外れな感想なのでした。
「そ、それは……非常にプライベートな内容なので勘弁して欲しいのですけど……ダメかな?」
「ダメだよ? 当ったり前じゃない」
にっこり。
拒絶の意思だけはしっかり伝えて。
そんな事ぐらいで誤魔化せるはずがないことを分かっていたでしょうに、なのははガックリと肩を落とします。
「ダメよ。久しぶりに帰ってきたと思ったらいきなり結婚報告するような子には、詳しい経緯をしっかり説明して貰わないと」
「う~ん、こればっかりは私も気になっちゃうかな? アリサちゃんとは別の理由だけど。あ、ヴィータちゃんのこと、ね?」
「あ、アタシ……です、か?」
急に話を振られ、間の抜けた声で返事してしまうヴィータ。
なのはは標的が逸れた!今がチャンス!とばかりに同意しますが、アリサの一喝によってそれは敵いませんでした。
さっきは「夫婦の美しい愛」だなんて言ってたくせに、よく言うぜ――ヴィータは舌打ちでもしたい気分です。
「なんで結婚しようかなぁって思った、かぁ。う~ん」
「ちょ、ちょっと。自分のことでしょ? 何をそんな悩むことがあるわけよ。あ、ははーん。恥かしいわけ?」
「恥かしい……のとは少し違うけど、そうかもしれない。だって、ねー?」
ねー、などと同意を求められても困る。
ヴィータは、顔をしかめて返答としますが、問いかけた本人はまるで気にしていない様子。
そんなすっ呆けたなのはの向かいでは、そのヴィータ以上に渋面のアリサ。
なのはの態度が惚気に見えたのでしょうか。それとも、尚、はぐらかそうとする態度にイライラしたのか。
またしても、声を荒げてしまいそうな勢いで、文句をつけます。
「まあまあ、アリサちゃん。分かってあげなくちゃ、なのはちゃんの気持ちも。だって、ほら」
「す、すずかは気にならないわ……け?」
一度、一瞬の沈黙をはさみ、結局続けた言葉。
自分の向かいに座る親友の表情を伺い、それでも結局その語尾を変えることはなかったのです。
その時のなのはといえば、照れたように頬を紅潮させ、ちょっぴり身体を左側に傾けながら視線を送っていたのです。
理性と、それを上回ってしまった、言い表せない感情。
アリサは、遠まわしにも、今一番聞きたくて堪らないことを、なのはの口から聞き出そうとするのです。
すずかの忠告も、それを分かった上でなのか、そうでないのか。
前者であると判断したために、止めるわけにはいかない、とアリサは思ったのです。
そんな、二人のやり取りなど気付かぬ、のん気な渦中の人といえば、ホッとする表情を隠しもしません。
「二人が結婚したっていう事実の前じゃ、些細な問題かも。今更それを聞いたところで結果は変わらないよ?」
すずかは、何を伝えようとしているのか。
その言葉の響きに、アリサは確信を深めていきます。
しかし、この胸にくすぶる気持ちを押さえ込めそうにありません。
どうしてやろうか、と向かいの、憎たらしいほどニッコリ微笑む親友に視線を向けた途端。
「あ、そうだ。そろそろアリサちゃんからも祝福の言葉が欲しいなぁ、なんて」
「は、はぁ? どうしてあたしがそんなこと言わなきゃ――」
そこまで言いかけて。
しかし、今度はその言葉を続けることはありませんでした。
その時アリサの視界に映ったもの。
先ほどから黙りこくったままの、その張本人は、自分とは気付きません。
「……まあ良いわ。おめでと、なのは。ヴィータ」
「わーい。ありがとう、アリサちゃん」
「ありがとうございますです、アリサさん」
決して悪気があったわけではないでしょうが、何かしら納得していない雰囲気を感じさせる響きを乗せるアリサ。
ヴィータは、なのはがこの態度じゃ仕方ないんじゃないか、という判断でした。
なのはは素直に礼を述べ、コレで一段落したとばかりに、すずかの注いでくれたお茶を、またぐぃーっと飲み干し、大きく息を吐きます。
先ほどの言葉の響き通りの態度を崩さないアリサ。
それを感じ取ったのか、慣れないヴィータは多少不安を覚えているようです。
2008年6月25日 (水)
新婚なの! 10-15
「……ねぇ。色々聞きたい事があるって言ったわよね?」
席に着くなり、お茶の一杯に口をつける間もなくアリサが切り出しました。
これが普段であれば、すずかも口を挟んだかもしれませんが、今ばかりは黙っていたようです。
精一杯に平静を装って、見っとも無く貧乏揺すりなどしている親友の姿を見れば、当然かもしれませんが。
「うん。纏めてあるから覚悟しなさいって。覚悟できてるわけじゃないけど――ええ、不精なのは認めますです」
思わず眉間に皺の寄ってしまったアリサの視線に、強引に言葉の終わりと取り繕うなのは。
明らかな取り繕いに呆れながらも、「分かってるなら今度からメールぐらいなさい」と半ば諦めにも似た感情が読み取れたのは気のせいでしょうか。
しかし、そのままで終わらないのが、ある意味怒り心頭のアリサ・バニングス。
見事に切り替えて見せると、なのはを見つめ直します。
「じゃあいきなりだけど本題に入るわ。考えてた事と全然違うことになっちゃったけど」
ふぅ、と溜息を吐き、頬杖を突くその視線に、ヴィータは思わず喉を上下させるのでしたが、一番気にしなければならない人物は知らん顔。
自分の伴侶のその態度に、また怒られるぞ、と心配ながら、頬杖を突いたままのアリサから飛び出した言葉は予想通りのものでした。
「あのね、なのは。アンタとヴィータの関係って……どうなってるの?」
「そ、それは……また直球だね、アリサちゃん」
聞かれないと思っていた話題のために戸惑っているのか、言いづらい為に口ごもるのか。
どちらとも言えない態度のなのは。
やっぱりこの子は一度性根を叩き直さなきゃいけないかしら――アリサは横に座る親友に同意を求めます。
「嘘は下手なんだからさっさと正直に言った方が楽よ? ねぇ、すずか」
「私に同意を求めないでくれるかな。一番気になってるのはアリサちゃん自身なんだから」
「……か、肝心なところで手を離すタイプね」
唖然とするアリサの表情に思わず噴出すなのは。
かぁっと顔を赤らめては「ほ、ほら! 早く言いなさいよ!」とのん気に構えるなのはに、身を乗り出さんばかりの勢い。
"予想通り"なアリサの態度を楽しんでいるかのようなすずか。
すずかさんってこんな人なのか……と思いながらも、さっぱり自分の置かれた状況を分かってなさそうな伴侶に、内心突っ込むヴィータ。
件の伴侶は、すっかり余裕の態度なのですが、がうがうと噛み付かんばかりのアリサに、いい加減覚悟したのか、打って変わって、凛とした表情で見つめ返します。
「あのね、アリサちゃん、すずかちゃん」
その声と表情に、思わず息を呑み、黙るアリサ。
昔からこの手の雰囲気に迫力のある子でしたが、管理局ので経験がそうさせるのか、以前と迫力が違うのでした。
大人しく腰を下ろすアリサに、大方予想でもついているのか、落ち着き払った様子のすずか。
それでも、なのはの隣のヴィータは、どうも落ち着きませ



