2008年7月 5日 (土)

質問、なの!

 
「えー。第一回。フェイトちゃんに100の質問!なの」

 二人きりの部屋で、唐突に切り出した。
 唐突なのは毎度のことなので気にしないとして、その発言内容は気になった。

「私に……なに?」
「だからね。フェイトちゃんに100個の質問をしてみよー、って企画なの」

 てへ、と笑う。
 その笑顔は文句なしに可愛いのだけど……
 自分で言うのもはばかれるというか、今更なのはにとって、私に100個も質問することがあるだろうか、と思う。
 寧ろ、なのはの知らないことを聞きたいぐらいと言うか……流石に秘密にしていることは、いくつかあるけど。
 私のそんな懸念は、全く伝わらなかったらしい。

「さぁて。では、早速。第一問」

 紙も何も持ってない。
 100個の質問を全部覚えているのかしら。
 うーん。流石なのは。凄い。
 きっちりと正座をして、私はなのはの質問に備えることにした。

「今日のフェイトちゃんの下着は何色?」
「ぶふーっ!?」

 思わず噴出してしまった。
 目の前に座るなのはは、私の唾まみれになってしまった。
 ああ、ゴメン、なのは。
 ちゃんと拭くから、そんなに舐め取ったりしないで。恥ずかしいから。

「んもー。ヒドイなぁ、フェイトちゃんは」
「う、うん。ごめん」

 顔をハンカチで拭きながら、悪いとは思いながらも、これは聞いておかなくちゃ。
 拭き終わったハンカチをしまいながら、尋ねることにする。

「あ、あのね?それって、なにか意味があるのかな?」
「うーんと……とりあえず、答えは黒ね」

 全然話を聞いてくれない。

「そ、それに! どうして答え知ってるの!? 私、まだ何も言ってないよ?」
「えー。だって、今日は私が着せて上げたんだから聞くまでもないよー」

 当然、と言わんばかり。
 けれど、事実その通りなのだから、反論の余地がなかった。
 うぅ。恥ずかしい。

「じゃあ、第二問! ねぼすけのフェイトちゃんを起すには、私のキスが何回必要でしょうか?」
「ふぶーっ!?」

 飛ばしすぎだ。お互いに。
 また飛ばした唾を拭く羽目にあう。
 うぅ、なのはの顔が臭っちゃうよ……

「答えは、三回でした。あ、そうそう。四回目以降だと別の意味で起きられなくなっちゃうので注意が必要なの」
「そ、そこまで言わなくたって良いったら! そもそも! この企画の意味が分からないよ!」

 私の質問に、きょとん、とした顔をする。
 普通。急にこんなことを言われたら、誰だって気になると思うんだけど。
 なのはにしてみれば、私の質問こそが意外だったみたい。
 けれど、おほんと、咳払いをして、私の質問に答えてくれるみたい。
 そうして、なのはの口から飛び出した解答に、私はまた一つビックリするは目にあってしまう。

「あのね。機動メンバーの新人たちとの親睦を図るためにだよ」
「…………うん?」
「私は訓練で一緒にいることが多いけど、フェイトちゃんはそうでもないでしょ? だから、少しでもフェイトちゃんのことを分かってもらおうと……」
「あ、あのね。なのは。そういう事は分かるけど……」
「キャロもエリオも、もっと身近に感じてもらえるように、少しマニアックな選択をしてみたんだ。楽しみに――」
「出来ないったら!」

 遮るように口を挟むと、なのはは、えー、と驚いたように口を開けている。
 ……私、そんなに変なこと言ったかな?
 だけど、ここで引き下がるわけにはいかない。
 まだたった二問だというのに、このペースでは、この先どうなってしまうか心配でならない。
 これは、辞めさせなければ……!
 密かに、ぐっと拳を固める。
 これは、私の決意の現われなんだ。

「そっか……一生懸命考えたんだけどな」

 叱られた子犬のようにしょんぼりしている。
 ああ、そんな顔をするなんて反則だよ、なのは!
 そんな顔されたら、もう何も言えなくなるじゃない。

「あ、あのね? なのはの気持ちは嬉しいんだけど。その……質問内容をもう少し考えてくれると」
「え? じゃあ、企画自体は賛成してくれるんだ!?」

 ぱぁっと明かりが灯ったように、瞳を輝かせる。
 ああ、なんだか間違えたような気が――ううん、確実に間違えた。
 だけど……なのはが嬉しそうな顔をしてくれたら、良い……かな?

「う、うん。だから、もう少しだけ」
「じゃあ、あのね? 一応考えてある分を言っていくから、どれを使って良いか教えてね?」
「わ、分かったよ、なのは」

 うきうきとしながら、なのははメモ用紙を取り出す。
 それで、チェックしていくみたい。
 こうなったら、私も本腰を入れてかからないと。
 膝の上で固めた拳は、それほどの時間を待つことなく、違う意味を持つ羽目になってしまった。


 


「フェイトちゃんの、好きな飲み物は?」
「……(それぐらいなら、良いかな?」
「答え。私の作ったキャラメルミルクです」
「そ、その前置きは必要なのかな」


「フェイトちゃんは、あーん、するのが好き? それともされるのが好き?」
「……(なにの参考になるんだろう」
「答え。どっちも好きです」
「答えになってないし、そんなの言わないでったら~」


「フェイトちゃんは、忙しくてたまに下着を着けないまま出勤することがある」
「……(そ、それは!?」
「答え。秘密です。うふふ」
「だったら問題にしないで~」


「フェイトちゃんは、本当はメガネをかけている?」
「……(これは問題にならないんじゃ」
「答え。私がかけさせます」
「い、一応止めてくれないかな」


「フェイトちゃんは、ラブレターをもらったことがない?」
「……(そういえば、ない気がする」
「答え。"なぜか"くれる人がいません」
「……あとで、お話しようね」


「フェイトちゃんの、使っているシャンプーは?」
「……(これぐらいは」
「答え。私と一緒です」
「そ、そういう答え方駄目!」


「フェイトちゃんは、どこから身体を洗うでしょう?」
「……(エリオには刺激が強いんじゃ」
「答え。私が洗っています」
「だー、駄目駄目!」
 ・
 ・
 ・
「うーん。そろそろ終わりだよ」
「そ、そう……」

 本当になのはは100問用意したようだったけど、その殆んどが採用不可なものだった。
 駄目だよ、と私が言うと、しょんぼりしては、揺さぶられてしまうのだけど、直ぐに持ち直して次の問題を出してくれる。
 私は、慌てたり、機嫌をとったり、ガッカリしたり、顔を赤くしたり、それは大変だった。
 もう、グッタリしてしまって、初めは座っていたけれど、今はベッドにそのままうつ伏せになっている。
 ……本当に、なのはと一緒にいるのは大変だ。

「じゃあ、これで終わりにするね」

 嬉しい。
 流石にこのままでは身体が持ちそうにない。
 明日だって朝は早いのだし、このまま日付が変わってもベッドに潜り込めない事態だけは、避けたかった。
 のろのろと頭を上げ、なのはが最後の問題を出してくれるのを待つ。
 そんな疲れた私を労うように、なのははニッコリ微笑んだ。

「約第100問。フェイトちゃんの背中の黒子は、一体いくつあるでしょう?」
「…………え?」

 問題を読み終わるか終わらないかの内に、なのはの腕が伸びてくる。
 その意図が掴めぬまま、私は見事にその腕に捉まってしまう。
 上から圧し掛かるように、抱きついてくるなのはに、押し倒されてしまった。

「あ、あの、なのは?」
「うん?」

 楽しそうに答える声が、私の耳をくすぐる。
 それがくすぐったくて、身を捩るけど、なのはの腕にすっぽりと納まってしまった私は、身動きが取れなかった。

「その……答え、は?」
「えへへー」

 照れるように笑いながら、私の耳に、ふっと息を吹きかける。
 思わず情けない声が漏れてしまう。
 すると、またも、えへへー、と笑う声が聞こえた。

「それは――コレから答えあわせをするなのー!」
「きゃー!?」

 

 結局、その日も、日付が変わる頃にはベッドに入ることは出来たのだけど。
 私は随分遅くまで、眠らせてもらえなかった。


 この企画。なのははどこまで本気だったのかな。
 真相は……闇の中の方が良いのかもしれない。きっと、分かったところで、私にはどうしようもないんだ。
 そんなことを考えながら、なのはの笑顔を脳裏に浮かべ、睡魔に身を委ねるのでした。

 

 

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2008年6月21日 (土)

忘れ物、厳禁!?

 
「先生。教科書忘れちゃったので隣のフェイトちゃんに見せて貰います」

 授業が始まり、みんなが着席するなり、なのはが元気よく手を上げます。
 何のことかと思ったのは、私も例外ではなくて、何なのかと気になれば「教科書忘れちゃった」。
 当然にびっくり。
 だって、それは、授業に必要な教科書を忘れた、ということを先生に報告するような態度では到底なかったから。
 そう思ったのは私だけじゃなくて、先生も同じだった見たい。

「え、あ、はい。どうぞ」
「えへへ。よろしくね、フェイトちゃん」
「う、うん」

 なのははゴトゴトと椅子を寄せます。

「あ、あのね、なのは?」
「なぁに? フェイトちゃん」

 にっこりと笑う、その笑顔に思わず、言うまいか悩んでしまうけど。
 けど、一応は言っておいたほうが良いのかな?と、とても消極的な考え。
 別に、なのはを責めるつもりはなんだけど、取りあえず、私以外にも思っているだろうことを聞いてみた。

「こういう時って机も一緒に寄せるんじゃないかな」

 なのはは私にぴったりとくっ付いて、一つの机を二人で使っている状態になっています。
 私としては当然のこと――一番は先生かもしれない――を口にしたつもりだったけど、なのははそうじゃなかったみたい。
 不思議そうに私の顔を見つめては、少しだけ首を傾げる。

「……そう?」
「そ、そうだよ! だって、なんていうか、その……狭すぎるし」

 余り心にも思っていないことが、飛び出してしまった。
 なのはと肩の触れ合う距離というのは、この場面でなければ歓迎すべき状況なのだから。
 もっと他に言いようはあったかもしれないのに。
 これでは、私がなのはとくっ付くのを嫌がっているように思われてしまうかもしれない。
 でも、こんな言い方になってしまって……
 そんな後悔は、見事に当たってしまうのでした。

「う……ん。ごめんねフェイトちゃん。私、邪魔みたい」
「う、ううん! そんな事ないよ! その、あの、えっと!」

 悲しそうに眉を下げ、視線を逸らすその姿は見るに耐えなかった。
 違うんだよ、なのは。
 私はそんなことが言いたかったんじゃないよ。
 正直な気持ちを、明言してしまうのは、授業中だということも手伝って、流石に躊躇われたけど。
 それでも、なるべく、口下手なりに、なのはが隣にいてくれる事は嬉しいんだよ、という思いを伝えた。

「……そうだよね! 一緒で大丈夫だもんね!」

 私の言葉を聞いて、一瞬の沈黙。
 その後訪れたのは、朝の太陽のように、温かな、私の好きな笑顔。
 ああ、これで良かったみたい。
 その気持ちは、自分の胸のうちが伝わった、ということよりも、なのはに笑顔が戻ったことによるものでした。
 再び触れ合う、お互いの肩と肩。
 なのははお行儀よく、椅子に座っています。

「えへへー。あ、先生。どうぞ授業をお続けください」
「――え、え? あ、そ、そうね!」

 慌てて先生を見るに、呆然としていたみたい。
 けれど、なのはの言葉に我を取り戻し、さっとスーツの襟を正します。
 教卓の上に置いた、先生用の分厚い教科書を持ち、チョークを片手に。
 少し遅く、授業は無事に開始されました。

「私が教科書めくってあげるからフェイトちゃんは板書に専念してて良いよ」

 まだ日本語の読み書き――特にカンジが難しい――に不自由な私にとって、板書は大きな障害です。
 先生の指示で教科書を読み、板書を読み取り、それをノートの書く。
 この、同級生の誰もが不自由を覚えない作業が、私を日々、悩ませていたのです。
 そこに大きな助けが。
 隣で――ぴったりと寄り添うように座って――教科書を捲り、どの辺りのことなのか、指で教えてくれる人。
 私は、その大好きな人の好意に、素直に甘えることにします。
 ――このくらいなら……良いよ、ね?

「教科書見せてもらってるお礼だよー」
「わ、わ! 駄目だったら。今は……授業中なんだから」

 お礼だよー、と言い終わるか終わらないかのタイミングで、教科書を離れる指。
 その指、ううん、その腕の行き先は、当然というか、私の身体でした。
 元々、隙間なくぴったりとくっ付いていたせいで、注意する間もなく、私はなのはの腕の中に。
 駄目だったら、なんて言葉が出たのは、すっかり抱きつかれてしまった後です。
 想定していなかった事態に、胸はドキドキと高鳴ってしまって、目の前のなのはだけが、頭の中を占めてしまっています。
 それでも、今は授業中だ、という理性だけは何とか働いて。
 少しの沈黙の後、なんとかそれだけは口にすることが出来ました。
 これで、またなのはが寂しげな顔をしたらどうしよう。
 そう、思わなかったことはないけど、こればかりは駄目だ、という意思の下に。
 するとなのはは、私の心配が杞憂であることを、証明してくれました。

「じゃあ、授業終わったらしてあげるねー」
「(高町さんがあんな子だったなんて……)」

 ホッとする。
 けれど、このやり取りをそんな風に思ったのは私だけ。
 先生を筆頭に。
 他の、この同じ教室にいる人たちは、まったく別のことを考えていたことに、私はさっぱりと気付きませんでした。

 

 

 一つの机を二人で使う。学校の机は一人用だから少し、ううん。結構狭い。
 だから、私となのはの椅子は、自然とぴったりくっ付くことになってしまう。
 しかも、教科書は見やすいように、机の真ん中に置いてある。
 そのお陰、といって良いのか分からないけど、見ようとする、そのタイミングが合ってしまうと、なのはと頬がくっつきそうになっちゃう。

「わ、ご、ごめんなのは」
「私こそごめんね?邪魔だった?」

 今日、何度目かのやり取り。
 そんな風にくっ付きそうに――その内何回かは実際にくっ付いてしまって――なる度に繰り返して。

「ううん。ちょっとびっくりしちゃっただけ」
「そっか。でもこれじゃ見辛いよね。はい、フェイトちゃん」
「いいよ。なのはが教科書めくってくれるって言うから」

 そして、これもお約束。
 なのはは、これはフェイトちゃんの教科書なんだから、と私に見る位置を譲ってくれる。
 けれど、教科書を捲ってくれるのは、なのはなんだから、と元の位置に戻す。
 それでもなのはは、譲ってくれない。

「駄目だよ。今日は私が見せてもらってるんだから。フェイトちゃんが見易いようにしないと」
「なのは……」
「フェイトちゃん♪」

 決して押し付けがましくない、けれど相手に有無を言わせないというのか。
 こういう風に、私を気遣ってくれる。
 なのはなりに、私に対して遠慮してくれる、というのは、悪い気がする以上に、とても嬉しい。
 だから、というか。
 結局のところ、私はなのはの言う通りになってしまって。
 そのたびに、胸の高鳴りは激しさを徐々に増していって、身体も少しずつ熱くなっていく……ような気がした。

「(授業中なのにこの私語の多さ。二人ともどうしちゃったのかしら……)」

 

 

「ふう。疲れた」

 なのはがベッタリするものだから、中々集中出来なくて、手伝ってもらったのに、板書はいつもより滞ってしまった。
 その集中できない原因は――胸がドキドキして、頭がクラクラしちゃって、まるで熱が出たみたいに。
 授業が終わるたびに、なんとか平静に戻そうと努めるのだけど、一度も上手くいかない。

「顔も赤くなってるしね」
「そうか――って!? な、なのは!?」

 水道で手を洗い、その水の冷たさでひんやりとしていると。
 いつの間にか、なのはが私の横に立っていた。
 全然気付かなくて、思わず声を上げて、後ずさってしまう。

「フェイトちゃん、もしかして風邪?」
「ど、どうしてそう思うの?」
「え、だって。顔も赤いし、授業中も何度かポーっとしてたから」

 心配するように、少しだけ眉をひそめる。
 でもね、なのは。
 それはなのはが原因なんだよ――なんて、私は間違っても口に出来なかった。
 決して、なのはを気遣ったわけでなくて、単にそれを真正面から肯定するのが恥かしかったから。
 しかも、こんな風になのはを想うなんて、私自身、どうして良いか分からないし、なのは自身も、急に聞かされたら驚いちゃうかも。
 だから、本当の原因を口にすることは出来ないの。

「あ、それは、その……ううん。大丈夫。うん、本当だよ?」
「だーめ。ちゃんとお熱計って確かめましょうねー」

 伸ばされた腕は私の前髪を上げ、同時に自分の前髪も同じようにする。
 どうするのかと思っていると、なのはが顔を近づけてきた。
 どうしよう!?
 何をするのか分からない不安と、私を見つめたままの青い、なのはの瞳が近づいてくることで、胸の高鳴りは最高潮に達していた。
 思わず、怖くなって目を瞑ってしまった、次の瞬間。
 ――こっつんこ♪

「うーん。結構高いみたいだよ? 保健室に行こう?」
「……え、え? う、ううん! 大丈夫だったら!」

 慌てて否定する私に、なのはは、そっかー、などと言って、思ったより簡単に引き下がってくれた。
 ホッと胸を撫で下ろす。
 もしあのまま、お凸をくっつけていたら、本当に保健室のお世話になっていたかもしれない。
 取りあえずの難を逃れたことに安心していると、とんでもない、驚くべき、なのはの声が耳に飛び込んできた。

「そっか。じゃあ、次の授業も"教科書忘れちゃった"んだ。よろしくね、フェイトちゃん♪」

 にっこりと。
 でも、それは、明らかに今までと違う趣旨を孕んだ笑顔。
 私の返事を聞くこともなく、腕を捉まれ、教室へ連れて行かれてしまう。
 顔は見えないけれど、楽しそうにしていることが伝わってくる、なのはの後姿を見つめて。
 ――ああ、私の熱はまだ上がりそう。
 そう思っては、次の授業に想いを馳せるのでした。

 

 

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2008年6月 9日 (月)

子守のエチケット 後

 
「ただいま~、ヴィヴィオ~。元気してたかなぁ?」

 夜遅く、訓練に事務仕事と、全てを片付けて帰ってくるママ二人。
そのために帰りは当然に遅くなるわけで、その時間帯にはヴィヴィオは寝ていることが多いのですが、今日は珍しく起きていたようです。

「うん! ヴィヴィオ、元気にしてたよ~。あ、あのね、ママ。今日ね、あのね――」

 不思議~、とばかりに話すその姿とは別に、二人のママは別の理由で娘と同じような表情を作るのでした。
あのザフィーラがどこかへ出かけるなど、聞いていなかったからです。
子守を任され、いくらアイナがいるとはいえ、説明もなしに放り出すような性格でもないことも分かっています。
これは何かあったのでは―――二人に一瞬緊張が走るのでしたが。
それも、娘の可愛らしい、元気一杯な声に掻き消されてしまうのでした。

「あ、ザフィーラ!」
「済まんな。急用が出来てしまって」
「ふ~ん。……あっ、なんだかすっごく良い匂い! それに、ぴかぴか!」

 自動扉が開き、外の冷え込んだ空気とともに入ってきたのは、見慣れた大きな蒼い犬でした。
二人のママの間をすり抜け、駆け寄った娘は、なんの躊躇もなしに抱きつき、その感触の違いを口にします。
それは、離れたところにいる二人にすら分かるほどの違いで、思わず当人の返答を固唾を飲んで待ってしまうのでした。

「そうか。これなら大丈夫そうか?」
「だいじょう……うん! ザフィーラ、とっても可愛い!」

 首の辺りに腕を回して、ぴょんぴょん跳ねるのは、背中に乗せて欲しい催促の合図。
伏せをするように屈めば、それにタイミングを合わせ、慣れた感じで背中に飛び乗ってきます。
首の周りの長い毛を、しっかり掴んだのを確認して、ゆっくりと出発です。

「では二人とも。ヴィヴィオを部屋に連れて行くが、構わんか?」
「あ、はい、ザフィーラ。お願いします」
「ママたちも早く来てね~? じゃあ、ザフィーラ。しゅっぱーつ!」

 まるで西部のガンマンのように、颯爽とザフィーラを乗りこなすヴィヴィオ。
少しばかり上体を揺すっては、きゃっきゃっと喜ぶ背中の少女の態度に満足したのか、その尻尾は左右に大きく、ゆったりと揺れています。
そんな長閑な光景に、当初の疑問など忘れ、なのはは安心するのですが、もう一人のママはその疑問を忘れることなく、念話で答えます。

『なのは。今日ザフィーラが出かけてた場所。何となく分かるよ』
『え、そうなの?』
『うん。きっとトリミングに行ってたんだね。ほら、あの尻尾』
『しっぽ? う~ん、確かに毛並みは良くなってるような気はするけど……』
『アルフと一緒のところだね。毛並みの感じが一緒だもん」
『ふうん、そういうモノなんだ』

 フェイトの、なにか懐かしむような眼差し。
執務官という仕事に就いてからは、アルフと会う時間が減ったようで、それは双方が気にかけていることでした。
けれど、お互いにすることがあり、それは仕方ない、と示し合わせたように口を揃えるのですが。
いくら心が繋がっていると言っても、触れ合えぬのは、やはり寂しく感じるのかしら、とその瞳に宿る色を見るなのはでした。

 

 

「なぁなぁ、なのはちゃん。知ってる?」

 それは数日後。
さしたる事件もなく、平穏という以外に言いようのない日々の中。
朝一番。
朝食をとるために食堂へ現れたなのはとフェイトの元に、はやては開口一番、そう言ったのでした。
その顔たるや、ニンマリと口の端を持ち上げ、その目尻はだらしなく下がっているのでした。
声をかけられた二人に緊張が走ります。
今までの経験からいって、どうせ碌なことを考えていない事は明確だからです。
しかし、そんな考えを微塵も表に出すことなく、朝の挨拶で応えます。

「おはよう、はやてちゃん」
「んもー。つれないんやから。あんな、フェイトちゃんやったら知ってるかな?」
「さ、さあ……」
「そんなんやったら、ほれ。先にご飯、食べることにしよか」

 いきなり知っているかと聞かれても、知らぬとしか答えられず、その応えは当然でしょう。
はやても、それで機嫌を悪くすることはなく――寧ろどうでもいいと言いたげに――話のし易そうな環境を整えることにしたようです。
トレイに朝のランチを受け取り、窓辺からテーブル二つ離れたところへ陣取り、うずうずと仕方ないはやては、早く来いと言いたげな瞳で二人を見つめるのでした。

「あんな? ヴィヴィオと一緒におるから、二人ならちょっと気付かへんかったかなぁ、と」
「特に変わったところはなかったと思うけど。フェイトちゃんは?」
「ううん。私も特に」

 話が掴めぬままに、さして興味を示すことなく、ランチを口に運んでいく二人。
 この態度に、さほど引っ張っても仕方ないかと、はやては本題を切り出すことにします。
おほん、となるべく興味を引くよう咳払いをしてから、ゆっくりと、はやる興奮を抑えながら。

「あのザフィーラにな? 女が出来たんやないかな~って」
「……ふうん。ザフィーラさん、そんなチャンスあったんだ」
「なんでそう思ったの?」
「あんな。最近なんや身だしなみにエライ気をつけるようになったし。そうそう、食事なんかも」
「別に普通じゃない? 犬の姿のままでいると忘れがちになっちゃうけど」
「健康に気をつけることは良いことだよ」

 その時のはやての顔と言ったら、苦虫を噛み潰したというか、鼻の頭に皺を寄せ、年頃の乙女のする顔ではありませんでした。
 しかし、二人にとってそれほど好奇心をくすぐられる話ではなかったのですし、そういう至極真っ当な反応になったのは仕方ないのかもしれません。
そんな予想外の反応にもめげることなく、直ぐに気を持ち直しては、彼是と自分の直感が正しいことを説明するはやて。
お喋りなんてものは、してしまうことが目的で、あわよくば聞いてもらえれば良い、という程度。
それが分かっているのが手伝ったのか。
傍から見ると、多少。二人の反応は冷たいモノになっていたかもしれません。

「ふ~ん。でも、日中はヴィヴィオのお守りに、六課の門番でしょ? そんな時間ないと思うけどなぁ」
「ふふふ。その限られた時間の中で逢瀬を重ねるのが醍醐味やないの」
「じゃあ、ザフィーラさんがどこか出かけたところ。見たの?」
「誰かと通信してるとか?」
「…………んや。全然」

 周囲に聞こえるほどの、はっきりとした溜息。
あれほど熱弁したというのに、たった二言。
それも、ひどく初歩的な疑問に対し、それには応えられないと、あっさりと否定されてしまいました。
 しかし、それで諦めるはやてではがありません。
逆境でこそ、己の実力が試されるのだ!と言わんばかりに拳を固め、材料探しに駆け出して行くのでした。
……話につき合わせた二人に、礼の一言もいわずに。
やはり、話すことが目的で、真面目に聞いていたのが馬鹿馬鹿しくなると同時に、無自覚な反応は、やはり正しかったようです。

「……ねぇ、なのは。多分、なんだけど」
「うん。なんとなくフェイトちゃんの言いたいことは分かるよ。けどなに?」
「あのね。完全にはやての勘違いだと思うんだ。悪いかな、と思って黙ってたんだけど」

 あっさりと頷くなのは。
けれど、あの入れ込みようでは、当分つき合わされそうですし、下手をすれば一騒動起きそうです。
ここは、はやてよりも先に話題の中心人物に接触を図り、真相を確かめるべきだと。
思い立ったが吉日。
娘の前では決してしないような、少し行儀悪く朝食を片付けると、娘と、話題の中心人物の待つ自室へ向かうのでした。

 

 

「なるほど。主がそのようなことを」

 時間はなく、単刀直入に確かめれば、当の本人はさして驚いた様子もなく。
むしろ、最近、主が自分を見つめる視線の意味が分かった、と安心します。
 なのはとフェイトにしてみれば、この態度に安心させられるのですが、今のはやてには火に油を注ぐ羽目にならないか?という心配も尽きないのも正直なところです。
そんな心配は、次のザフィーラのこんな一言で、余計に膨らんでしまうのです。

「……だが。強ち間違いとも言い切れん辺り、流石主と言うべきだろうか」

 ふっ、と笑うように。
今までのザフィーラからは想像出来ないようなその態度。
 これを知られては大騒ぎになってしまう。
二人はこれからどうするのかと、緊急対策会議を念話で行います。
しかし、そんな二人の苦労など知らない愛娘は、元気に駆け寄るなり、朝の挨拶をしてくれるのでした。

「今日はヴィヴィオ、早起きだったでしょ? あのね。ザフィーラと遊びに行くの」
「へ、へ~。どこまで?」
「えっとね。そこの中庭まで。花壇のお花が綺麗だーって、キャロお姉ちゃんが」
「そっか。だったら宜しくね、ザフィーラ。私たちも後で様子を見に行くから」

 色違いの瞳と、朝の光のようにすら思える髪を蓄えた娘は、これまた艶やかに、空の青とも違う蒼を湛えた毛並みの狼に跨ります。
これから朝食に行くのだそうです。
先日の通り、「しゅっぱーつ!」の掛け声とともに部屋を出て行く二人。
どうするのか、とそればかり考えていた二人には、ザフィーラの尻尾の揺れの意味に気付かないのでした。


 
 おしまい。

 

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2008年6月 7日 (土)

子守のエチケット 前

 
「ヴィヴィオ。ママたちお出かけするね?」
「うん。いってらっしゃい、ママ」
「行って来ます。ちゃんと、アイナさんとザフィーラのいうこと、聞いてなくちゃ駄目だよ?」

 視線を合わせ、優しく髪を撫でる金の髪のママに対し、元気一杯に答える少女。
その返事に満足したように二人のママが出かけていくのを、これまた元気一杯に手を振っては見送るのでした。
音もなく――安全上、僅かにするのですが――扉が閉じられれば、しんと静まり返る部屋。
大好きなママが二人、仕事に出かけてしまっても、寂しがることはありません。
膝より少し長いスカートを翻しながら、少女はパッと笑顔を作るのでした。

「ザフィーラ。今日は何して遊ぶ?」

 スカートが落ち着き、可愛らしく足を揃えて尋ねる少女。
それに対し、目の前の青い、大きな犬は表情一つ変えずに答えます。

「まず。顔を洗ってからだ」

 少女は大きな犬を従え、意気揚々と洗面台に向かうのでした。

 

 

「ザフィーラぁ。タオルぅ」

 お手製の踏み台に乗り、顔を洗ったヴィヴィオは、目を瞑ったまま手だけでタオルを要求します。
 呼ばれたザフィーラは、器用に口にくわえたタオルの端を、その小さな手に乗せてやります。
ふんわり柔らかに洗濯されたタオルで、ゴシゴシと水気を取っていく様子に、もう少し柔らかに拭くように教えるべきか悩むのでしたが――
ふと、その手が止まります。
いつもなら、最後にお凸を拭いて終わる手が、今日は顎の辺りで止まり、そのまま止めてしまったのです。
そして、ゆっくりと離せば、マジマジと見つめています。
 なにかあったのだろうか。
当然そう思わせる行動に対し、ヴィヴィオは顔だけ向け、少しばかりの不機嫌さを乗せ、こう言いました。

「……このタオル、臭いよ」

 ずい、と鼻先に押しやられたタオルの確認をしますが、何も感じることはありません。
白いタオルに視界を阻まれたまま、分からない、と答える自分に対し、ヴィヴィオは、絶対違うよーと抗議します。
彼女が嘘を言っているとは思えませんが、少なくとも自分のほうが鼻は効きます。
どうにか、タオルの向こうでご機嫌斜めな少女を納得させねばならぬ、と考えていれば、不意を突くように白い壁が取り払われます。
何事かと思う間もなく、代わりに伸びてきた手に口を捕まれると、その不機嫌な顔は真正面にあるのでした。
目を瞑り、すんすんと鼻を動かすヴィヴィオ。
加減が効かないのか、思いのほか強いその手に身動きが取れずにいると、少女の鼻は納得したように止まるのです。
手と顔を離し、開かれたその色違いの瞳には、自信以外の何ものも読み取れぬ光が宿っているのでした。

「このタオル。ザフィーラの口と同じ臭いだよ~」

 どうだ――と言わんばかりの表情に、それ以上の衝撃を受ける。
それもそのはず。
毎日仲良くしていた少女に、目の前で「お口臭~い」と言われたのだから。
このザフィーラ。
生まれてこの方、どれほどの時を生きたか記憶は定かでないが。
初めて。人に口が臭いと言われ、ヴィータのゲートボール仲間が入れ歯の臭いを気にしていた理由を理解するのでした。

 

 

「むぅ。どこも汚れてはいないのだが……」

 六課の男子用トイレにある鏡には、ニィッと口を広げて立っている大男の姿が映し出されていました。
銀髪に浅黒い肌。六課一の強靭さを思わせる大きな身体からは、蒼い毛の立派な尻尾が生えています。
そんな、一見奇妙な姿の男は、両の人差し指を使い、口の端を思い切り広げては、ズラッと規則正しく並んだ歯を鏡に映します。
その白い歯には、言ったとおりに汚れなどなく、歯茎の色も健康そのものでした。
普通なら喜ぶべきその状態も、今の彼にとっては、悩みの種でしかなかったのです。

「しかし。臭いと言われたからには、磨かんわけにもいかんだろう」

 ここへ来る前。
売店で歯ブラシと歯磨き粉。そして、口臭予防の薬液を買っては、鏡の前に並べました。
チューブから中身をにゅるにゅると搾り出し、歯を磨き始めます。
テレビなどで幾度か目にしたことのある――嘗て、主がヴィータに対して歯磨き講習をしていたときのモノ――光景を思い出し、手を動かしていきます。
中々上手く動きませんが、細かく動かすことと、歯の隙間を綺麗にすることを心掛けて。
口の中に広がる、慣れない味に思わず止めてしまいそうになるのをグッと堪え、歯磨きを続けるのでした。

「これでどうだろうか。……何ともいえぬな」

 磨き終わり、注意深く何度も濯いでは、仕上げに口臭予防の薬液で濯ぎます。
注意書きには一度、と書いてあるものの、万全を期すためにもう一度濯ぎました。
そうした口を、もう一度鏡に映してみるものの、さほど違いは分からず、臭いも取れたのか分かりません。
誰かに確認してもらおうにも、そこまで親しい人もいません。
主に対しては失礼ですし、その他四人の家族も、現在は仕事中です。
その中の一人、緑のシャマルならヒマかもしれませんが、急患でも受け持っているなら、こんな下らない理由で尋ねるわけにもいかず。
ザフィーラは一人、悶々とその大きな身体を抱え、悩むのでした。
鏡の前で大男が一人。
傍から見て奇妙であるし、滑稽以外の何ものでもありませんでしたが。

 

 

「さて。どうしたものか」

 部屋にヴィヴィオを一人置いてきたわけではありません。
顔を洗ったあと、今までどおり接してくれるのでしたが、臭い口が気になって、まともに口の一つも利けないのです。
流石にその態度を不振に思ったようで、何度も自分の態度に対して疑問を口にします。
それでも「口が臭いといわれたから」というのでは、当人にどういう気持ちを抱かせるか不安で、正直はばかれました。
寮母のアイナが来たのを良いことに、少し野暮用だといって、その場を譲ったのでした。

「一旦帰って、また言われたのでは……悪いしな」

 あの不機嫌な顔。
確かにショックではありましたが、もう一度あの顔をさせるのは気が引けると言うものです。
しかし、自分の今の状況を確かめてくれる相手もおらず、ただこうやって、行く当てもなくぶらぶらとしているのですが。

「お、旦那。どうしたんですか、珍しい出で立ちで」

 角を曲がった丁度そこに、六課の運び屋こと、ヴァイスが立っていました。
 普段は見上げるその顔が、いくらか見下げるところにあるというのは、中々面白いもの。
その珍しさを噛み締めていると、見つめられる男は、どうにも怪訝な面持ちで答えるのでした。

「な、なにか付いてますかね。俺の顔に」
「――ん、いや。そうではなくてな。済まん」
「いや、それなら良いんですけどね? ところで、どうしたんですか」

 再び疑問を口にするに、目の前の光景が不思議でしょうがないようです。
それもそうでしょう。
この六課の中で、機動メンバーとの付き合いが長い部類に入る自分としても、一番目にするのは犬の姿。
それが珍しく人間であるとすれば、何かあったのか――と思うのは当然かもしれません。
 別にない訳ではないのだがな。
そんな正直な返答も、いくらか付き合いが長いとは言え、戸惑いを覚えさせたようです。
しかし、いきなり「口が臭いかどうか確かめてくれ」とは言われれば、相手を怪しむのは当然でしょう。
かと言って、答えなければ目の前のヴァイスに、それはそれで悪い気もします。
長いような、それで一瞬のように考えを巡らせては、一番無難とも思える返答をするのでした。

「忘れんようにな。いつ必要になるとも知れぬし」
「へぇ。たまにしないと忘れちまうモノなんですか? そういうもんなんですかい」
「……ああ。でだ。久しぶりにこの姿になってな」
「気になることでもありますかい? 見たところ、特に問題はなさそうですけど」

 周りをぐるっと一周しては、大丈夫だと太鼓判を押してくれるヴァイス。
 実はそうではないのだ、とせっかくの好意を無下にしても、目の前の男は嫌な顔一つせず、次の言葉を待ってくれます。
こうなれば、相手の好意に甘え次いでだ、と本題とは少しばかり離れた質問をすることにするのでした。

「身だしなみはどうしている? 余り、いままで気にしたことがなくてな」
「なんでい旦那。そうならそうと言ってくれりゃ」
「……お前の想像しているようなことではない。残念だが」
「へへへっ。みんなそう言うんですよ」

 何も恥かしがることはないのに――と肘でわき腹を突付いてくる。
考えてみれば、さほど外れているわけでもないかもしれん、とこれ以上引っ張らず、勝手に任せることに。

「そうっすね。まあ、こんな仕事ですから、最低限ってとこですかね」
「ふむ。ところで口臭はどうしている? 外見からでは分からんだろう」
「ああ、それなら。売店に売ってませんでしたかね。もちろん、食後の歯磨きは忘れてませんぜ」

 なるほど。そう言うものもあるのか。
ヴァイスがいうには、口臭を防ぐモノは他にもあるようです。
それだけ聞いて立ち去るのも礼儀に欠けるとは思うザフィーラでしたが、善は急げ。
何を考えているか大方想像つきますが、ニヤニヤと口に端を持ち上げるヴァイスをその場に残して、売店へ急ぐのでした。

 

 

 よく考えると、自分は肉食が中心で、野菜の類を余り口にしないことを思い出しました。
どうにも肉食と言うのは臭いの原因になり易く、体臭まで変わるとのことです。
そうだとすれば、今までヴィヴィオが「臭う」との一言を発しなかった方が不思議に思えてくるほどです。
主を始めとした家族の面々は――特に守護騎士他三人――、その臭いに慣れていただけで、実際は違ったかもしれない。
これからは健康に気をつける意味も込めて、食事にも気を使おうと思うのでした。

「風呂にでも入ったほうが良いだろうか」

 こうなると、どことなく身体もむず痒くなってくる気がしてきます。
普段犬の格好でいれば、特別汚れたときに入るだけで、そうでなくても臭ったりはしません。
そういう経験に基づいていたとしても、もう少し気をつけるべきなような気になるのだから不思議です。
しかし、人間体のまま入っても効果が薄いような気も。
これはどうしたものか――そこで浮かび上がったのは、同じような身の上の旧友です。

「久しぶりだな、アルフ」
『おー、ザフィーラじゃんか。どうしたんだい? 相変わらず辛気臭い顔して』
「……実はな、モノは相談なのだが」

 ここはある程度包み隠さず――なぜ悩んでいるのか別として――説明をすることにします。
するとアルフは大笑いしながらも、真摯に答えてくれるのでした。
目に涙を浮かべながら。
こちらとしては、そこまで笑うものなのかと、不満に思わなかったと言えば嘘になりますが、立場上、強くもいえません。
しかも、悪気がないことも分かっているのですから、黙って礼を言い、通信を終えるのでした。

「なるほど。トリミングというものがあるのか」

 男の自分としては、さっぱり興味のないものですが、そこは女の子。
アルフは定期的にそこへ出かけ、毛並みを整えてもらったりしているとのことでした。
使い魔は、それほど大きく体型が変わったりしないものですが、精神衛生上の問題と言うのです。
そこで、アルフ御用達の使い魔たちが通う専門店を紹介してもらい、そこへ行くことに決めました。

 

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2008年5月31日 (土)

素直じゃないね

 
 ありがちなお話。
 
「ヴィータちゃん、お待たせ~」
「お待たせ~、じゃねーよ。どんだけ遅れたと思ってんだ」
「ごめんごめん。ちょっと急用が入っちゃって」
「常套句だな。次からは道中でまともな言い訳考えとけよ」
「んもー。そんなにむくれないの~。せっかくの可愛い顔が台無しなの」
「ケッ。台無しにしてんのは何処のどいつだってんだ」
「ごめんったら。あ、ほら。ほっぺも冷たくなってるよ」
「うひゃ!? だ、大体! 冷たくなったのは誰のせいだと思ってんだよ!」
「じゃあお詫びに温かくしてあげるね~」
「んぎゅ。……お前なぁ、ホントに反省してんのか? ただ抱きつきたいだけだろ。うん?」
「ああ。ヴィータちゃん、冷たいなぁ」
「ああ。こんな寒空の下でお前を待ってたからな」
「うう……そういう意味じゃなくて~」
「なんのために携帯持たせてんだ。ちゃんと連絡してこい」
「……は~い」

 
「あ、そうそう。この間ね、テレビで言ってたんだけど」
「またテレビの話か。お前はそれ以外に喋ることないのか?」
「いいの。それでね、手が冷たい人は心が温かいんだってー。そう言ってたの」
「なんだそりゃ。なんの根拠もないんだろ、どうせ」
「うん。でね? ヴィータちゃんの手は……冷たいね」
「――! あ、アホ。そりゃこんなとこで立ってたからだろ。関係ねーよ」
「そうかな。私はヴィータちゃんに限っては当たってるんじゃないかな~って」
「だ、だから……もう良い。勝手にしろ」
「そうするね。あ~、ヴィータちゃんの手は冷たいなぁ。あ、ねぇねぇ。じゃあ、私はどうかな?」
「お前か? そりゃ……温かいだろ」
「えー。この前振りでその答えなの~?」
「うっせーよ。そうでなきゃ、アタシの手を温められないだろ。アタシの手は……冷たいんだからさ」
「……うん。そうだね」
「……あー、温けーなー。お前の手は温けーなー」
「じゃあ、これから寒い日はずっと私が温めてあげるね。ヴィータちゃん」
 

 
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2008年5月17日 (土)

敵わない

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2008年5月 4日 (日)

雨の日はあなたと。 後

 
「あ~あ、今日も疲れたぁ」

 午後の訓練を終え、すっかり日の落ちたミッドチルダ。
訓練場を出た四人は、そうであるはずの光景が違ったことに違和感を覚えるのでした。

「あれ? まだ雨が降ってるよ」
「今日の予報では夜には上がるって言ってたのに」
「傘……持ってこなかったです」

 大きな月が自分たちの帰り道を照らしてくれるはず。
そうであるはずの夜の風景は、相変わらずどんよりとした暗さに満ちていたのでした。
しかも、ドアを開けた瞬間、耳に届くのは昼から続く雨粒が地面を叩く音。
予報では夜までにあがると言っていた雨は未だに降り続いていたのです。
流石に雨脚は弱まってはいましたが、それでも全く無視できるほどには弱くなかったのです。
滅多に外れない予報を前に、困惑の言葉を口にする三人。
しかし、そんな三人とは変わって、全く動揺していない人がいたのです。

「でもこのぐらいなら走って帰れるよね。じゃあ隊舎まで――ぐぇ! ちょ、ちょっと何するのティア~」
「待ちなさい、スバル。傘ならちゃんとあるわよ」
「良いったら~。どうせ直ぐにお風呂に入るんだし濡れても大丈夫だもん」
「ダーメーよ。そのベタベタのまま歩き回って。それを誰が掃除すると思ってんの?」
「…………ごめんなさい」

 襟首を掴み、有無を言わさず傘を差すことに同意させるティアナ。
スバルはすっかり大人しくなって、まるで母親に叱られた子犬のようになっています。
ティアナの口ぶりから、自分たちの会う前から何度かこういうやり取りがあったのかな、と思うエリオ。
しょげたスバルを可愛いと思いながらも、頼もしいティアナの様子にちょっぴり憧れるキャロでした。

「全く。いつまで経っても子供なんだから」
「まだ子供だよ~。ったた! 痛い!」
「屁理屈捏ねないの。ああ、心配しなくて良いわよ。二人の分もあるから」
「わぁ! ありがとうございます」
「それにしてもティアさん。雨が止まないって分かってたんですか?」
「え? う~んと……まあ、今日は偶然持ってたって言うか……そんなことは良いから。はい、これ」

 左手にもった二本の傘を差し出します。
流石ティアナさんだ、とキャロはお礼を口にしながらその傘を受け取ろうとします。
けれど、二本目に手を掛けたところで、スッと手を引かれてしまったのです。
思わず小さく声を漏らしていますキャロ。
その隣ではエリオも当然驚いています。

「先に言っとけば良かったかしら。傘、二本しか持ってきてないって」
「えっと。それじゃどうやって」
「エリオ? あんたが傘、差してあげなさい。キャロを入れてあげるの。わかる?」
「僕が傘を持って、キャロと二人で?」
「そう。相合傘になっちゃうけど、別に私たち以外見てないし、構わないでしょ?」
「は、はい。でもその……アイアイガサってなんですか?」

 それは私も分かりません。と続けるキャロ。
 これは気に掛けた分も分かってないわね、とティアナは二人の今までの境遇を思い出すのでした。
滅多にあり得ないシチュエーションだとしても、普通、このぐらいの歳で相合傘は嫌がったりするかしら。
でも、この二人にはそういう"普通"がなかったのよね、と。
僅かに湧く自己嫌悪を脇に寄せ、簡単に説明します。
すると二人は、なんだか楽しそうなことに期待を抱き、早速傘を広げるのでした。

「よい、しょっと。じゃあキャロ、入って」
「お邪魔します、で良いのかな。えへへ、なんだか近いね」
「ああ、エリオ。逆の手で持つのよ。そうじゃないと反対側が濡れちゃうでしょ?」
「あ、そっか」

 こっちで良いんですよね? と聞き返すエリオは左手に持ち替え、キャロもすっぽりと傘に収まるのでした。
大人用の傘を持ってきたお陰で、そうしなくても収まってはいたのですが、敢えて黙っていたティアナ。
気遣いを覚えさせるのもありましたが、左肩を意識させることで、キャロに間を詰めさせる狙いもあったのです。
その狙い通りに、二人の間は自然に狭まり、傍から見ても仲睦まじい様子が窺える雰囲気になっています。
そうやって満足そうに眺める視線などお構いなしに、傘の中の二人は、初めての相合傘に興味津々のようでした。

「こんな風にするの初めてで……なんだか緊張しちゃうな」
「私も。でも、なんだか楽しい。エリオ君はどう?」
「僕もだよ。こうして傘を二人で差すのって……じゃあティアさん。僕たちお先に失礼します」

 二人並んで丁寧にお辞儀。
エリオにはキャロを気遣うように。キャロには濡れないようエリオにくっ付いているようにアドバイス。
二人はお互いにその助言を確認すると、ゆっくり雨の中を歩き出します。
小さな身体に不釣合いな大きな傘。
半分隠れてしまった赤とピンクの頭を、ティアナは満足げに見送るのでした。

「さてと。あたし達も帰るとしましょうか……って。なに、その顔は」
「ふふ~ん。ティアったらぁ。そうしたいなら言ってくれれば良いのに~」
「な、なんのことよ。あたしは別にアンタと相合傘がしたいなんて一言も言ってないわよ」
「でも、傘は一本しかないんだよね。どうするの?」
「したいんじゃなくて、せざるを得ないの。四本も持ってこられなかったんだから仕方ないでしょ」

 ティアは嘘を吐くのが下手だなぁ~。
そんなことを口にしようものなら、思い切り叩かれてしまうのは火を見るよりも明らかです。
こんな小さく畳める傘を四本持てなかったなんて、そんな下手な言い訳、小学生だってしません。
それでも、照れ屋なティアナがどういう心境の変化か、自分から相合傘をしたいと言い出すだなんて滅多なことではありません。
 若しかして、そうだから天気予報が外れたのかな――?
またも叩かれてしまいそうな言葉を慌てて飲み込んで、スバルは甘えるようにティアナに抱きつきます。

「じゃあ早く帰ろう、ティア」
「なに抱きついてんのよ。傘持つのはアンタよ。私は入れてもらう係り」
「え~、どうして。あたしはティアに入れて欲しいんだけどなぁ」
「傘を持ってきたのはあたしなんだから、そっちが差してくれるぐらいはしても罰は当たらないと思うわよ」
「……は~い、分かりました~」

 しぶしぶ傘を受け取り、雨粒の落ちる空に向かって広げるスバル。
黙って肩を寄せるティアナ
思わず疑問を口にするスバル。
それに対して、照れたようにそっぽを向いてティアナは答えるのです。

「濡れないために傘を差すんだから、くっ付くのは当然でしょ。ほ、ほら。早く追いかけるわよ」
「は~い。分かりましたよ~」

 雨が降っているというのに、意気揚々と歩き出すスバル。
 相合傘ぐらいで何をそんなに喜んでんだか――
ぼそぼそと呟く声は、それは決して本心ではなくて。
どんよりとした闇が覆う夜。
傘一つという、雨が降りしきる中で雨に濡れない小さな空間。
辺りは全ての気配が形を潜め、代わりに雨粒が滑り落ちる音だけが全てを埋め尽くしていて。
本当に、ここには自分達だけしかいないような錯覚。
隣を歩くパートナーの顔が、普段よりもグッと近くに感じられて。
ティアナは、一人喋り続けるスバルに相槌を打ちながら、可愛らしい笑顔を浮かべていた上官の話を噛み締めているのでした。

 

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2008年5月 2日 (金)

雨の日はあなたと。 前

 
「……雨、ですね」

 正午の鐘を控えた隊員オフィスルームにて、一足早く作業を終えたティアナが呟きました。
窓の外に向けられた視線の先には、厚く垂れ込めた真っ黒な雲。
自らの重さに耐え切れなくなったかのように、ポツリ、ポツリと小さな雨粒がガラス窓を濡らし始めていました。

「予報より少し早かったかな?」
「そう、ですね。朝の予報では午後からって言ってましたから」

 くるりと椅子を回し、ゆったりと腰掛けなおしてはティアナの視線に合わせる高町なのは。
今はティアナの持ってきた書類のチェックをしていたところだったのです。
作業の手を休め、段々と雨脚の強くなっていく様子を眺めています。
返事のために振り返ったティアナには、そんななのはが何だか楽しそうに見えたのでした。
 何を楽しく思っているのだろう。
何故か興味が湧き、手を休めているのなら、この興味の正体を突き止めてみようとしたところで、先に切り出されてしまいました。

「ねぇ、ティアナ」
「は、はい。なんでしょうか」
「ティアナは雨って……好き?」
「雨、ですか……うーん、どうでしょう。子供の頃は余り好きじゃなかったような気がします」
「外で遊べないから? それとも、服が濡れちゃうから?」
「……前者ですね。昔からどちらかと言うと活動的だったので。あ、服が汚れてしまう、というのも」
「そっか」

 何を聞きたかったのだろう。
窓を濡らす雨粒か、その先の雨雲か。外を見つめるなのはの態度をティアナは不思議に思いました。
決して自分の話に興味がなかったわけではなさそう。
でも、それ以上でもなく、どちらかというと「ただ単に聞いてみただけー」なんてスバルと同じことを言いそうな雰囲気。
ここは自分からも聞き返していいのだろうか。
まだ作業に戻る様子はないのだし――
デスクの上に並べられた、チェックを待つ自分の書類を眺めながら思案していると……

「どうかした?」
「え、え?」
「そんなに見つめられちゃうと照れちゃうなぁ、なんて。私に聞きたい事があるって顔してるよ」
「あ、ああ。えっと……一つ、良いですか?」
「はいどうぞ。答えられることなら何でも」
「えっと、なのはさんは……雨、お好きですか?」
「う~ん。そうだなぁ……好き、かな。この雰囲気とか」

 この表情で嫌いなわけないわよね、なんて一人納得しているティアナに、なのはは言葉を続けます。

「どうして? 私が聞いたから返してみただけ? それとも」
「はい。何だか楽しそうに窓の外を眺めていましたから。なにかあるのかなぁ、と」
「そうだったんだ、全然気付かなかったよ。そうだなぁ……うん、そうかもしれないね」
「雰囲気以外にも、なにかあるんですか? 好きな理由」

 すぐさま質問をするティアナ。
普段、あまり個人的な――他愛もない世間話の類を――話をしない相手ですが、逆にそれが後押ししているのかもしれません。
一個人として「高町なのは」その人を知らないティアナに、興味という名の感情がむくむくと頭をもたげていたのでした。
そんな、普段世間話程度も余りしないティアナから話を振られても、さして驚いた様子もないなのは。
窓際にジッとこちらを見つめるその姿を視界の端に捉えたまま、う~んと、伸びを一つするのでした。

「雨が降るとね。傘を差すでしょ?」
「はい。訓練校に入って以降、そういう機会は減りましたけど」
「そうだね。私も本局務めだから、ここ何年かは余りそういう機会に恵まれないけど」
「……」
「それが好きなんだ。雨が降らないと傘、差せないでしょ?」
「それはそうですけど」
「日傘じゃなくて雨傘。それもね……相合傘が好きなんだぁ。えへへ」

 その歳不相応な――といっても自分と三つしか違わないのですが――照れ笑いを、思わず可愛いと思ってしまう。
じぃっと見つめていたのか、なのはに「どうしたの?」などと聞かれ、慌てて視線を逸らすティアナ。
胸のうちを見透かされたようで、思わず逸らしてしまったけれど、返って失礼じゃなかったかしら。
また彼是と心配するのですが、そんな心配も無用だったと直ぐに思い知らされるのです。

「ティアナは相合傘、誰かとしちゃったりする?」
「わ、私ですか!? え、ええっと……スバルとなら、数回――もなかったと思いますけど」
「ふぅ~ん、やっぱりスバルとかぁ」
「や、やっぱりって! そのやっぱりはどこから出てきたんですか!?」
「んも~、照れない照れない。言わなくたって分かってるよー。相合傘っていったら――」
「な、なにか誤解されているようですけど。そんなことありませんから!」
「じゃあ、そんなことって、どんなこと?」
「えっ!?」

 しまった――と、思わず口を押さえるティアナ。
ゆったりと腰掛けたまま、別段表情を変えることなく、けれど楽しそうに見つめるなのはの視線が痛い。
はやて部隊長ほどではないにしろ、やはり年上の貫禄というか、なんというか……
どうやって誤魔化そうかと思案しているところで、くくくっとその表情のまま喉を鳴らすなのは。
何事かと思うティアナに、なのはは「ごめんごめん」と謝るのでした。

「ティアナでもそんな顔するんだなぁって」
「そ、そんなに変な顔、してましたか……?」
「ううん。すっごく可愛かったよ。もちろん、普段も可愛いけどね?」

 にっこり微笑んで、宛も意中の異性を褒めるかのような口ぶり。
ガンとした衝撃に、身体の芯から熱が噴出すようで思わず握る手に汗をかいてしまうティアナ。
 この人は普段から誰に対してもこんな風なのだろうか。
思わず呟くその脳裏には、なのはにぞっこんな二人の姿が浮かび上がります。
初対面では敵対していたはずなのに、最後にはしっかりと説得(というか口説き落とした)されてしまったフェイト・テスタロッサ。
空港火災の最中、危うく命を落としそうになったところで颯爽と現れそのピンチから救われたスバル・ナカジマ。
この調子だと、自分の知らないところでも同じような"被害者"がいるんだろう。
このままでは自分までその被害者リストに名前が載ってしまいそうだ――
ティアナにそれ程の衝撃をもたらした張本人は、一人のほほんと笑っているのでした。

「う~ん、ちょっと話が逸れちゃったかな」
「(み、見事に逸らされちゃたわ……)は、はい」
「その相合傘。なんていうか、雨の日にしか出来ない特別なことってイメージなんだ、私の中では」
「そう、ですか? 確かに余り仲のよくない人と傘を同じくすることはありませんけど……」
「うんうん。だから、相合傘出来る雨の日ってのは好きなんだ~」

 その見つめる先では、降り出した雨は窓を叩くほどに強くなっていますが、防音のしっかりした窓を越すことはありませんでした。
黒く立ち込める雨雲の為に、近くは街灯、遠くにはビル群の警告等が見えます。
それも窓ガラスを流れる雨の為に、明かりが確認できるだけで、しっかりと外の風景を望むことは出来ません。
それにも係わらず、なのはは、これから何処かイベントにでも出かける前かのように、楽しげな表情なのでした。
 流石にこれだけ雨脚が強ければ、相合傘どころではないでしょうに。
そう思わざるを得ない光景でしたが、楽しげにする上官に水を差すのも無粋かと、黙って視線を同じくするティアナでした。

「……まだ、スバルたち来ないね。どうしてた?」
「え、ええっと。多分、いつも通りだと」
「そっか。ならまだ時間かかりそうだね……お昼は? みんなを待って一緒に?」
「はい、そのようにスバルに釘を刺されてしまいましたから」
「じゃあ、まだ良さそうだね」
「何が……ですか?」
「こうやって、ティアナと世間話するの。それに、まだ聞きたそうだったし」
「そんな顔……してましたか?」
「うん。私に興味があるのかなって~って思ってたんだけど。違った?」

 自信満々とまではいかないでも、あっさりと言い切ってしまう。
 普通ならこんな口ぶり、反感を買うのが関の山だが、そう思わせない辺りが強みなのかしら。
何とも得な性分で、自分は決して持ち得ないだろうという気持ちが膨らむも、決して妬んだりすることはない。
同じような性分をもったパートナーの顔を思い浮かべれば、逆に自分は恵まれているのだろうか、と思うティアナ。
しかし、目の前の少女がそんなことを考えているなど露知らず、なのははのん気に話を続けます。

「何ていうのかな。二人きりって感じがするの」
「二人きり?」
「いつもよりくっ付いてられるって言うのかな。それも身体の距離じゃなくて」
「身体、じゃなくて」
「雨が降ってるときって、静かでしょ? 街の喧騒が大人しくて、周りを埋め尽くすのは雨の音ばっかり。
 そんな中に一つの傘に入って。二人でぎゅっとくっ付きあってると、なんだか世界に二人きり見たい――そう思うの」
「……なるほど」
「相手がそう思ってくれてるかは分からないけどね。
 私はそう思うの。でね、そうやって二人きりのまま雨の中を歩いていると、何だかぐっと距離が近くなるような気がして」
「でもそれは、身体の距離じゃなくて」
「うん。心、っていうのとはちょっと違って。意識とか、そういうのが一つになってく気がするんだ」
「意識……」

 窓の外は、相変わらずで、全く手を休める様子がありません。
これだけザーザーと降っては、感慨もなにもあったものではありません。
思わず端末を取り出して天気予報を確認するティアナ。
画面には「夕方ごろには雨脚は弱まり、夜には上がるでしょう」との表示。
朝から変わった様子のない天気予報のそれに、何故かガッカリする気持ちを隠せないでいると。

「私たちのいた世界ではね。こんなに降ったら傘を差してもベタベタになっちゃうんだ」
「確かニホン、でしたよね」
「それでこっちの世界に引っ越してきた時、相合傘をするチャンスが減っちゃうのかなって、残念に思ってたんだ」
「さっき言ってた、外を出歩く機会が減るから、ですか」
「う~ん、それもあるけど。
 こっちの世界は科学が進んでるでしょ? あ、これは私たちのいた世界から見てってことね。
 だから、きっと雨が降っても傘なんて差さないで、別の方法で雨をしのぐことになるんだろうなぁって」
「でも、予想に反してこちらでも傘を差していた、と?」
「そう。とっても小さく畳めたり、撥水が凄かったり、軽かったり……比べ物にならないぐらい便利なのは確かなんだけどね」
「私たちは生まれた頃からそうなので、ちょっと実感沸かないですね。もっと便利にならないかなぁとは、思いますけど」
「そうだね。でも、こんなに科学が進歩してるのに、私たちの世界と雨をしのぐ方法が同じだなんて……不思議」

 感慨深く話すなのはに対して、ティアナはそんなこと疑問に思ったこともなかったと考えていました。
雨が降ったら傘を差す。
それは当たり前のことで、濡れない素材の靴を履いたりするなど不快感を減らす方法は他にもあります。
でもそれ以上のモノを求めたことはなく、こういうモノだと、当たり前のように考えていました。

「まだあったかな。相合傘をするチャンスがなくなっちゃうかなって思った理由」
「なんですか、その理由って」
「天気予報の当たる確率。私たちの世界でもそれなりに当たるんだけど、こっちではもっと確実なのかなって」
「そう、ですね。流石に百%とは言いませんけど、ほぼ、当たりますから。でもそれが」
「あのね。相合傘って一つの傘に二人ではいる事でしょ?」
「はい。どちらかの傘に二人で――あっ」
「ご名答。普通、どっちかが傘を忘れちゃわないと、そういう機会ってないじゃない。
 でも、こっちじゃ急に雨に降られるってグンと確率が低いし、後はうっかり忘れたりでもしないと……」
「前者は滅多にないですし、後者だと相手に因りますよね。例えば……スバルとか」
「アハハハ。スバルってそんなうっかりさんなの?」
「あの子って濡れるの気にしないんですよ。寧ろ喜ぶぐらいで。だから忘れることすら気にしないと言うか」
「スバルらしい……なんて言ったら気を悪くしちゃうかな?」
「良い薬ですよ、スバルには」

 なにかあったのかな? と思わせるティアナの表情。
二人は訓練校時代から同室だと聞いているし、べたべたに濡れたまま部屋に入ったりして怒られたり――
まるで犬みたいに懐くスバルと、プリプリと怒りながらも身体を拭いてあげるティアナ。
見たことも無い光景であるにもかかわらず、その様子がありありと脳裏に浮かんできます。
堪らず笑みを零すなのは。
感の良いティアナは、決して自分にとって楽しくない想像なのだろうと肩を落とすのでした。

「だからね。私は相合傘が好きなんだけど、こっちに来てからはやっぱり機会が減っちゃって」
「そうですね。私も、誰かを入れたりと、そういう事は今までなかったですね」
「今日は珍しく予報が外れたのに、そっちの方向には転びそうになくて……ちょっぴり残念かな」

 楽しそうに見えたのは、予報が外れたこと。
けれどその雨は久しぶりな喜びを否定するかのように降り続いています。
それでも、予報では夜までには上がってしまうという。
午後の訓練は昼食後、数度の休憩を挟んですっかり陽が暮れ、二つの月が夜空を灯すまで続きます。
どちらにしろ、分かっている雨にチャンスは巡ってきそうにあまりせん。
「ちょっぴり」と口にした気持ちとは裏腹に、なのはは仕方ないと思いながらも大きく肩を落とすのでした。

「さて。いつまでも遊んでいるわけにはいかないね。しっかり仕事しないとヴィータちゃんに怒られちゃう」

 窓の外へ向ける未練を振り切るように椅子を回し、放っておいたモニタと書類に向かい合う。
 テキパキと続きをこなしていくその背中は、いつも通りでありながら、どこか寂しさを背負っているように見えました。
こんなことで――と思いながらも、そんな"こんなことで"一喜一憂出来る上官を可愛く思うティアナなのでした。

 

 雨の日はあなたと。 後 >

 

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2008年4月19日 (土)

下らない思いつき

 
「ティアナの髪って金髪っぽく見えるね?」
「え? 私、のが……ですか? 今までそんな風に言われたこと」
「こうやって――日に透かすとね。そんな感じがするんだ」
「あっ――そう、だったんですか」
「へぇ~、流石女の子。ちゃんと気を使ってるんだ」

 訓練の終わった後、ティアナの髪の毛を弄ぶなのは。
ティアナは驚きながらも、絡まり、すり抜けていく指の感触に身を委ねていた。

「……」

 

「あ、アリサちゃん? 久しぶり~、元気してた?」
「そんな心配するなら頻繁に連絡寄越しなさいな」
「それよりアリサちゃん。もう伸ばす予定はないの? せっかくなのに勿体無~い」
「ないわね。大体アンタやフェイトが長くしすぎなのよ。ちょっとは切りなさいって」

 そう言いながらも満更でないアリサは、短くなった髪を弄りながら話を続けている。

「……」

 

「ヴィヴィオ~。たっだいま~。ちゃんとお利口してた?」
「ちゃんと出来てたも~ん。えへへ~」
「よしよし。あ、今日はアイナさんにしてもらったの?」
「うん! この前にママが可愛い~って言ってくれたから~。どう? 今日も可愛い?」
「可愛い可愛い。勿論ヴィヴィオは可愛いよ~、そ~れ」
「わーい!」

 ヴィヴィオを抱き上げ、その豊かで腰のある髪に顔を埋めるなのは。
大好きなママに抱っこされ髪を褒められたヴィヴィオの興奮の度合いは、その頬の紅潮具合から伝わってくる。

「……」

 

「お疲れ様、フェイトちゃん」
「ただいま、なのは――んもう、帰ってくるなり抱きついちゃ駄目だったら。皺になっちゃう」
「二着あるんだから大丈夫だよ~。んー、良い匂い」

 照れて身を捩りながらも振りほどくほどではないフェイト。
少し色素は薄いが艶やかで真っ直ぐと伸びた髪を目一杯愛でるなのは。
先で結んだリボンを解いては、指の間を通っていく髪の感触をジックリ味わうのでした。

「…………」

 

「なのはさ~ん」
「高町教導官~」
「高町一等空尉~」
「はいはい。ちゃんと並んで一人ずつね」

 なのはの周りにはこうやって人が集まる事は珍しくありません。
周りに可愛い女の子達を侍らせて上機嫌な様子は、ある色に彩られていました。

「…………」

 

「……はぁ」
「どうしたの、ヴィータちゃん。朝からご機嫌斜めだね」
「……あ、あのさ。若しもの話だけどさ」
「うん? なぁに」
「ア、アタシが……アタシに金髪って……に、似合うかな」
「ヴィータちゃんが金髪ぅ? またなんで」
「べ、べべ別にお前がいつも回りに金髪の女を侍らせてる事とか関係ないんだからな!」
「ははぁ~ん、なるほど。う~ん、どうかな?」
「どうかなって、なんなんだよ」
「……変なヴィータちゃん。ヴィータちゃんはその紅くて長い三つ編みが可愛いんだから変えちゃ駄目だよ」
「そ、そうか? へ、へへへ」
「んもー。たまたま周りにいる子がそうだっただけで、そうじゃないから好きじゃないなんてないよ~」
「だ、だから! お前の好みなんて関係ないっていってるだろー!」
「はいはい。も~、素直じゃないんだからぁ、ヴィータちゃんは」

 


 
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2008年3月 3日 (月)

ひな祭り

 

「えらい豪勢なお雛様やねぇ」
「うん。実家のを持ってきても良かったんだけど、やっぱりね」
「はやてちゃん、ヴィヴィオもお手伝いしたんだよー」
「そかそか。偉い偉い」
「えへへー」

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2008年2月14日 (木)

六課のバレンタイン 4/4

 
 
 
「あ、お帰りー……」
「ただいま」

 久しぶりに。どれくらいぶりか正確に思い出せないほど久しぶりに昼食を共にしなかった二人。
勿論。仕事や訓練で別々になったことを除いて。
部屋着に着替えたスバルは椅子の上で小さく膝を抱えて、チラリと視線を横にやっただけ。
いつものように帰ってきたティアナに飛びつく素振りなど、全くありませんでした。

「お腹でも痛くしたの? そんな顔して」
「別に食べ過ぎてなんてないから。ティアにいつも怒られてるし」
「あっそう。だったら普段も気をつけてよね」
「……は~い」

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2008年2月13日 (水)

六課のバレンタイン 3/4

 
 
 
「それで相談って、なにかな」
「あ、あのぉ……」

 一日の勤務も終わり、各自が部屋へ戻っている時間。
ティアナは一人、フェイトの元を訪れていました。
真っ暗な部屋の中、モニタだけが煌々と光を放っています。
一旦仕事の手を休めてくれたフェイトに対し、ティアナは要点だけを掻い摘んで説明しました。

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2008年2月12日 (火)

六課のバレンタイン 2/4

 
 
 
 寒さも一層厳しくなり、随分と寝坊になってしまったお天道様を恨めしく思う早朝訓練。
終了する頃には十分身体が温まりながらも、かじかむ手足に変わりはなく、かいた汗で風邪をひいてしまわないよう素早く引き上げます。
その中で一人。眠そうに欠伸をかくスバル。
何かを思い出したかのように、訓練が終わると隊舎へ駆けていきます。
普段からお腹ペコペコ~などと言っては、元気なスバルですがここ数日は少し様子が違うように思われました。

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2008年2月11日 (月)

六課のバレンタイン 1/4

 
 
 
「なのはさ~ん。一体何をしているんですかぁ?」
「ああ、スバル。おはよう」

 空は澄み渡り、凛とした空気が張り詰める。吐く息の白さにはしゃぐ様な年でもなく、何もかもが億劫になるこの季節。
温まりすぎた身体に湧いた汗を流し、デスクワークを片付けようとしたスバルは、何か雑誌を広げるスターズ隊の隊長を見つけるのでした。
片付ける素振りもなく、首だけ向けて挨拶を返すなのは。
珍しい行動に興味を引かれるのでした。

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2008年1月 2日 (水)

これからもよろしく。 後

 
 
 
「うーん、美味しかった~!」
「やっぱ家の娘の作る料理は最高だ」
「うんも~、父さんったら~。えへへ~」

 ティア、ゲンヤに続いて鍋を抱えていたスバルがご馳走様をした。
しかし合間に、黒い艶のある箱に詰められた料理に煮物が数種類、炬燵テーブルの上に運ばれてきた。
見ているだけでお腹の膨れそうなスバルの食事に、ゲンヤは一緒に暮らしていてよく平気なものだと、ティアナは今更ながらに感心していた。
三人がご馳走様をしたところで、空いたお椀とお皿を片付けるために立つスバル。
ご馳走になってばかりでは悪いとティアナも自分の分を持って立ち上がった。
ゲンヤは客なのだから座っていれば良いと言おうとしたが、酔いが回ったのか、ぼんやりとその様子を眺めるだけだった。

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2008年1月 1日 (火)

これからもよろしく。 前

 
 
 
「おめでとう~、ティア~!」
「あ、明けましておめでとう御座います……新年早々元気ね、アンタは」

 新しい一年が始まる日に相応しい、遠く澄み渡った青空の下。ティアナはナカジマ家のインターホンに指をかけていた。
約束の時間は迫っている。
早すぎるのも失礼だが、流石にこの冷え込む玄関先で何分も待ちぼうけるのは身体に悪い。
押そうか、押すまいか。
礼儀と冷える足元がせめぎ合い、結局そのまま指を押し込んでしまった。
一度押し、二回鳴る。その二回目が鳴り終わるか終わらないか。
玄関ドアの向こうからドタドタと廊下を騒がしく走る音が聞こえ、鳴り終る頃には足音の主が顔を覗かせていた。

「ティアが元気ないんだよー。ほらほら、上がって~」
「ちょ、ちょっと! まだ靴脱いでないんだから待ちなさいって!」

 ぐいぐいと引っ張っていくスバルに靴を脱ぎながら抵抗するが、片足ではどうにもならない。
左靴を脱いだところで耐え切れなくなり、合えなく倒れてしまった。

「きゃっ!? あ、ス、スバル! 大丈夫!?」
「えへへー。大丈夫だよ~」

 腕を引っ張った勢いそのままにスバルの上に乗ってしまったティアナ。
普段訓練を積んでいるとはいえ、正月気分に緩みきったスバルは受身を取ることなく頭を床にぶつけてしまった。
自分が乗ってしまった分、強くぶつけてしまったのでないかと心配するティアナを他所に、にへらっと笑うスバル。
呆れつつも安心したティアナだったが、自分の腰に回された手に気付き、咄嗟に凸ピンをしてしまった。

「いったーい。ティアのこと受け止めてあげたのに~」
「そ、そもそも引っ張るアンタが悪いんでしょ。これは注意よ、注意」
「は~い」
「な、なに嬉しそうな顔してんのよ」
「えー? 初抱きつきだなーって」
「初……バカ」

 ティアナに起こされながら満更でもないといった表情。
理由を尋ねれば、初抱きつきなどとオヤジ臭いことを言う。
去年どれほど抱きつかれたか、その感覚が蘇ってきてしまい、顔が熱くなるのを悟られぬよう顔を背けてるティアナでした。
 
 
 
 
 
「おう。ティアナ。新年明けましておめでとう」
「ナカジマ三佐。昨年は大変お世話になりました。今年もよろしくお願いいたします」
「相変わらず真面目なこった。せっかくの正月休みなんだ。もっと肩の力抜いてくれや」
「そうだよティア。今日はお休みなんだから」

 手を引かれリビングに通されれば真ん中に炬燵が構えており、ゲンヤが昼間から頬を赤くしご機嫌な様子。
お銚子はまだ二本とそれほど空けている訳ではなさそうだったが、ご機嫌であることは確かだった。
普段目にする制服姿ではなく、割とラフでいながら自分が来ることを分かっているために、それなりの格好をしていた。
ギャップのある姿に、内心ドキドキしながらも、上着を置き、腰を下ろして丁寧に新年の挨拶を済ませる。
座るよう勧めながら、くいっとお猪口を傾ける。
どうしたものかと思っていれば、スバルは足早に台所へ向かってしまった。

「外は寒かったろう? 炬燵にでも入って温まってくれ」
「は、はい」
「身体を冷やしちゃなんねーからな。若いからって油断するなよ」

 お猪口でチビチビとやりながら気遣う言葉を口にするが、酔っ払って口調が間延びしているのも手伝って今一真剣みに欠けるように聞こえる。
スバルとの付き合いも長くなるティアナは、やはり親子は似るものなのだろうと、ゲンヤの気遣いを有難く頂戴した。

「あの、ギンガさんはどちらに?」
「ギンガは新年早々仕事でな。まあ、仕事といってもナンバーズの子らの年末年始の手伝いなんだが」
「それ……仕事なんですか?」
「おうよ。あの子らも上手くいけば今年の年越しを体験するわけだからな。予め教えておいて損はねーだろ」
「更正プログラムの一環、ということですか」
「まあな。差し入れも許可されてるし、今年の御節はかなり早めに作ったんだ。おう、そうだった」
「?」
「昼飯はまだなんだよな?」
「はい。スバルが食べてこないように言ってましたので」
「ギンガとスバルは料理が上手くてね。楽しみにしててくれ」
「はい」

 愛娘のみならずナンバーズのことを話すときまで目じりが下がるゲンヤ。
酔っ払いグタグタとしながら喋るその姿は、部下達に決して見せることは出来ないだろうと、炬燵の中で手を温めながらティアナは思った。
次に傾けたお銚子の角度が一段と鋭角になり、そろそろ空になるのだろうかというとき、台所から声が飛んできた。

「父さんはいくつ食べるー?」
「俺は二つ頼むー」
「ティアにも聞いてー」
「ティアナ。餅はいくつ食べる?」
「モ、モチ、ですか?」
「ああ。もち米を搗いてだな、こう……まあいいや。参考までに言うとだな。スバルはまず十個食べる」
「……とりあえず一つで」
「一つだそーだぞー」

 ティアナはお餅がどういうものか分からなかったが、スバルを基準に考えて一つか二つが妥当だろう。
お代わりするよりも残す方が失礼に当たると考えたティアナは、少ないほうを選択した。
しかし、"まず十個"という言葉が頭を悶々と駆け巡っていた。モチとは何なのだろう、と。
 
 
 
 
 
「それでな。ノーヴェのヤツがお前さんに会いたがってた……と言うよりは顔を見せろと言っていたな」
「や、やっぱり恨まれてたりするんでしょうか」
「根は悪い子じゃないし、それはないだろ。どっちにしろ確かめるためにいっぺん会いに行ったらどうだ?」
「……そう、ですね。一度スバルと一緒に」

 ティアナの手前、お銚子の追加を遠慮していたが黙っているわけにもいかず、何とか共通の話題がないかと悩んだゲンヤ。
それはティアナも同じで、何か無いかと考えを巡らせていれば、ふと、二人が思いついたのは隔離施設にいるナンバーズたちのこと。
ティアナから話を振り、ゲンヤがそれに答える形で二人の会話は弾んでいった。

「はーい、二人ともー。お雑煮出来ましたよー」
「おう、スバル。待ちわびたぞ」
「オゾウニ?」
「うん。はい、父さん。ティアはこっちね」

 台所からお盆になにやら湯気の立ち上るものを乗せて帰ってきたスバル。
オゾウニと呼ばれるお椀に入ったものをゲンヤ、ティアナ、そして自分において炬燵に入る。
二人はお椀だったが、スバルは鍋を一つ抱えており、毎度の事ながら何度見ても慣れないものだと内心溜息をつくティアナだった。

「やっぱ削りたてに限るね~」
「だったら父さんも手伝ってよ~」
「お前らが削ってくれたのが美味いんだよ。ティアナもぼうっとしてないで、ほれ」
「は、はい。頂きます」
「ティア。お餅は熱くて伸びるから気をつけてね? ほら、こ~んな感じで」

 はふはふと見るからに熱そうなお雑煮を頬張り、満足げなゲンヤ。
どういったものか今一図りかね、二人が食べる様子を注意深く見つめるティアナ。
その様子にスバルはレクチャーしながら一口頬張った。
見事に伸びるオモチにティアナは驚き、二人の美味しそうに食べる姿に好奇心を擽られるのでした。

「では、頂きます。……わっ、あっつ!」
「だから熱いって言ったのに~」
「指の火傷みたいに水で冷やすわけにもいかないからな。まあ用心して食べてくれ」
「はひ、そうしまふ……」
「あははは。ティアったら可愛い~」
「う、うゆはいわねっ!」

 慣れた手つきでお雑煮を食べる二人を横目にヒリヒリする舌を抱えていれば、こんな熱いものを平気な顔して平らげていくスバル。
一抹の恨めしさを覚えていたところへ、スバルのいつもの馬鹿笑い。
回らない舌で上手く反論出来ないでいるのも、更に笑いのネタになってしまった。
二人のやり取りにゲンヤまで笑い出す始末。
しかし、久しぶりの笑いのある正月にそれほど悪い気のしないティアナだった。
 
 
 

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2007年12月31日 (月)

おこた

 
 
 
「行ってきまーす。なのはママ~」
「行ってらっしゃい、ヴィヴィオ。ちゃんとフェイトママの言うこと聞くんだよ?」
「分かってるもーん」
「それじゃなのは」
「うん、気をつけてね。フェイトちゃん」

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