リインのたんけん大作戦! 8

 
「BDさん。ありがとうございました。なんだか元気出てきました」
「……よかった」

 えへへ、と照れ笑いをするリイン。
少し泣いてすっきりすると、何だかバルディッシュの前で泣いてしまったのが恥ずかしくなってきて、急いでゴシゴシと涙の後を拭き始めます。
リインが元気を取り戻したようで、バルディッシュも一安心。
小さな後輩が泣いているのを見過ごすわけには行きません。
それに、レイジングハートの言葉を正確に伝える役目が自分にはあると考えたからです。
リインがレイジングハートに叱られた事だけに執着して、そのことを誤解するような事があってはいけません。
そこは、レイジングハートもリインならちゃんと理解してくれるだろうと考えた上で叱っています。
その事は自身の言葉からも明らかです。
ただ、小さなリインが泣いてばかりだったのが、少し気になりました。
これが、二人に対する裏切りではないかとも思い、不安に思うわないでもありませんでしたが、照れ笑いするリインをみて一安心したのでした。

「もう帰りますね。はやてちゃんが待ってますから」
「……うん」
「さようなら、BDさん」
「……また」
「ようし!今日も頑張ってお勉強するです!」

 バルディッシュが別れの挨拶を超えて"また"と言ってくれたのをリインは聞き逃しませんでした。
初めて会ったとき、一番最近顔を会わせたとき。
決して悪い雰囲気ではありませんでしたが、だからと言って良い関係だとも言えません。
そんな歯にモノの挟まったような、すっきりしない関係を、リイン自身、もやもやと胸の中に抱えていました。
こちらから何か言おうにも、何かと会話に困るバルディッシュ相手では、中々上手くいきません。
黙って一緒にいるだけでは、息が詰まってしまって居心地が悪く、それでつまらぬ事を口ばしっては頭を抱えていたのです。
そんなバルディッシュとの関係が、一歩二歩。
いいえ、もっと前進したように感じられ、しかも自分を少しだけ認めてくれたような気さえします。
それが嬉しくて嬉しくて、リインの中で小さく萎んでしまった元気印な笑顔と前向きな心が、ぐーんと大きくなりました。

『リイン。もう良いの?』
『はい、フェイトさん。ありがとうございました』
『そう、良かった。もうすぐ終わるから机の端に座っていると良いよ。授業が終わったらはやてのところへ連れてってあげるね』
『はい!ありがとうございますです!』

 やっぱりフェイトに知られていたようでした。
バルディッシュの中にいたことにお礼を言うと、そっと微笑み返してくれるフェイト。
机の端を勧めてくれるので、そこへ腰掛け、足を投げ出します。
はやての元を飛び出したときは、あれほど退屈で詰まらなく感じられた授業も、何だか違って見えました。
投げ出した足をブラブラさせながら、リインはきらきらと降り注ぐ日差し眩しい空を眺め、授業の終わりを、はやてに会えるのを待つことにしました。

 
 
 

(放課後)
 学校も終わり、いつもの仲良し5人組。
校門でアリサの車を待っていると、なのは、フェイト、はやての3人に連絡が。
どうやら急な用事が出来たようです。
アリサとすずかに別れのあいさつをして、校舎裏へ駆け込みます。

「ようし!今日こそちゃんと出てくるんやよ!リインフォースッ!」
「…………ZZZzzz」
「また出てこうへん~~~!なんでやの~~~~っ!?」
「(ちょっとキツかったのかしら)」
「(…………やっぱりダメかも)」
 
 

 おしまい
 
 
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リインのたんけん大作戦! 7

 
「……。怒られちゃいました」

 レイジングハートをこっそり飛び出そうとしたリイン。
しかし、そんな落ち込むリインを呼び止める声がしました。

「……リインフォース」
「BDさん」
「ちょっと来て欲しい」
「…………?」

 自分になにか用があるのか。
今のリインは、余り余裕がなくて、特に用がないのなら無視してしまいたい気分でした。
けれど、あのバルディッシュが自ら進んで自分に声をかけてくれたのです。
それはそれで、個人的にとても興味が惹かれましたし、はやてのところへ帰ることも出来ない今、居場所のないリインには良い助け舟のように感じられました。
 
 
 
 こっそり。
フェイトに分からないよう、バルディッシュの中へ入っていくリイン。
分からない事はないとは思うのですけど、フェイトに何も言われなかったので、そのままお邪魔する事にしました。

「お邪魔しますです」

 相変わらずの殺風景。
けれど、以前と違ったのはデバイスの家主であるバルディッシュが出迎えてくれたことです。
今日も部屋の真ん中でぽつんと座っているものだと思っていたリインは、びっくり。
あんぐり口を開けて驚いているリインに、バルディッシュは静かに話を切り出しました。

「話は聞いてた」
「はい、です」
「盗み聞き、は良くないと思う。けれど、リインが落ち込んでいたから」
「え?」
「心配だった」
「……」

 リインの心は驚きに満ち、あのバルディッシュが自分を心配してくれたことを、とても嬉しく思いました。
寂しさと悲しみに暮れていたリインにとって、とても心を暖かく満たしてくれる事実でした。
そんなリインのことを気遣ってくれているようなバルディッシュ。
しかし、その小さくぎゅっと結ばれた口からは、ぐさりと来る言葉が吐き出されました。

「RHお姉さんに怒られた」
「はい……」
「落ち込むといい」
「うぅ……」

 実は少しだけ期待していたリインでした。
わざわざ出迎えてくれたバルディッシュが、慰めてくれると思っていたのです。
そんな淡い期待は、真っ向から一言で打ち砕かれてしまい、リインのショックは数倍も大きかったのでした。
俯き、下唇を噛み、ぐっと涙を堪えるリイン。
酷いとは思います。
酷いとは思いますが、それでバルディッシュを悪く思うことはありませんでした。
その辺り、流石にリインも子どもではありません。
自分がそう言われるだけの、しなければならない事も出来ない、半人前にすらならない事が痛いほど分かっていたからです。
唇が白くなるほど、ぎゅっと噛んでは涙を堪えます。
けれど、鼻の奥はツーンとして、目頭から涙は溢れ、縁を伝って目じりに大粒の雫を作りました。
鼻水も出てきます、身体も震え始めました。
もう、溜まった涙も零れ落ちそうになり、しゃくり上げようと思った、その時。
ジッと黙っていたバルディッシュが再び口を開きました。

「それで反省したら、一歩、素敵なデバイスに近づける」
「えっ……?」

 思っても見ない言葉が、頭上に降ってきたのです。
喋ったところを見てはいません。しかし、ここには自分とバルディッシュの二人だけ。
声も間違いなく、バルディッシュのものでした。
ハッと顔を上げるリイン。
さっきより少しだけ、ほんの2、3歩だけ。
いつの間にか近づいていたバルディッシュがそこに。
棒立ち、特に何をしているわけではありません。
どんどん視線を上げていけば、ほんのちょっぴり。リインの勘違いかと思うほど、ちょっぴりだけ。
優しく微笑むようなバルディッシュが、そこにいました。

「立ち止まっちゃダメ。俯かない。前を向くの。本当にダメな人にRHお姉さんは怒ったりしない」
「BDさん……」
「私もそれで立ち直って、頑張れた」

 バルディッシュの視線は、どこまでも真っ直ぐリインを見つめています。
そのレイジングハートを語る言葉に迷いなど微塵も感じられません。
きっと、自分の経験を元に話しているのかな。だから、レイジングハートが私にしてくれたことの意味を正確に把握できる。
そして、最後の言葉はバルディッシュ自身から、自分に向けた励ましなのだと。
リインの目には大粒の涙が溢れました。
けれどそれは、さっきまでと全く違う意味を持つ涙でした。

 

 たんけん大作戦! 8 >

 
 

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リインのたんけん大作戦! 6

 
『ところで何しにきたの?』

 なのはの前でべそをかくリインにフェイトは優しく問いかけます。
涙を拭いて謝ったものの、未だに涙はべそべそと零れ落ち、鼻水をずずーっと啜っている始末。
涙を拭きつつ、鼻水をちーんっとかみながら何とか話を続けます。

「はやてちゃんが授業中だったのです。だから教室を飛び出したのですけど遊んでる内に、はやてちゃんの教室が……」
『今は授業中だから……どうしよう?』
「はやてちゃんもお勉強中ですの」
『授業中だって言うけど、どうして出てきちゃったの?』
「だってぇ、退屈だったんです」

 口を尖らせ上目遣いに二人を見ながら、ちょっと拗ねた風なリイン。
いくら自分が悪いと分かっていても、何となく面白くありません。
リインのあからさまな態度に、なのはとフェイトは仕方ないと言いたげに溜息をつきました。

『しょうがないなの、ちょっとRHに会っていったら?』
「はい……そうさせてもらいますです」

 なのはの言わんとするところが分かったのか、リインは大人しく言う事を聞く事にしました。
しょんぼりと、なのはの胸元にかけられたレイジングハートの中に入っていきます。
ただ、はやてに会えないのは寂しいですけど、レイジングハートに会えるならば、これはこれで良かったかも。
リインは怪我の功名などと内心思っていたかもしれませんが、これは大きな間違いです。
 
「あら、こんにちわ。リインフォース」
「はい、こんにちわです。RHお姉様」

 デバイスの中、部屋のインテリアは何だか古めかしい感じでした。
テレビでいつかみたアンティーク調?というか、今っぽくないというか、国も時代もなんだか違う印象を受けたのです。
リインは、テレビでしか見たことのないような家具や飾りなどの目を奪われ、キョロキョロと落ち着きなく辺りを見渡しています。
大方見渡したところ。
リインは、ふと疑問に思いました。
部屋全体から古めかしい雰囲気は充分に伝わってきます。
長年使い込んできた、年季の入ったものだと分かります。
しかしそれは、目の前に居るレイジングハートがそうしたのではないように感じたのです。
何か生活臭、というと野暮な感じですが、そこに家主の存在を感じ取れないのです。
他の誰かが使っていて、それが今ここにある。
そして、それはレイジングハートが来てから時が止まっている。
そんな風に感じました。
けれど、リインはそれを口にはしませんでした。
何か言ってはいけないような、もしかしたら自分の勘違いではないかと思ったからです。
そんな部屋の中。
レイジングハートは何をするでなく、部屋の中心に、ただ立っているだけでした。

「リイン。今は授業中でしょ?」
「はい。だから退屈で遊んでたんです。そしたら……」
「……ふぅ。それはいけないわね」

 レイジングハートは、とても残念そうに溜息をつきました。
溜息をつくのは良い事だとは思わなくとも、胸のうち、心の底から噴出してきたものが、溜息に留まったというところです。

「どうしてですか?」
「もし、今マスターに何か起こったらどうするの?」
「あっ……」

 不思議に思うリインに対し、レイジングハートはその深紅の瞳で、真っ直ぐリインを見つめました。
何かを我慢するように、けれど決してリインを責めているわけではありません。
真っ直ぐ、けして逸らさぬよう。
リインの心に深く届くように、静かに、力強く言いました。

「私たちデバイスは何時いかなる時もマスターのお側に居なければいけないわ」
「…………」
「特にあなたは不慣れなマスターに必要不可欠の存在。いざと言うときに近くに居なければならない」
「…………」
「本当にやむを得ない時を除いてね」
「……はい」

 最後こそ、柔らかい言葉でしたが、語調は決して柔らかくありませんでした。
そこには力強さの裏に、何か隠し切れないものがあるように思えました。
しかし、今のリインにとってそれは大した問題ではありません。
寧ろ、それだけのことをレイジングハートに言わせた自分に対するモヤモヤが、鳩尾の辺りにどっしりと圧し掛かっていたのでした。

「あなたはまだ小さいけれど、その辺りのことはちゃんと分かってると思ってた」
「……済みません、です」
「謝るのは私にじゃなくて、あなたのマイスター。八神はやてによ」
「はい……」

 やはり、いつもと違うレイジングハートの様子にリインは心底自分が情けなくなりました。
そして、デバイスとしての責務を放り出し、そのことを指摘されるまで気づかなかった自分に。
自分から、はやての元を離れたくせに、一人で寂しかったと言う自分に。
リインはレイジングハートの視線と、今の自分に耐え切れなくなり、その場を飛び出していきました。
 
 

 たんけん大作戦! 7 >

 

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リインのたんけん大作戦! 5

 
 ロビーを飛び出し、校内を当てもなく彷徨うリイン。
ガラス窓越しのお日様も、今のリインには暖かく感じる事が出来ませんでした。
何だか背中をすーすーと風が通り抜けていくよう。
風が通り抜けていくたびに身体が冷えていきます。
実際に冷えているわけではありませんが、リインにはそのように感じられたのです。
そんな冷え込む身体に、隙間風が吹き込む心に、ぼんやりと暖かい火を灯してくれる人。
顔を上げれば、そこにはやての顔が見えたような気がしました。
そうです。はやてこそ、リインをいつも抱きしめて、暖かく見守ってくれるのですから。

「はやてちゃんのところに帰りましょう。そうしましょうです」

 取りあえず階段を探す事にして、少しでも早くはやての元に帰りたかったリインでした。


 


「あれ……はやてちゃんの教室……忘れちゃったです」

 階段を見つけ、上がってみたものの、はやての教室は何階にあるのか。
よく考えてみると、教室に入ったときは寝ていたし、教室を出たときも外の景色ばかり見ていて、どこから出てきたか見ていません。
これでは、はやてのいる教室がどこなのか、全く見当がつかないのです。
2階に上がり、辺りをキョロキョロしながら。リインは置かれた状況にゾッとしました。
忘れてのでなくて、初めから覚えてもなかったのですから。

「もっと上だったですか?」

 もう一つ上の階に上がってみる事にしました。

「えーっと……ここ、でもないような気がします」

 さっきまでいた2階と何処が違うのか。
リインにはさっぱり分かりません。確か階段を上がったはずなのに。
こっそり下を覗いてみると、確かに上がってきています。
なのに目の前にある窓や壁、廊下に教室。2階と今いる3階の違いが分からないのです。

「ふぇ、ふえぇ……わ、分かんなくなっちゃったです」

 さっきまで小さかった不安が、どんどん大きくなっていき、それは心の中だけに納まらず、身体中に広がっていくよう。
リインはその大きくなる不安を振り払うように、わき目も振らず次の階に上がっていきました。
次も、またその次も。
リインは周りを確かめることなく階段を上がっていき、ついに行き止まりになってしまいました。
目の前にあるのは、随分と重そうな鉄の扉だけ。
この扉が違うという事は、きっとこの向こうには違う景色が広がっているはず。
若しかしたら、この向こうかも。
リインは思い切って扉を開けてみる事にしました。

「え~と、え~と……この扉かな?」
 ガチャン……
「わぁ……!ここは学校のてっぺんみたいです」

 サァーーー……
重い扉を開け放ったその向こうには、目を細めるほどの眩しさ、ヒンヤリと頬を撫でる風、そして自分の髪のような綺麗な青空が。
寂しくて不安だったリインの心に一気に飛び込んできました。

「うぅ~ん……風がとっても気持ちいいです」

 変わり映えのしない風景に不安と寂しさを覚えていたリインにとって、このお日様と青空は一服の清涼剤となったようでした。
しかし、屋上に出てしまってはいけません。
ここには、はやてはいないのですから。
リインはこの景色に名残惜しさを感じながらも、重い扉を閉めようとしたとき。

「カァ、カァ、カァ……」
「あ、あれはカラスさんです。おーい、カラスさ~ん」

 自分の足元に影が落ち込むので見上げてみれば、そこには1匹のカラスが止まっているではありませんか。
ようく夕方頃に何匹かと連れ立って山のある方角へ飛んでいくのを、出窓から見たりはします。
しかし、こんなに近くで見たことはありません。
初めて近くで見たカラスに、リインのテンションも思わず上がってしまいます。
閉めかけた扉をもう一度開き、外へ出ては頭上にゆったりと止まっているカラスに向かって大きく手を振り振り、自分をアピールしました。
こういう時、はやてちゃんに読んでもらったご本によると、カラスさんが何かを知っていたりするんですよね。
何か知っていませんか?と聞けたら良いな。なんて内心ワクワクしながら手を振り振りしていると……

「ギャァ、ギャァ、ギャァ!」
「えぇっ!?」

 お日様の光を浴びてピカピカと光る黒いくちばしを大きく開け、ガラガラにしゃがれた声で、まるでリインを威嚇するように鳴きます。
同時にバサバサと翼を広げ、真っ黒な羽根を辺りに散らしました。
はやての使う飛行魔法のときに散らばる黒い羽根とは全く違う印象を受けるリイン。
お日様を背にするカラスは実際よりも大きく見えて、殊更リインの不安を煽りました。

「ギャワー!」

 勢いよく飛び出したカラスは、迷うことなくリインに向かってその鋭い口ばしを付きたてようと突っ込んできました。
間一髪のところでカラスの口ばしを避けるリイン。

「あぁ~ん!何でですか~~~!」

 扉を閉めて逃げようとしますが、なんと重いこの扉。
さっきはどうやって簡単に開け閉めしようとしていたのか。
自分に聞いてみたいぐらいです。
必死に重い扉を閉めようと頑張るリインの頭上では、カラスが、ガァガァとしゃがれた声で飛び回るばかりでした。
 
 

 やっとのことで重い扉を閉めたリイン。
しかし、頭上でガァガァとしゃがれた声でなくカラス。
どうやら、もたもたしていたためにカラスも一緒についてきてしまったのです。
バサバサと黒い羽根を撒き散らしながら、足を蹴り出し、大きな黒い口ばしでツンツン。
幸いにもリインが小さいために、上手く捉える事が出来ないカラス。
それでも真っ黒なカラスが、ガァガァと騒ぐ姿はリインの不安を際限なく煽ります。
次第にカラスの姿はにじみ、膝はガクガクと震えだしました。

「ふ、ふぇ~~……」

 アンテナ毛はへにゃへにゃに曲がり、口からは言葉にならない声が漏れるばかり。
けれど、リインの心に残された僅かばかりのプライドが。八神はやての娘としてのプライドが何とかその足を踏み止まらせます。
アンテナ毛は曲がったまま、口は開いたまま、涙を目一杯溜めたまま、リインはその場から走り出しました。
後ろは振り返りません。
カラスの声が、羽音が依然聞こえる気がします。
それでもリインは走りました。がむしゃらに、とにかく少しでもカラスから離れるために。
さっきの猫さんのときなど問題にならないぐらいに。
リインはとにかく走りました。


 


「もう~。髪の毛くしゃくしゃになっちゃったです……グスン」

 ふわふわ……
ぜいぜいと息を切らし、走る元気もなくなった頃、いつの間にかカラスの声も羽音も聞こえなくなっていました。
実際は飛んでいたのであって、走っていたのではないけれど、そういうイメージだったのだし、飛ぶのも疲れるのですから。
カラスが追いかけて来ないのが分かると、息を整え、髪の毛を気にする余裕も出てきました。
まだ、自分のぜいぜいと肺から吐き出される息が五月蝿いけれど、リインは髪の毛に手櫛を当て始めました。
朝、はやてちゃんが梳いてくれた、サラサラの自慢の髪は、くしゃくしゃに絡み合って手に引っ掛かってばかり。
ギチギチと指の通らない髪が、余計にリインの心を曇らせました。

「うぅ……はやてちゃんのところに帰りたいです………あっ、ここは」

 俯き、絡まった髪の毛が顔の横に揺れ、リインの心にたちこめた雲が雨粒を落とそうとしていた頃。
ふと、扉についたガラス窓に見知った髪の色を見たような気がしました。
ドキドキと胸が高鳴り、身体がカァッと熱くなるのを感じながら、ガバッと窓に駆け寄れば、リインのそれは確信に変わりました。

「わぁ~ん!高町なのはさ~ん」
「うわっ!?」
「どうしたの、なのは?」

 我慢しきれず声をあげてなのはに飛びつくリイン。
いきなり気配もなく現われた小さなお客様に、なのはは思わず声を漏らしてしまいました。
なのはの隣に座るフェイトが心配の声をかけます。

「どうかしましたか?高町さん」
「あの、えと……何でもありません」
「じゃあ、続けますね?」
「はーい」

 先生にも心配され、クラス中の視線が自分に集まるのを感じるなのは。
管理局期待のエースといっても、まだまだ小学生なのです。
今、自分が置かれている状況に顔がカァッと熱くなるのを感じました。

「ぐすっ……」
『もう、リインフォースちゃん。驚かせないで欲しいなの』
「しょんぼり。ごめんなさい、です」

 ちょっぴり恥をかいてしまったなのはは、この小さなお客様に文句の一つでも言ってあげようかと思いましたが
向こうの透けて見えるリインは、涙をポロポロ流しながら鼻をすするので、流石のなのはもそんな気はしょ気てしまい
結局は、やんわりと注意をするに留まるのでした。
リインは泣きながらも、なのはが自分を気遣ってくれているのを感じ取ったので、涙を拭いて鼻をすすり、何とか一言謝ったのです。


 
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リインのたんけん大作戦! 4

 
 すぃ~~……
匂いを追ってふわふわと廊下を漂う。
擦りガラスの窓や扉が並ぶ壁がどこまで続いているのかしら、なんて思っていると、ふとそれが途切れているのが見えました。
少しスピードを上げてそこまで急ぐと、探していた階段がありました。

「ここですね。確かに匂いが強くなってるような気がするです」

 くんくん。
確かにこの辺りから、ふわっと空気の流れに乗って匂いがやってきます。
さて。このふわっとした空気は上からか下からか。どちらでしょう。
もう一度思い出します。
匂いは湯気や煙と一緒に、下から上へ。もくもく、もやもやと立ち昇っていく様子を。

「そうです。これはきっと下の階段から来てるです!」

 ビシッと指差す先に見えるは下の階へと続く階段。
ここを降りていけば、美味しい~匂いを発してる元に辿り着けるはずです。
そこにはとっても美味しいご飯がいっぱいあるんでしょうね~。
もうリインの頭の中は、目くるめく美味しそうなご飯の数々が並ぶ光景が繰り広げられて、その口はだらしなく開き、涎がたr……

「……はっ!?い、いけません。こんなことでは(じゅる」

 周りをキョロキョロ。
誰も自分を見ていないか警戒しながら、垂れそうになった涎をゴシゴシ拭き取ります。
うえぇ~~、変な臭いですぅ~。
せっかく美味しそうな匂いで幸せいっぱいだったですのに、これじゃ台無しです。
今度からちゃんとハンカチを持って歩くようにするですね。
リインは、はやてちゃんの言いつけをちゃんと守るべきです。はぁ、流石はやてちゃん。と思いました。

「さて。気を取り直して美味しい匂い探索再開です!」

 一人ガッツポーズを決め、目星をつけた下の階へ通じる階段をすいすいと降りていくリインでした。


 


「むぅーん。今度は右か左か……どちらでしょう。これは難しい選択です」

 階段を降りるとそこは1階でした。
美味しそうな匂いは、階段を降りるに連れてだんだんと強めていって、1階に降り立った今は、より一層強く感じます。
リインの予想は見事的中。
胸を張って、えっへん。鼻息荒く誇らしげにしました。

「流石私ですね。これはきっと凄い発見です。帰ったらはやてちゃんやヴィータに教えてあげるです」

 この大発見をリインから教えてもらった二人が、目を白黒させて口をあんぐり開け、バックに稲妻を背負いながら仰け反る姿が目に浮かぶようです。
にしししし。そんな二人の姿を想像するに、笑いが堪えられません。
頬を押さえ、にんまりとだらしなくのを止めようとしますが、可笑しいのはどうしようもないんですもの。
にししし、にへへへ。
いつも教えてもらってばかりの自分が、人に教える立場になるのです。
その誇らしさ足るや想像以上。楽しくて嬉しくて思わずその場でジタバタ足踏みまで始める始末。

「あー!早く教えてあげたいですー!」

 頬に手を当て足をジタバタ。
その手を上に万歳してその場でくるくる。
また頬に手を当て足をジタバタ。
その手を上に万歳してその場でくるくる。
 ・
 ・
 ・
……さて。いい加減飽きてきましたね。
おほん。咳払いを一つ。服の襟を整え、くるくる回った際に乱れた髪を整えます。
いくら嬉しくて、その湧き上がる喜びを押さえきれずに身体で表現してしまったとはいえ、流石にこれは恥ずかしい。
自分のしていたことなど、とても思い出せるものではありません。
リインは、そそくさとその場を後にしました。


 


 くんくん。くんくん。
恥ずかしさから、特に何も考えずその場から動いてしまいましたが、これが何とかの功名というのでしょうか。
左か右か。
実を言うと左かなぁ?なんて思っていたのですが、思わず走り出したのは右。
それが正解だったみたい。
漂ってくる匂いは強くなるばかりです。
くんくんと匂いの元を辿っていくリイン。
進むにつれて、いよいよ強く、濃くなっていきます。
そしてついに。リインはこの美味しそうな匂いの元に辿り着いたのです。

「ここでご飯を作ってるんですね」

 大きなロビーに、テーブルと椅子がいくつも並べられて、暖かな色で統一されたそこは、お昼に来るだろう大勢の生徒達を静かに待っていました。
それらテーブルや椅子の横を通り過ぎ、奥へ奥へと進んで行きます。
すいすいと進んだその先。そこが辿ってきた匂いの大元。
白いエプロンに三角巾をつけた人に、見たこともないような大きな鍋やフライパンが、これまた見たこともないほど並んでいます。
そんな鍋やフライパンから、もくもくと立ち昇る湯気、湯気、湯気。
姿が見えないことを良いことに、エプロンをつけた人たちの間をすり抜け、湯気の袂へ。
大きな自分の2倍ほどもありそうな杓文字で、近づいただけで焼けちゃいそうな熱い火にかけられた浅い鍋の中をぐるぐるとかき混ぜています。

「うぅ~~ん。香ばしくて良い匂いです~~」

 焼けそうな火を避け、かき混ぜているおばさんの肩にちょこんと乗ると、すぅ~っと胸いっぱいに匂いを嗅いで言いました。
けれど、その匂いを嗅げば嗅ぐほど、リインはある考えを確かにするのです。
それは……

「でも!はやてちゃんの方が美味しそうです!」

 肩に乗ったまま、おばさんの耳元で、ぐっと拳を固めて高らかに叫ぶリイン。
それは散々美味しいと言っていた事が、はやてにとても悪いような気がして。
それは家族であるはやてが他の人に負けるのが嫌な、自分の家族が一番だって。
しかし、それは何ら客観的な、基準も何もない評価であることも分かっていました。

「はぁ~、私も一度ご飯を食べてみたいです……」

 それも当然。
リインはご飯を食べないからです。
"美味しそうな匂い"というのも、見たり聞いたりして形成された知識からくるもので、自分の味覚なるものに基づいていません。
強がってみるだけ、余計に自分の空虚さが際立つよう。

「ヴィータみたいに"今日もはやてのご飯はギガ美味だな!"とか言ってみたいです」

 はぁ、と溜息一つ。
元気にピンと立っていたアンテナ髪の毛もしんなり。

「シグナムみたいに"……ふむ。主、お出汁を替えましたね?"とか格好よく言ってみたいです」

 吐く息と共に、下がっていく肩。
しんなりしていたアンテナ髪も完全に他の髪と混じって、どれとも見分けが付かなくなってしまいました。

「違うです。これは湯気のせいでしんなりしただけです。きっとそうです」

 おばさんの肩から降りて、熱い火や、もやもやと湯気をあげる鍋を通り過ぎ、厨房を後にします。

「…………なんだか。はやてちゃんが恋しくなってきたです……」

 リインは大きな、人気も疎らで、昼の賑わいの面影もない、寂しげなロビーを当てもなく去るのでした。
 
 
 
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リインのたんけん大作戦! 3


「ふぎゃーーーーっ!」
「ああ~~~ん!どうして追いかけてくるですかーーっ!?」

 いきなり身体を大きくたわませたかと思うと、全身の毛を出来の悪いデッキブラシのように逆立てる猫さん。
大きく開いた口からは真っ赤な舌が覗き、昼間のために目の黒い部分は糸のように細く鋭さを増しているように見えます。
その酷く恐ろしい険相に、リインは声にならない声で驚き、全身がガタガタと震え始めます。
そんな驚きと恐怖で縮み上がったリインの目の前では、一層身体を大きく全身をブルブルと震わせたかと思うと、けたたましく鳴き声を響かせました。
リインは叫び声と共に、猫に負けないぐらい髪の毛が逆立ち、まるで叫びのように顔がぐんにゃり曲がってしまいます。
しかし、驚き怯んでいる場合ではありません。
猫は大きな鳴き声を上げたと思うと、身体が大きく跳ね、飛び掛ってきたのです。
その様子は、まるで映画のスローモーションのように見えました。
ああ、猫さんがどんどん大きくなるです。ひぇー、あんな鋭い牙で噛み付かれたらちっさなリインは一たまりもありませんね。
なんてのんびり構えている場合じゃないです!早く逃げなきゃいけません!
何とか飛び退いたその瞬間。猫は今まで自分が居たところに見事着地。
リインは間一髪で正気を取り戻し、猫の襲撃をかわしたのです。
しかし、それで諦める猫ではありませんでした。その瞳は今だリインを捉え、もう飛び掛ろうと身体をぐぅっと縮め、力を蓄えていました。
もうリインは猫の様子を確かめることもなく、その場を、まさに脱兎のごとく逃げ出しました。
またも間一髪。
リインには見えていませんが、猫は的確にリインの居た場所に飛び掛ってきていたのです。
わき目も振らず必死で走るリイン。
後ろからは言葉では表せないような何かを叫びながら、走ってきているだろう猫。
ひたひたと迫ってくる、などという生易しい表現ではありません。
猫との距離は怒涛のように縮まり、もう直ぐそこまで迫っているようにすら感じます。
その押し寄せる恐怖のためにリインの大きな目には、決壊寸前のダムのごとく涙が溜まっています。
リインに正常な判断力がないのは火を見るよりも明らかです。
何故か猫に姿が見えているようなのですが、今は実体化していないのです。
飛びつかれたところで、猫の爪は、牙は身体をすり抜けしまいます。
だから、そのまま立っていても大丈夫なのですが……やっぱり怖いですよね。
リインは実体化していないことも、空を飛べることもすっかり忘れ、ただひたすらに走りました。


 


 猫の声が真後ろに迫り、何度もにゅーっと伸びた爪に引っ掛かれているのですが、勿論実体化していないのです。
その伸びた爪は、空を切るというか素通りするというか。一度も当たる事はありません。
しかし後ろも振り返らず走っているリインに、そんなことは分かるはずもありません。
兎にも角にも必死に、闇雲と言っていい走りを続けるリイン。
きゃーきゃー。ふぎゃふぎゃー。
ふぎゃふぎゃー。きゃーきゃー。
二人のいつ終わると知れない追いかけっこ、それを終わらせてくれそうなモノが向こう側に見えました。
それは何本と敷地沿いに植えられた木でした。
中々の大きさで、枝を広く広く広げていました。
これに上れば猫さんは追いかけてこれないのでは?リインは藁ならぬ枝先にすがる気持ちで、その木まで一直線。
根元に辿り着き、一気に幹を駆け上がると適当な枝の先まで走って、後ろを振り返りました。
ふっふっふ。ここまでこれば流石の猫さんも私を追ってはこれまいでしょう。
リインは少し得意げに木の根元を見つめますが、そこには猫の姿がありません。
実は随分前に自分を追いかけることを止めていた?
なぁんだ、私は一人で追いかけっこをしてたんですね。わっはっは。
腰に手を当て勝利の笑い声を上げるリイン。しかし、その恐怖は目の前に迫っていたのでした。

「ぐるるるるるる……っ!」
「……え?」

 リインが逃げた枝の根元。
白と黒の斑。3ヶ月ぐらい使った歯ブラシのようにモサモサになった毛。
短い尻尾。これってジャパニーズボブテイルって言うんで……ち、違います!
あれは私のことを追いかけていた猫さんじゃありませんか!

「あ、あわわわわわわ!」

 にじりにじり、と身体をしなやかに、前足を後ろ足を一歩一歩。リインに迫ってきます。
猫は木に登れるんです。
リインはそんなことすっかり忘れていました。
じり、じり……。なおも猫は迫ってきます。
一歩一歩、踏み出すたびに枝が上下にしなりしなり。枝先に止まったリインはその揺れに沿って大きく上下に揺れ動きます。
迫り来る猫に対し、リインはもう一歩も下がる事が出来ません。
今だ嘗てないピンチ。
追い詰められたリインの額には、汗が滲み、鼻の横をつーっと流れ落ちました。
ぐぐぐ……。
しかし、ここで座して死を待つリインではありません。
なにせ自分は夜天の王である八神はやての娘。
猫さんにやられるぐらいなら、一か八か。助かる方へ賭けてみるです!
猫がまた、身体をぐぅっと力を溜め、飛び掛ろうとしたその瞬間。
リインは枝先から、空に向かって思い切りジャンプしました。

 とりゃ~~~~~~~っ!
大空に向かって大きくその身を投げ出したリイン。
枝を蹴り出した足の、ほんの数センチ。いえ、ほんの数ミリのところを猫の鋭い爪が掠めていきます。
もう数瞬。あと一秒にも満たないほどの判断の素早さがリインの明暗を分けたといっても良いでしょう。
もしも。あと一瞬でも飛び出すのが遅ければ、リインは猫の鋭い爪にひっかかれ、少し固めの肉球の前足に押さえつけられ、
その鋭い牙によってとても口には出来ないような目に遭っていたかもしれません。
しかし!リインはその勝負に。運命に打ち勝ったのです。
後ろでは猫の情けない鳴き声が背中越しに聞こえてきます。
きっと枝先を通り越し、下まで落ちていってしまったのでしょう。

「やりました!リインはやりましたですよ!はやてちゃん!」

 勝利の雄たけびを上げ、大空を飛ぶリイン。
そう、飛んだのです。飛んだ、飛んだ、豚だ……飛んだ!?

「そうでしたーーっ!リインは飛べたんでしたーーーっ!?」

 そのまま空中で静止してしまうリイン。
そうでした、そうだったのです。
不可視になれるどころか、自分は空を自由に飛べるのでした。鳥や虫や飛行機なんて目じゃないです。
猫さんが余りに怖くて、その追いかけてくる様が黙ってアイスを食べてしまったときのヴィータ並に怖くて。
自分の出来る事などすっかり何処へやらだったのです。

「と、とと取り合えず、どこかで休憩取りましょう……」

 ゆっくりと、誰も見てやしないのに、そろりそろりと固まったままのポーズを直し、なんとなーく飛んでいるようなポーズにしてみました。
そのポーズでふわふわと飛んでいくリイン。
何とか平静を保ちつつ、目の前の校舎に入っていきました。

「ふぅ、ふぅ、ふぅー……驚いたです」

 ガラス窓をすり抜け、廊下にへたり込むリイン。
今度の廊下は南に面していて、先ほどとは違い、とても暖かでしたがリインの心は恥ずかしさで寒くもあり、また汗をかくほど熱くもなっていました。
要するに訳が分からないのです。

「もう、どうしてネコさんあんなに怒ったか分からないです」

 知らぬ内に後ろに立っていた猫さん。
自分の存在に気づくや否や、全身の毛を逆立て、けたたましく鳴き声を響かせ真っ赤な口を開き、鋭い牙で襲い掛かってきました。
何もそこまでしなくても良いのに。危うく大怪我をしちゃうところだったじゃないですか。
それとも、そこまでされるほど、何か悪いことをしちゃってたんでしょうか。
ああ、分からないです。まったく分からないです。
思い出すのもおぞましい、猫さんの真っ赤な口とそこに映える少し汚れた白い牙を思い出し、ブルブルと身体を震わせます。
やっぱりあれほどに怒るのですから、何か悪いことをしたんでしょうね。
腕組みをしながら、うんうんと唸って、どこに行くでもなく、ふわふわとその場を後にしました。


 


 ふわふわ……
「くんくん……なんだかイイ匂いです」

 日の差し込む暖かな廊下を、うんうんと唸りながら飛んでいると、何処からともなく鼻をくすぐる美味しそうな匂い。
辺りを漂う美味しそうな匂いを胸いっぱいに吸い込みます。

「んんーーーー……はぁ。美味しそう」

 深呼吸、深呼吸。
落ち着いたりするときにしたりするのですけど、今のリインにとって、それほど的外れでもないので良いでしょう。
今まで猫の怖さに涙を流し口を三角に歪め、次は猫の行動の不可解さにうんうん唸って眉間に皺を寄せ、普段しないような表情を散々作ってきたリイン。
そんな普段しない表情をしたせいで、顔の筋肉という筋肉が変に凝り固まってしまって、頬がぴくぴく。
そこでこの美味しそうな匂いを深呼吸。
鼻から入って喉奥と通り、肺の中に染み入るように満たされていく良い匂い。
肺に入ったその匂いは身体を巡って頭に辿り着き、リインの顔を解してくれました。
眉間の皺はつるっと丸く、ぴくぴくしていた頬はほにゃ~んと垂れ、目じりから流れる涙の後もすっきり綺麗になくなっちゃいます。
テレビなんかで山の上や木のたくさん生えているところなんかで、空気が綺麗だー、なんて言いながら深呼吸しているけれど
私に言わせて見れば、夕方の商店街や、スーパーのお惣菜コーナーや、はやてちゃんの作るお夕飯の匂いの方が良いですのにねー、と思うわけです。
それにしても、美味しそうな匂いは良いものです。

「この匂い。どこから来てるんでしょう」

 大方満足したリイン。
次は当然と言わんばかりに、この美味しそうな匂いの出所を探りたくなるわけです。
手を広げ、鼻を上に向けてくんくん。
ザフィーラがしているように、くんくん。匂いの出所を探ります。

「こっちですか、あっちですか……どっちでしょう」

 辺り一面に立ち込めているので、さっぱり要領を得ません。
上かしら下かしら。
ここでリインは普段はやてが料理を作っているところや、焼き鳥屋さんのことを思い出しました。
美味しそうな匂いは、その湯気や煙と一緒にもくもくと昇っては辺りに広がっていくことを。

「そうですね。きっと下から昇ってきてるですね」

 飛び込んだここは、木の枝の高さから言って2階?3階ではなさそうです。
リインはとりあえず階段を探す事にして、鼻をあげたまま、くんくんとザフィーラのようにしながら、その場を後にしました。

 

 たんけん大作戦! 4 >

 

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リインのたんけん大作戦! 2

 
 リインはそれからも黒板の横に掲げられた時間割表を見ては、今は国語の時間ですね、と嬉しそうに言い
はやてはヤキモキしながら、手招きするのを諦め、何度も念話を送りますが、「ちゃんと戻りますから、もう少しもう少し」。
まさに暖簾に腕押し、糠に釘。諺のいうところが身に沁みて沁みて涙が出るぜ。いや煙が目に沁みただけよ。
さて。授業中の教室ほど面白くないものもなく、リインは早くも飽きを見せ始めます。

『ほぉれリイン。もう戻っておいでって』
「そうですか。それも……あっ」

 そろそろ戻るかという空気をみせていたリイン。しかし、その眼前にはチョークで黒板をこつこつと叩きながら歩いてくる先生が。
散々他の生徒の前やら横やら頭の上やら。
声も聞こえなければ姿も見えないことを良いことに飛び回っていたリインですが、先生には挨拶がまだだった事を思い出します。
先生用の教科書片手に、生徒のほうを見ながら板書する先生に向かって一礼。

「先生。いつもはやてちゃんがお世話になってます」
『そないな挨拶はエエから』
「つまんなーい…………はやてちゃん、これは何ですか?」

 先生が手に持つ、白くて10cmぐらい。自分より3分の1ぐらいの大きさの物に興味津々のリイン。

『それはチョーク。これ、先生の邪魔になるよ』
「大丈夫です。私の姿は見えませんから」

 机に顎をのせ、べたーっと這いつくばって教科書を立て、横からチラチラ前を窺いながら念話を飛ばします。
リインの言う事は当然ですし、はやても承知しているのですが、やっぱり見ていて気持ちの良いものではありません。
しかも半透明の娘が、先生の前でペコリとお行儀よく頭を下げたり、チョークに興味津々といって触りたそうにウズウズしているのを見ると。
ショーウインドウに張り付いては、玩具を見つめるような目のリインに、はやての直感が寒気を感じ、今まさにそのチョークを手に取ろうとした瞬間。
先生はそのチョークを手に取り、さっと持ち上げ、短くなって摘めなくなったチョークを代わりにおきます。
グッドタイミングや!と思わず心の中で親指を立てるはやて。
短くなってしまっては興味も薄れたのか、薄く透けるリインの向こうに見えるチョーク。
それをリインはじいっと見つめています。
これは諦めがついただろうか。はやてはもう一押しとばかりに念話を飛ばします。

『ほれ、そんな事言わんと帰っておいで』
「だって退屈なんですも~ん」

 しかしリインは諦めません。
その場で「も~ん」に合わせて、手を広げながらくるりと一回転。
スカートと今日の空のような青色の髪がふわりと広がります。
普段は可愛いと思えるその仕草も、今は可愛さ余って何とやら。はやてはもう一度念話を飛ばします。

『ワガママ言わんと、な?』
「じゃあ、あとどの位なのです?」

 流石に観念したのか、リインは戻るのでこの退屈な授業が、あとどのくらいの間続くのか聞きます。

『まだ授業始まったばっかりやから……』
「え~!やーです。やっぱ遊びに行ってきま~す」
『これ!リインフォース!』

 その言葉を聞いて、秋の空と女心よりも素早く心積もりをひっくり返してしまうリイン。
時計を見ながら待つ、針のチクタクと規則正しい行進は、とても遅くなる事を知っています。
魔力の無駄遣いはいけないとはいえ、朝から寝てばかりいくわけもなく、読書にも飽き、当のはやては授業中。
遊んでくれるなら何とかなりそうなものですが、そこまでワガママをいい、状況が理解できないわけではありません。
誰にも見えない、少なくともこの学校に通う他2名以外には自分の姿は見えないのですから、大丈夫ですよーと壁をすり抜け出かけていくリインでした。


 


「今は誰もいないのですね。とっても静かです」

 ふわふわ……
はやての制止を聞かず、教室を飛び出したリイン。
北向きに位置する、ピータイルの廊下はひんやりとした空気を湛え、シンと静まり返っている様子は何だか気味が悪いぐらい。
南向きの窓からキラキラと注がれるお日様の恵みで暖かだった教室との違いが、一層その気味悪さを際立たせています。
そんな空気の中をふわふわと漂うリイン。
廊下は何だか寂しい感じがしてイヤです。
きょろきょろと見渡せば、窓の外。
ほの暗い廊下から見る外は眩しいぐらいに明るくて、空の青に植えられた木々の緑が反射して輝いて見えました。

「そうだ。ちょっと探検してみるです!」

 すい~~~~
暖かな日差しが、抜けるような青空が、瑞々しい緑が、リインを外の世界に誘います。
それらに手招きされるよう、リインはガラス窓をすり抜け、お日様の元へ飛び出しました。
 
「わぁ~!お花がいっぱいです!」

 ガラス窓を飛び出したリインを一番に迎えてくれたのは、ここの生徒達が植えたのでしょうか、煉瓦に囲まれ色とりどりな花びらを開かせた花たちでした。
しかもお昼を前にして、水を撒かれ、花びらや葉の先や根元に大きな滴を蓄え、お日様に照らされた滴はキラキラと反射しています。
こういう光景を、宝箱をひっくり返したようというのですか、なんてリインは一人で納得していました。

「いろんな色のお花が咲いてて、とっても綺麗です」

 花々の間を、蝶のごとく、上へ下へ、ふわふわと。
花びらを跳ねて、ふわふわ。葉っぱを跳ねて、ふわふわ。
その度に根元に先端に蓄えられた、宝石のように輝く滴がピンと弾かれ、小さく飛び散った滴が、お日様の恵を乱反射します。
小さく飛び散る滴の一つ一つが七色の光を蓄え、リインの足元をさらに彩りました。

「えっへへへへ。とぉっても楽しいですねー。はやてちゃんもお外に遊びに出れば良いのにですね」

 蝶のように花々の間を飛びまわったかと思うと、花の中心に顔を寄せる。

「ん~~。良い匂いですね~、あま~い香りがしますです」

 いつかテレビで見た、羽根を羽ばたかせながら蜜を吸う鳥のように、手をパタパタと羽ばたかせるみたいに真似っこ。
鳥の真似が随分と気に入ったのか、どんどんと調子に乗って鼻を近づけすぎて、花粉が鼻の頭にペタン。
わっと顔を引っ込めるけれど、もう後の祭り。
寄り目にしたリインの鼻先には黄色い花粉がこんもり付いてしまっていました。

「あわわ。いつの間にはお花に触っちゃったてたみたいです。気をつけなきゃいけませんね」

 鼻の天辺に、こんもり積もった花粉を両手で取りますが、こってりしていて中々取れません。
両手でコネコネとしていると、指や手の平に集めた花粉がいくつか丸まってしまいました。
おお、これはテレビで見た蜂さんみたいですね、などと呑気な感想を述べながら、その蜂の様子を思い出しながら、両手をコネコネ。
何だか本当に蜂になったような気がして、ミツバチダンス♪ダンシング♪お尻をふりふり。
今日家に帰ったら、はやてちゃんに見せてあげよう、きっと喜ぶですね、なんてその表情を想像しては満足げに頬を緩めました。

「あっ、こんなことをしている場合じゃないです」

 花粉が鼻についたってことは、いつの間にか実体化していたということです。
再び自分を不可視にしなければいけません。
こんなところを誰かに見つかったら大変です。はやてに大目玉を食らってしまいます。
魔力の無駄使いも避けなければなりませんから。

「むぅ~~~、むむむぅ」

 気合を入れると実体化しそうな気もしますが、ようは気持ちの持ちようです。
ぐぅっと集中力を高めてるための雰囲気作りなのです。
気合を入れて数秒、だんだんと半透明になり、リインの向こうの景色が透けて見え始め、ふわっと炊飯器を開けた時に出る湯気のように見えなくなってしましました。

「よしよし、これで大丈夫ですね。うんうん」

 すっかり見えなくなったであろう、自分の手をかざして見ます。
向こう側が綺麗に透けて見えました。
もうお花さんに触れないかと思うと、とても残念でしたが仕方ありません。
さてと。一息ついたところで、リインは背後に何やら不穏な空気、冷蔵庫を開けてひんやりとした冷気のようなものを感じました。
 ジーーーーー……

「……ん?誰かが私のことを見てるです」
「にゃ~~~~……」
「あ、ネコさん。こんにちわ、です(ペコリ)」

 振り返ってみてみれば、そこに居たのは猫でした。
随分と薄汚れ、3ヶ月ぐらい使った歯ブラシのようにモサモサになった毛。
白と黒の斑に、短い尻尾。これってジャパニーズボブテイルって言うんですってね。
リインは最近仕入れたばかりの知識を自慢げに披露します。
しかし。当の猫さんはとてもそんな和やかな空気ではなく、明らかに不可思議で怪しげな存在のリインを警戒していました。

「フゥ~~~~~~ッ!」
「えぇっ!?」
「フギャーーーーーーー!」
「きゃーーーーーーですーーーー!」


 
 たんけん大作戦! 3 >

 

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リインのたんけん大作戦! 1

「はぁ……退屈です」

 ベッドの上で、ゴロン。
仰向けになって天井を仰ぐ。フカフカの羽根のような布団に身体を沈み込ませ、枕に頭を埋める。
ぐぅーっと伸びをして、ジッとして凝り固まった首や肩、腰を解していく。
ふぅ、と息を吐いて、だらりと手足を布団の上に投げ出すと、緊張が解けたから?小さな欠伸が出た。
天井の照明がじんわりと滲んで見えた。ちょっぴり涙が出たみたい。
照明の光がゆらゆらと揺れ、まるで水底にいるみたい。
水底になんて沈んだ事なんてないから分からないけれど。
そう言えば、お日様を見ると涙が出るとか聞いたことがあるデス。んん?それはくしゃみだったですか、どっちでしょうね。
不思議です。そんな人はお外に出るたびに涙を流したりくしゃみをしているんでしょうか。
リインは、家の外に出るたびに涙を流しくしゃみをしている様子を想像しては、ああ、不憫です。
この人は夜しかお出かけ出来ませんね、朝のタイムバーゲンも行けませんし、お洗濯も干せなくてフカフカベッドに寝ることも出来ないなんて。
そんな風に、見たこともない人の不憫さに勝手に同情し、不憫に思いながらも、そもそも太陽を見ると出るのは涙なのかクシャミなのか。
曖昧なまま話を進めたのは遥か記憶の彼方です。

「持ってきたご本も読み終わっちゃったです」

 本の中ほどより少し読み進めたところに枝折を挟んでパタリと閉じ、少し乱雑に枕の脇に放る。
こんな風に本を扱う場面をはやてに見られたら怒られてしまう、気をつけなくちゃ、などと思う。
そう思ってはいても、はやてがいない時は良いかな?なんて思っているから、今みたいな事をしてしまう。
けれど、普段してることって気を抜くとやってしまうのです。
ふとした瞬間に地が出てしまって、はやてに叱られる自分の姿が目に浮かぶ。
油断大敵。正に言葉通り。ううん、こういう時は自業自得。
モノを大切にしない子はバチが当たるですよ。
自分に言い聞かせるようにして、首を起こし、机の上をチラリと見る。
そこに置かれたのは小さな針時計。
その子の頭には大きめの金色のベルが二つ付いていて、設定した時間を針が差すと小さなトンカチがそのベルをジリジリと叩き鳴らす。
そう、普通の目覚まし機能付きの時計。
管制人格の自分が時間を知るのに針時計を使うなんて、誠に変な感じで、人間ぽいかも、と思うけれど
それは、主であり親であるはやての願いの一つでもあるし、自分も時計の針がチコチコ進んでは時を知らせてくれるのが好きなので、気にしていない。
机に置かれた件の時計の針は、本を読み始めた時より殆ど進んではいなかった。
今、枕の脇に置かれている本の続きを読むにしても、残りのページ数をみるにそれ程時間が掛かるとは思えない。
じゃあ、他の本は?
机のもう向こう側に置かれた、代わり映えのしない本棚に目を向ける。
上から順に左から右へ視線を走らせ、本の表紙を舐めていく。
あっという間に全部確認し終わってしまった。
さっきも言ったとおり、ここへ持ち込んだ本(データ)は大方読み終わってしまっていて、それは何度本棚を見たとしても変わることはない。
何だか悔しくて、もう一度上から順に見ていくけれど、やっぱり本の背表紙に書かれた文字は変わらない。

「う~ん……」

 起こした頭をもう一度枕に埋める。少し勢いが付いていたのか、ボフッと軽い音がした。
ぼんやりと、これまた代わり映えのしない天井を見つめる。
どうにかして、この退屈な時間を楽しく過ごしたい。
自分は、はやてちゃんから分けてもらっている魔力を無駄遣いしないために、一日の多くを寝て過ごしている。
だからと言って、そんな一日中寝てる訳にもいかない。
それに、朝から今まで寝ていたんですもの。
これ以上寝ていると、夜に眠れなくなってしまう。
夜にこっそり抜け出して、深夜の通販番組なんかをのんびり見るのも良いけれど、それがバレた時にまた叱られる。
それに夜更かしするとお昼に眠たくなってしまうし、イザというときに眠たいのはいけません。

「……そうです!」

 何を思いついたのか。
景気の悪そうな表情を浮かべていた顔も、お目目をぱっちり見開いて、口の端をにっこり持ち上げる。
ベッドから元気に飛び降り、リインはシュベルトクロイツから飛び出しました。


 


『これ、リイン。何しとんの?』

 今は授業中。
教室には教壇に立った先生のチョークが黒板を叩く音に、時折挟まれる話し声だけが響く。
生徒達は静かに先生の話を聞いている。とても小学生の授業風景とは思えない。
そんな中、はやてはぼんやり外を横目で眺め、いかにも授業を受けてます風を装っていた。
今まで学校へ行っていなかったハンデを埋める為に頑張っているのかと思いきや、そんな単純なはやてではありません。
はやての親友4人は、学年でも非常に優秀どころが集まっている為に、困った事があればそちらに相談すれば良いことなのです。
ぼんやり授業をやり過ごしていた所へ、突然視界に飛び込んできたリイン。
しかし、ここは流石のはやて。
全く動じることなくリインに問いかけました。

「えへへ~。退屈だから出てきちゃいましたです」
『まぁ、他の誰にも見えへんからエエけど……』

 目の前で半透明のまま、ふわふわと水面に浮かぶ浮子のように上下するリイン。
視線を動かさず、念話で注意深く会話するはやて。
傍からは何も変わらぬように映り、教室では滞ることなく授業が進んでいきます。
辺りをキョロキョロと見渡してみても、他の生徒たちは黙って黒板を見ているか、退屈そうに教科書やノートに目を落としているばかり。
ここでは退屈を凌げそうにありません。
それに、自分の姿が見えるはやても、今はここで遊んでくれなさそうです。

「じゃあちょっとお出かけしてきま~す!」
『あぁ、ちょっと!?リインフォースぅ!?』

 はやての制止も聞かず、その場からふわふわ、てふてふのように飛んでいくリイン。
前の席の男の子の目の前に飛び込んでみたり、その隣の女の子の隣に立って教科書を一緒に見てみたり、またその前の子の頭の上に乗ったりして
何とも、はやてにとっては心臓に悪い。
先ほどまでは、大らかに余所見などしながらリインのことを適当にあしらって居ましたが、流石にここまでされると気もそぞろです。
教科書を持ち上げ、正面から顔を隠すようにし、横目でちらりちらりとリインの後を目で追います。
そんな親の心子知らずなお気楽リインは、天井を逆さになって歩いては「おー、逆さはやてちゃんは絶景かな」なんて言ってみたり
少しだけ開かれた窓から吹き込む、梅雨の合間に広がる青空の爽やかな風にひらめくカーテンに包まって遊んでみたり。
カーテンに包まるのは、はやてもこればっかりは困ったものだと、念話を飛ばそうと思いましたが、
誰も授業中にカーテンなど見ているはずもなく、また、ふんわり広がったカーテンに合わせるよう、ふわふわしていたので、その場は上手くやり過ごせました。
それからも、テレビの上に飾られた地球儀を触っては(いえ、実際は半透明なので触れませんが)、
「ここが日本ですよね?じゃあ、私たちのお家はどの辺りですか?」なんて、目をキラキラと輝かせながら聞きますが
正直、こんなところから指を差して教えられるわけもありません。
「どの辺やろうなぁ、家に帰ったら教えたから。ほら、はよう戻っておいで」と、傍から見れば手で仰いでいるようにも見えるように手招きします。
しかし、リインは地球儀に掛かりっきりで、念話を片手間で聞き、勿論はやてのことなど見ていません。
こればっかりは、流石に溜息が漏れるばかりでした。


 
 たんけん大作戦! 2 >

 

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リインのおともだち大作戦! 3

 
「BDさん。BDさんのマイスターはどんな人ですか?」

 おどおどしたり妙にご機嫌を伺ったり。そんなことをせず、リインは真っ直ぐにバルディッシュを見つめます。
それでもバルディッシュは相変わらず体育座りをしたまま。
膝に顎をのせ、ぼーっと何処を見るでもないような、そうでないような。
まるで猫のよう。
じぃっと何処かを見つめているのかと思いきや、その方向に目を向けてみても何を見ているのかさっぱり。
ネコには何か人には見えないものが見えているのか。
それともただ単に、ネコがぼーっとしているのがそう見えるだけなのか。
リインには分かりません。
分かりませんけれど、今のバルディッシュの様子は、その視線はそうリインに思わせたのです。

「(そういえばBDさん、デバイスの目がそういう風に見えるときがある気がします)」

 マイスターであるフェイトが魔法を使うとき、本体がネコの目のようになるのを見た気がするリイン。
若しかしたら、こういうバルディッシュの性質が出ているのかも?なんてボンヤリと考えていました。
中の人ならぬ、中の人格の影響が出ちゃったりするんだ。これは大発見。
今日は家に帰ったら他の人のも見てみなくちゃ、なんてワクワクすると、口元が自然と緩みます。
リイン的世紀の大発見をしているころ、膝に乗せていた顎をちょっと上げ、ポツリ、ポツリと語り始めました。

「……私のマスターは」
「マイスターは?」
「とっても優しくて」
「優しくて?」

 バルディッシュが口にする内容は、自身のマスターに関するもののようです。
リインは自分の問いかけに答えてくれるんだと、とっても嬉しくて、次の言葉が待ち遠しくて思わず鸚鵡のように繰り返すばかり。
けれど、当の本人はそんなリインの喜びなんて知らぬ存ぜぬ。
質問に答えるというよりは、心の内が口から零れ落ちるように、どんどん出てきます。

「可愛くて、手足が長くて、肌がすべすべで、指が長いのに手は小さくて、
 その手で私を優しく扱ってくれて、いつも気に掛けてくれて、手入れも頻繁にしてくれて
 寝るときと起きるときに声をかけてくれて、etc、etc…………」
「(す、凄い!まだ話してますです!)」

 相変わらずリインには目もくれません。
上げた視線はそのままに、誰に聞かせるでもなく。
ただ、ただ自分の胸の内に熱く秘めている主への想いを、まさに吐露しているのです。
その光景はリインの質問に答えているわけではない、そんな事は火ならぬ熱い眼差しを見るよりも明らかでした。
それでもリインは構いません。
今までバルディッシュに直に接した事もなく、どういう人物であるのか。自身で確かめたことはなかったのです。
憧れからお近づきになろうとも、それは相手をよく知ってからでも遅くありません。
リインは自分のことばかりで、その相手が、バルディッシュがどういう人なのかを知ろうとしませんでした。
いま、口から次々に紡がれる言葉は自身のことではなく、マスターであるフェイトのことです。
しかし、その想いからどういう人物であるのか。
やはり例外なくマイスターが大好き。
それが分かっただけで、ああ、やはり自分と同じなんだって分かったから。
リインはバルディッシュの語る言葉に自分のマイスターへの想いを重ねながら、胸の内が温かくなっていくのを感じていました。

「髪の色が私と同じで、バリアジャケットが本体と同じ色なの……」
「そうですね」
「……私はマスターのデバイスである事に恥じないような存在になりたい」
「恥じないような存在……」
「だからもう二度と、負けたりしない……!」

 今まで、ぽつ、ぽつと。しかし熱い想いと親愛が溢れ出ていました。
しかし、最後の一言。
それは視線も、表情すら何も変わらないまま紡がれた言葉。
けれど、自身に言い聞かせるように、強く堅牢であろうという決意とともに。
バルディッシュは、少しばかり離れたリインにもはっきり聞こえるよう、この殺風景な空間に向かって。
その言葉に秘められた力強さは周囲に溶け込み、リインすらも包んでくれるようでした。

 

 

「おー、可愛い我が子よ。調子はどうやった?」

 それからリインとバルディッシュは特に何を喋るでなく、じいっとメンテナンスが終わるのを待っていました。
それはこれ以上会話が続かなかったせいで、リインの話のネタが完全に尽きたためです。
話のネタが尽きていたのは別にその時点でなく、ずっと前だったのですが、この際それは端に置いておきましょう。
それでもバルディッシュの心内を知る事が出来たリインは、とても満足でした。
デバイスとして大先輩、とても優秀でマスターのフェイトとは切っても切れない絆で結ばれた、パートナーという言葉で表現するのもはばかれるほどの。
自分もマイスターである、はやてとそう言われる関係になりたいと思う、目指すべき目標。
そんな憧れの、まるで雲の上の存在のようなバルディッシュ。
だから、同じデバイスでありながら、何か違う存在のような気すらしていた。
けれどそれは違って、ただ、ただ「マスターの為に」。
寡黙で、冷たい印象すら受けるその外見、雰囲気の中に秘めた熱く堅牢な想い。
それは自分と全く違わない、デバイスならば誰しもが持っているものだという事が分かったからです。
リインは思いました。
やはり、バルディッシュは目指すべき目標であり、憧れの存在で。まだまだ自分など足元にも及ばないことを再認識したのです。
しかし。それで想うだけのリインではありません。
バルディッシュが自分と同じ想いの上に立っている事を分かったのですから。
地面に両の足を踏ん張り、ぶるぶると奮い立って俄然やる気が噴出してきたのでした。

「はい、問題ありません。元気いっぱいです!」

 わーい、と両手いっぱいに広げて、大好きなはやての胸に飛び込みます。
はやてはリインをひしと抱きしめ、頭をなでりなでり、その柔らかな空色の髪の感触を確かめるようにしました。

「そかそか。フェイトちゃん、BDはどう?」
「うん。問題ないって」
「…………」

 フェイトの手の平に収まっているバルディッシュは、言葉で応えることはしないものの。
その稲妻のごとく輝く身体を、控えめに輝かせました。

「マイスターはやて」
「うん?どうしたん、リイン」

 胸の中で、なでなでされていたリインは、すぅーっと身体を離すと口をきりりと結び、神妙な顔つきではやてを見つめます。
抱っこと、なでなでを中断してまでのことです。
はやてはリインに何かあるのだと感じ取り、その殊勝さに応えるよう、真っ直ぐに見つめ返しました。

「私、マイスターはやてのデバイスとして、この名前に相応しい立派なデバイスになります!」
「どうしたの急に……そやね。うん、期待しとるよ」
「はい!」

 リインはまた、はやての胸に飛び込みました。

 

 

 後日、任務に出動するはやて。

「よし!今日こそちゃんと出てくるんやよ!こい!リインフォース!」
「………ZZZZzzzz」
「あ~ん!なんで出てこんの~~!」
「(…………勉強も良いけど、夜更かしは身体に悪いよ。リインフォース)」

・おまけのおまけ

「BDさんは、皆さんのことどう思ってるんですか?」
「レヴァンティンはライバル(大好きなマスターを狙ってる人のデバイスだから)」
「やっぱり。素敵な関係ですね」
「グラーフアイゼンは、あんまり好きじゃない(RHお姉さんを殴ったから)」
「あうぅ、あれは……いえ、言い訳はよくありません。ごめんなさい」
「クラールヴィントは……よく知らない。でもマスターのケガ治してくれた(たぶん良い人)」
「赤チン塗って包帯巻いてですか?」
「(……話繋がってない)」
「私は~。RHお姉様大好きですね。とっても頼りになる素敵なお姉様ですから!」
「……!」
「ど、どうしましたですか?」
「…………リインもライバル」
「えぇぇっ!?いつの間にです!?」


「二人ともなんか話しとるんやろうか」
「仲良くしてくれてると良いな」
「よやね。リインのこと宜しくな、バルディッシュさん」

 

 おしまい


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リインのおともだち大作戦! 2

 
 レヴァンティンの物真似をしたら逆に雰囲気が悪くなった感すら漂います。
しかし、人の真似をすると意外にスルスルと口から言葉が出てきました。
自分では特に話題の思いつかないリインにとっては心強い味方です。
もう少しこの方向で挑戦してみることにしたようです。
じーっとバルディッシュを見つめ、次に真似をする人は誰がいいか。頭をフル回転させます。
やはりここは身近な人から参考にするのが良いでしょう。

「(よ、ようし、それなら……!)」

 アイデアが纏まったようです。
先ほどの反省点を生かし充分に検討したのでしょう。
余りテンションが高すぎるのは自分に合いませんから、それは避けたほうが良さそうです。
では今度は逆に余りテンションの高くない寡黙な人を。
身近な人で寡黙な人。この条件に当てはまるのは……

「BDさん。ご機嫌如何ですか?」
「…………普通」

 リインの選んだ身近で寡黙な人はグラーフアイゼンでした。
ヴィータの相棒のハンマーさんは、無茶をしがちなご主人にも黙ってついていく偉いデバイスです。
八神家デバイスの中で攻撃・補助とバランスに優れ、スパイクのつんつん加減からは想像もつかないお嬢様タイプなのです。

「早くメンテナンスが終るといいですわね」
「…………(コクン)」
「終れば主が迎えに来てくださるのが楽しみですわ」
「…………うん、早く会いたい」

 グラーフアイゼンを真似た会話は意外なほどに弾みを見せました。
でもそれはリインの問いかけに積極的に返事をしたわけではなさそうです。
しかし、リインはそれに気づきませんでした。
2回も返事をしてくれたことに舞い上がってしまったせいかもしれません。

「検査の結果が良いといいですわね」
「…………心配ない」
「私も心配してません。普段から注意してますから」
「…………そう」

 かなり順調です。
この調子でもっと会話のキャッチボールをビュンビュンと交わしたいところです。
リインは頑張って話しの続きを考えました。

「え~っと……」
「…………」
「(グラーフアイゼンさん風にしたら、少し会話が弾んだような気がします!)」

 結局続きが思いつかず、そこで会話はまたしても途切れてしまいました。
しかしリインは小さくガッツポーズ。
中々に続いたことで少し自信が湧いてきたようです。

「(次はクラールヴィントさん風で頑張ります!)」
「…………?」

 グラーフアイゼンさんで続けようかとも考えたリインでしたが、まだ試していない人がいることを思い出しました。
自信が湧いてきたのも手伝って、チャレンジ精神が燃えているようです。
ここで八神家最後のデバイス、シャマルのクラールヴィントを試す事にしました。
気合を入れる為に、胸の前で小さく構えるリイン。
その光景を不思議そうに見ているバルディッシュの姿に、リインは気づいていません。

「BD、人が話しかけてるんだから、もうちょっと返事しなさいよ」
「…………」
「直ぐそうやって無視する」
「…………いやなら、辞めればいい」

 それもそうかな?なんて思いかけましたが、そうは問屋が卸しません。
せっかく頑張っているのですし、是非先輩デバイスのバルディッシュさんとはお近づきになりたいのです。
怯みかけた心にグッと踏ん張りをかけ、相手の関心を呼ぶような問いかけをしてみました。

「そうやってると友達無くすわよ」
「…………マスターがいればいい」
「そういう訳にはいかないでしょ?」
「…………」

 完全に失敗でした。
グラーフアイゼンの時に僅かに差した希望の光りは、誕生日ケーキのロウソクのようにあっという間に消されてしまいました。
しかも自分の手で消してしまうと言う大失態です。

「(あぁっ!失敗です!しかもクラールヴィントさんの性格掴みきれてないです!)」
「…………?」

 ふわふわと地に足の着かない幸せ気分に舞い上がっていた分、落ち込みは倍となって返ってきます。
頭を抱えるなんてものではなく、夏のアスファルトの上のミミズのようにのた打ち回ってしまいました。
バタバタと転げまわるリインを、バルディッシュがまた不思議そうに横目で見つめている事に当の本人は気づきません。
真似するネタも使い果たし、途方に暮れるリイン。
ヴィータやシグナム、傍は自分のマイスターであるはやての真似をしても良かったのですが、ちょいと自信がありません。
グラーフアイゼンの真似っこが割と好感触だったので、はやては何となく駄目そうです。
あの口八丁手八丁な手練手管は真似できるものではありませんし、バルディッシュと信頼関係があるわけでなし。
自分のマイスターを駄目判断するのは何とも心苦しいのですが、仕方ありません。
では、ヴィータではどうだろう。
自分のことをとっても可愛がってくれるアイス大好きはやてのご飯ギガ美味。
バルディッシュと上手くいきそうな要素が見当たりません。
可愛がる、というのは上の立場の人がすることでないでしょうか。
デバイスとして先輩のバルディッシュに対してそんなこと出来ません。
アイス大好きはどうでしょう?
"食べ物は食べない"。さっきこう言われたばかりです。考えるまでもありません。
次はシグナム。
グラーフアイゼンと似たようなタイプなので上手くいきそう。
リインはそう思い、チャレンジしてみることにしました。

「……」
「……?」

 よく考えました。
しかしバルディッシュのことを何と呼ぶでしょう。やはり呼び捨てでしょうか。
それはいけません。
まだ親しい仲でもありませんし、ましてやデバイス生の先輩です。
ふぅ~ん。これは困りました。
取り合えずここは無難なところから始めてみて、様子を見たら良いかもしれません。
上手くいくでしょうか。
リインはドキドキしながら口を開きます。

「今日は良い天気だな」
「……」

 失敗です。掴みに失敗しました。
天気の話はさっきしたばかり。緊張の余り頭が真っ白になっていたようです。
真っ白なのはケーキのホイップクリームだけで充分。お腹がぐ~っとなりました。

「最近調子はどうだ?」
「……普通」

 面倒くさそうに答えるバルディッシュ。
返事はしてくれますが、相変わらずこっちに目も向けてくれません。
リインは不思議に思いました。
グラーフアイゼンの成功を踏まえてのシグナムであるのに、上手くいきません。

「……それ」
「あ、はい。なんでしょう」
「誰の真似?」
「こ、これはですね!シグナムの真似です!」

 バルディッシュから話しかけてくれた事に気をよくしたリイン。
テンションも高めに胸をバーンと張って腰に手を当て、えっへん、偉いでしょうと自慢げに答えました。

「……」
「あ、えっと、あれ?」

 何の反応もありません。
何も無いばかりか、つーん、という音すら聞こえてきそうなほどツンとしています。
何が悪かったのでしょう。リインには皆目検討もつきません。

「(はぁ……どうしたら良いですか、はやてちゃん)」

 今度ばかりはどうしようもありません。
完全に思考の迷路にはまりこんでしまいました。
それは遊園地のミラーハウスよりも初めての管理局よりも複雑で、一度迷ったら出口が見えないような錯覚に陥ります。
もうマトモな考えの一つすら浮かばず。いえ、それがマトモか判断すら出来ません。
グルグルと頭の中が渦を巻き、まるでその渦に飲み込まれていくよう。
せっかく良いチャンスだと思ったのに。
全くの徒労に終わりそう、そう思ったときに浮かんでくるのはやはり。マイスターであり母親であるはやてちゃんの顔。
いつもにっこり、家族の皆に、お友達に優しいはやてちゃん。
はやてちゃんのように、いつでもニッコリ笑え―――――

「(そうだ。BDさんのマイスターの話を聞くのがイイかもしれません)」

 ハッと顔を上げるリイン。
そうです。自分が困ったとき、寂しいとき、どんな時でも一緒にいてくれる人。
それは自分だけに限ったことじゃなくて。
どんなデバイスにも同じ。自分のマイスターがいるはず。
それを聞いてみたらどうでしょう。
誰だって自分のマイスターが大好き。それだったらリインにだってたくさん話せます。
例外なんて無くて、バルディッシュだってそれは同じ。
リインは立ち上がり、すぅーっと胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込みました。

 

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